第44話 魔女を爆破してみた
缶詰は影響なんか受けてない。アレク自身と一緒だ。
もう、それしかなかった。
アレクは女の頭めがけて『石油』缶を投げつけた。多分、あのへんが頭だろう。物理的攻撃だ。
女の影が揺らめいた。影が薄くなった。当たったのかもしれない。
『潤滑油』の缶を投げた。次は『鯖缶』を投げた。魚は嫌いだ。惜しくない。潤滑油は食えないし。
火の魔法を放つ。届いてくれ! 缶がうまく当たったせいか、ポッと小さく火が出た。
いけるかもしれない。渾身の力で放つ。石油なら引火するかも。ガソリンだったらいいのに。
他に何かないか? 荷物の中に棒があった。なんだか知らないが溶けてない金属の棒だ。風魔法で缶をぶっ刺す。頼む。穴をあけてくれ。引火してくれ。
ぼやけた音が何か騒いでいる。何かを通して聞いているような音だ。風の音のようにも聞こえる。
やっと缶切りが出てきた。風魔法で缶を切れるだろうか。そんなこと、やったことないが。
だが、缶切りをどうこうするまでもなく、どおおーーんとものすごい爆発音がした。
魔法の音ではない。それはクリアにアレクの耳に届いた。
バカな。石油は爆発しないだろ?
アレクは目を見張った。
急に視界が開け、数メートル先に倒れているローザが目に入った。
「ローザ!」
駆け寄りローザに触れると、途端に、ドレスを着た女の姿が鮮明に見えた。女の口が、唇が半分無くなって歯茎が見える口が、くぐもったような声で叫ぶ。
「誰? この男は!?」
「お前こそ誰だ?!」
顔をあげた女を見て、アレクは腹の中がグッと冷えた。顔、怖い。
女は、爆発のせいか破れた真紅のドレスを着て、顔の半分が溶け始めていた。
物理だ。物理が一番効く。さっき投げた金属棒が、爆発のせいでこっちに帰ってきていた。
今、やらなければ殺される。アレクは棒を握ると走り寄り、女を力一杯殴った。
「何をするの!」
また殴って、殴って、殴った。
「止めて! 殺される……」
溶けていく。殴られた部分から溶ける。殴られて溶けだすなんておかしい。
「止めて、アレク」
後ろから抱き着いてきたローザを振り払った。
ここはおかしい。
この世界は異常だ。
「異常って言うのはね、自分の側じゃない方のことを言うのよ!」
アレクの考えを読んだかのように、しゃがれた女の声がささやきかけた。
「ここに住んでいれば、あんたたちが異常なのよ」
目がとろけて、眼窩から出てきた。左ほおも黒ずんでへこみ骨が見えてきた。大理石の床に落ちた目が転がったが、直ぐに溶けて黒いシミになった。指先から黒ずみドロドロした液体になり、床にとろとろと落ち広がった。足がかくんとなって、膝をつき、黒い汁になって溶けた。女の残骸の汁だ。
「アレク、お願い。ひどいことをしないで」
「どちらがひどいんだ!」
アレクは力の限り女をぶちのめしながら叫んだ。こいつを殺さないと、もとの世界に戻れない。こんなところでひるんだら、俺は間違うことになる。
『元の世界に戻りたい人間ばかりじゃない』
頭の中に声が響いた。
『見たくないものから、目を逸らすことが卑怯だとでも?』
アレクは女の残骸を滅多打ちにした。もう、ほとんどが黒いどろどろした液体になっていて、それさえ乾き始めていた。
『お前は生きることが残酷だと知らない』
ハッと顔を上げると別の女がいた。
それは年を取った女だった。年は取っていても背中はまっすぐで威厳にあふれ、アレクをにらみつけた。
「止めて! アレク様」
「俺の名前を忘れていたくせに!」
アレクはローザを突き飛ばして、その不気味な年寄りの女の方に火の魔法を放った。
「黒の魔法使い!」
女は叫んだ。
だが、魔法の火は女の服の裾をかすめただけだった。
魔法なんかダメだ。
アレクは「キャットフード」「ピクルス」、ちょっと惜しかったが「チリビーンズ」を次々に投げて、どれかが女の頭に命中した。
グラッと倒れたところを、アレクはさっきの棒で殴った。金属棒が実は魔法の杖だったことがわかってきた。元の形を取り戻しつつあったのだ。
だが、かえって、そのせいで殴りつける威力が落ちてしまった。
アレクは走って行って、前の女のそばに転がっていたグリース(潤滑油)の缶を風魔法で拾うと急いで缶に穴を開けて女にぶっかけた。さっきの爆発の熱でグリースは溶けていた。
後ろに下がると火の魔法をぶっ放した。
殴れば白の魔法力は弱まるらしい。
「ギャアアア」
老婆は叫んだが、さっきの女と同じように溶け始めた。
これが一番効くらしい。
「アレク様、なんてことを」
ローザが泣き出した。
「あなたがそんなことをするだなんて」
この大バカ女! この世界に閉じ込められるとこだったんだぞ!
「早くここを出るんだ!」
アレクはローザに命令した。
老婆は床に座り込み、溶けて黒い液体となり、さらにはその液体も乾いていったが、黄色い骨が最後に残った。
「あああ……」
骸骨を見たローザが震え声をあげた。




