11話:佐野家の北海道旅行
2006年1月から、佐野良介と黒田浩三が、地区会長と副会長に選出されて、この地区の問題を解決する仕事を始めた。最初に、子供たちが、地区外に出て、両親が、70歳以上で農業ができなくて、老人施設に入り、空き家になったり田畑、農園が荒れ放題になる事例が増えてきた。それに対し、手伝える農家に耕作放棄地を利用してもらう活動を始めた。
しかし、最近、そういう事例が増えてきて、残った50歳以上の農家の人達も後継者不足が大きな問題になっていた。そのため高齢者施設の費用を払えないくなった高齢者に対して飯田商会が土地を現状のままで、安く買い取り資材置き場、駐車場、集会場にして利用するようになった。しかし数年後には、廃屋、耕作放棄地が、増えることが予想されて、それが大きな問題なる事が予想された。
佐野家の法では、双子の兄弟、佐野民子と佐野良和が、小学校に入学の年となった。佐野家と黒田家で1つずつ、ランドセルを買ってあげ、記念写真を撮った。そして4月から集団登校で徒歩15分の小学校へ通い始めた。最初の頃は、ぐずる日もあったが、2ヶ月もすると友達もでき、楽しそうに、集団登校していった。今年は、遠くへ行きたいと民子が言うので、夏休みに北海道旅行を企画した。
2006年8月7日から10日の2泊3日と決まった。8月7日、佐野一家、6人でハイエースに乗って、家を朝5時に出て羽田空港に6時の到着。7時発、9時半に千歳空港着の便で出かけた。空港近くのにレンタカー屋へ行き、ハイエースを借りて。最初、中富良野のラベンダー園を見学して、散策しながら、多くの写真を撮ってきた。11時45分に昼食を買い込んで車で出発した。
その後、美瑛のきれいな草原に到着し、パッチワークの路、北西の丘展望公園を見学し写真を取り、ケンとメリーの木を見物して、親子の木も見学し、時間がもったいないので車の中で昼食を取ったが、さすが北海道、渋滞もなく、まっすぐな道ばかりで食べやすかった。13時過ぎに車で出発して、直ぐに旭川に到着して、北海道の3大名橋に選ばれている石狩川と牛朱別川にかかる旭橋を渡った。
しかし、川は、広くて、さすがに北海道という感じがしたが、旭橋は、第一印象としては、とにかく頑丈そうな、大きな橋と言う感じだけだった。その後、喫茶店に入って、珈琲とケーキセットを食べて、元気をつけて14時過ぎに旭川を出て、札幌市街のホテルに午後17時過ぎに入って、仮眠したりして、休んで、夕方18時に、大通公園を散歩し、札幌テレビ塔の中のレストランに入り、夕食を食べた。
そして、近くの店でサッポロビールを買い込んで宿に戻り、風呂に入り、ビールを飲んで22時には床についた。 翌日8日は、朝7時に起きて、朝食後8時半にホテル出て、車で、小樽港へ10時に到着し車を駐車場に止めた。小樽運河や、オルゴールの店を見学して、車で天狗山ロープウェイ乗り場に行った。そこから、ロープウェイで頂上に登り、神社をお参りした。
その後、天狗山頂上を散策して、高台から見える景色をカメラに撮った。その後、再び、下りのロープウェイで降りて、車で、南樽市場へ行き、遅い昼食をとり、乾物のお土産を買っった。午後16時に小樽を出て、18時に札幌のホテルに戻った。今夜は、4人でジンギスカン鍋で一杯やろうと言う事になり、タクシーで出かけ、サッポロビール園のジンギスカン料理の到着。
ジンギスカン料理を注文して食べたが、タレがおいしくて、羊肉もビールを食べ腹一杯になり、腹ごなしに、徒歩で15分かけてホテルに歩いて帰ると20時を過ぎた。その後、風呂に入り、ゆっくりして22時には床についた。翌日9日は、朝7時半に起き、8時半にホテルを出た。10時には、レンタカーを返して、千歳空港に入り、お土産の菓子を買った。
12時発の飛行機で13時半に羽田に到着。車で自宅に15時前には到着、風呂に入って、ゆっくりとして、翌日、黒田家に行き、北海道旅行のお土産を渡し、北海道旅行の話を孫達が、上手に説明してくれる姿を見た。そして、黒田家の両親も孫達の成長に目を細めて喜んでくれ可愛がってくれた。また、遊びに来て送れといってくれ、黒田家を後にした。
秋になって、運動会の時、佐野良和は、クラスのリレー選手に選ばれ、一生懸命に走り、祖父母、両親から大きな拍手をもらい得意げに帰ってきた。その後も佐野良和は、境川の川沿いの道を走っていた。短距離だけなく、長距離も走れるタイプで、父は、自転車で練習につきあった。一方、お姉ちゃんの民子は、口は達者だが、運動神経は、良くない。朝晩、寒くなりクリスマスパーティーを終えると2007年を迎えた。




