第50話 二十年目の再会
レオ殿下とアリス嬢は、お互いを見つめあっていた。
「待っていたんだ、アリス」
レオ殿下は、目をきらきらさせながら言った。まるでアリスを見ても見ても見足りないと言うようだった。
恋人はちっとも変わっていなかった。その目も、口元も、髪も何もかも。
熱をはらんだ目で、肌の熱さが感じられる距離で、本物のあの人だった。
「やっと、とりもどした。ずっとずっと探していた。いつかきっと君をこの手に取り戻すこと、それだけが希望だった……」
アリスは殿下の目をじっと見つめていた。
「義妹のエメリンと結婚したとばかり思っていました」
アリスは乾いた声でようやく言った。
アリスは戸惑っていた。
目の前の事実がまだ信じられない。
「とんでもない。君がどこに行ったのか、どうしているのか、何回も公爵→侯爵 家に通った。でも、君のことは誰も教えてくれなかった」
殿下を愛していた。
殿下が心変わりしたと聞かされた時も信じられなかった。
でも、心変わりは本当のことだと義妹のエメリンに何度も何度も繰り返され、どんない待っていても婚約者は自分の目の前に現れなかった。
だから、心変わりは、本当なのだと、愛されていると思っていた自分が愚かなだけだったのだと、なんとかその事実を受け入れようとした。
だが、目の前の殿下は前と全く同じだった。
これまで身体中をこわばらせて耐えてきた、愛されていないという枷が溶けて消えていくようだった。
その|枷は、アリスの思考を止め、動きを止めていた。
「そのうえ、君の義妹がその都度、つきまとってくる。ムカついて、一発殴ったことがある」
「え?」
エメリン、婚約者に愛されているって言ってなかったっけ?
「歯が折れて嫁にいけなくなったから、結婚してくれと言われた」
「そ、それで?」
急に別な心配が出てきた。
「俺の知ったことじゃない、そばにくるなと言ったのに、しつこくつきまとうからだと答えておいた」
さすが王子様である。俺様感が半端ない。
後でその話を聞いたローザは、叔父と甥の共通項を深く心に刻んだ。
アレクには近寄らないようにしよう。機嫌を損ねると歯を折られるらしい
「俺が愛しているのはアリスだ。あなただけだ。狂ってしまったとか、二目と見られぬ容貌に変わりましたからとか、性格も凶暴になってなどと言われたが、絶対にそんなことはない。アリスなら構わない。俺が治す。治らなくても一生手元に置いて大事にすると」
アリスの目に涙が溢れてきた。
「レオ殿下……信じても良いのですか」
「バカなことを。君に信じてもらえていないかもしれないと思うと、つらかった」
真実の愛はあったのだ。信じていれば、こんな苦しみはなかったのに。
「アリス……泣いている……」
レオ殿下は指を伸ばして、アリスの頬を撫でた。
「殿下……も……」
下を向いたアリスの目からポタポタと涙が床にこぼれ落ちた。
「その涙も、もう全部俺のものだ。二度と泣かせない」
レオ殿下は話を続けた。彼は怒っていた。
「やつらは君を深夜、密かに修道院に送ってしまった。俺は知らなかった。いなくなってしまってからも、何回も侯爵家に行ったと言うのに、誰も教えてくれなかった。歯が折れてもいないエメリンが着飾って側に来るだけだ。侯爵に言ってやったよ。エメリンを二度と俺の前に出すなと。エメリンは、お前を悪く言うのだ。アリスはそんなことはしない、全部、嘘だとエメリンを怒鳴りつけた。それでも、まことしやかに言い続けるのだ」
「殿下……」
「君を信じてずっと待っていた。アリス、君はどこでどうしていたの?」
ちょっとだけ、アリスがビクッとした。
「それは、ええと……」
がんばれ、アリス。
鍵穴からのぞいていた私設応援団は、声なきエールを送った。
正面から突破せず、めげて全てを忘れる道を選んでしまったのかも知れない。
だが、それがなんなんだ?
令嬢が、髪を根元から切られてしまったら、逃げる道を選んだって当たり前じゃないか!
レオ殿下だって、ちょっとハゲの呪いをかけたからって5年も根に持ちアレクに不能の呪いをかけようとしたくらい狭量な男なんだ。
失われた時は戻らない。だが、取り返しはつくだろう。
その証拠に、レオ殿下は、とても愛し気にアリス嬢の頬を撫でていた。これからは離さないと彼はつぶやいていた。
「どこに行っていようと、君を思う気持ちは変わらない。愛している」
私設応援団は感動し、涙した。
だが、ただ感動だけしているわけではなかった。
つらつら考えてみれば、彼らは、このために動員されたようなものだった。今、気がついた。
「大体、どこで何してたか、わかってたっぽいよねえ?」
ローザが口の中でブツブツ言いだした。
「その通りだ。これまでの経緯からして」
アレクが応えた。その通りだ。
「どこにいたんだ、なんて聞くことないじゃない。それに私たち、レオ殿下の被害者のような……エドワードも」
「うむ」
この時、鍵穴を独占していたのはアレクだったが、横からローザが体当たりしてきた。
「ちょっと、アレク様、どいてよ。今度、私の番よ。今、キスシーンなんだから」
「中年のキスシーンなんて目の毒だから。俺、これをネタに明日からレオ殿下に復讐するんだから」
「殿下、あの服やめたら意外に正統派イケオジだし、さすがアリス様、着飾ったら王弟殿下が参るのがわかるくらいの美人じゃない。絵になるわ。どいてよ」
結局、場所を譲ったアレクは、真実の愛だわ…と感動してつぶやくローザの銀色に輝く後頭部を眺めながら、聞いてみた。
「ローザ、学校に戻ったら、どうするの?」
「え?」
「学校に戻るの?」
「あ、そうだ。殿下、お付きって、エドワード様以外もいるの?」
「? いるけど?」
ローザが目を鍵穴から離して、アレクに言った。
「ねえ、アレク様、お願いがあるの」
「え? なんでしょう?」
美人のお願いに思わずアレクは丁寧語になった。
「無理なお願いだとは承知しているんですけど……」
ちょっともじもじしながら、上目遣いにローザはアレクを見上げた。
「う。なにかな?」
「やっぱり、ステキな恋人がいるってステキなことだと思うの。レオ殿下とアリス様だって、とてもいい雰囲気で羨ましい」
「えっ、そうなの? いや、まあ。まあ、それで?」
「私も恋人が欲しいかなって」
「あ、そう? そうか」
思わずアレクは少し顔が赤らむのを覚えた。
「そうなの! アイリーンとエドワード様もとてもいい恋人同士でしょ」
人のことなんか、どうでもよろしいとアレクは思った。それより話の続きが聞きたい。
「ええと、それで?」
ローザはもじもじしながら続けた。
「それで……殿下の側近の誰かを私に紹介して欲しいんです」
「……………………………なんで?」
「だって、エドワード様は優秀で、将来的にも、王太子殿下の側近だなんて有望だと思いません? アイリーンがうらやましいわ。あんなに優秀な恋人がいて。このままだと、私、妹にケネスを取られて、行き遅れになりそう。だから、お願い」
アレクは言葉に詰まった。
この女は……
「ダメでしょうか?」
小首を傾げて、大きな青い目でアレクを見つめた。
クッソ可愛い。しかし、しかし、壊滅的にバカだ、この女。なんにもわかっちゃいない。超絶ニブい。




