4-26.帰還の報告
光学迷彩と飛空術の併用で、マリア様が借りているお屋敷へ空から帰還。
城の外に出るときには、門番に身分証を見せて記録を取られるけれど、城壁で囲まれた場内であれば、商店だろうと市場だろうと自由に散歩や買い物ができる。
だから、屋敷のメイドさん達からすれば、私たちが居ても居なくても不振がられることはない。「どこかに外食にでも出たのかな?」あるいは、「貴族の会合に呼ばれて、お泊りしたのかな?」ぐらいなもんで。
まして、外国の商人さんが、誰といつ交流をしているかを一々主人に尋ねる知りたがりなメイドはいない。そんな詮索好きなメイドはフィルター掛けて解雇してあるらしい。
こうして、私たちの行動自体は特に不審がられるようなことは無いけれど、だからといって、流石にメイドさん達を集めて、その目の前で光学迷彩の解除とか、手品のネタばらしのような真似はしないよ。
一度、屋敷の裏庭に周ってから、光学迷彩を解いて、再び表の中庭に戻る。そこで改めて中庭でお茶をしていた皆に姿を見せた状態で挨拶する。
「ただいま~」
帰ってきたメンバーは、
妖精の長がライト様とユーフラテス様。
ステラとユッカちゃん。
そして、私たち家族のシオン、リサ、そして私。
合計7人。子供が多いけれど保護者がついて行ってればどうってことは無い。
朝食が済んだ午前中の中庭でテーブルを広げてお茶をしていたのは、マリア様、クロ先生、ルシャナ様、シルフとリチャード。大人ばかりにシルフが混ざっている形だね。
あ、エルフ族のナーシャさんが茶の給仕をしているよ。お客さんなんだから、そんなことをしなくても良いのにね。自主的に振る舞ってるのかな?
「ヒカリ、お帰りなさい。皆が無事で何よりだ」
「はい。皆さん多少は疲れていますが、ちゃんと無事です」
「疲れが残るとは、どんなレベルの宿屋に宿泊したんだ?城内の宿屋であったなら、空から帰ってくる必要は無かっただろう?」
「うん。高台で野宿かな。
ちょっと寒いけどステラのコーティングのお陰で大丈夫だったよ。岩がゴツゴツしてるけど、そこは野宿用の毛布とか敷物があるから、それで凌いだ」
「ヒカリ。どこの高台だ?
お前は飛竜族のお土産のクジラを獲りに行って、そのあと小麦畑の視察をしてきたのだろう?
海辺や平原は在っただろうが、高台が出てくる要素は無いぞ?」
「うん。クジラは捕まえられなかった。
南の大陸に住む飛竜さん達もそんなに好きじゃないって、エイサンが教えてくれた。だから、お土産は小麦から作ったクッキーにすることにしたの」
「ああ。全く話がかみ合って無いな。クッキーをお土産にするのは構わないし、小麦畑の視察に行くのも構わない。
何故高台で野宿したのか?という話を聞きたいのだが」
「エイサンが南の飛竜族の知り合いだったから、仲介してくれたの。高台まで行って、飛竜族の人と会ってきたよ。ちゃんと飛竜の血も手に入れたし」
「ヒカリ……。
お土産を買いにいってる人と、サトウキビジュースを飲みに街中へ散歩に行った人が合流して、適当な宿で宿泊したと思っていた。
話が全然違うな?」
「あ。忙しかったのと、リチャードが心配するかもと思って、余計なことを言わなかった。すみませんでした」
「わかった。多くは聞かないが、余計なことはしなかったな?友好的に血を手に入れただけだな?」
「うん。ステラも居るし。何も無いよ。
軽い夕飯と朝ご飯を皆で一緒に食べて、『何かあったら声掛けて』って感じになって、サヨナラの挨拶をしてきたよ」
「ステラ様、妻の行動を他人に聞くのも恐縮であるが、ご迷惑をお掛けしなかっただろうか?」
「リチャード様、ヒカリさんなりの拘りがあった部分で多少難航する部分はございましたが、皆の説得により万事順調に進みました。全く問題ありません」
「そうでしたか。お世話をお掛けいたします。
すると、もう、飛竜族との交渉は必要なく、自由に高台に登れる様になったということでしょうか」
「その辺りはヒカリさん次第の様です。
『ヒカリさんの紹介があり、念話を通せる人へは攻撃的な態度を取らない』という口約束ですので。ヒカリさんを伴って高台へ向かうのであれば何も問題は起こりません」
「上級迷宮から魔物が溢れたことを飛竜の血を介した秘薬で切り抜けるという方向性も、飛竜族の了承を得て、特に問題無い量が手に入ったということであろうか」
「はい。こちらに」
と、ステラは自分のカバンの中から飛竜族に分けて貰った血の入ったガラスの容器をいくつか取り出してお茶会をしているテーブルに並べる。
ドロッとした赤黒い何かが、アリアの作ったガラス容器に入っている。時間が経ってないのか、何か魔術が施されているか分からないけれど、血液が凝固しちゃっている様子は無いね。
ま、まぁ、表面上はステラと客人のユーフラテスさんと私が大人だから、『ステラが全部やった』って、ことで問題無いと思うけど、結構みんながんばってたんだけどね?
「ステラ様、何から何までお手数をお掛けして申し訳ない。ご助力ありがとうございます」
「それと、ヒカリさんからの説明によって、飛竜族の族長から飛竜族の血の効果を緩和させる薬品も戴きました」
「それはそれで、何かの役に立ちそうですね。
ヒカリ、この後はどうするつもりだ?」
「いくつか予定の変更が必要だと思う」
「何がだ?」
「飛竜族との交流は限定的なものだし、ユグドラシルに登る必要もなくなったから、無理してユグドラシル調査隊の権利を入手する必要は無いよ。
それよりは、私たちが特殊な能力を持っていることが知られない様に、人族にも魔族にも隠ぺいする方向に全力を尽くす必要があるかな」
「意味が分からない。
突然手のひらを返したように、サンマール王国への支援を止めたり、ユグドラシルの利権に対して消極的な態度をとる方が『何か裏があるのでは?』と、思わせることになりかねない」
「人は目に見える物しか信じないし、自分で納得したものを正しいと思いこむよ。
だから、『クレオさんが怪しい』『ナーシャが怪しい』『最近来た、滞在中の北の国の王子達が怪しい』と、思われない様に全ての情報を結びつかない様にする必要があるかな」
「俺は何もしてない。ヒカリ達が行動したせいだろう?」
「私も何もしてない。
いい意味でも悪い意味でも私の名前はリチャードやステラにくっ付いてるだけだし、クレオさんが私のしたいことを先読みして全て行動してくれた結果が今の状態なのだから、表面上は私は何もしてない」
「ヒカリのしたいことを助けたし、助言に従って良いと思う行動を選択して今の状態があるのは確かだ。
私の名前でサンマール王国への支援や利権の獲得が進んでいる」
「うん。だから、
『北の観光迷宮で魔物が溢れたタイミングで、何故か北の大陸の王子が支援を買って出て、ユグドラシルに登る権利を欲しがっている』
と、関連付けられるのは不味いでしょう?そして、
『観光迷宮ではクレオというB級冒険者が目撃されて、そのタイミングで魔物が溢れた。クレオは北から来た商人のところで世話になっている。魔獣が溢れたことと、商人が雇用しているクレオと関係があるのでは?』
と、思われないことが必要。更には、
『エルフ族のステラ様に支援をお願いしようとしたら、何故か溢れた魔獣を封じ込めたナーシャが一緒に居て、再度迷宮の封印に向かう。
そして何故かステラもナーシャも同じ商人の館で世話になっている。商人の館が何か秘密を隠しているのでは?』
と、勘繰られない様にしておきたい。 これ全部繋げると、不本意ながら、
『敵は魔族ではなく、北の大陸の王子で、サンマール王国を潰しに来ている』
って、憶測を固めてしまうね」
「ヒカリさん、北から来た商人は私のことよね。そして、私が家族であるリチャードや貴方を呼び寄せたの。もう、真っ黒よ」
「ヒカリ、それは不味いぞ……。
私は外交の意味も含めて積極的に自由に動ける権利を貰えるように要請を掛けてしまっている」
「ヒカリさん、私はヒカリさんと同行したのは昨日だけですわ。ナーシャのことだって、ここで遭遇しただけだもの……」
「マリア様、仰る通りでして、今の断片的な情報に関連性があると受け止められてしまうと、不本意ながら最悪の結論をサンマール王国の大臣達にに信じ込ませてしまう形となります。
この対策を今から行う必要があると考えます」
「ヒカリ、調査が入れば、嘘をつきとおすことは難しいぞ?」
「私たちが嘘を付くのではなく、自分達が正しいと信じたい情報を与えるだけです」
「今、その情報が出そろっていることが問題なのだろうが!」
「リチャード、冷静になりましょう。
まだ何も始まってません。何も起こっていないのです。
リチャード、貴方が言う様に事実を確認するでしょう。
賢明な大臣達であればあるほど、その本当のことを知りたがるでしょう。
まして、過去に煮え湯を飲まされた経験のある皇后様でしたら、入念にここを調べるでしょう。
ですが、まだ何も事実は判っていないのです」
人は目に見えることを信じるからねぇ~。
だって、普通に考えたらクレオさんが魔物を溢れさせているのに、ここでメイドとして各種世話をしていた事実の方がおかしいのだけどさ?
ナーシャさんだって、ボロボロに傷ついた状態で村を守り抜いたのに、ここで救出されてお茶を給仕していることがおかしい訳でさ。
でも、ここで私と一緒に生活している人たちは時間と空間の概念が「人に気づかれずに高速飛行して移動できる」前提があるから、オカシイと思わないし、事実を結び付けられると勘違いしている。
それこそ誤解ってものだよ。
普通の空間移動能力と時間経過になぞらえて、信じたい情報を見せてあげれば上手く行くと思うよ?
さ、みんなで作戦会議だ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これで4章終了です。
次回からは第5章でお会い出来ればと思います。
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