第53話 壮大な誤解による壮大な妄想
ローザがにこやかに出ていた後、エドワードはアレク殿下に尋ねた。
「なんですか? 側近を紹介してくれって?」
アレクは聞き取れないような声でボソボソ答えた。
「え? もう少し大きな声で!」
「婚約者のケネスを妹にとられたので、新しい相手を探さないといけないそうだ。それで、王太子付きの側近なら将来有望だろうから、ぜひ誰か紹介して欲しいと頼まれた」
エドワードの眉が吊り上がった。
「驚異の鈍感力って、アレク様だけがお持ちなのではございませんな! こう言ってはなんですが、ローザ様にはなにも伝わってないではありませんか!? てか、なんの話ししてたんですか? あんなに長いこと夜も一緒だったのに?」
「いや、それは、俺も常々鈍感かなあって思ってはいたけど……」
ローザ嬢の鈍感スルー力は、アレクを負かす勢いだ。どこが人の心に影響を受けやすい白の魔女だ。
いや、殿下には通用しないのだったな。通用しないからこそ、アレク殿下の恋心は、完全スルーなのか。
エドワードは、もはや感心した。こんなにわかりやすいのに!
「こうなったら、真正面から叩きつけてくるしかないのではありませんか? 恋文でも告白状でも! 殿下も殿下ですからね! 検閲させていただきますよ? まどろっこしい書き方してたら、添削しますよ?」
アレクはエドワードにハッパをかけられた。なぜなら、アレクは退学すると一度言ってたくせに、学校に通い続けると宣言したからである。理由は見え透いていた。
「いい加減にしてくださいよ。なんで、二十一にもなって、学校なんか5年も前に、最優等で卒業した私が2年生やらなきゃいけないんですか? フリだけにしても?」
「3年前だろ?」
不機嫌そうにアレクが訂正した。
「授業なんか受けてないで、仕事をしたい」
エドワードは王太子殿下の御前だと言うのに、だるそうにぼやいた。
「なに社畜(日本語訳)みたいなこと言ってんだ」
「ローザ嬢にお申込みになるつもりがないのだったら……」
「いや、もちろん言ってくる! ただ、どうも最近隙がないと言うか、避けられているような……」
「嫌われているんじゃないですか?」
ぐっさりエドワードにトドメを刺され、アレクは涙目になって、思わずおそろいの指輪を撫でた。これだけは手元に残っている。彼女も同じものを付けているはずだ。きっと捨てたりしていない。
「王妃様は思いあう娘がいればそれが一番だとおっしゃっておられましたが、うまくいかないようなら、隣国のカスターシャ姫様から縁談のお申し込みがあるので検討するようにと言っておいででした。肖像画を持ってまいりましたので、ぜひご覧に……」
エドワードは手際良く、目にも止まらぬ速さで、一枚の小さな絵を取り出した。少しポカンとしたような、あどけない少女の顔が描かれている。
アレクは眉をしかめた。
「ボーッとした顔の娘だな」
「ええ、もう、殿下の趣味はよく存じ上げておりますので。それ風に描かせました」
「なに?」
「それに、何も行動を起こさないなら、レミントン家からのケネス様とローザ様の結婚承諾書にさっさとサインをしてくださいませ。一ヶ月も待たせております。異例でございます。生まれついての婚約者ですのに」
アレクは険悪な顔をした。
「ケネス・レミントンは、処刑しよう」
「は? え……え? 何の罪で?」
「……そうだな…違法な魔法を取り扱った罪でだ」
「いつ? どんな?」
「えーっと、来週、魔法学の授業の時に、その、人に悪影響を及ぼす…飴の形をしているが飲み込むと体内で爆発して、内臓を傷つけ人を死に至らしめると言う……これなら死罪でも文句はあるまい」
エドワードが目を見開いた。
「話が妙に具体的ですが、まさか……」
「ち、違う! ええっと、そうだっ ケネスが婚約破棄をするんだ。他の生徒の目の前で、ローザ・ウォルバート嬢を断罪する。庇護欲をそそるピンクブロンドの男爵令嬢を抱きしめて、ウォルバート嬢が彼女に陰湿な虐めを働いていたとバラし、声高らかに婚約破棄を発表するんだ! これで、一挙に解決だ」
エドワードは疑い深そうに言った。
「それは設定に無理が……」
大体、登場人物のキャラが全くかぶっていない。
ケネスは慎重でクソ真面目キャラの上、ローザへの執着心で有名だ。
ローザの方は、婚約者を狙うハゲタカ令嬢に、わざわざ婚約者を紹介している。むしろ、婚約者のことを嫌いなんじゃないかと心配になるくらいだ。
そんなことを言おうものなら、この小心者の俺様王子様が小躍りして喜びそうなので、もちろん黙っていたが。
それに、ピンクブロンドの令嬢には全く心当たりがなかった。役者不足も甚だしい。
「人数的に無理がございましょう」
アレクも、登場人物の数を数えて、いちどきにそれだけを動かすのは無理だと気が付いたらしい。別案を出してきた。
「ケネスが教室で他の生徒に、一瞬にしてハゲになる魔法をかけたのだ! 口論になったからと言う理由で」
一挙に設定がしょぼくなったなと思いながら、エドワードは尋ねた。
「ケネス・レミントンが口論ですか?」
あの慎重で穏やかなケネスが、口論など信じられない。
「大丈夫だ。任せておけ」
「ケネス・レミントンが、口論するネタって……」
「ローザの横に座ろうとしたな? 素行に気をつけろ。ハゲたいか? そんな感じの言いがかりをつけて、で、実際にハゲにする。ハゲ魔法は得意中の得意だ」
エドワードは、魔法の種類の恐ろしさに身震いした。
「それくらいなら簡単だ。大勢の生徒の前でやらかすのだ。ハゲ魔法はケネスがかけるわけではないし」
「殿下……まさかと思いますが……人をモノ扱いして操る罪は重いですよ?」
アレクは自信満々だった。
「誰が証明できるんだね? そんな魔力を持つ人間は世の中にいない。なに、首を切ったりなんかしない。ちょっとだけ、その容疑で学園から退場してもらっておいて、その間にだな……」
「それって、誰かの義妹と同レベルなのでは?」
それに、そんな魔法力を持つ者がそうそういないなら、犯人はあっという間に一人に限定されるのでは?
「そんなことはない! それに、退場してもらうのはほんのわずかな期間だ! 多分、3年くらいあればどうにか……」
3年……エドワードは目をつぶった。卒業式を突き抜けてしまいそうだ。
「わかりました。私にお任せください、殿下。3日でどうにか致しますから」




