第41話 ご入場、ありがとうございます
地図のセリフは続いていた。
『幸せは路傍の石。噛み締める間もなく行き過ぎていく。なくなった時に初めて気がつくこともある』
「なに?」
『しんどい時は休みましょう。立ち止まることもある。それが必要だから。休むことは正義です。ここは、そんなあなたのための心の楽園、心のスパなのです……』
「こころのすぱ?」
ローザが戸惑ってアレクを見上げる。
アレクはローザの手を振り解いた。
緑の草原が……現れなかった。それどころか灰色の荒野がぼんやりと広がる。
アレクは蒼白になった。
「なんてことだ」
呟くと、ローザが手を握ってくれた。途端に視界が明瞭にはなった。あまり見たくなかったが。
『ご入場、ありがとうございます。わたくしどもはあなたを心より歓迎いたします。我が同志』
今や読めるようになってしまった地図の文字が目に痛い。
どこで一線を越えてしまったのだろうか。
アレクは周りを見回した。
そこまでも灰色の草原だ。村や家畜は全く見当たらない。そして、遠くに山が見える。山の形には覚えがあった。
「アトス山だ!」
くるりと振り返ると、白い門が見えた。
だが、それはずっと向こうにあった。いつの間にか距離が開いていた。ほんの1分前には手を伸ばせば触ることが出来たのに!
まさか、こんな世界があるものか! だが、灰色の草は手触りがあり、足で踏みにじると土地の香りがした。
畜生!
こんなバカな娘のせいで、俺は人生を台無しにするのか!
こんな救いのなさそうな世界で、朽ち果てることになるのか?
「アレク様、顔、怖い」
アレクは我に返った。
違う。
ローザじゃない。レオ殿下だ。叔父の陰謀だ。
だまされた。
本当に魔女はいるのだ。
もう疑わなかった。
実在した大きな門。周りに広がる灰色の荒涼たる平原。訳の分からない羊皮紙の歓迎の言葉。
そして、それを叔父は知っていて、誰も信じていないことを利用して、俺をこんな冒険に引きずり込んだんだ。王位を狙って。
親善パーティーで踊るのはそれなりに意味がある。知人同士の私的なパーティーではなく公式なパーティーだ。
ただ、そうは言っても、親善パーティーはデビュー前の子女が多い学園の行事。平民も大勢混ざるし、正式な社交界の場とはみなされない。
それにアレク殿下はまだ成年ではないし、身分も公言していない。小手調べとして、ダンスに出てみたのだという言い訳も成り立つ。相手が、校内一の美少女なら、尚更だ。(ローザはそんなふうに言われているとは全く知らなかったが)
王太子殿下だって人の子、どうせダンスに出てみるなら、美人の方がいいに決まっている。いくら練習の機会だとしても、あとで実際に候補に上がってくるような大公爵家の娘が相手だと本気かと思われるだろうが、そこまで高位ではない伯爵家の娘で(さすがに平民の娘など論外である)その上絶世の美女なら、周りも踊ってみたかったんだな、くらいで終わる。影響は少ない。
そして、抵抗なくアレクをこの冒険に引きずり込んだ。ローザと一緒に。
アレクは灰色の平原を見渡しながら、ギリリと歯噛みした。
「うっかり、中に入ってしまったのかしら? ご入場ありがとうございますって書いてあるわ」
ローザは羊皮紙を見つめていた。
「この地図、とっても愛想がいいんだけど、ほんとに魔女なんかいるのかしら?」
この期に及んで、どうしてそんなに呑気なんだ! こんな能天気な娘と二人じゃ助かるものも助からない! と思いつつ、アレクはローザの手をしっかり握っていた。離すとローザが消えてしまうのだ。
「ローザ、エドワードに早く帰って来るように言われていただろう?」
白の魔女だろう? 膨大な魔法力の持ち主と聞いた。何か力はないのか? ここから出る力だ。
アレクはすがるような目でローザを見つめた。だが、ローザはあまり驚いた様子でもなかった。彼女は平坦に言った。
「多分、無理。帰り方がわからない」
ローザはあたりを見回した。
「どうします? アレク様。魔女退治、やっちゃいます?」




