4-23.飛竜族との交流(2)
まだ、湿度が上がっていない放射冷却で冷え切って、スッキリと済んだ高地から見える朝日はとても眩しかった。高台で外気温は冷たく寒かったけれど、ステラのコーティングのお陰で体温は少し汗ばむ程度に調整されていた。この辺りは、前に北の大陸で飛竜さんを求めて山登りをしていたときと良く似ているね。
そういった意味で、高山に住処がある飛竜族の人達は寒さに強いのかな?
昨日は皆が大変な一日だったからよく寝ているね。
あ、ステラが目を覚ましたっぽい。
「ヒカリさん、おはようございます。
昨日はお疲れさまでした。
ヒカリさんと居ると、いつも驚きの連続で楽しませてくれますわ」
「ステラ、いつもありがとう。
昨日はステラのコーティングが無かったら死んでたよ。
それに、昨晩の子供たちのコーティングも丁寧で暖かったらしく、子供たちは未だにぐっすり眠っているよ。
これもステラのお陰だね」
「いえいえ。私は出来る範囲で支援させて戴いているだけですわ。これからもよろしくお願いします」
「うんうん。ありがとう。これからもよろしくね」
「ヒカリさん、ところで、朝ご飯の準備はできているのかしら?」
「う~ん。今度こそ、体が温まるスープ。そして、パンかな?
出来れば、ステラのハーブティーとか有ると皆も喜ぶかも」
「新鮮な肉が必要なら、私が獲って来ても良いわよ?」
「ああ、うん……。
飛竜さん達は生肉とかは普段から食べ慣れてるみたい。
スパイスで味付けしても、喜ぶかどうかが判んないかな~。
例えば、照り焼きソースみたいので甘く味付けしたら喜ぶかも?」
「ヒカリさん、その美味しそうな名前のソースは私も興味があるわ。
鳥を人数分調達して、直ぐに捌くので、素材は任せてください。
ソースと調理の準備をヒカリさんは始めてください!」
って、ステラが私の返事も意見も待たずに、どっかに出かけて行っちゃったよ。
まぁ、確かに昨日はステラの出番は少ない様に見えたかも知れないよね。コーティングとかお茶とか地味な作業ばかりだったし。
クジラの方も海神さんが出てきて力負けとか、ストレスいっぱいだったし……。ステラなりに自由にやりたいことがあるなら、それを私が支援すればいっかな?
よし、照り焼きソースの準備を始めるよ!
<<ナビ!鳥の照り焼きのレシピを頂戴。とりわけソースの方を重点的に!>>
<<承知しました。小少々お待ちください>>
なんとなく、醤油とお酒と砂糖。
あ、お酒が無いんじゃない?
日本酒独特の臭み消しが無い!
エルフ族のハーブ酒で行けるかな……。
<<ヒカリ、おまたせしました。
分量はともかく、醤油、日本酒、みりん、そして砂糖になります。
みりんは日本酒と砂糖でもそれなりな風味が得られます。
照りと風味を増すためにハチミツを使う場合があります。
日本ではございませんので、分量よりも照り焼きソースの
素材から、風味と照りを損なわないアレンジが必要になります。
尚、これまで同様に情報は提供できますが物質の提供はできません。
以上です>>
<<ナビ、ありがとうね>>
基本は、酒、醤油、砂糖。
砂糖は上白糖じゃないから、ちょっと濃厚な味と風味になるね。
醤油は味噌に近い、もろみみたいな感じがあるから、照りを良くするために、醤油を布で濾しておけば良いかな。
ハチミツが欲しければ、ユッカちゃんなら分けてくれるかもしれない。この辺りは砂糖で出した照り次第で考えよう。
お酒はワインしかないんだよね~。
日本酒は貰って来なかった~。
日本は温暖湿潤な気候を利用した醤文化が発展しているから、当然、麹菌とかの酵母の文化も発達してる。
お酒、醤油、味噌、鰹節、納豆。他にも味醂やお酢もそうだね。
酒かすからは西京漬けや甘酒にもなる。
その他、発酵食品だらけだ。
最近だと、塩こうじとかね。
でだ。
日本を懐かしがっていても仕方ない。
照り焼きチキン風な何かを作って行く方法を考えよう。
最悪は、醤油と砂糖だけ。そこに隠し味にスパイスやハーブ入れて香りづけするとかね。
みりんも日本酒も無いしな~。
ひょっとして、エイサンとか飛竜族がお酒をもってたりして?
まぁ、後できくだけきいてみようか……。
照り焼きチキンと合う物なら、どう考えてもお米でしょう!
照り焼きチキンバーガーも悪くない。
でも、ここで期待されているのは大量に速く美味しい物が必要。
普段から焼いてるパンはハンバーガー用のバンズじゃなくて、食パン型の四角い容器で焼くか、ブールとかカンパーニュみたいな丸っこい形ので作ってる。生地は全粒粉のせいもあって、日本のフワフワな白いパンにはなり難いから、この辺りも「見た目も楽しいハンバーガー」の方向には行きにくいんだよね。
だから、お米。
炊けば直ぐに大量に作れるし。
亜熱帯だったから、市場でお米が安く大量に手に入ったし。
照り焼きのタレとチキンの肉汁が掛かったご飯はそれだけで美味しいよ。
よし!決まった!
迷宮探索用の調理器具類を一式出して、ご飯を炊き始める。
私だって、水ぐらいは出せるし、魔石をセットすれば火力調整は自由自在。
ただ、1回で数人分しか炊けないから、何回もセットする必要があるね。
ご飯を仕込んだら、今度はタレの研究。
先ずは、基本の醤油と砂糖。
ここに焼き鳥のタレをイメージして、少し唐辛子系の辛味を入れてみる。
ま、まぁ悪くはない。
今度は出汁で醤油に更にアミノ酸の旨味を加えて行くことを試みる。
カツオだし、昆布、干しエビ、干し貝。この辺りを適当に煮立てて、出汁をとる。なんだか、色々混ぜ過ぎた。
けど、まぁ、何とも言えないこれだけで飲める濃厚なスープになった。
醤油と砂糖を煮詰めつつ、少し濃厚出汁を加えて、味の加減を見る。
うん、悪くないね!
こんだけ加熱しちゃうと、生ハーブによる臭い消しは肉本体側で作用させておいて、熱や油に良く融けるカプサイシン系の辛味をちょっと混ぜておく。
よしよし!これで行ける!
ステラが戻って来るのを待ちつつ、ご飯を炊いてはホカホカのままカバンに収納してを繰り返す。
照り焼きのタレは液体調味料を入れるためのガラス容器をアリアが作ってくれたから、そこに大量に詰め込んで、これも暖かいまま保管する。
もう、物は無いのに周囲に漂う香りだけでお腹が空いてきたよ……。
ステラ、まだかな……。
って、ステラが戻ってきたよ!
「ヒカリさん、おまたせしました。鳥20羽。山羊3頭よ。
それより、この香り何かしら?」
ステラ、森に住む細身で精霊使いって雰囲気のエルフ族がロープで鳥や山羊を風船のように浮かせて引っ張ってくるのは、なんかファンタジーの雰囲気ぶち壊しだよ?
「ステラ、獲物が一杯。カバンに入れてこなかったの?」
「山羊が入るほど、カバンの入り口を大きく作って無いわ。
それにロープでぶら下げておけば、大体の狩った獲物の量が一目で判っていいじゃない」
「そ、そんなのぶら下げて、よく獲物に気付かれなかったね……」
「ユッカちゃんやヒカリさんのお陰で、そこらの獣より私の方が索敵能力は高いわ。私が先制攻撃でしくじらないのだから、何も問題無いわよ。
それより、この香りは何かしら?」
「ああ、うん。ステラが大丈夫ならいいや。
皆が起きる前に、ご飯を炊いて、ソースを作っていたんだよ。
ちょっと私の母国と同じ材料が無いから、完全な再現は出来ないけど、それなりに美味しいソースが出来たよ」
「ヒカリさん、練習が必要だと思うわ」
「え?」
「ほら、折角皆に喜んでもらうためにも、練習して鳥とソースが合うか確かめておくべきよ」
「そ、そうかな?みんなが起きるのを待ってても良いかも?」
「いいえ。練習した方が良いわ」
「わ、分かった。じゃ、手分けして獲物を解体してお肉にしようか」
「ええ。直ぐに済むからヒカリさんは調理器具と試食の準備をしてくださるかしら」
「ハイ!」
こうね……。
なんか、ステラらしくないの……。
いや、ステラが皆と一緒に普通にお肉を食べるのは知ってる。
だけど、こう、なんていうか、ガツガツ感がね……。
この照り焼きソースに期待が高まってる?
今回の飛竜族との勝負でステラのコーティングの成果はとても大きいし、皆が起きる前にサラッと狩りしてきちゃうんだから、そりゃ準備した人が自由に食べていいさ。
うん。
誰がどう考えてもステラは悪くない。
彼女の機嫌を損ねる方がよっぽど悪いね。
じゃ、ちゃんと協力しなくては!
結論から言うとね?
試食は大成功!
本物の照り焼きチキンなんて用意できないから、野生のちょっと硬めの鶏肉を隠し包丁入れつつ、小さめに焼きつつ、焼き鳥みたいにタレを付けつつ焼き上げた。
もし、時間があったらパイナップルとかヨーグルトのタンパク質分解酵素を利用して、柔らかい食感の照り焼きチキンが作れるんだけど、そんな余計はない。
ステラの澄ました顔が崩れるレベルでの笑顔。
私の前だから油断してる?
こういうのもステラらしくない。
でも、ステラの嬉しそうな笑顔が見れて私も嬉しいよ。
「ヒカリさん、もうちょっと山羊とかでも試食した方が良いと思うわ。
それと、このソースと肉汁が本当にお米と合うかも確認した方が良いと思うの」
「そ、そうだね。ご飯は炊いてあるから準備するね」
って、私がカバンからさっき炊き上げたご飯を取り出して、木製のお皿に盛り付け始めると、ステラは既に一頭の山羊の解体を終えて、肉を焼き始めていた……。
ステラ、速すぎ……。
っていうか、もう、朝ご飯のフルコースだよ!
山羊の肉独特の臭みはステラのハーブで解消して、その上で照り焼きソースを付けながら焼き上げる……。
<<ヒカリ殿、何されいるのか、族長が興味を示されておる>>
って、昨日勝負をした飛竜族のエルさんから念話が入った……。