第32話 妹のヴァイオレットと婚約者のケネス
親善パーティーは、新入生を紹介する意味合いが大きいので、ローザたちは前の方に出されていた。
「固まらないで、前に出て! 特に女子!」
そう。この場は、まだ婚約者がいない男子上級生にとって、重要な出会いの場だった。
新入生にとっては、正式な社交界デビューの準備ともなるし、平民の富裕層にとっては学生の身だからこそ貴族の社交を垣間見ることができる貴重な機会だった。
それゆえ準備に念を入れ、我こそはとみんな飾り立てて現れるのだ。
その中でもローザは際立っていた。
女子生徒は突然現れたローザの衣装の素晴らしさに、男性はその美貌に目を見張っていた。
あの娘は誰だろう。
いつもと雰囲気がまるで違うので、ナタリーやキャサリンならともかく、フレッドやオスカー、ルイ、同じ女生徒のジョアンナさえ誰だかわからなかった。
一人一人紹介されていく。
「ローザ・ウォルバート伯爵令嬢」
一歩前に出て、お辞儀をする。
ローザは伯爵家令嬢なので家格順で最初の方に呼ばれた。
向かい側は上級生で、横手には関係者や希望して参加した親族席などがある。
あいさつが終わってから、そちらの方をチラリとみると、妹と母に気が付いた。
二人とも呆然としていた。
それはそうだ。
ローザは出席しないと伝えていたのだから。
名前はかなりのハイペースで呼ばれていき、それでも、時間はかかったが、この時間帯は新入生以外は飲食自由なので、さほど退屈しないらしい。リラックスして見物している。
男子の部で、ケネスが呼ばれていた。
ケネスも、ローザの突然の出席に驚いているはずだった。
だが、彼はヴァイオレットの婚約者のはず。妹が会場にいるのだから。
紹介が終わると、挨拶があり、それが終わるとパーティーが始まる。
人混みをかき分けて、近づいてくる人物がいる。ケネスだ。彼は少々興奮しているのか、顔が赤らんでいた。
「ローザ、どうして? 出席しないと言ってたのに」
「ケネス。婚約は破棄されたのよね?」
「いや、母に頼んで待ってもらっている」
「でも、ヴァイオレットが来ているわ」
ヴァイオレットが立ち上がり、こちらの方に向かってくるのが見えた。
もしかして、これは修羅場なのでは……。
後ろからは母も付いてきている。
話がややこしくなりそうだ。大体、ドレスの説明がつかない。
「美しい」
ケネスがほめた。
「こんなに美人だなんて知らなかった。美人だとは思っていたけど。それに素晴らしいドレスだね」
私もこんなに美人に化けられるとは、今日まで知らなかった。
でも、そんなこと話してる場合じゃない。母と妹がどんどん近づいてくる。
それにヴァイオレットは、目が吊り上がっているわ。あれは、絶対怒っているわ。
「お姉様」
きた。
「私の婚約者に向かってどういうつもり?」
第一声が、それですか。
「それに、そのドレス。すごい出費じゃないこと?」
これは伯爵家の出費じゃないから。
「ケネス!」
ヴァイオレットの声が尖っている。
「あなたと私は婚約したのよ」
周りが知らん顔をしながら聞き耳を立てている。
貴族の得意技だ。
「いや、僕は了承していない」
「何を言ってるの? 手紙で知らせたわよね。知ってるはずだわ」
ヴァイオレットは、ローザのすぐ脇まで寄ってきた。彼女は周りに聞こえないように小声で言った。
「今すぐ、この場を離れてちょうだい。ケネスの側をうろうろしないで」
ローザがすぐに反応しないので、ヴァイオレットは怒ったようだった。さらに命令した。
「後でそのドレス、私に返してちょうだい。泥棒猫」
「え? 泥棒?」
思わずローザは聞き返した。悪いことをしているという自覚がないローザに、ヴァイオレットは余計に怒った。
「ケネスとドレスよ。人の婚約者に近づこうだなんてどういう神経なの? それに、あなたみたいな地味なボンヤリにそのドレスは似合わないわ。どうしてお父様はお姉様なんかに、そんな高いドレスを買ったのかしら」
ドレスを買ったのは王太子一味で伯爵家ではないので、ヴァイオレットが着るわけにはいかないとか、ケネスの方から近づいてきたのだから、ケネスにローザに近づくなと言ってくれとか、いろいろ言いたいことはあったが、横から別な声がした。
「さあ、早く!」
その声はヴァイオレットではない。密かにローザのそばに影のように近づいてきた王家の女官の声だった。
「こちらへ」
「そのドレスは、ローザに似合っているよ。とてもきれいだ」
背中でケネスの声がした。ヴァイオレットの反応はわからない。ローザは女官に従って、急いでホールの真ん中目指して進んでいくところだったからだ。
チラっとエドワードの顔が見えた。
隣にはアイリーンが立っている。スミレ色のドレスで彼女にとてもよく似合っていた。
「頑張って!」
二人の口の形がそう言った。
頑張ってって、何を?
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楽しんでもらえたと思えるので。




