第56話 白の魔女と黒の騎士の物語
一方、世の中は、王弟殿下の華やかな結婚式の話で持ちきりだった。
なにしろ、二十年近く悪い魔女のせいで引き裂かれていた恋人たちが、やっと再会して結婚できることになったと言うのだ。
魔女の呪いを破ったのは、白の魔女と黒の騎士。
白の魔女の魔法で囚われの城を見つけ、黒の騎士が剣を振るって魔女を殺し魔城を壊滅せしめたのだ。
「ステキねー」
恋物語なんかには辛口のはずのナタリーがうっとりしていた。
「劇として上演されるらしいわよ? ステキ」
「へええ」
ナタリーが貸してくれた物語本(タイトル:白の魔女と黒の騎士)に目を走らせながら、ローザは上の空で返事した。
「ね? すてきでしょ? 黒の騎士がかっこいいのー」
『黒の騎士は、立ちはだかる魔女に真実の愛を持つ者だけが使える魔法の盾と剣で戦った。その見事な剣さばきは……』
そもそも、そんなシーンはない。これはデタラメだ。
『白の魔女は絶世の美少女だった。力尽き倒れた彼女の頬に、黒い騎士はそっとキスした』
んな訳あるか。これも嘘だ。
「黒の騎士は白の魔女を愛しているのに、伝わらない魔法がかかっているの。魔女を倒さないと魔法は解けないから、黙っているしかないの。だから白の魔女は、騎士の愛を知らないの。気を失っている時だけキスができるの。ロマンチックでしょ?!」
*****
ちなみに、問題の本をアイリーンに借りて読んだエドワードは、この下りに腹を抱えて笑い出して、大変なことになった。(おなかの筋肉が痛くなって)
「今現在、まあ、似たような状態ですよね」
笑いの発作が収まらないエドワードは、薄ら笑いを浮かべながら購入が難しいと評判の本を、王太子殿下の威光を利用して調達して、(恋愛本などをエドワードから渡されて)怪訝そうな顔をしている殿下に進呈した。
うやうやしくアレク殿下に本を進呈した上で、エドワードは言った。
「私はまだ読んでおりませんが、レオ殿下のご結婚にまつわる話だそうで、巷では大人気だそうです。ぜひ感想をお聞かせくださいませ」
*****
「その本、今、大人気なの! 今日一日、ローザに貸したげるわ。感謝してね?」
なるほど物語として読むなら、なかなかおもしろい。
ローザとしては、本来の恋人が自分で助けに行ってやれよと思った。
まあ、レオ殿下は魔法力が少ないので無理だったが。
念のため、ローザは肝心な点を聞いてみた。
「これ、誰が白の魔女で、誰が黒の騎士なの?」
ナタリーは憐れむような目つきでローザを眺めた。
「いやねえ、ローザ。そんなもの、お話に決まってるじゃない。そんな人実在しないわよ。王弟殿下が結婚するから、それにかこつけて、誰かがお話を書いたのよ。魔女も魔城も、白の魔女も黒の騎士も本当じゃないの。現実にはいないのよ」
そりゃそうか。微妙に似てるけど、まあ関係ないに決まっている。
「結構、おもしろいね! この本」
関係ないなら、おもしろい。
「アイリーンもそう言ってたわ。でも、おかしいのよ。アイリーンったら、読みながら声を立てて笑ってるの。笑うところはないはずなんだけど」
「勉強、頑張らないとね。私、女官試験を受けてみようかと思いだしたの」
ナタリーは従姉妹が女官として働いているらしかった。
「ここの学校を卒業していると、貴族の知り合いが多いので、王宮での採用率がいいらしいの。女官として働いて同僚と結婚するもよし、結婚できなくても女官はお給料がいいのよ。一生困らないわ。弟たちの学費を捻出できるかもしれないし」
「私は、特に語学を頑張りたいの」
キャサリンは言いだした。
「家が貿易をしているので。最悪、結婚出来なくても、親に貢献しないと」
キャサリンもアイリーンも、目標があるらしく、選択科目を増やしていた。
たったひと月、離れていただけなのに、みんなは先に進んでいた。
「アイリーンは、婚約が決まったのかしら?」
それとなく聞いてみた。
「あら」
アイリーンはちょっと頰を染めた。
「聞いたのね。他のみんなにはまだ内緒よ?」
「いいなあ……」
思わずため息が出た。
話が決まっていて、将来の心配が要らないのがうらやましい。それに相手がエドワードだと言うのがうらやましい。
魔女の城をぶち壊したあと、エドワードが救いに現れた時、彼のヒゲ面を見て大人の男の人っていいなあと、しみじみ思ったのだ。
責任感と行動力、ぎりぎりまで頑張る体力、疲れでボロボロになっていても抜かりなく手配する手腕と気力。
自分はと言えば、使いようのない膨大な魔法力があるだけだ。
特に勉学に優れているわけでもない。何の取り柄もない。
ケネスは多分妹と婚約するのだろうし、よく考えたらケネスは几帳面すぎて性格が合わないような気がする。たぶん、ローザの行動にあれこれ口出して、自分の思う通りに振る舞わせたがるだろう。
「ケネス・レミントン様は? 婚約していたのではなかったの?」
ローザはうつむいて首を振った。
「妹のヴァイオレットと婚約したの」
両親は、あれから何も言って来ない。ケネスは撤回させると言っていたが、変更があればきっと連絡があるはずだ。
それに……ヴァイオレットはケネスに恋している。強く執着している。ローザはわかっていた。
もし自分がケネスと婚約したら妹は悲しみ、怒るだろう。そして、両親、特に母は怒ることだろう。
「アレク様はどうなの? 魔女討伐に一緒に出かけたのでしょ?」
「身分違いよね」
「あなたは白の魔女として卓越した能力を発揮して、魔女と魔城を破壊したのよ? そして、王弟殿下の恋人を救出した。実名こそ出ていないけど、王家は承知してるし、その能力があれば十分じゃない? たとえ、出自が平民でも結婚に支障ないくらいよ?」
ローザはアイリーンにきわめて事務的に答えた。
「現実には身分違いで論外だと思う。アレク様には婚約者としてカスターシャ姫がいるわ。今回ご一緒させていただいたので、そのお礼と言っては何ですけど、アレク様に、側近の誰かを結婚相手として紹介してくださるようお願いしてるの」
「えーと、ローザ、それ本気?」
アイリーンは戸惑ったようにローザに聞いた。
「もちろんよ。私には使いようがない魔法力しかないし、ケネスは妹と結婚することに決まったし、勉強ができるわけでもない。結婚でもするほか、生きていく方法がないの」
「でも、あなたはずいぶん頑張ったわ。エドワードから聞いたのだけど、あなた以外の誰もあんなことは出来なかったろうって」
ローザはため息をついた。
魔女の城をゆっくり崩壊させ、ガラスの破片がアレクと自分の頭に突き刺さらないようにしたのは自分だ。
あの時のコアの小さな宝石は今でも持っている。寮の机の抽斗に大事にしまってあった。
だが、誰もそんなことは知らないだろう。
アレク様が話せば別だが、彼はそんなことはしないだろう。彼はローザのことをバカだと思っているっぽい。
誰にもわかってもらえないし、認められもしないだろう。自分だって、あの時初めて自分の魔力を自覚したのだ。
「今日、エドワード様から連絡が来たの。アレク様が、エドワード様の同僚の方を私に紹介してくださるのですって。エドワード様のご意見も聞いてみたいのだけれど」
「え? ……でも、その方のお名前を聞かないとエドワードにも尋ねようがないのだけど。どなただか、まだ聞いていないの?」
「そうなの。明日、学校はお休みでしょ? だから、明日、ご紹介していただけるの。その時には名前もわかると思うわ」




