4-14.ちんすこうを作ろう
「お姉ちゃん!」
「お母様!」
折角起こしたばかりのエルさんがまた倒れてしまったのを見て、ユッカちゃんとリサが叫ぶ。私のことを非難する声を上げると同時にエルさんへの回復に向かう。
私の事を非難して、問い詰めるより先に救出を優先するっていうのは、状況判断と優先順位の付け方が素晴らしいね。
まぁ、周囲には普通の酸素が十分に入った空気があるのだから、脳死とか心停止になっていなければ、すぐに意識は戻ってくるはずだけどね。
もし、日本で酸欠の事故現場に遭遇した場合には、周囲一帯が酸欠状況になっているはずだから、二次災害に注意しないとね。
ユッカちゃんとリサが飛竜さんの2回目の蘇生に成功して、静かな寝息を立て始めたエルさんを放置して、改めて避難の声と眼つきを私に向ける。
「お姉ちゃん、飛竜さんをいじめないで!」
「お母様、魔物ではなくて、助けを求める相手に対して失礼です!」
って、二人とも私がどうやったかも判らずに、私がやったことにして非難を始めたよ。その上、なんていうか、私の方が飛竜族より強い前提で話を進めているし。
いや、あのさ?
上から目線で、人族を馬鹿にしているのはこの飛竜族のエルさんな訳でさ?私たちのことなんて、どうでも良い存在に見えてる訳でさ?
まぁ、二人にそういう事を言っても仕方ないか……。
「飛竜族のエルさんが対等に私と話を聞いてくれるなら、事故は起こらないと思うんだよ?」
「お母様、事故は偶発的に起こることです。ステラ様やお母様が故意にその状況を作っているのであれば、それは事故とは呼びません!」
「お姉ちゃん、酸欠の魔法は危険だから止めた方が良いよ。今度眠りの魔法を教えてあげるから……」
いや、あのさ?
ユッカちゃんの医学的な見地からの酸欠の危険性については、きっとお母さんのトモコさんから教えて貰ったんだろうから、まぁ、いいとしておくよ。
でも、リサが事故と故意とかの単語の区別をするのって、警察とか裁判とか経験している現代社会じゃないと、言葉の意味を覚える必要が無いんじゃないかな?
平民には、それが例え事故であったとしても、貴族が起こした事故なら人権なんか無く、有耶無耶にされちゃうわけでさ?
あ、でも……。
サンマール王国では騎士団として働いていたときもあったらしいから、そういう規律とか法律の捉え方は散々目にしてきたのかもしれないのかも?単なる修道院で過ごしていた巫女さんとして扱っちゃいけないのかも……。
「飛竜族のエルさんからしたら、単なる事故としか捉えられないのだし、事件としての立証する手段も無いのだから、まぁ、度重なる事故のまんまだよ……。 ただ、ユッカちゃんの言う通り、酸欠は危険を伴うから、あまり事故が起こらない方が良いよね」
「お母様、せっかくエルさんが人族と対話をしてくれているというのに、何をしてくれているんですか?」
「だから、さっきから言っている様に、対等な関係で交易などを行いたい訳。
こういうのは最初が肝心だよ?」
「お姉ちゃんが一杯クッキーを焼けばいいのに!」
「ユッカちゃん、クッキーの材料が無いって話になってるでしょう?
砂糖、バター、小麦粉。この3つが必要だけど、ここでは砂糖以外が簡単には手に入らなくてさ?」
「お姉ちゃん、小麦粉はパンを焼くための小麦粉でも良い?」
「え?ああ……。
これまでも全粒粉で焼いていた訳だから、パン用の強力粉でも問題無いよ。 あとは、バターだけど、これは牛乳だけではなくて、遠心分離機とかいろいろ面倒な機材が必要でさ?遠心分離機モドキで脂肪分を抽出することも出来そうだけど……。それでも材料も機材も無いし、手間が掛かるよ」
「お姉ちゃんが、バターの代わりの何かでクッキー作って!」
「ええ~~?」
クッキーの代わりというか、バター無しではさ……。
あの特有の香ばしさが無いと……。
ちょっと、レシピ検索してみるかな~。
<<ナビ久しぶり。バター無しで焼けるクッキーとか無いかな>>
<<ヒカリ、非常に曖昧な検索を掛けますので、少々お時間をください>>
<<うん。お願い!>>
すると、数秒も待たずにナビから返事が来た。
<<ヒカリ、『ちんすこう』というお菓子はご存じでしょうか?
バターの代わりに、ラード油やサラダ油で作る様です。
隠しレシピとして、片栗粉を1-2割加えると、サクサク・カリカリ感が増して、サラダ油特有のベタ付き感が減るそうです>>
<<そっか~。その手があったか!
ちんすこうってお菓子は知ってる。確かにラードとかピーナツ油のような油が濃い触感が特徴で、バターとは違った風味があったね。
じゃ、レシピを教えて?>>
<<重量比で小麦粉3,砂糖3、油7。ここに片栗粉があれば1.5~2加えます。
作り方は、良く混ぜて、クッキーの形にして、170℃で20分。火力が足りない場合は追加で10分ぐらい。
と、あります>>
<<ナビ、ありがとう。やってみる>>
「ユッカちゃん、クッキーじゃないけど、バターを使わないクッキーみたいなものは作れそう。ラードとか、植物油があれば作れるよ」
「お姉ちゃん、油はエイサンさん達が持ってないか、きいてみようよ」
「うん。じゃぁ、そうしてみようか。
リサはお母さんと一緒にクッキーもどきを作る?それとも、飛竜族のエルさんと対話を続ける?」
「何故、2度も原因不明で事故に遭った飛竜族と対話をする危険を私にさせるのですか?蘇生は出来たので、後は知りません。
クッキーもどきを作るのを見てます」
「わかった。じゃ、寝ているエルさんは放置で、みんなで『ちんすこう』を作ろうか」
ステラがみんなにお茶を淹れてくれている場所に戻って、再度会話に加わる。
「エイサン、ちょっとお願いがあるのだけど?」
「ヒカリ様、その前に、飛竜族のエル殿はどうされましたか?」
「ああ、寝てる。寝てる間にお菓子を作ろうと思って」
「飛竜の血は戴けることになったのでしょうか?」
「ううん。でも、ステラも私も我慢するのが面倒だから、ちょっと保留。
ステラのお茶に合うお菓子を作りたいんだよ」
「エル殿は大丈夫なのでしょうか?本気で討伐とか目論んでおられませんよね?」
「大丈夫、大丈夫。ユッカちゃんとリサが蘇生してくれてるから、大丈夫。ステラだって、全然本気出して無いし」
「左様ですか……。
それでしたら、私もヒカリ様のお菓子のご相伴に預かりたいので、何なりとお申し付けください」
「うん。材料だけど、食用の油が欲しいの。
あとは、クッキーを焼けるような窯が欲しいかな。
鉄板の上に、クッキーの元を並べて、それを窯の中で焼く感じ。
あ、あと、出来ればジャガイモとか無い?ジャガイモを摩り下ろして、絞り汁を洗って残った粉を使いたいかも」
「先ず、油ですが、海神様の墨はダメです。戴いた物とは言え、差し上げる訳には行きません。
サメやマグロの油、あるいは海藻で油を蓄えた物から抽出する絞り油が有りますので、お好きな物をお使いください。
人族との交易で手に入る油は、調理用としては用いておりませんので、大きな都市の市場まで買いに行く必要がございます。
次にジャガイモですが、交易で簡単に大量に手に入りますので、生のジャガイモでしたら潤沢にございますので、必要なだけお使いください。
そして、最後に竈ですが、サトウキビの汁を煮詰めるために使用しているコンロですが、それを上手くご活用戴くことは可能でしょうか?海人族は火をメインとした料理を日頃しませんので、ヒカリ様の所望されるような調理器具は中々無いかと思われます……」
「わかった。油は臭いがキツイのはお菓子に臭いが残るから、マグロの脂から抽出した油と、海藻から抽出した油の2種類を準備してくれる?
ジャガイモは下ごしらえがいろいろ必要なの。汁を絞る布とか、沈殿させる器とかが欲しい。
竈は見せてくれれば、こっちで改造するから。後で使えなくならない程度に改造して使わせてもらうね」
ラナちゃんやドリアード様、ステラ、ユッカちゃん、リサ、シオンが居るから材料さえあれば、人手は十分に足りる。
まして、作業内容と目的が判っていれば各自が好き勝手に妖精の子を召喚したり、魔法を駆使して、素早く最適な材料を作り出してくれる。
一番面倒だったのが、竈に鉄板を敷きつつ、そこに蓋をする構造を作ることだね。サトウキビを煮詰める過程は水分を蒸発させることが目的だから、覆いなんか必要ない。けれども、クッキーは遠赤外線の輻射熱で全方位的に加熱して、油、小麦、砂糖を溶かして融合させる温度を保つ必要があるから、蓋が無いと、火力面が焦げて、蓋が無い側は油が過熱されずにジトジトしたまま残っちゃう。
近くの粘土を捏ねて。竈の上に壁を作って、屋根を作る様に別の鉄板を載せる形でオーブンの様な構造を作って、この場は凌ぐことにした。
よし、後は焼き上げるだけだ~。
皆で2時間近く掛けて、材料調達や竈の改造をして、ちんすこうの焼き上げまでが完了した。お昼ご飯が終わって、丁度おやつの時間に近くなったね。
「みんな、焼き上がったよ。私も作るのは初めてだから、自信は無いけど、みんなで食べてみよっか」
「ヒカリ、いつもの様に粗熱はとったのかしら?」と、ラナちゃん。
「はい。今日は段取りに時間が掛かっているので、皆様に直ぐに食べて戴けるように、粗熱も時間短縮をして、冷ました物になっています。既にカリカリの食感が味わえると思います」
「ヒカリ、学習する態度は素晴らしいと思うわ」
と、ラナちゃんからお褒めの御言葉を戴いた。
クッキーのときに2回は怒られたからね。
さすがに学習しないとさ?
さて、試食タ~~イム!!
片栗粉(ジャガイモ由来)のおかげで、かなりカリっと仕上がってる。
マグロの脂は魚臭くなくて、ほんのり肉の旨味を感じる仕上がり。ラードなんかより低温で融けるせいか、油っぽさが少なくて、スッキリ感もあるよ。
油を海藻由来にしたものは、敢えて少し塩を掛けて、バジル系のハーブをステラから分けて貰って、練り込んでみた。
すると、海藻特有の磯の香りと、バジルの青臭さと、塩加減が効いて、クラッカーのような食べ物へと進化した。砂糖の甘味があるから、お菓子のカテゴリーといえば、お菓子なんだけども。これはこれで有りだね。
2種類のちんすこう完成!!
ちんすこうのレシピの原型は留めていないけれど、味も良くて、皆の評判も良かったよ。これって、クッキーとは別方面でのレシピが出来たってことになるかな? 今度北の大陸に戻ったら、ゴードンにも教えてあげようっと。
「ヒカリも成長したわね。この材料なら、海人族の人達でも作れるのじゃないかしら?」
「はい。小麦だけが北の大陸から持ち込んだ物になりますが、飛竜族の方の話によると、ユグドラシルが聳え立つ高台には小麦に似た品種の植物が自生しているそうです。
ドリア―……。ユーフラテスさんでしたら、その辺りはよくご存じでしょうし、場合によってはクッキーに良く合う小麦品種に改良する方法もご存じかも知れません」
「海人族のエイサン、ヒカリの今の話は分かったかしら?ドリア……。ユーフラテスと協力して、小麦の入手を出来るようになると良いわ。栽培は無理でも運搬はそこで寝ている飛竜族に頼めばいいじゃない?」
「ライト様、承知しました。ドリアード様の加護と飛竜族との協働により、こちらで『ちんすこう』なる食べ物をいつでもご用意してお待ち出来る様に、準備を整えます」と、エイサン。
あちゃ……。
エイサン、ラナちゃんは光の妖精の長のライト様で合ってるけど、リサやシオンには内緒なんだよね……。ドリアード様に関しても、一応は内緒ってことで、偽名でユーフラステスさんってことになってるんだけども……。
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