第30話 パーティー用のドレス
「ステキですわ」
針子たちと、そのトップらしい年配の女性は、ローザの姿を見て悦にいっていた。
鏡に映る自分自身がまるで他人のようだ。
ローザはまったく当惑していた。
「きっと一番美しいでしょう。目立つこと間違いなしですわ」
彼女たちは、それはそれは満足げにうなずきあっていた。
出来れば、目立つのは避けたいのだが。
そのドレスが素晴らしいものだ、おそろしく高いものだと言うことは、ドレスには詳しくないローザでも簡単に見当がついた。
「この髪は垂らしましょう。なんと美しく稀有な髪でしょう」
落ち着いた色合いだが、ピンク系統の華やかなドレスだった。
「お若いですからね。明るい色の方がいいと思いましたの。本当にお似合いで。お美しい」
ドアの外がガヤガヤしたかと思うと、「入るぞ」と声がして、アレク殿下が入ってきた。
そして、ローザに目を留めたが、しばらく呆然として眺めていた。
目が泳いで、髪から程よく化粧した顔、すんなりとした身体、ドレスの裾、最後に顔に戻ってきた。
「ぜ、全然、違うな」
いや、あなた、顔色が変わっていってますよ? なんか赤くなっていってます。
ローザはもはや注意してあげたいくらいだった。風邪だろうか? 熱はない?
「すばらしいドレスだ」
アレク様は女性のドレスにすごく関心があるらしい。知らなかった。
「このドレスがここまでお似合いになる方は他に絶対おられませんわ。入る方がおられない。女性の憧れでございましょう」
針子代表のマダムが満足そうに言った。
「うんうん。確かに」
アレクは強く頷き、一瞬たりともローザから目を離さなかった。
よほどのドレス好きらしい。これはパーティーに行かないとか言い出したら、すごい騒ぎになりそうだ。
アレク様は我慢がない。
ふと、うしろの側近のエドワードを、見ると、こちらは普通に感心していた。
目が合うと、おきれいですねと普通に褒めてくれた。
「ありがとうございます。ですけど……」
婚約の話をしておいた方がいいのではとローザは思った。もっとも、以前に婚約の事情を話したときに、通りでわからなかったとか言っていたので、もう、知っているかもしれない。
王家ともなれば、関わりがありそうな線は全部調べているだろう。
「ダンスは出来るのか?」
アレクが突然尋ねた。
「まったく出来ません」
ここは出来ないことにしておいた方が……。
壁の花どころではない。床に埋没したいくらいだ。
「それはいけないな。早速、教師をつけよう」
なんですって? まさか親善パーティーで踊るつもりじゃないわよね? あと数日しかないのよ?
「今からではとても間に合わな……」
「これはしたり! 手配を忘れておりました。私としたことが」
何言ってんの、エドワード!
アレク様は、今、思いついたんでしょ?
なにが忘れておりました、だ。
「では、明日、いや、今日から始めましょう」
「うん。それがいい」
「毎日、この場所へお越しくださいませ。毎日」
勝手に決まっていくローザの予定。ローザはあわてた。
「え、あの、授業は?」
「大丈夫でございます。私から先生の方にはうまく伝えますので。では、アレク様、戻りましょう」
アレクは名残惜しそうで、一歩、ローザのほうに近づこうとしたので、ローザはあわてて後退ってドレスの裾を踏んづけた。
「ああっ」
針子の悲鳴が上がったが、幸いドレスはなんともなかった。
「当日はヒールになりますので踏む心配は減りますが、お気をつけ下さいませ」
針子代表のマダムがびっくりするほど眉を吊り上げながら、低音のドスの利いた声で丁寧に言った。
このマダム、なんだか怖い。このドレス、高そう。
「では、アレク様、あとは私が手配させていただきますので、お引き取りを」
エドワード、二度目のお引き取り要求である。
「う、うむ」
「授業にお戻りくださいませ」
仕方がないので、針子のマダムが、
「殿方はしばらくご退出くださいませ」
と、エドワードもろとも部屋から押し出した。
そのあと、エドワードだけが戻ってきて、元の服に戻ったローザに聞いた。
「ダンスはどれくらい?」
「出来ませんよ!」
「貴族の令嬢がそれはないだろう。君の家には兄もいるはずだ。家で少しは習うだろう」
ローザは上目遣いになって答えた。
「レベルなんかわかりませんわ。家で兄の相手を務めたことがあるくらいで」
「君の兄上は官吏だが、万事そつなくこなしている。ダンスがダメという記憶はないな。まあ、出来るところまでやろう」
「エドワード様、私、こんな高価なドレスの代金は支払えないのですが。特に両親に言っていないので」
エドワードは小馬鹿にしたように答えた。
「そんな心配はいらない」
「ダンスの相手はアレク様ですか?」
「私なわけがないでしょう?」
「ケネスでもないんですね?」
「当たり前でしょう……もしかしてケネスを好きなんですか?」
「………」
「でも、ケネスはあなたの妹を選びました」
ローザは、エドワードの顔を見上げた。
嘘だ。
そして、なぜ知っているのだろう。
相変わらず、なめらかでなんの感情も表に出ない顔だ。
「アレク様の前で、ケネスの名前を出してはいけません」
エドワードは今度は小さい声で言った。
「ケネスの命が惜しければね」
ローザは素早くエドワードの表情を読もうとしたが、なにも書かれていなかった。能面のようだ。
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