5-02.門番と商人(2)
商人のハピカは早速冒険者ギルドへ、使いの者を出すのと入れ違いに一人の兵士がハピカ邸の門戸に駆けてきた。
「すみません!ハピカ殿に緊急で伝言がございます!」
北の城門から駆けつけてきた門番は息を切らしながらも、声を張り明確にメッセージを伝えた。
その様子を聞きつけた執事が門扉に近寄り、門番であることを確認すると兵士を屋敷の中へと導いていった。
門番は屋敷の応接間というよりは、簡単な控室のような場所で待っていると、ハピカ氏本人が来て話を伺うとのこと。
「北の城門に、魔物が溢れた迷宮からの帰還者が辿り着いたというのは本当か?」
「真偽のほどは分かりかねますが、本人はエルフ族であると申し、エルフ族への支援を求めているとのこと。
身元は冒険者ギルドを介して奴隷に身分を落としているが、その主は、クレオという冒険者であることしか分からないとのこと。
万が一、真実である可能性もあるため、ハピカ殿の元へ駆け参じた次第であります!」
「ふむ……。その者はエルフ族なのか?」
「身なりは奴隷に相応しく、貫頭衣と棒切れしかありませんでした。臭いも酷く、とても街中を連れて歩けるような状態ではありません」
「その者の名前は確認したか?」
「あっ……。その……。すみません……」
「では、その奴隷の主人の名前は?」
「確か、冒険者のクレオと申しておりました」
「クレオ?冒険者のクレオか?何故その名前がここで出てくる?」
「あ、いや、それは……。私の聞き間違いでしょうか……」
「分かった。その者はエルフ族の支援を必要とし、人族の言葉を理解する者で、クレオの奴隷印がついているということだな?」
「はい!それは確かです!」
「身元は私が預かるので、ここへ連れてきてくれるか?
情報提供と、連行する手数料は色を付けて支払おう」
「しょ、承知しました!直ちに!
そ、それで……」
「どうした?謝礼はその者と交換としたいが?」
「その……。臭いが酷いのですが……」
「構わぬ。この屋敷の庭に井戸がある。執事に体を洗わせる」
「承知しました!」
ーーー
「リチャード殿下、ステラ様、お待たせしました。
少々妙な情報が入りまして、その確認を行って参りました」
「ハピカ殿、その妙な情報とは、我々が伺っても宜しいのでしょうか?」
「はい。出来ればステラ様にも新たに相談させて戴きたいかと思います」
「ほう……。それはどのような内容で?」
「先ほどまで話題になっておりました、魔物が溢れた迷宮に関する内容です。門番の話では、そこから逃れてきたエルフが一人で北西の門に辿り着いたそうです。
真偽のほどは分かりませんが、エルフ族への支援を求めているとのことで、ここに連れてくるように門番に指示をだしました。
また、奇妙なことに冒険者ギルド所属のクレオ氏の奴隷印が付いてるとのことです。
何か奇妙なことが起こっていると感じます」
「ステラ様、何か気になることはありますか?」
「ええと……。エルフ族のどこの部族の所属ですとか、得意な属性ですとか、あ、あとは名前も伺えれば参考になります」
「ステラ様、その……。
門番も私もエルフ族の慣例に疎く申し訳ない。
そういった部族や属性というった情報が重要であるとは認識が有りませんでした。また、門番は奴隷に落ちた者という扱いで、名前も確認していなかった様でして……」
「リチャード殿下、今の私では何も参考になる情報が有りませんわ。
それよりも、冒険者ギルド所属のクレオさんというのは偶然かしら?
確か、お世話になっているマリア様のお屋敷にもクレオというメイドさんがいらした気がしますわ」
「ええ、ステラ様、私もその点は気になりました。
母と冒険者ギルドとの契約らしいので、クレオさんの事は私も良くわかりません。ですが、もしクレオという名前がサンマール王国でありふれた名前で無いとすると、偶然の一致にしては奇妙ですね」
「あ、あの……。リチャード殿下、そしてステラ様。
クレオという名前は非常に珍しい名前では有りませんが、それほど多く見かける名前でもありません。まして、冒険者ギルド所属となりますと、限られた人物というのが私の見解です」
「リチャード殿下、私は旅に出ていたので判らないのですけど、クレオさんは、何らかの秘術でエルフ族よりも速く移動できるのでしょうか。
此処から魔物が溢れた迷宮まで馬で片道1週間掛かるのでしたら、マリア様のお屋敷で働いているクレオさんは、どうやって魔物が溢れた迷宮でエルフ族の人物を奴隷にしたのかしら?
私が旅に出る前、出た後。その前後で常にお屋敷で見かけたもの」
「うむ。そこは私にも判らない。
母の屋敷に働く前から、そのエルフを奴隷として所有していたのかもしれない。そうであれば、そのエルフは魔物が溢れた隙に、その迷宮のある村から逃げ出してきたという可能性もある。
ただ、普通の平民が奴隷を雇う余裕があるとも思えないし、それを放置して、母の屋敷で働いていたとなると、何らかの深い事情があって、そのことを隠してる可能性もあるな。
もし、他の種族を勝手に奴隷として囲い込み、それを隠していたとなると種族間の大問題に発展しかねない。
ステラ様、慎重にご判断いただけますよう、予めお願い申し上げたい」
「ええ。私もエルフ族の全てを把握している訳ではないわ。どこの誰とも知らないエルフが人族の奴隷になっていても、大きな問題にすることはないわ」
「ハピカ殿、お聞きの様にステラ様もご興味を示しておられるし、直ちに種族間の問題にする考えはないとのこと。
冒険者ギルドから試算できる人が到着来するのと、その迷宮から逃げて来たエルフ族の人が来るのを待ちましょうか」
「はい!お茶のお替りをお持ちします。お寛ぎ戴ければ幸いです」
ーーー
「ハピカ様、お待たせしました。こちらが門番の連れて来たエルフになります。
体は水で洗い流し、服は貫頭衣しか持っていなかったため、こちらのメイドの普段着を取り敢えず渡してあります。
もし、奴隷権の譲渡などありましたら、ハピカ様の指示に応じて服装を改めさせて戴きます」
「ああ、ご苦労様です。門番への小遣いは十分に与える様に。そして今後も迅速に私の所へ情報を持ってくことを期待していると伝えておいてください」
「承知しました」
と、一人のエルフ族の少女がハピカ邸の執事に代わり応接室に残される。
応接室には元々居たハピカ氏、リチャード王子、エルフ族のステラの3名である。
エルフ族の少女をみて、人族の二人は何ら反応を示さなかったが、エルフ族のステラだけが突然驚きの声を発した。
「あなた!ひょっとしてナーシャじゃないかしら?」
ステラが発した言葉はエルフ族の言語であったため、尋ねられたエルフ族の少女以外は言葉の内容が判らずポカンとしている。
だが、ナーシャと呼ばれた少女は反応を示した。
「あ、あのエルフ族の方ですか?私の名前はナーシャです。どうか助けて戴けませんか?」
と、エルフ族の言葉で返した。
これもステラには通じているが、他の二人には会話の内容が分からない。このとき改めてステラが状況に気が付いて、人族の言葉で会話を始める。
「ハピカ殿、そしてリチャード殿下、この子は3大エルフ族の族長の親族です。 この子を人族の奴隷にしたとなると……。事情を丁寧に確認させて戴く必要がありますわね……」
ナーシャはステラの案内で椅子に腰を掛けて、先ほどの緊張して不安そうな状態から、少しは落ち着いてきた様子で、人族のお茶を上品に飲みながら、ポツリ、ポツリと人族の言葉で話を始めた。
腕を磨くために未踏破階層のある観光迷宮に人族のパーティーに加わった。未踏破のボス部屋に挑戦したが、パーティーは力不足のため決壊してしまった。そのピンチを救ってくれたのがクレオさん率いるパーティーであったらしいと人族のパーティーに後から教えて貰った。
地上に帰還後、クレオさんのパーティーへのお礼には身に着けていた道具や装備では足りず、自ら奴隷の身に落として支払いに応じる必要があったとのこと。そのとき奴隷の所有者としてクレオさんの名義で登録されたとのこと。
その後、迷宮から魔物が溢れ始め、村自体が溢れた魔物で機能が崩壊することとなった。
まだ迷宮から戻らないクレオさんが主人であるため、身に着けていた残り僅かなアイテムを用いて、村全体を封印の結界で封じ、溢れる魔物をナーシャ一人で討伐しつつ結界を支えていたとのこと。
数日後、クレオさんと思われるパーティーが迷宮から出てくるとともに、迷宮から溢れ出る魔物も収まった。
ナーシャはそのパーティーに対して、エルフ族の言葉、人族の言葉、魔族の言葉で同時にクレオさんであることを確認すると、最初は魔族の言葉で返事をしたが、慌てて人族の言葉で答えを言い直したとのこと。
「クレオである」と返事があったので、奴隷になった経緯と、主人を待っていたことを伝えると、「エルフ族に用は無い。好きにしなさい」と、言い残して、そのパーティーとともに、王都とは反対方向へ去って行った。
そこから、徒歩でこの王都まで歩いて辿り着いたのが今朝方のこと。
という説明でナーシャの話が終わった。
「ハピカさん、私はナーシャの話を聞いて、何か違和感を感じますわ。
ナーシャは魔物討伐能力がそれほど劣っている子では無いはずなの。実際に数日も結界を敷いて村から魔物が溢れ出すをの防いでいたのだから。
それを遥かに上回る能力を持つクレオという人物が魔族語を話したり、エルフ族に用は無いなどと言ったりするのは、私が知っているクレオさんという人物像と一致しないのですわ」
ナーシャの語りに対するステラが感想を述べた。
そして、人族語であったため、ハピカも話についていけていたので、感想を述べることにした様子。
「ステラ様、私も同様な違和感を感じるのです。
冒険者としての能力に関しましては私は疎く、その判断は委ねるしか無いのですが、私の知るクレオは魔族語を学ぶような様子は見られず、どちらかというと魔族そのものへの嫌悪感を示していました。
それとは逆にエルフ族には敬意を示していましたので、奴隷にされてボロボロな状態のナーシャさんを見て、見捨てて何処かへ去って行くような性格には思えないのです」
続いて、リチャード殿下も。
「ああ。私からも言わせて戴けるなら、魔物が溢れてからナーシャさんが此処に辿り着くまで少なくとも2週間近く経過していることになる。
その頃、私は母の屋敷でクレオさんの世話になっているし、私はここでハピカ殿から晩餐会に招待されたり、ここで面談を行っていた記憶がある」
「リチャード殿下、確かに私も貴方と面談中に魔物が溢れた第一報をここで受けました。丁度2週間前の出来事です。あのときはいくつもの案件が同時に発生していて、大変であったことを覚えています」
と、ここで執事から新たなお客さんが到着したとの連絡が入った。
冒険者ギルドから派遣されてきたギルド長と、話題のクレオ当人であるとのこと……。
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