第43話 エステとネイル好きの魔女一号。なお、ダイエットは必要ない模様
翌朝、さわやかに目覚めた二人は戦略を練った。
「いいか、ローザ。すぐ行って、魔女を倒して、サッと帰る」
「はい! アレク様、あれですね?」
あれってなに?と思ったが、ローザの指さす先には、お城が光っていた。
「地図に書いてあったお城ですね?」
アレクは目を丸くした。城、あったのか。気がついていなかった。マズイ。向こうからも丸見えだ。
「地図にようこそって文字が、パッションピンクで浮き出てます!」
「……マズイな。ようこそって書いてあるのか。バレバレだな」
戦略になっていない。そんな気がする。アレクは思った。
「行くぞ!」
荷物を背負うと一瞬、重さにフラッとなったが、踏みしめて前へ進んだ。
アレクが本気で早足になると、ローザは当たり前のような顔をして懸命に小走りでついてきた。
近付いてみると、城は立派だったが、人の気配はなかった。
居住用の美しい城で、回りが灰色のなんの希望もない荒涼とした風景なのに、城の周りだけは取ってつけたように花が咲いていた。
「オーナー、お花好きの人かしら? きれいですねえ」
ローザはそう言ったが、アレクは周りとの差に慄然とした。なぜ、ここだけ緑なのだ。
異常な世界。異常な有様だ。
どこから入ったものか、悩んだが、敵が「ようこそ、お越しくださいました」と伝えてきているなら、正面玄関からでいいだろう。
敵の目にアレクが見えるのかどうかは、よくわからない。
だが、絶対にローザのことは見えているはずだ。
ローザは膨大な白の魔力の持ち主。見逃すはずがない。
正面の白い石段を登り、見上げると、塔がやたらにたくさんついた白亜の城は、陽の光を浴びてキラキラしていた。
「開けるぞ」
木と鋳鉄で飾られた重厚な玄関の扉は、意外に軽く開いた。
中は真っ暗かと思ったが、吹き抜けの上部の窓から光が差し込み、内部の様子が見て取れた。
誰もいない。人がいる様子がない。森閑としている。掃除の跡すら感じられない。
真新しくて、キラキラしている。三百年前に造られたはずなのに?
白と黒の大理石で模様を描いた床、壁面は白地で金の装飾が施されていた。
高い天井からは見事なカットガラスのシャンデリアが吊るされていて、窓から差し込む陽光に反射してキラキラ輝く仕様になっていた。夜には明かりで輝くのだろう。
突き当りに階段があった。
金の手すりと白大理石の豪華な階段は踊り場から二手に分かれ、真正面の踊り場には真ん中に鏡が、両脇には扉が見えた。
王城よりずっと豪華で洗練されたデザインだ。美しい。アレクは唇をかみしめた。自分の城も次はこのデザインで行くか。
城の内装をうっかり見とれていたアレクは、はっとして傍らを見た。ローザがいない。
ローザは、扉を入ってすぐのところで固まっていた。
何かに気を取られたように、立ち止まってじっと一点を見つめていた。
アレクのことなど忘れたかのようだ。
ローザの目線を追うと、階段の踊り場のあたりに何かがうごめいているように見える。そこだけ、空気がうねっているかのようだ。影のような光のような……
アレクは目を細めた。なんだかよくわからない。
「ようこそ」
鈴を振るような、しかし、いびつに歪んだ音がした。人の声ではない。
「まあ」
隣でローザがため息をついた。
「なんて美しい方」
さっきより、空気のゆがみが強くなり、形を取って光り始めていた。まるで女の形のようだ。
その形が階段をゆっくり降りてくる。
細長い、腰のところが少し細くなったビンの形に見えた。それが、ところどころキラキラ光りながら、まるでなめくじのようにゆるゆると階段を移動していく。不気味だった。
「ここは心のオアシス。たまにあなたみたいなお客様が来る。私は心から待っていました」
「心のオアシス?」
「人助けをしたいだけよ。ここに来れば、みんな心の痛みを忘れられるの。お勧めのラグジュアリーリゾートよ」
「人……助け?」
「そうよ。スパもあるし、極上のエステもあるわ。それから、スイーツもね。ここなら、ダイエットの必要なんかないのよ。食べても太らないの。いつでもベスト体重よ。ねえ、ネイルに興味ない? どう? この爪。いいでしょう?」
はっと息をのむ気配がした。ローザがつぶやいた。
「キレイ。紫と黒。それに金ですね」
ふふっと笑う声がした。
「ね? それにエバンジェリンもいるわ」
ニャーと言う小さな声がして、ローザの足元に白っぽく光る影がまとわりついた。
「くすぐったいー」
「モフモフし放題よ」
ローザの声に、瓶の形のものが揺らめいた。
「いろんなところから人が来るわ。一息つくためにね。あなたの世界からだけではないのよ」
帰って行くやつはいないのか? 満杯になってしまうではないか。アレクは計算した。だが、彼の姿は向こうには見えないらしい。
「一人で来たの?」
女の影が尋ねた。
ローザが首を傾げた。
「あら? 誰かと一緒だったような気がする」
ローザ?
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、そこまで馬鹿だったとは。
俺はここにいる!と怒鳴りたかったが声が出なかった。
動きたかったが体が重い。荷物が重いのだ。アレクは荷物を床に降ろした。
だが、音がしない。おろした感触がない。
「すばらしい力だわ。あなた、まだ、わかっていないみたいだけど」
女の声は弾んでいた。
「私にはわかるわ。あなたは力を使ったことがない。ずっとわからないふりをしてやり過ごしてきたのね」
「え?」
ローザがマヌケな声を出している。
「本能的に押し込めてきたのね。あなたは他人の心を操れるほどの力がある。だけど、それは恐ろしいことよ。すばらしいことだけど」
「え? そうですか? 私、家ではぼんやりだってずっと言われてて……」
家だけじゃない。学校でもぼんやりで有名だったぞ?
「ぼんやりだなんて……力の使い方を教えてあげるからいらっしゃい……もう、誰にもバカにされないわ……」
女の声がぼやけてかすんできた。ローザがちょっと嬉しそうにしているのがわかる。ローザ、そいつに乗せられるな。ボンヤリでも馬鹿でもないことは俺が知っている。ローザ、行くな……
「……教えられる人がいなかったのよ。最初は、手の平を対象物に向けて念じるの。そう。すごいわ。ローザ、あなたはすごい魔女になれるわ……」
ローザの返事がだんだん聴き取れなくなっていく。
なにもかもが薄れていく。
不気味な女の影はゆっくりと階段を降り続ける。ローザの方に向かっていく。今はもう切れ切れにしか聞き取れない声がしゃべっていた。
「一緒に……ここ……暮らしましょう……」
ローザ、ダメだ! 白の魔力を持つ者は、引きずり込まれてしまう。
なんとかして止めなければ。アレクの目に見えなくなってしまう前に。
ローザが彼を忘れてしまう前に。
彼は焦って、女に向かって風魔法を放った。
しかし、なにも起きなかった。魔法が効かない?
次々とアレクは自分の魔法を試した。だが、どれ一つ何の効果もなかった。
うそだ!
アレクは一瞬茫然としたが、荷物をかき回した。何かないか。剣があったはずだ、それに楯も。
だが、驚いたことに、魔道具のほとんどが、形が崩れて溶け出していた。
アレクは、触るのもはばかられるくらい溶けだして形が崩れた剣を発見したが、つぶやいた。
「全部ダメだ」
無事だったのは缶詰くらいだ。こんなもの、役に立つか!
突然、叔父の言葉を思い出した。
『魔女は肉体的には決して強くない。力で勝つのは容易だ』




