4-17.飛竜族との勝負(2)
「ヒカリ殿、これは……」
「何でしょうか?」
「ヒカリ殿が人族であることが悔やまれる……」
「どういうことですか?」
「ヒカリ殿と交易をしたいが、人族であることが不味い」
「つまり、飛竜族としてもクッキーを入手したいということですね?」
「ああ、だが、族長や他の者たちへ納得のいく説明が出来ない。
全員へクッキーを配っていては、材料が足りなくなることが目に見えている。それに、小さなクッキーを食するには、人族や海人族の何名かの手伝いが必要になるであろう。
どうすれば良いのだろうか……」
「人族の肉体的な性能が劣っていること、そしてずる賢く、卵の窃盗を働いていることが、飛竜族にとって人族と交流を深める妨げとなっているのですよね?」
「ああ、そう考えて戴いて良い」
「ですが、先ほどリサが2個のクッキーを差し上げたときには、今のような反応ではありませんでしたよね。何が変わったのでしょうか?」
「その……ですな……。
正直、私の目が曇っていたとしか申し上げようが無い。
族長の補佐をする立場として、北の大陸の飛竜族の歴史を聞いているので、安易に人族と接触することは躊躇われる。
たとえ、それが海人族のエイサン殿の仲介であっても、エイサン殿自身が騙されていたり、何らかの手段で脅されて従わされている可能性があっても、飛竜族としてはそれを確かめる手段が無い。
北の大陸の飛竜族と人族の支配関係は、種族間において、とても大きな影響を与えたことは認めて欲しい。
今回私が訪問させて戴いたのも、慎重派であり、人族に対する警戒心を持ち、万が一の事があっても族長を捕縛されることが無いため、代理で訪問させて戴いている事情がある。
だが、飛竜族の一人としてヒカリ殿のクッキーには価値を認めている。
そして、価値があるだけではなく、種族間の交流に備えて、南の大陸にあるものだけで、また海人族の力だけで製造できるように準備して、それを実現している。
さきほどまでは、2個のクッキーを用意することすらギリギリであったにも拘わらずだ。
ヒカリ殿の気持ちに答える方法を模索したいと、今は本心から考えている」
「いきなり飛竜族全体に配布できるほどクッキーを焼き上げることは出来ないよ。流石に小麦が無くなる。
あと、手渡しで配らなければいけない以上、交流を認められていない人族が飛竜族の巣へ赴いて、クッキーを配り歩くことは戦争の引き金に成りかねないですね」
「で、あるからして、ヒカリ殿が人族であることが惜しいと申している……」
「じゃ、私の飛空術で飛竜族より速く飛べることをご覧に入れましょう。
そういった肉体的な性能差を示すことが出来れば、飛竜族の方達も私に対して、ある一定の評価をもとに接することが可能であると考えます」
「私はヒカリ殿の為と在っても、八百長に手を貸すわけにはいかない」
「ええ。あるルールの下で、公平に競って勝敗を決めれば良いかと思います」
「いや、全然話が見えてこないのだが?」
「私の感覚では、飛竜族の飛行速度は時速500kmぐらいでしょうか。
実際の距離で言いますと、南の大陸から北の大陸までを全力で飛行し続けることができれば、半日ぐらいで到着できるのではないかと思います」
「ヒカリ殿、確かに半日持続して飛行することが出来れば、島々で休憩をしたり、船の力を借りずとも北の大陸まで移動可能かもしれない。
だが、飛竜族とは生き物であるため、全力で数時間も飛行し続けることは出来ないし、夜になっては飛ぶことが困難である。
一時的な最高速度を競うのであれば、それくらいの速度で飛行することは可能であろう。
そのヒカリ殿の観測による飛行速度が、これから競う飛空術の話と関係があるのであろうか?」
うん。予想通り。
飛竜族は空気を理解してない。
空気を理解していないけれども、風の抵抗や、高速で飛行したとき起こる飛来物からダメージを経験則で捉えていて、最高速度で飛び続けることが困難であることを理解している。
人族は風の抵抗との戦いも経験済みだし、音速近くまでの飛行速度では小さな氷の粒が凶器になることも知っている。だから防御もしないと高速で飛行する技術だけでは実際に飛行することは出来ないことを知っている。
これは現代の地球人たちが科学を積み上げて検証して、対策を講じてきた結果として音速飛行が可能となった訳だからね。
外敵がなく、科学的な知識の積み上げも無い世界では、自分達が最上の存在として信じて疑わない飛竜族からしてみれば、更なる進歩は必要なかったかもしれないね。
「そう。
でしたら、ここからユグドラシルの生える高台までの飛行時間で勝負をしませんか?
単純に速く到着した方が勝ちです。細かいルールは決めないと行けませんが」
「そのくらいの距離であれば、我々は全力で飛行することは厭わない。船などの道具が使えない人族にとって不利な条件であると思われるが?」
「細かなルールは決めさせて頂くとして、勝負に時間を掛けていても仕方ないでしょう。まして、人族が大変有利なルールで勝ちを得ても、それはそれで飛竜族の人達からすれば『人族のインチキに嵌められた』と、受け止められることでしょう」
「わかった。そこまでヒカリ殿に自信があるのであれば、それで勝負をしよう。
ただし、私は全力を尽くして勝ちにいくし、また一方でヒカリ殿が勝負に負けたとしても、私からヒカリ殿への評価は下がる物ではない。
宜しいだろうか?」
「はい。それでは細かいルールを決めた上で、手合わせをお願いできればと思います。以下、私が提案しますので不都合な点や不公平な点がありましたら、ご意見をください。
(1)飛行や身体強化に関する魔術や技術の駆使は良いか、空間を跳躍したり、ゲートを設けて転移するような移動手段は用いないこと。
(2)飛行する技術を競うことを目的としているため、相手を故意に妨害するような手段は用いないこと。運悪く事故などが発生した場合は別途協議することとさせてください。
(3)移動距離はここの砂糖工場からユグドラシルの高台の指定位置までを、同時に出発して早く到着した方が勝ち。ただし、高台の位置はこれから決めることとして、そのポイントは通過すれば良いこととします。仮にそのポイントで停まることをゴールにしてしまうと、後着の人が止まり切れずに、衝突する事故が発生する恐れがあるからです。
(4)飛行に関しての印や魔法、結界などであれば、体を浮かしたり、風の魔法を使ったり、身体強化をつかったり、その他自由な方法を組み合わせて用いて良いこととします。
(5)飛行に必要な道具や機材がある場合には、それを使用することを認めることとします。
(6)もう、暗くなってきているので、開始時刻は飛竜族殿の都合の良い時刻とします。
思いつく限りでは以上でしょうか」
「ヒカリ殿、飛行に必要な道具や機材以外、全く飛竜族と人族とで条件に差が無いように思えるのだが?」
「そのように設定させて戴いたつもりです」
「ゴールの判定をする審判はどの様な形を考えているのだろうか?」
「少なくともスタート地点とゴール地点の2か所に審判員が必要になると思います。
例えば、スタート地点の開始合図はエイサンにお願いして、ゴール地点の着順の確認は飛竜族の方とステラやラナちゃん達の双方で行えば良いかと思います」
「ヒカリ殿が示す条件では、人族の勝機が見出せない。
そうであれば、直ぐにでも決着をつけるためにも、この薄暗くなった状態で勝負することで良いと思う。
また、飛竜族側の審判員は族長に依頼をかける。念話を通して、縄張りの印を設置して戴くこととする。
我々と念話が通せるようになったのであれば、飛竜族の縄張りの印も感知出来るようになると思うのだが、如何だろうか?」
「時刻、審判員ともに構いません。
ただし、ゴールの印につきましては此方の審判も先に移動していただいて、私たち人族の領地マーカーを並べて設置させて戴いても宜しいでしょうか。
もし、私の判断ミスで異なる領地マーカーを目指してしまい、勝負が無効になることを恐れる為です」
「ああ、構わない。人選と準備が出来たら声を掛けて欲しい」
「わかりました。少々おまちください」
いつもお読みいただきありがとうございます。
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