第39話 絶対に入ってはいけない
確か、白の魔法はアレク殿下に全然効かないはずでは?
それでいくと、たとえ自分が魔法を使えたとしても、アレク殿下に対抗することはまったく不可能なのでは?……と言う至極当然な疑問をローザは抱いたが、レオ殿下は魔法の第一人者でよくわかっているはずなのに、それには気がつかないようだった。
「国王ご夫妻からも、このピクニックへの許可がおりたからな」
と、のたまい、王太子殿下付きだけでなく、自分の家の者も総動員して準備を急いだ。
そして、翌々日には、アトス山へのピクニックは始まっていた。
途中までは、普通の村や町が続いていて、エドワードと騎士数名も付き添い、荷物を運ぶ馬車もついてきた。
大型の馬車の中では、アレクとローザが、エドワードが徹夜で調べて再チェックした地図をもとに道順を確認していた。
「お前がバカだから、地図の突き合わせに時間がかかったんだ」
「読めないくせに何よ」
「仲がおよろしいことで」
連日の活躍で疲労困憊、馬車の座席でぐったりしていたエドワードだったが、すかさず突っ込んだ。
アレクはサッと赤くなり、地図を確認するように下を向いたが、ローザはプッとふくれてエドワードを見て言った。
「あら、違いますわ。地図の突合せに時間がかかったのは羊皮紙の地図の文言が変わるからですわ。早く来て!とか、お待ちしています!とか」
エドワードは一瞬ドキンとした。全く表情は変わらなかったが。
「場所そのものの変化はなかったのですよね?」
「ええ。ですけど、どうもそう言う言葉に気を取られてしまって……」
エドワードは黙った。全然寝られない。
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その日の夕刻、当たり前の宿屋の、何の変哲もない部屋の中で、エドワードは、アレクとローザに向き合っていた。
目の前には例の何も書いていない羊皮紙の地図と、エドワードが注釈を書き込んだ現在の地図が置いてあった。
「明日は門に着きます」
「門?」
アレクが聞いた。
「そうです。羊皮紙の地図に書いてあると言う門。どんな形なのか想像もつきませんが、魔女の作った世界への入り口になっています。現在の地図の上では、そこには何もありません。ただの牧草地になっています」
ローザは羊皮紙の地図に目をやった。
門は、地図の真ん中あたりに描いてあって、キラキラ光を放っている。
「明日の朝、問題の牧草地にでますが、私たちはついて行きません。お二人で行ってください。レオ殿下の命令です」
エドワードが真顔で言った。
「もし、門が見つからなければ、それだけのことです。すぐに王城へ戻ります」
「失敗だったと言うことですか?」
ローザが尋ねた。
「そうですね。失敗と言うより、なにかが間違っていたのでしょう」
「間違い?」
「レオ殿下は長年この魔女の存在を研究してこられました。どこかに魔女の拠点があるのだと信じておられます」
アレクはうなずいて見せた。その通りだった。
アレク自身は、魔女の存在など信じていなかったが、叔父の熱の入れようときたら、呆れるほどだった。
「レオ殿下ご本人に魔法力はありません。全くのゼロではないのですが、アレク様やローザ嬢には遠く及びません。ローゼンマイヤー先生にもです」
だからこそ、レオ殿下の魔女への執着は不思議だった。
しかし、王家の次男が魔女に興味を持ってくれたら、むしろ、国王にとっては歓迎だろう。
陰謀や政治への口出しをされるくらいなら、何でもいいので別なことに没頭していてくれる方がありがたかった。
「なぜ、魔女に興味を持ったのでしょう?」
ローザの疑問は誰もが抱く疑問だろう。
「知りません。でも、この二十年、懸命に打ち込んでこられました。そして、魔女の出現を待っておられました」
「そうだな。叔父の魔法狂いは知っていたが、俺も理由は知らん」
「今回のピクニックは……レオ殿下は陛下にはピクニックだと説明されましたが……陛下は、門などない前提で王太子殿下の参加を許可されました」
「門があるのが前提ではないのですか?」
ローザが不思議そうに尋ねた。
「門の存在を誰も信じていませんから。信じているのはレオ殿下だけでしょう。その殿下さえ、国王陛下夫妻の前では、まるで存在を信じていないかのように振舞っておられました」
エドワードは、ゆううつそうな微笑みを浮かべて言った。
「羊皮紙の地図が真実なのかどうか、誰にもわからない。レオ殿下の説明によると、ローザ嬢には見えるのでしょう。だけど、ここからアトス山まで、人が大勢住んでいますが、誰一人として、そんな門の存在を知らない。羊皮紙の地図に書いてあるだけです」
「とても大きな白い門と説明書きがありますけど」
「もし、大きいのだったら、きっと目立つでしょう。でも、そんな話は聞いたことがない」
エドワードは、二人に向かって真剣な表情で言った。
「もし、あるとすれば、それだけで十分です。中に入らないで、お戻りになってください」
二人はうなずいた。
「危険を冒す必要はありません。存在をレオ殿下に報告すれば十分でしょう。大切な王太子殿下を危険にさらすわけにはいきません。ローザ嬢だって、国有数の伯爵家のご令嬢なのです。何かあったら申し訳が立ちません。ですから、くれぐれもご無理はなさらないでください」
護衛のエドワードとしては、当然の言葉だった。
アレク殿下にも言わなかったが、彼はレオ殿下を疑っていた。
なぜ、そこまでして、この二人を一見意味のなさそうなピクニックへ行かせたがるのだ。
「門か」
アレクはつぶやいた。




