5-01.門番と商人(1)
5章開始。
第三者視点で進めます。
ここはサンマール王国の北西側の城門。
サンマール王国は密林と直結はしていないけれど、海沿いの平原に存在する平城。そのため、外敵や魔獣からの防御のために、王宮を町が囲み、そしてら更にその街を城壁が取り囲んだ形になっている。
この国の北西側は密林があり、小さな村をいくつも抜ければエルフ族との交流も可能であるし、上級観光迷宮へもアクセスできる。一般には解放されていないがユグドラシルが生える高台へとアプローチが可能となる崖下への道も、この北西の門が使われる。
一方で、南西側に存在する城門は、海路へと通じる船着き場や市場へとアクセスが良い。どちらかと言えば国外の人族との交流がメインであり、あまり大きな揉め事は生じない。
北西側の城門は色々な種族からのアプローチがあるし、魔獣や大型の獣を防ぐ意味もあるので、役割としては重要だ。心身ともに優れた者あるいは、王族の恨みを買い死地に赴く一段手前の者達が集まっている。
成果を上げられなければ、そのまま奥地へ派遣させられる。失敗すれば奴隷に落とされる。だが、ここを維持し、責任を果たすことが出来てさえいればコネが無い者達にとってみれば、南西の門に比べて給料は良いメリットもある。
そのような背景を考えると、融通が利かず、職務を全うするために全力を挙げて誠実に取り組む門番達が多い城門と言えよう。
逆に言えば、賄賂を使って秘密裏に入場したいのであれば、南西の門が適していると言える。
今日は8月の第一週の午前中。
一週間は妖精の属性になぞらえて、光、火、水、風、土、闇の6曜日から構成される。これが5週間で一ヶ月。一ヶ月は30日。5日勤務で1日休みのサイクルで門番達の当番が編成されている。ここの北西の門では夜に門を閉じるが、夜襲に備えて門番は常に配置されている。不適切な侵入や通過は見落とすことは無い。
そんな警備が堅牢とされる北西の門に一人の少女が辿り着いた。
外観は小柄な女性。成人しているかは不明。髪は乱れ、顔は薄汚れて、貫頭衣を纏い、腰ひもで絞めるだけ。荷物は無く道端で落ちていたような棒を杖代りにし、ヨタヨタと歩いている。
女性と判るのは髭が生えていない事、そして若干内股気味に歩みを進めているから、門番の直感がそう捉えたのだろう。
門番からすれば、明らかに厄介な存在が接近して、話しかけてきた。警戒度は最大級だ。
「すみません。エルフ族の方と連絡を取れませんか?」
すこし訛りのある人族の言葉で話しかけてきた。女性と見做すにはまだ若い少女の域を抜けたばかりの声色であった。
声を掛けられた門番は警戒する様子を崩さずに、淡々と返事をする。
「ここは伝言を受けて人を探すことはしていない。
身分証があれば、ここを通すことが可能だ。自分で探すか、冒険者ギルドへ依頼を掛けると良いだろう」
「身分証はありません。臨時パーティーに加入はしましたが、そのパーティーは解散されています。また、私には奴隷印が付いています」
「この門を奴隷が一人で通る訳にはいかない。主人はどうした」
エルフ族を探す少女には分が悪すぎる。
身なりが悪く、主人も居ない奴隷。
門番が相手にするメリットは何も無い。もし下手に手を出そうものなら、本当の主人に奴隷商を呼ばれて、こちらが犯罪奴隷として売り渡されるのがオチだろう。
最大の警戒を払う門番に対して、その少女は続ける。
「北の方の迷宮の村で、奴隷商人に身分登録されました。主人は冒険者ギルドに所属するクレオさんと伺っていますが、今、ご本人がどこに居るか判りません」
「冒険者のクレオ?そして、北の迷宮から来たのか?」
「はい。魔物が溢れ、村は壊滅しました。私が支えたのですが、今は頼れる人が無く、エルフ族を探しております」
北の上級迷宮で魔物が溢れたという話が伝わったのは約2週間前。その情報を元に、上級迷宮へ派遣隊を出したのが丁度先週のことだ。そろそろ上級迷宮に着いた頃だろうか。
「この女性は何か重要な情報を持ち帰っているのでは無いか?」と、門番が気が付いたとしたら、記憶との関連付け、そして直感が働くのはこの任務に長けていたと言えよう。
「ああ。悪い様にはしない。そこの控室で休むと良い。
私の知り合いで北の迷宮の情報を求めている人が居る。あの方に認められれば、エルフ族の紹介も可能だろう。あるいはB級冒険者より良い待遇で奴隷の主を代わって貰えるかもしれない。
良いかな?」
「分かりました……。その方に連絡をお願いします……」
了承を得た上で詰所の中に案内しようとしたが、その女性が酷く臭い。体臭だけでなく、糞尿が混ざった臭いは室内に籠ると後が大変だ。
一瞬で判断を翻した門番は、詰所の控室から蓆を出してきて、城門の脇に敷いて、そこに座らせた。罪悪感のためか僅かなパンと水を与えると、そこで待つように指示を出した。
そして、その門番は詰所の相方に言付けをすると、大商人であるハピカの邸宅にその足で駆けて行くのであった。
ーーー
王都の貴族街と平民街の境にある豪邸に、商人のハピカは住んでいた。貴族の称号を持たないから平民街に居を構えるのは当然であるが、下級貴族から妬まれないことと、商人としてどちらとも幅広く関係を築くという点からも良い立地に居を構えていると言える。
そこに同じく平民街から来たと思われる1台の馬車が到着した。
「ハピカ殿、朝からの訪問すみません。今日はステラ様をお連れしました」
「リチャード殿下、いつもご足労戴きありがとうございます。
そして、そちらにいらっしゃるのはステラ様とのこと。このような狭いところで恐縮ですが宜しかったら中にお入りください」
大商人としてこの国の大臣や貴族とのコネクションを多く持つハピカは、北の迷宮で魔物が溢れた事件に対しても協力を求める要請があった。
約2週間前に第一報が入り、北の大陸からサンマール王国を訪問しているリチャード殿下に支援依頼を行った。その一方で、大臣達との調整をしつつ、国庫の資金繰りに難がある状況から、商人であるハピカが自費で冒険者ギルドへ緊急要請を掛けて、先遣隊を派遣できたのが先週のこと。
2週間前にリチャード殿下の伝手から、エルフ族のステラ様への取次ぎをお願いしていた。だが、ステラ様は運悪く旅に出てしまっていて連絡が取れていなかったとのこと。ステラ様がようやく王都に戻られて、取次ぎと調整が済んで訪問戴けたのであろう。
豪華な応接室へ二人を迎え入れて、メイドにお茶の準備をさせるものの、第一報で得た「魔物が溢れた」以上の情報が無いのが実情である。
先遣隊が持ち帰る情報が無い以上は、ハピカとしても具体的にステラ様に支援戴く内容を説明できず、上手い立ち回りができない状況であった。
「ハピカ殿、早速で申し訳ないが、今日は忙しいステラ様に同行戴くことが叶った。最新の情報を共有させて戴きたい」
「リチャード殿下、第一報以降の情報は届いておりません。散り散りに逃げて来た散発的な情報だけでして、信ぴょう性に欠ける内容ばかりでした。
そのため先週のうちに、冒険者ギルドへ依頼を掛け、先遣隊を派遣させて戴きました」
「ああ。それは伺っている。
ではあるが、今日こうしてステラ様の時間を取って戴くことが出来たので、具体的な作戦を詰めさせて戴きたい。
それとも、先日紹介戴いた貴族の方達と直接交渉をした方が良いだろうか?」
ハピカとしては、情報がない物は仕方がない。
ではあるが、資金の無い大臣達に直接詰め寄られても、国庫からの支出は期待できず、サンマール王国としてステラ様からの支援自体が受けられなくなる可能性がある。
ここは何としてでも交渉力によって、乗り越える必要があった。
「リチャード殿下、そろそろ先遣隊が魔物が溢れたとされる迷宮まで辿り着いたと考えられます。彼らが簡単な調査をして早馬を出せば4-5日後には我々の元へ調査結果の第一報が届くはずです。
それまでお待ち戴くことは可能でしょうか?」
「ステラ様、ハピカ殿があのように申しておりますが、待てる時間はおありでしょうか?」
「リチャード殿下、私は余り時間を無駄にしたくは無いのですが……。
例えば、私が直接赴いて、調査と封印を施すのはどうかしら?
馬車で7日間の距離と伺っています。丈夫な馬を用意いただければ、エルフの秘薬を用いて、片道2-3日で移動できますわ。
ただし、リチャード殿下の紹介とはいえ、エルフ族と人族において無償での支援提供は今後の種族間の交流の阻害要因になると考えます。
往復の特急移動料金、道中及び現地での討伐した魔物全ての討伐代行代金、封印に係わる術式の行使費用、それらに必要な経費を合わせて、全て言い値で請求させて戴く必要がありますが……」
「あ、あの……。その申し出は非常に有難いのですが……。
その全額を私個人が費用負担できる金額なのでしょうか……」
「リチャード殿下から事前に伺った情報では、未踏破の階層が残る迷宮から魔物が溢れたと聞いています。
そして未踏破の階層ボスではA級冒険者が4人以上のパーティーを組んで漸く辿りつけるレベルの迷宮であるとも。
そこから溢れ出る魔物を全て討伐し、尚且つ村の封印迄施すことを依頼内容として望まれているのですよね?
つまりは、最低でもA級冒険者を複数パーティーで長期間雇い、更には村ごと結界で封印するという料金になるかと思いますが、何か計算違いをしてますでしょうか。
もし、私の見積もりが間違っているようでしたら、エルフ族へ人を派遣して、交渉して戴いても結構です。初見の人族の話を聞いてくれればですが……」
「は、はぁ……。
そうしますと、魔物討伐となりますと私は依頼額の算定に疎く……。
冒険者ギルドで依頼内容を確認して、その上で金額を算定して戴いた方が、良いかもしれず……」
「リチャード殿下、先ほども申しました通り、人族への支援させて戴くことは問題ありません。ですが、今後「エルフ族に頼めば、何でもしてくれる」という前例を作りたくないだけなのです。
ハピカ殿の申し出通り、冒険者ギルドで算定して戴くことで構わないかしら?」
「ステラ様には色々と気を遣わせて申し訳ない。ハピカ殿の申し出をステラ様が納得できるのでしたら、そうして頂くのが良いと思います。
ですが、算定をしてもらうためだけに我々全員が冒険者ギルドへ向かう必要がありますか?
ハピカ殿の伝手を使い、算定ができるギルド員をここへ派遣して頂ければ、この話が外に漏れる心配も無く、我々にとって都合が良いと思うのですが……」
「ああ!大変失礼しました!
冒険者ギルドは平民以下の荒くれ者の多い場所。お二人にとってはそぐわない場所になります。
直ぐに使いの者を遣って、冒険者ギルドから依頼額の算定が行える者を派遣してもらいましょう」
商人のハピカは早速冒険者ギルドへ、依頼額の算定ができるような人物を派遣して貰えるように、使いの者を出した……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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