第42話 アウトドアのプロ
「どうします? アレク様。魔女退治、やっちゃいます?」
魔女退治がそんなサクッと出来るわけないじゃないか……
だが、だが、……それしかないのだ。アレクは歯を食いしばった。
「あー、ああ。頑張ろう」
アレクは地図をひったくった。魔女の本拠地はどこなんだ。叔父は言っていた。魔女は肉体的には弱いだろうと。
叔父の言葉が信じられるのかどうか、よくわからなかったが。
「アレク、地図読めたのね?」
アレクはムッとした。
「地図の読み方は最初から知っている。ローザの手に触れた途端、その地図に文字が現れたんだ」
ということは、ずっと手を握ってなきゃならないのか? 不便だな……
「あ、そういえば……」
ローザは、袋をゴソゴソ探って革紐を出してきた。
「コレ」
「なにそれ? 紐?」
ローザはちょっと悩んでから、紐を結んでアレクの腰にくっつけた。
「魔道具よ。どう? 門、見える?」
「見えるけど」
「地図は? 読める?」
「読めるよ!」
「うーん。散歩中の犬みたいねえ。つながってさえいればいいんじゃないかしら。でもこの紐を首に付けたら、何かの拍子に首を絞めちゃって、私、王子殺人の罪に問われるかもしれないし」
「犬かよ。しかも殺す前提かよ」
まるで真剣味がない。事態の悲惨さを理解できているのか?
「でも、アレク様の両手が使えないと不便だから」
「ほかのもん、何かないのか?」
大きな袋をかき回して、ローザが出してきたのはいくつかの指輪だった。
「そろいのならいけるかも。イヤリングでも」
アレクは不思議な気がして、その装身具を見つめた。物理でつながってなくてもオーケーとか? 魔法か。
「持ってたらいいのかも」
彼は一対の指輪を選んで、一つをローザに渡した。
「革ひも、外してみて?」
見える。オーケー。指輪でもいける。景色は変わらない。
念のため、指輪をローザに返すと、ローザは途端に見えなくなった。
「ローザ、見えない。君がいない。返して、指輪」
ローザのあたたかい手の感触がして、指輪とローザが戻ってきた。
「指輪、はめといて。なくさないで。でないとはぐれる」
アレクはローザに言った。
白の魔法は黒の魔法に影響を与えないのではなかったのか?
なぜ、ローザと手を繋いだ時だけ、白の魔法が見えるのか。
そして、なぜ、指輪をしていると二人の間には何かが通じるのか。
「アレク様、指輪外しても、緑の平原にはならないの?」
ローザも同じことを考えたらしい。アレクは首を振った。
「もう、門の中なんだろう。灰色の荒野しか見えない。指輪がないと、ローザも見えなくなる。それに」
アレクは、今やはるか遠くになってしまった白い門を指した。
「ローザ、門はあそこだ」
ローザは振り返り、表情が変わった。
「アレク様……」
もう、後戻りは出来ない。
夕方近くになったので、アレクはテントと夕食の支度を始めた。城はまだ先だ。
彼は、光の魔法が使えたので、長い木の枝を地面に突き立て、その先を光らせることで小さな灯りを作り、同じくウマに積まれていた布を工夫して器用にテントを張った。
「すごいわ、アレク様」
「黒の騎士ってさあ、単に、アウトドアのプロなだけなんじゃ」
アレクはブツクサ言った。
「レオ殿下もそう言っていたわ」
「なに?」
「白の魔女だけでは戦えない。アウトドアのプロを紹介しようって」
あいつは嘘つきだ。そんなことを言って、油断させて、周り中を騙したのだ。アレクは眉をしかめた。
「ねえ、晩ご飯は? お腹空いた」
「どこまで、俺に頼る気?」
「お得意の魔法はどうしたのよ?」
「ダメだ。無から有は生まれない」
アレクは冷静に言った。
「これはどうかしら?」
ローザは缶とビンを持ち出してきた。
「あの魔道具セットから出てきたやつか?」
不審げにアレクは聞いた。
「レオ殿下が持たせてくれたやつ」
叔父がか。毒でも入ってんじゃないか?
「そもそもほんとに食料なのか? ワックスとか薬とかじゃないのか?」
ローザはビンをひとつ出してきた。くるりと回してラベルを見る。
「何か文字が書いてあるけど、エドワードも読めないって言ってたじゃないか?」
お前なんか、バカなくせに読めるわけないだろと言いかけて、危ういところでアレクは踏みとどまった。
ローザは真剣に目をつぶって、考えていた。
「これはね。オイルサーディンだわ」
「え? わかるの?」
「わかる」
次に大きな丸い缶を出してくると、じっと考えて、
「これ、ごめん。干しブドウとナッツ入りのスポンジケーキだわ。晩御飯には不向き」
次から次に彼女は判定した。
「鯖缶」
「マーマレードジャム」
「乾パン」
「コーンポタージュ」
「潤滑油」
「スパム」
「チリビーンズ」
「キュウリのピクルス」
「キャットフード」
「石油」
「ところどころ、食べ物じゃないモノが混じってるぞ?」
「それは食べるの、止めましょうよ」
ローザが提案した。
「誰が食うか。石油なんて。ほかのにしよう」
「石油なら飲むんじゃないの?」
「誰がだ、ボケ」
「何ッ?」
結局、二人は、晩御飯には不向きな干しブドウとナッツ入りのスポンジケーキと、スパム、コーンポタージュを分け合った。
「水魔法って、便利ねえ。お皿、洗ってくれるし。火の魔法も使えるから熱いお茶も飲める。すごいわ、アレク様。プロの家政婦みたい」
思わず、洗ったばかりのキャンプ用の皿でローザを殴りそうになった。俺は王太子様だ。家政婦じゃねえ。
夜遅く、空には見たことがないほどのたくさんの星が輝く夜空が広がっていた。
悲惨だ。
と思ったが、横のテントではローザが寝ていた。
何もできないバカローザが安心しきって寝ていた。彼女はあまり強くない。疲れたのだろう。
なぜか荷物の中にはちゃんと毛布が入っていた。
外に出て枝の先の明かりを消すと、あたりは真っ暗になった。降るような星の光だけだ。
アレクはテントの中に入り、ローザと毛布の中に潜り込んだ。
テントの中で、自分の指先に光魔法で小さな光を灯してローザの顔を照らした。無邪気な顔をして、長いまつ毛が影を落としている。
「ほんとにバカだ。こんなとこでぐうぐう寝やがって」
ちょっと、ほっぺたに唇で触れてみた。
冷たくて、柔らかくて、そしてしばらくするとあたたくなった。




