5-06.先遣隊とクレオ(3)
迷宮の入り口で6人が薬を飲み終えて、体調が活性化していくことを確認すると、クレオから発言があった。
「悪いが、どの程度の速さで進行して良いか確認させて戴きたい。浅い階層の活動は、こちらが進行速度を決めたいからだ」
クレオの指示に従い、体慣らしの準備運動を終えた状態から再度荷物を担ぎ上げた。今度はその状態で、村の入り口まで軽く走って行き、そこから全速力で迷宮入り口まで戻ってきた。
戦闘無しとはいえ、荷物を背負った状態で、靴もヒカリやクレオが履いている様なしっかりとした装備でも無いにも拘わらず、500mほどの距離を一分も掛からずに走破してしまったのは、先遣隊の4人も驚きの余り、顔を見合わせていた。
クレオともう一人で簡単に話をすると、クレオから新たなる指示が出た。
「浅い階層で不要な荷物は此方で預かろう。貴重品や最低限の水や食料は携行して貰って構わない。
あくまで、探査の進行を速めるためだと考えて欲しい」
身体強化の秘薬により、能力向上の凄さに驚いていたにも拘わらず、このクレオの申し出には流石に驚いた。「そもそも、我々が二人の面倒を見る必要があったのか?」と。
クレオの指示に従い、各自は身軽な最低限の荷物に絞り込み、集められた荷物をクレオともう一人がローブの上から背負子に積み重ねて固定した上で背負った。
「では、未踏破階層までは我々が先行する。光の妖精を見失わない様についてきて欲しい」
と、迷宮に入る前から小さな幾つかの光の粒が現れた。それぞれの光の粒がそれぞれ6人の視界を照らす様にフワフワと浮いている。段々と常識が覆されていく先遣隊のメンバーであったが、もう始まってしまったものは仕方ない。ここで一々説明を求めている雰囲気ではない。
一つの大き目な光の粒が先行すると、それをクレオとローブを羽織ったもう一人が追いかける。魔物は一切無視だ。襲い掛かられる前よりも先に、移動を終えてしまっているのので襲われてケガをすることは無い。
先遣隊の4人は兎に角クレオ達を見失わない様に全力で走り続ける。魔物は倒すものでは無くて、避けるか横に追いやるもの。運よくか悪くか、通路脇へ弾かれた魔物が致死ダメージを受けて、収集品を落とすドロップ音が後方から聞こえるが、それを気にしている場合ではない。
4人はこの依頼契約を受けて迷宮に侵入し、僅か5分で後悔の念に駆られ始めた……。
先行する二人は容赦が無い。
何もない様に通路を進み続け、通路を塞ぐ大きな魔物が居れば倒す。速度低下や落とし穴などのトラップがあれば即座に解除する。巧妙な罠があれば、先遣隊が囚われて時間のロスが発生しないように見守ってくれる。
これではどちらが助力を受ける立場なのか全く分からない……。
数時間も掛けずに、地下15階層の未踏破とされるボス部屋の前まで到達し、そこで、クレオが迷宮に入って初めて声を発した。
「ここから先が未踏破階層と聞いている。
だが、ある筋からこの先の階層のマップを入手している。つまり、誰かが此処を倒して通過した可能性があるか、あるいは入手したマップが完全な偽物であるかだ。
先ずは、身体強化の秘薬を服用した貴方達4人の実力をみせて戴きたい」
と、クレオは此処までは単に試験場所へ移動するための行動であって、ここからが本番の試験とでも言いたげだ。
先遣隊のリーダーは、一息ついて「分かった」とだけ、簡潔に答える。
確かに、この数時間で身体強化の秘薬の効果は十分に理解した。荷物が無い軽装であるとはいえ、狭く薄暗い迷宮の中を魔物をひたすら交わしながら全速力で駆け抜けた。そしてA級冒険者パーティーですら到着までに一泊二日は掛かるのが常識である未踏破ボスの部屋の前まで辿り付いているのが現実だ。
依頼者に「実力を確認したい」と問われる以前に、自分達の冒険者としての戦闘に関する能力を早く試したい気持ちがあった。4人は疑義を呈することなく、荷物をクレオ達二人に預けたまま、先行してボス部屋に入った。
ボス部屋にはサイクロプスと思われるこん棒を持った背丈3m近い魔物が10体。多いのか少ないのか分からないが、一人当たり2体以上を始末することを確認した。
4人は個別にかつ同時にサイクロプスへと向かった。そして夫々が自前で所持している剣やナイフで次々と急所を捉えて、敵を戦闘不能にしていった。僅か10分で10体全部を倒し終えた彼らの姿は多少息は上がり、汗ばんでいるが、全員が満足気な表情をしている。「これなら十分に合格だろう」と。
その様子を確認していたクレオから次の一言があった。
「身体強化の秘薬が十分に効力を発揮している様で心配がなくなった。これからも頼む」
と、あたかも想定内とでも言わんげなコメントがクレオより発せられ、これを聞いた4人は絶望にもにた感情を抱いた。「未踏破階層のボスを10分で倒せるパーティーなんか何処にもいない。敬われて当然だ」と、期待していたのだが、何らそういった反応が無かったからだ。
それどころか、散乱するボス部屋のドロップ品には見慣れない収集品や手のひらに載るサイズの大きな魔石まであるにも拘わらず、当初の契約通り見向きもせずに探索を進めようと始める。
「く、クレオさん。休憩は必要ないかい?
貴方達が休憩するなら、その間に我々でこの部屋にある収集品を回収しようかと思うんだが」
「私たち二人は必要ない。心配無用。
睡眠時間を含めると契約期限の2日まで、そう長くは残っていない。そちらの休憩が必要無ければ先に進みたい」
未踏破ボスを倒した達成感、部屋に散らばるドロップ品への期待といった冒険者特有の高ぶる感情を一気に冷やす返事が返ってきた。この二人は本当に収集品に興味が無いし、二日で最深部まで到達する気があるのだろう……。
先遣隊のリーダーは軽く食料と水分補給を願い出て、立ったまま数分で補給を済ませると、ボス部屋に散らばる収集品を横目に見ながら、クレオ達二人に続くのであった。
ーーー
6人のパーティーが迷宮に侵入してから、既に1日半が経過していた。
そして、未踏破階層がどこまで続くか分からない中で30階層のボス部屋に到達していた。15階層のボス部屋から数えて4回目のボス部屋である。
途中のボス部屋で食事と仮眠を取ったのが1回あった。だが、それ以外は、走って、倒しての連続で迷宮の調査が進行していたのだ。
迷宮の内部ではヒカリとナビの様な形で絶対時間を計る方法が無ければ、経過時間を知ることはできない。精々疲労感や空腹度を元に休憩時間を決め、その休憩の回数によって、凡その滞在時間を見積もることが出来る程度だ。特殊な妖精と交信が出来て、時間の経過を知る手段があれば別だが、そういった経過時間を知る道具も魔法も一般的な冒険者は所持していなかった。
きっと、何らかの手段で外部の者と連絡をし、経過時間を把握していたのだろう。例えば世間一般には知られていない念話などの手段を用いて……。
身体強化の秘薬を服用して、疲れの概念が狂っている先遣隊には経過時間が分からない。そして、クリアしていく迷宮の進行速度も「特別に手に入れたマップ」と「常に光続ける光の粒」の道案内のおかげで迷うことなく、淡々と進み続けるので、尚更経過時間を判らなくしていた。
リーダーは声には出さないが、「まだ1日目が終わった程度だろう……」と、感じていた。
30階層のボス部屋はこれまで通りに、6人で侵入し、先遣隊の4人がボスを倒すという形の編成であった。そして、疲労による動きの鈍さは感じられる物の、丁寧に戦闘を組み立てて、1時間ほどでボスを倒し終えた。
だが、ボスを倒してもその先に進む通路は現れなかった。
「ふむ。ここが最終地点の様だ。そして、魔物が溢れるような異常を示す痕跡は無いと言える。そうだな」
と、クレオは付き従うローブを纏った人物に話しかけた。
「はい。その通りでございます」
と、人族の言葉が返ってきたのが、先遣隊にも聞こえた。ひょっとすると、この人物が声を発するのは初めてかもしれない。
「魔族の痕跡は見当たらないな」
「はい。その通りでございます」
「すると、秘薬を用いた人族やエルフ族の仕業と、報告すれば良いか?」
「その解釈で宜しいかと」
「よし。調査は終了だな」
「はい」
と、ここまで二人で会話をすると、クレオは今度は先遣隊のリーダーに向かって声を掛けた。
「依頼内容は、2日間又は最深部までの調査。
対価は、秘薬の効能と道中に残っている収集品を回収する権利。
これで良かったですね?」
と、契約完了のサインをするために、6人で双方の依頼が完了したことを確認する。先遣隊の皆が頷くと、クレオ達二人が背負っていた荷物を降ろし、リーダーに渡した。
リーダーは荷物受け取ると、そこから迷宮に入る前に作成した契約書を取り出して、2枚の羊皮紙に夫々がサインをした。これで迷宮調査の契約は完了した。
「では、我々は迷宮のリセット効果が有効であるうちに、迷宮の浅い層にまで急ぎ戻ろうと思う。
貴方達は地図を作成しようと、収集品を回収しようと構わない。
つまり、この先は別行動になるが宜しいだろうか?」
ここで初めて先遣隊達は事の重大さに気が付く。
先ず、地図が無い。
次に食料はあるが、その荷物を運べる人手が足りなくなる。まして、収集品を回収するとなると、更に人手が足りなくなり、新たなる戦闘をしている場合ではない。
それどころか、実の所、先遣隊のパーティーが冒険者として戦闘をしたのはボス部屋侵入時の4回のみ。道中の多様な魔物をどうやって倒したかも判らず、どのような罠があり、それを解除したのかも分からない。
そして最後に、いつ身体強化の秘薬の効果が切れるのか分からないという事だ……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
日々更新し、5章完結まで進みます。
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