第38話 不能の魔法と不毛の魔法
「レオ殿下が、国王陛下と王妃様に説明をされました」
冷たい声音でエドワードが言った。
「国王陛下と王妃様は、この魔女退治のお話に賛成なのですか?」
ローザが聞いた。
「危険だとお考えではないのかしら?」
ふつうの親なら心配する。ローザの親だって、そんな訳の分からない魔女退治なんか賛成しないと思う。
ローザの場合は王命と言うか、王弟殿下からの命令なので断れないが、アレクの親は国王陛下だ。あっさり断るかもしれない。
期待を込めてエドワードの顔を見つめた。
「レオ殿下は、獅子千尋の谷とか言って、陛下に勧めておられました」
「……なに、それ?」
「獅子はかわいい我が子をトレーニングに出すと言う意味です」
エドワードが心なしか仏頂面に見える顔つきで説明した。
「そうなのか?」
アレクがいかにも信じられないと言う顔をして聞いた。
「母上はどちらかと言うと、過保護な傾向があると俺は思うんだが? そんな簡単にOKするかな」
「ええ。何しろ、目的地は、結局アトス山にあるわけですから」
「アトス山なら、かまわないってことでしょうか?」
「危険だとはとても思えない場所ですからね。アトス山は観光地として有名ですし、アトス山の周辺はウマの放牧場になっています。あとウサギですね。ウサギ天国と呼ばれています」
「あら!」
「ただし、そのウサギは食用ですよ? かわいいですけど。モフモフはできます」
「まあ、どうしましょう? モフモフなのですか?」
ローザは悩み出した。
「陛下と王妃様は、アトス山までのピクニックだと思われたようで……」
エドワードは苦悩の表情を浮かべて伝えた。
王弟殿下は意外に口が回る。
行き先のアトス山付近は、立派な街道が整備されていて王都から行きやすく、アトス山を中心とした山々の景観が素晴らしかったので、人気のピクニックスポットだった。そのせいで大衆性はあっても、神秘性など完全になかった。しっかり観光地として成立しており、いくつかの立派なロッジや宿まであるくらいだった。
その上、国王夫妻の前での殿下の説明を聞いていると、荒唐無稽な点などどこにもなく、彼自身、そんな魔力の存在を疑ってさえいるようで、ただ、万一、アレク殿下の類まれなる才能をもっと高めることが出来るなら、王国にとっても素晴らしいことでもあり、そのチャンスを見逃すことなんかとても出来ないので、念のために確認を兼ねてピクニックに行って欲しいと言う言い分になっていた。
同様に、王太子殿下には及ばないが、魔法力が高かったウォルバート伯爵令嬢の能力もついでに確認したいと言うのも、学究的で真面目そうな言い分に真実味を与えた。
その結果、国王夫妻は、アトス山近くの魔法力の確認ポイントとやらで、王太子殿下空前絶後の魔法力を計りたいと言うレオ殿下の申し出を、割合簡単に許可したのだ。
人間、知らないことには少々弱い。それから、親バカはどこにでもいる。魔法に関しては王弟殿下は自他共に求める第一人者だった。国王夫妻は、弟の殿下が何の野心も持たない魔法研究家であることをよく知っていた。純粋に甥っ子の魔法力に惚れ込んで、才能を伸ばしてやりたいのだと言う彼の言葉を疑う理由などなかった。
かたわらで、一部始終を聞いていたエドワードとしては一言口をはさみたかった。
レオ殿下の国王夫妻への説明は、先程のアレク殿下やローザ嬢への説明とは少々角度が違う。
それにエドワードはアレクの魔法を知っていた。
ホンモノだ。
いつ見ても信じられなかった。アレクはまるで普通のことだと思っているらしかったが、とんでもない。
だから、もし、魔法の力が人の心に作用すると言うなら、(殿下は疑うような口ぶりでさえあったが)それは本当に恐ろしい力かも知れなかった。
だが、ただの一貴族の身に過ぎないエドワードは、王弟殿下の話をさえぎることなどできなかった。
「アトス山周辺は遊興に行くのは、よくある話だな……ただ、ちょっと俗すぎて、好みではないが。好みを言えば、海沿いのロッジとかの方が……」
訳の分からない話を始めたアレク殿下をシャットダウンして、エドワードは話を進めた。
「ですから、陛下と王妃様は心配しておられました、ローザ嬢のことを」
「え?」
アレクの身の危険ではなく?
「どこかの令嬢と泊りがけのピクニックに行くだなんてと大層ご心配のご様子でした。致し方なく、レオ殿下がアレク様に一時的性的不能の魔法をかけてくださるそうです」
ローザがアレクの顔を見た。一時的不能?とは?
「そんな心配は要らない!」
アレクが突然、顔を真っ赤にして大反対し始めた。
「大丈夫です。一時的にハゲになるだけです」
エドワードがなぐさめた。
「それが不能の魔法か?」
「ええ。不毛の魔法、自信喪失の魔法とも言いますが」
「殺すぞ! 叔父とは言え許せん」
「アレク様……!」
ローザが腰を抜かしたことには、アレクは剣を抜いていた。
「ダメですよ。アレク様が十二歳の時に、レオ殿下にハゲ魔法をかけたことがあるそうで」
「え……ハゲの魔法?」
ローザが間の抜けた声を出した。
「それで貸しがあると」
エドワードが説明すると、アレク殿下は顔をいよいよ赤くして、反論しだした。
「そんな、いたいけな子どもの無邪気ないたずらを根に持つだなんて、なんて心が狭い男なんだ! 昔の話じゃないか!」
再びドアが開いて、今度はレオ殿下その人が入ってきた。
「あ、あら、レオ殿下」
レオ殿下は、その茶色の大きな目でぎろりとアレクを睨むと言った。
「十二歳は、いたいけな子どもとは言わない。五年前は昔の話じゃない。それから、ピクニックの許可が出たぞ」
イケオジ・レオ殿下の目は笑っていなかった。
「俺の頭をつるっぱげの毛根まで根絶やしにしやがったんだ。毛が生えそろうまで、三ヶ月かかった。忘れたとは言わせん」
「叔父上! ハゲ魔法と不能の魔法は違います! 別の魔法です」
アレクは必死だった。
レオ殿下は不敵に笑った。
「ふん。大丈夫だ。そんな魔法なんか、私には使えん。ただし、ウォルバート伯爵家からは、その節は婚約のお申し出と考え謹んでお受けしますと快答を得た」
「え? どういうこと?」
レオ殿下は、ローザの方を見た。ちょっとだけ優しい顔つきに変わった。
「大丈夫。白の魔女なんだ。心配は要らない。アレクは何もできない」
だが、付け加えた。
「目的地は見つからないかもしれない。でも、お願いだ。行ってみて欲しい」




