4-12.飛竜族との対話(1)
エイサンの仲介で、南の大陸の飛竜族の人にクッキーを食べて貰えることになった。
「リサ、1枚を海人族のエイサンさんに、そして体調に変化が無いことを確認出来たら、飛竜族の人に残り1枚を差し上げて」
「お母様、毒見など必要ありません」
「飛竜族の人は人間を信用していないんだって。卵を盗まれたりしたらしいよ」「そ、それは……」
「だから、飛竜族にとって中立あるいは友好的である海人族のことなら信用できるから、エイサンが仲介してくれるの」
「分かりました。エイサン様、こちらをお召上がりください」
エイサンは美味しそうに頬張ると、ムシャムシャと咀嚼して触感と味の両方を楽しんでからゴクリと飲みこんだ。
そして口に何も残っていないことを飛竜族の人に見せた。
「リサ様、宜しかったらリサ様から直接差し上げて貰えますか?」
「わ、わかりました……」
飛竜族の人が地面に伏せて、首を曲げて、地面を頭スレスレまで下げてくる。そして、リサに向かって口を開けた。
まぁ、これは、リサが丸のみにされるレベル。私だって体半分ぐらいは持っていかれちゃいそうだよ。よくも、まぁ、こんな生き物相手に卵を盗み取ろうとしたもんだよ……。
きっと、飛竜の人達が苦手な夜中を好機と捉えて、好き勝手したんだろうね。そういう狡猾さは、人間特有なものなのかもね……。
リサは残り2枚のうちの1枚を飛竜さんの下の上に載せる。
飛竜さんは、舌の食感で分かったのか、ゆっくりとくちを閉じて目を瞑る。
あんな小さな物では、味とかわかんないんじゃないかな……。
「ヒカリ様、リサ様、ありがとうございます。ですが……」
「エイサン、なに?文句?飛竜族はクッキーアレルギー?」
「その……、『良くわからない』とのことです」
「うん?」
「『もう少し、確認することは出来ないのか?』と、申しています……」
「そう。 リサ、残りの1枚も差し上げて」
「お母様、判りました」
リサがもう一枚のクッキーを手に取ると、飛竜さんが口をさっきと同様に開けた。そして、リサがさっきと同じく舌の上に最後の一枚を載せる……。
小さいから、こんなの2枚程度じゃ判んないと思うんだよ。
だったら、エイサンにあげればもっと喜んでもらえたんじゃない?
と、エイサンから次の伝言が来た。
「ヒカリ様、『やはり分からない』とのことです」
「うん。無理だろうね。小さすぎるもん。
ただ、北の大陸に居る飛竜さんは1枚でも反応してくれたんだけどね?その上でお替りを欲しがったんだけどさ?」
「ヒカリ様、追加で作って戴くことは可能でしょうか?」
「海人族も飛竜族も火を使った調理器具って使わないでしょ?だから、材料があったとしても、此処では作れないかなぁ~。
あ、あと、小麦は北の大陸では沢山栽培されているけど、南の大陸では気温が高いせいか、小麦の栽培が盛んでないみたい。市場の露店では並んでなかったね。特殊な交易ルートなら入手できるかもだけどさ。
ということで、ちょっと無理かも?」
「それは残念ですね……。良い交流のきっかけになるかも知れなかったのですが……。その旨伝えます」
と、リサと二人でラナちゃん達が座っている昼食用のテーブルに戻る。海藻サラダとか海鮮類が盛りだくさん。生だし、味は塩味だけど……。
スパイスで味付けして、炒めたり、蒸し焼きにしたらもっと味の奥行きが広がると思うんだけど、火を使う文化が無いから仕方ないのかも?
と、エイサンが飛竜さんとの対話を終えて戻ってきた。
「小麦という植物について説明をしましたところ、ユグドラシルの樹がある高台に、それらしき植物が自生しているそうです。直ぐに案内できるそうです。
バターに必要な脂肪分が豊富なことで知られる山羊も同じエリアで確認できるそうです。
最後に火に関してですが、人族の村であれば、火や竈の準備が出来るだろうとのことです。
ああ、砂糖につきましては、こちらから運びます」
「ええ?それって、どういうこと……?」
「作る方法の提案でしょうか……」
「ええと、エイサンが欲しい訳ではないよね?」
「私は欲しいですが、私は北の大陸とも交易が有りますので、ヒカリ様の領地にいらっしゃるモリス様に融通してもらうことが出来ます」
「飛竜族の人は、クッキーが美味しかったから、もっと欲しいんじゃないの?
知識を総動員してまで、仲が良くも無く、信用もできない人族に調理させないと思うよ?」
「私もその様なな気がするのですが、こう、何といいますか、プライドが許さないのかも知れず……」
「人族に負けを認めたくなくて勝負したいなら、勝負するよ。
それはそれとして、交流して飛竜の血をくれるなら、クッキーを焼いてあげる。
どうよ?」
「ヒカリ様、『どうよ?』と、申されましても、私としては飛竜族にお伺いするしか無く……。
ところで、勝負されるとしたら、どういった内容でしょうか?
人族と飛竜族で比べて面白味のある競技があるとは思えず……」
「高く飛ぶとか、速く飛ぶだけなら、結構いけるんじゃないかな?
飛ぶ技術ってのは、ワープでも使わない限りは科学技術との戦いだからね」
「ワープが何か分かりませんが、空間転移のような魔法でしょうか。そういったスキルや魔法を使わずに、実際に高速移動する技術を競うということでしょうか?」
「飛竜族の人が人族に負けないっていうプライドがあって、私が技術でそれを凌駕することで、種族間の敬意をお互いに持つことが出来るのであれば、私はその提案をしているだけだよ。
そんなことしないで、物々交換の交流だけさせて貰えれば、それで十分なんだけどね?」
「承知しました。少々お待ちください……」
ラナちゃんじゃないけど、私はさっきからず~~~っと、なにをやってるんだろうね?
そこに飛竜さんが居るってことで、とてもいい所まで来てるのは判るんだけどさ?
ーーー
「ヒカリ様、お待たせしました」
「うん。なんだって?」
「先ず初めに、
『クッキーが欲しいのでは無くて、人族との交易を円滑に行うために、素材の確保場所を提案しているだけであり、人族が人族の方法で材料を入手するのであれば、それで構わない』
とのことです。
次に、勝負についてですが、
『興味は無いが、もし人族が勝てるようなことがあれば、人族の提示する交易条件を許諾する。人族が我々に敵わなくても当然の結果である故、そちらにペナルティーは不要』
とのことです。
如何でしょうか?」
完全に舐められてる。
っていうか、人族が勝てる訳が無いと信じているからこそ、交易に対しても情報を提供しているだけで、クッキーを欲しがっているという状況を否定しているとも言えるね……。
さて、どうしたもんだか……。
大体、今から草原で麦を収穫したり、山羊を連れてきたからといって、それがその場でクッキーの材料になる訳では無くてさ。素材の各種加工が出来て初めて料理の材料に利用できる訳でさ。
そんなのも知らないで、『材料が必要ならどうぞ?』なんて態度じゃ、絶対にクッキーのレシピを南の大陸で提供しないもんね。
「お母様、何を迷ってらっしゃるのですか?
飛竜族の方に頭を下げて、人族と交易をして頂くように交渉の場に立って戴くのが最善ではありませんか?
飛竜族と人族の勝負なんて、するまでもありません」
「うん……。
信用されてないし、見下された上で、『こっちの欲しい物だけは差し出せ』みたいのは、人族としては不公平な取り決めを許諾してしまうようで、嫌なんだよ。
ただ、まぁ、そのきっかけを作った過去の人族達が卵の窃盗を働いていたことが起因しているとしてもね。一部の人の行いによって、人族全体が悪いみたいに思われるのは嫌だよ。
そういう意味で、私が人族の代表として交渉に当たっているのだとしたら、無条件に飛竜族から人族が見下されたままである必要は無いかな」
「お母様、そういうことはサンマール王国の国王に任せれば良いのではないでしょうか?」
「リサ、念話を使えないと飛竜族と会話は成立しないよ。当然、交易なんかできないし。
今はエイサンが助けてくれているけど、エイサンがサンマール王国の国王と飛竜族との仲介をを買って出る必要は無いし」
「では、お父様にこの場に来ていただくのはどうでしょうか?」
「リチャードが来ても、マリア様に来て貰っても状況は変わらないよ。
リサの言う通り、頭を下げて一方的に飛竜族の条件を飲んだ上で、交易の条件が決まるだけかな。当然、今後種族間の交流を目指したような念話での会話も認められないと思うよ」
「血を分けてもらうだけであれば、それで良いのでは無いでしょうか?それよりも魔族から私たちの存在を消すことの方が重要では?」
「先ず、飛竜族との軋轢を解消する機会は中々無いと思うから最初が肝心だと思う。
次に、ユグドラシルの樹が聳え立つ高台への登る訳だから、そのときのことを考えて、今のうちに飛竜族と友好関係を築いておくの方が良いと思うよ?」
「そんな……。ステラ様も母と同様なお考えなのでしょうか?」
と、私がリサの提案を受け入れない様子にしびれを切らしたのか、今度はステラに頼り始めた。
「そうですね……。
リサ様のお考えは理解できますが、一方でヒカリ様のお考えも理解できます。ここでの決断が後々に影響を及ぼすことを考えますと、じっくりと話し合われた方が良いかもしれません」
「分かりました!私が直接話をします!」
って、リサが一人で飛竜族の所へ行って、エイサンみたいに手を当てて、何やら念話を通し始めた様子。
何をしゃべっているのかさっぱり分からない。ラナちゃんなら漏れる思念をキャッチして、内容を汲み取れるのかな?
「ヒカリ、私はシルフみたいに勝手に漏れる声を聴きとったりしないわよ。自分で直接確認しなさい。親子なのでしょう?」
と、それこそ、こちらの考えを読むように返事が来た。
まぁ、それもそうだよね~。
リサが暴走しているなら、それを止めるのも親の役目だし、逆にリサが自分で冒険したいならそれを見守るのも親の役目。
この加減は難しい……。
と、リサから声が掛かった。
「お母様、私の加護の印は誰から貰ったのですか?」
「え?」
「私は飛竜族の方達と交流した覚えもありませんし、領地の森で遭遇した覚えもありません。いつ戴いたのか、お母様はお判りでしょうか?」
「ああ~。リサの加護の印は特別でさ……。
飛竜族の方と交流して、直接描いてもらったのではなくて、生まれながらにして、体に在ったんだよ。
ただ、その加護の元となるエネルギーの様なものは、ヌマさんっていう族長のお母さんから直接もらったけどね」
「エネルギーって何ですか?」
「私も良くわからないけど、魔力みたいな特殊な何かが体に流れ込んでくる。暖かさみたいな物だったね。エーテルともちょっと違うかな……」
「良くわかりませんが、お母様が戴いた物を私が受け継いでいることと、それをお母様に提供された方はヌマさんというのですね?」
「うん」
私が答えると直ぐに、リサが話しかけてきた。
「お母様、直接話がしたいそうです。この方へ触れてください」
「ええ?」
「お母様が人族と飛竜族の交流の起点を作るのですよね。どうぞ」
な、な、なんなんだ?
これまでのエイサンを通じての交渉は何だったんだ?
まぁ……。
こっちが意固地になってても仕方ないから、飛竜族の人と話をしてみるさぁ……。