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4-20.決着(1)

 私はロケットの外殻のような格納容器に納められて、念話以外何もできない、何もしちゃいけない状態で準備万端。ラナちゃんtを信じるしかない。下手に私がエーテルさんにお願いごとをして、ラナちゃんの印やエーテル操作に干渉しちゃったら不味いもんね。


 外から全方位で伝わる念話の受信と、気配察知で伝わる状況しか把握出来なくなった。

 もう、後はみんなにお任せだよ。


ーーー


「エル殿、こちらの準備は整いました。また、ゴール地点でもこちらの審判員が領地マーカーを設置完了したとの連絡が入りました」


「こちらも、族長から連絡が届いている。

 一応、予め紹介してあるので、ゴール地点ではいさかいは起きてない。勝負の結果を純粋に見極めれば良い状況だ」


「ライト様、出発の合図は如何致しましょうか?」

「ヒカリには、このまま念話で伝えれば良いわ。

 ヒカリが『スタート』と念じれば、後は器具と施した印が全てを導くわ」


「では、エル殿、ヒカリ様、これから3、2、1のカウントダウンをし、0でスタートとします。宜しいでしょうか」

「「ハイ」」


 人族のヒカリと妖精のライトに指示を受けた海人族のエイサンがスタートの合図の準備を整える。


 人族のヒカリの方は、光の屈折でぼんやりとトンネルのようなチューブ状の構造がゴール地点の方角に伸びていて、そこに斜めに固定された全身を鎧に覆われた物体がある。

 口にはエイサンが詰め込んだ海神の墨が入れられているので音声会話は出来ず、鎧はライトとエルフ族のステラの各種コーティングによりガチガチにかためられているため、中の様子を伺う手段は無い。

 この辺りはスタートの合図を念話で送れば良いとの確認ので音声や身振りでのコミュニケーションは遮断されている。


 一方、飛竜族の族長補佐であるエルマの準備は、単に羽を縮こまらせて、風の抵抗を最低限に抑える体勢をとっている様子。体表面を覆う鱗が微妙に輝いて見えるのは、何らかの防御コーティングが薄暗い光の反射を受けて見えている所為なのか、それともコーティングそのものが自発光するタイプのものなのかはエルマ本人に聞くしかないだろう。


 あとはカウントダウンを行うだけ。

 エイサンがカウントダウンを始めた。


「3」


「2」


「1」


「0」


「スタート!」


 エイサンの音声による掛け声と念話の同時発信により、飛竜族と人族の飛空術の勝負が始まった。


 スタート地点での注意として、エルマから事前に「砂ぼこりや風圧が来るので、それに備えて欲しい」とは、周知されていた。しかしながら、その周知されていた内容以上の大きなエネルギーの塊の移動に伴う衝撃波が走った。


 風と音と振動で周囲の草はなぎ倒され、アスファルトやコンクリートで舗装がされていない土の地面からは土埃つちぼこりが舞い上がる。散らかっていた枯草や残骸は吹き飛ばされ上空高くに舞い上がる。


 航空機の離発着はちゃんと整備されている場所で行うべきで、ちょっとした空地で行ってはいけないのだろう。 

 だが、今回の勝負は突発で起きたことであり、周囲への配慮迄も含めて関係者の準備不足は否めない。ここで生じた被害は砂糖工場を営む海人族の住人たちが後始末をすることになるのだろうが、それはまた、別の話として語られるのであろう。

 このように、飛竜族のエルマが轟音と共に空へと発射されてく様子は空気や音の流れと共に、五感で追いかけることが出来た。


 しかし、人族のヒカリについては、「本当は元からそこに居なかったのではないか?」と思える状況だ。

 スタートの合図の前まで、確かにチューブ形状の空間の中に人型の鎧が存在していることをここに居た全員が確認していた。しかし、飛竜族の発射のエネルギー爆発に比べて、音も無く、風きりの衝撃波もなく、巻き起こる風圧も無い。

 僅かに光の揺らぎが生じているチューブの先を目で追うが、既に目視で検知できる範囲を超えている様で、姿は見えない。

 これでは、ゴール地点の者達しか、結果がどうなるか知りようが無い。


 と、此処で妖精の長であるライトが周囲の者たちへ声を掛けた。


「エイサン、海人族に飛竜族の出発の衝撃の後処理を指示できるかしら。その指示が終わったら、貴方を連れてゴール地点へ向かうわ。飛空術と念話が使える海族がいればその準備もして。ヒカリの作ったクッキーも忘れずにね。


 ドリアン……。じゃなくて、ユーフラテス、シオンを背負ってくれるかしら。これから皆でゴール地点の調停へ向かうわ。


 あと、ヒカリのことを心配している人も多いでしょうから、そのケアも必要かしらね。ステラ、その辺りはよろしく頼むわ」


 スタートの合図を発する任務を終えて、移動の準備を始める出発地点であった。


ーーー


 飛行中の飛竜族は、音速を超えてのかなり無理をした飛行を継続していた。夜近くになり地表近くの湿度が上がる。湿度が上がれば水滴になり易く、その水滴が衝撃となって体を叩きつける。

 

 鱗表面に水滴からのダメージを軽減するコーティングを施していたが、音速の壁を越えて初めて体験する事象に戸惑う様子であった。水滴ではなく、空気が邪魔をする。鼻先で切り裂いた空気が顔や体に抜ける際に空気の衝撃波が表面をなぞり、飛行条件が安定しない。


 いま、初めて体験する空気の壁へのコーティングを考案して、それを体表面へ作用させるよりも、飛行速度を少しでも上昇させて飛竜族の力を他の種族の前に知らしめることを優先するべきと判断した様子。

 初期のコーティングの条件を変えず、どうにか時速1000kmオーバーでの飛行を継続していた。


 海辺にある海人族の砂糖工場から高台のゴール地点まで、直線距離にして約200km。

 加減速を無視した単純計算であれば、飛竜族の時速1000kmなら12分。ヒカリが熱の壁と呼ばれる時速3000kmまで瞬時に加速していたならば、4分の飛行で到着する。


 短時間と想像できる全力での勝負の最中に飛竜族が自身へのダメージよりも飛行時間の短縮を優先したのは良い判断であったかもしれない。しかし、飛竜族が初の時速1000kmでバランス修正の試行錯誤していた頃、ヒカリは既にゴール地点を通過していたのだが……。


ーーー


 ゴール地点では、飛竜族が何人かと、人族の幼子が2人待機していた。

 ゴール地点では目に見えないマーカーとは別に、たかさ5mほどの木が丁度2本立っていて、その間を通過すれば、目視による確認が行える状態となっていた。


 飛竜族達の個別の念話は外から伺い知ることは出来ないが、音声会話でギャーギャー、グーグーと何らかのコミュニケーションを取っている。

 一方、人族の子供達の方は音声での会話を盛んに行っていて、その期待と不安と緊張が伺えた。


「ユッカお姉ちゃん、お母様は喧嘩していないでしょうか」

「リサちゃん、心配しなくて大丈夫。念話から、ラナちゃんとステラさんの言うことをちゃんと聞いているよ」


 リサは、ユッカからの返事を貰いながらも不安そうにモジモジしている。色々な不安が混じるのか、直ぐに次の質問をする。


「お母様は勝てる訳無いです。私たちはあそこにいる飛竜達に食べられちゃうのでしょうか」

「ヒカリお姉ちゃんは、いつも良く考えて行動しているよ。多分勝てるよ」


「た、多分ですか?」

「勝負に絶対は無いよ。お母さんもヒカリお姉ちゃんも言ってた。

『だから、勝てる様に十分に準備するんだ』って。」


「じゃ、じゃぁ、負けたら、食べられちゃいますね……」

「リサちゃん、飛竜族と戦争になってないから、リサちゃんが勝負したり、食べられたりしないよ。心配しないで」


「で、でも、負けたら、人族へのこれまでの恨みを晴らすために、攻撃して来るかもしれません!」

「リサちゃん、私が一緒に戦ってあげる。勝てないなら一緒に逃げようね」


「ユッカお姉ちゃんは素手です。飛竜族の鱗のような皮膚を傷つけることは出来ません」

「ううん。カバンに剣とナイフが入っているから大丈夫だよ。

 もし、戦いになったら、リサちゃんにナイフを貸してあげるね。コンニャク以外なら何でも切れるから大丈夫だよ」


 リサは不安で仕方が無いのだろう。幾らユッカが大丈夫だと言っても、不安でソワソワして、視界では捉えられないスタート地点の方角を見て見たり、木を挟んで向かい側に居る飛竜族の姿をチラチラと覗きみたり、静かに待つユッカの顔を覗きあげたりしている。


 何を見ても、何をしてもリサの不安は解消されない。たとえリサがエミリーの記憶を持ち、優秀な巫女として人族の軍隊を指揮をしたことがあっても、種族の違いによる絶大な差には未経験の不安がある。一般的な人族が飛竜族を目の前にして冷静でいられる方が普通では無いのだ。


 観光迷宮では圧倒的な速度差と知性レベルの差、限られた戦闘パターンの単純な繰り返しで、それを予め教えて貰ってトレースをしていただけだ。未経験の知性を持つ生物と勝負をしたら、少数戦であっても何が起こるか分からない。その未知なる戦闘への恐れが不安を増長させるのであろう。


「リサちゃん、始まる。構えて!」

「は、はい!」


 リサも念話は共有されているので準備が整っているのは分かっただろう。だが、ユッカの声に返事をすることで、不安を紛らわせつつ、自分の集中力を取り戻して、お母さんの勝負の結果を見守ることに注力出来る様になった。


 200kmも先では視界では完全に見えないし、ユッカの索敵能力を薄く広く広げても100kmが限度であろう。まして、ヒカリのようにヒカリ自身がエーテルを駆使していない人族の1個体では他の生物と区別が付かず、検知することは出来ない。

 ただ、飛竜族のエネルギーが膨大に膨れ上がって、加速してこちらに飛んでくることは検知出来た。


「リサちゃん、危ないから上空に逃げるよ」


 と、ユッカはリサの返事も待たずにリサを抱えてかなりの上空へ高高度へ飛行する。朝方の海神に墨を吐かれた記憶があるのか、それとも今飛来してくる飛竜族のエネルギーの大きさから、周辺への被害を想定しての行動なのかは不明であるが、高さ2000mの高台から更に1000mの上空へと飛翔した。


「リサちゃん、寒い?」


 リサ自体は飛空術を身に付けているから一人で落下する心配も無いが、何せ夜になって高度3000mの上空に薄着で連れてこられてしまっては、緊張と不安の武者震いとは違い、物理的な寒さから震えていた。


「す、少し……」


 本当はとても寒いのだろう。

 けれど、ユッカから発せられる緊張感から、今の状況がただ事で無いと察知することは出来る。此処で我儘を言っても問題の解決には至らないだろう。ただ、耐えるしかない。


「リサちゃん、ごめんね。でも勝負は直ぐに終わると思う。だけど、飛竜族のエルさんは、物凄い速さで飛んでくるから、その衝撃に巻き込まれたら危険だと思う」


「ユッカお姉ちゃん、それはどういうことですか?」

「身体強化して移動したときって、体が空気や水の抵抗を感じるでしょう?それを、もっともっと高速にして移動していくと、体が空気の抵抗から切り裂かれたりするの。


 風の魔法とか、カマイタチという現象は空気の流れや真空の変化から起こるんだけど、詳しくはお姉ちゃんに聞かないとわかんない。


 いまのエルさんの速さは周りの空気を物凄い勢いで乱していると思うから、ゴール地点で見ていたら、その衝撃で私たちは傷ついたり、死んじゃうかもしれない」


「一緒に飛んでいるお母様は大丈夫なのでしょうか?そんな飛竜族が乱した空気の後を飛行しては追い抜けないのでは無いでしょうか?


「ヒカリお姉ちゃんは、放出するエーテルが少ないのと、まだ遠いから私の索敵の範囲に……。

  あっ」


「ユッカおねえちゃん、どうしましたか?」

「リサちゃんは、索敵は使える訓練はしたっけ?」


「はい。ユッカお姉ちゃんほど遠くまでは判りませんが、近くなら索敵できます」


「じゃぁ、スタート地点の方だけに集中して索敵すると、大きなエネルギーの塊が高速で近づいてくるのが判る?」

「ええと……。


 は、はい。とても大きなエネルギーの塊が見つかりました。あんなに遠いのに、ここから検知できるって、恐ろしい大きさです。観光迷宮のサイクロプスなんか比べ物になりません」


「うん。あれがエルさん。まだゴールまでの3分の1くらいの所だね」

「は、はい。」


「ヒカリお姉ちゃんはもうゴールするよ。近いところに集中して、人一人の大きさを検知してみて。

 ただ、物凄く速いから、筋状に滲んで検知できちゃうかも」


「ええと……。

 あ、あの、何か細い筋がまっすぐ通っています。丁度真下のゴール地点へ伸びますね」


「あれはヒカリお姉ちゃんだよ。勝負は勝てるけど、お姉ちゃん、大丈夫かな……」


 ここで今まで自信たっぷりだったユッカが初めて不安を見せる。これは今まで空気抵抗と戦うことは経験して来て、空気の衝撃と速さの限界を体感してきた経験が、その怖さを知っているからこその不安であろう。

 ヒカリの速度はユッカとしても未経験の速さ。そんな速さで飛行しては皮膚が破けたり、衝撃で体がボロボロになってしまう恐れもあるかもしれない。とにかく速すぎて、理解の範囲を超えている現象が起きていることしか分からない様子である。


「あ、ユッカお姉ちゃん、光の筋が通過しました。


 って、今度は大きな弧を描いて強烈に光ってます!


 エーテルではなくて、目に見えて、大きな光の円が下に描かれてます!」


「う、うん……。

 た、多分、止まれないからグルグル周ってるのかな。

 エルさんがもうすぐゴールするから、その衝撃が収まったら、下に降りてみよう」


「は、はい……」


 ヒカリがグルグルと巨大な光の円を描いて周回するのが10分も経過したころ、飛竜族のエルが2本の木の間を通過したことが伺える。木がなぎ倒され、傍にいた飛竜族がギャーギャーと音声で喚く鳴き声が1kmも上にいるユッカ達のところまで届いた。


「リサちゃん、ゆっくり降りるよ」

「はい!」


 人族のヒカリが飛竜族のエルマに高速飛行の勝負で勝った瞬間であった……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。


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