5-08.先遣隊の報告(2)
深夜遅く、何台もの馬車が平民街に居を構えるハピカの屋敷に集結していた。馬車の設えと、扉に取り付けられた紋章からすると、この国の大臣級の高位貴族と推測される。
王都とはいえ、日中の買い物や食事をしているのであれば別だが、夜中の平民街に貴族の馬車が乗りつけられることは普通には起こらない。
そもそも貴族は呼びつける立場であり、呼び出される必要は無い。国王等の緊急招集であれば話は違う。つまり、国王の招集に匹敵するような緊急かつ重要な会合がなされているということだろう。
招集されているメンバーは、
国内の各種ギルドの営業許可権をもつ、ジュリアン・ジューン
国の軍事を担当する、セリン・トーシス
外交を担当するコリン・コカーナ
冒険者ギルドのギルド長、B級冒険者のクレオ
北の国のリチャード殿下、その妻であるヒカリ王太子妃
エルフ族のステラ・アルシウス、ナーシャ
そして、大商人であるハピカ、先遣隊の4名
全員で14名であった。
皆が集まっているところは、応接間のようなゆったりした空間ではなく、大人数が集まれる食堂を改造したような会議室。お茶は給仕するための執事が控えているが、飲食を主目的としないため、席にお茶類が配られることは無く、メモをとるための筆記具などが配られていた。
そして室内は、深夜であるにも拘わらず、魔石を利用した照明を潤沢に灯しており、部屋は昼間に引けを取らないぐらい明るくされており、お互いの表情も確認し易く、これからの会議が薄暗く眠気を誘わない様に配慮がされていた。
「皆様、緊急事態につきお集まり戴き、ありがとうございます」
と、招集者であるハピカが儀礼的な挨拶を最低限にして切り出す。
「ここ2週間ほど話題になっていました上級観光迷宮のある村において、魔物が溢れたという話がありました。
数日前まではそこに同席して頂いているエルフ族のナーシャ様の情報以外に正確な情報はありませんでした。
今夜、先遣隊がナーシャ様と同じ情報を持ち帰りました。
つまり、迷宮から溢れた魔物は既に討伐されていて、尚且つナーシャ様の結界で村を囲っていますので、次に魔物が溢れたとしても直ぐに村の外へと流出することは無いと言えます」
「続きまして、先遣隊達は現地にて2人組のパーティーと遭遇し、迷宮の深部まで探索を行いました。
未踏破階層のボスを越えて、最深部である30階層のボスまでを倒し、迷宮のリセット機能が正常に稼働していることを確認して参りました」
と、ここで王国の大臣達から初めてどよめきが生じた。それほどまでに未踏破階層をクリアしたことは大きな功績であり、尚且つ『迷宮の異常により、またいつ魔物が溢れ出すか分からない』という、国を管理する側の不確定要素が取り除かれことは大きい。
「ああ~、ハピカ殿、少し良いか?」
と、軍事担当のセリン・トーシスが発言の許可を求めた。
これだけの人数が招集され、状況説明を行っている最中であるハピカの発言中に言葉を挟むのであるから、爵位など関係なく、議事進行上の礼儀を弁えた行動といえた。
「セリン・トーシス卿、発言をどうぞ」
「ハピカ殿が緊急要請を掛けて集めたメンバーであるから、不用意に口外しないことは言うまでも無いが、念のためここでの会話は全て緘口令を敷くこととする。
次に、ハピカ殿は、迷宮クリアの功績とリセット機能が正常に動作していたことの大きな朗報以上に、何か重要な話を始めようとしている。
ここまでで既に、国王への報告することで報酬が貰える内容だ。日を改めて正式にメンバーを招集して、式典の準備を進めるべきではなかろうか?」
「セリン様、そして皆様。
重大な事項が大きく2つあります。
1つ目は、先遣隊のメンバーの命が危険に曝されている為、サンマール王国の大臣を兼ねる方達に緊急でお集まり戴く必要がありました。
2つ目は、『どのような報告の仕方が国王陛下におかれて、朗報として伝えることができるか』を、予め情報を共有する必要がございます。
その上で、セント様のご意見のとおり、日を改めて式典などの準備を始めて戴くのが良いかと思われます」
「ああ、分かった。私はハピカ殿の話の続きを聞くことにする」
「ありがとうございます。他にこの時点で何か確認されたいことがある方はいますか?」
「すまないが、ギルド長として、所属するメンバーの命が危険に曝されていると聞いて、安楽な気持ちで話を聞いていられない。
まして、ここには、エルフ族の族長、他国の王子殿下、自国の大臣が同席されている。
ギルド員の危険について見過ごすことで、ここにいる皆様が同様な危険に曝されることは絶対に避けたい」
「ギルド長、承知しました。ご心配はご尤もです。
ですが、これから大臣の方達に話をきいて戴けることで、彼らの命の危険は無くなります。
それは、彼らが出会った2人組みの冒険者と交わした契約に『4日以内に王都に居る大臣又は高位貴族に今回の事態を報告すること』が、含まれている為です。
いま、その条件はこの時点でクリアされましたので、後日どなかたから『報告を受けた日はいつか?』と、尋ねられましたら、本日の日付をお答えいただきたいと思います。
よろしいでしょうか?」
「ハピカ殿、彼ら及び我々の命の危険が無くなったというのであれば、皆様には申し訳ないが、少し話を続けさせて欲しい。
『4日以内に報告する』というが、迷宮で出会った冒険者と交わした契約であるなら、あそこから馬車で7日かかる距離だ。特殊な伝令用の馬を乗り継ぎする準備をしておかない限り、4日で移動できる距離では無い。
そして、彼らは私が先日ハピカ殿に推薦したA級の冒険者登録証を持つパーティーだ。そのような無茶な判断はしないし、そのような契約を結ぶことはない。
まして、A級冒険者であるからこそ、各種暗殺行為に対してもある程度自衛できる腕前を持つ。
A級の登録者証を持つメンバーを軽んじるような発言は依頼主とギルドの信頼関係に問題を生じる可能性があり、ギルド長として見過ごすことは出来ない。
分かって戴けるだろうか?」
「ああ……。ギルド長すまない。
私が説明を端折り過ぎたため、多大な誤解を与えてしまった様だ。本当に申し訳ない。
であれば、先遣隊のメンバー達から直接説明をして貰い、皆で情報を共有したいと思う」
と、ハピカは大きく息を吐いて椅子に深く腰掛けると、傍に控える執事にお茶を出す様に指示を出した。
ギルド長はハピカの様子をみて、少し気まずそうになりながらも、先遣隊のリーダーに目を合わせると、話を進める様に合図をだした。
先遣隊のリーダーも多少気まずい思いをしながらも、その場にいる皆に挨拶をし、2人の冒険者と出会ってから、分かれるまでの経緯を丁寧に語った。
「そして、我々は契約書の無い契約に縛られて、何が何でも4日以内に、ハピカ殿の伝手を通して、この王国の重鎮である皆様に報告する機会が必要になったのです」
と、話を締めくくった。
話す内容が込み入っていて、時間が掛かったため、皆の席に給仕されていたお茶はすっかり冷めてしまっていた。
シンと静まり返った場を、ハピカが仕切り直した。
「その様な訳で、事態が重大過ぎる為、どのように報告をまとめるかを皆様方に集まって、相談させて戴くこととした次第であります」
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