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愚者の覚悟と鎮魂歌  作者: 千人
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目覚め

失敗した。

俺は失敗をした。愚かさゆえに。無知ゆえに――。

自惚れ、傲慢になり、慢心の末、失敗した。

――俺は決断をする。

目的のために。自らの欲望のために――――犠牲はいとわない。

俺は傲慢だ。愚かな上に傲慢など救いようがない。

だが、この傲慢を突き通す。その為であれば自らの命も捧げよう。

自身の全てを賭けて。己のありったけを燃やし尽くして――。

――俺は望みへと到達する。己のエゴを突き通す。


1.気だるい目覚め


冷たい――――背中から体温が吸われている。

重い瞼を上げるとそこには白い床に白い天井。

そして体を起こすと、目の前には無機質な白い扉があった。

……ここはどこだ?

辺りを見回すと、ここが前後左右、四方を扉で囲まれた正方形の部屋であることがわかる。

耳を澄ませど、物音ひとつ聞こえてはこない。

耳鳴りが聞こえてきそうなほどの静寂が俺を包み込んでいる。

俺はなぜこんなところにいるのだろうか――――?

目が覚める前の記憶をたどるが何も思い出せない。

目覚める前にいた場所はおろか自分の名前さえも思い出すことができない。

「マジかよ……」

これはもしかしなくても記憶喪失というやつなのではなかろうか?

そんなふざけた状況、フィクションの中に留めておいてほしい。

「はぁ……かったるい」

 つぶやいた一言が部屋の中を反響し虚しく響き渡る――。

突拍子もなさ過ぎて現実感がないが……とりあえず今の状況を確認するか。

記憶喪失だからとトンチンカンなことをして、状況をこれ以上悪化させるなんて御免だ。

頭が痛くなるような馬鹿げた状況だが文句ばかり言っても何も好転はしない。

有事のときこそ冷静に。

こうなってみると現実感のなさが俺が平常心を保つのを助けてくれているようにも思う。

やるべきことをやろう。

深く息を吸う――深呼吸。澄み切った空気とはいかないが閉鎖空間の割には悪くない。

そして目を見開き、改めて周囲を見回す。

――なるほど、確認するでもないくらい殺風景な部屋だ。

こぢんまりとした家具や絨毯など何もない白い部屋。

その真ん中に自分はいた。

あるものといえば正面にドンと構える白い扉、そしてそれと同じ形をした色違いの扉が四方の壁に取り付けられている。右手に青い扉、左手に赤い扉、そして俺の後方には緑の扉がある。

さすがに記憶を失う前の俺がこんなところで寝るような奴だったなんてことはないだろう。

仮に布団やベッドではなくこんな固い床の上で毎日寝泊まりするような生活はしていたとなれば、俺は衝撃の事実に憂鬱になってしまいそうだ。というか、こんな場所で寝て、どうして身体を痛めていないんだ? 

短時間寝転がっていただけということでなければ、さっきの嫌な妄想の信憑性が増してしまう。

勘弁してもらいたい。

「……はぁ。いや、ほんと何処なんだよ。ここ」

愚痴るよう吐き捨てたが、誰が聞いてるわけでもなし。当然返事などない。

むしろ急に誰かが返事をしたとなれば卒倒してしまう自信がある。

近くに誰もいなそうなことは物音ひとつしない様子から百も承知だが、知らない場所に一人とは不安になるもんなんだ。独り言ぐらい許せよ。

「――って俺は誰に許しを乞うているんだか」

このままじゃため息つきすぎて酸欠になっちまう。

せめて、携帯とか俺の身分証明するような手持ちはないのかね?

この孤独で世知辛い現実に光明というものが欲しいのだが。

「……ん?」

ズボンの右ポケットに手を突っ込むと、固い何かが指先に触れた。

それをすぐに取り出してみると、緻密な装飾が施された白い鍵が手のひらに降臨していた。

左ポケットも同様に探るとお次はなにやら黒いカードが出てきた。

どちらが表かもわからない黒いカードの片面には一人の旅人らしき男と一匹の犬がじゃれついている。

「愚者か?」

確かタロットの愚者がちょうどこの絵柄だったはず。

自分の名前は覚えていないのにこんな何の役にも立たないことは覚えているとは……。

記憶喪失になるにしても、もうちっと記憶の優先順位ぐらいつけてほしいものである。

鍵はともかく、こんなカード一枚をポケットに入れてるとか、以前の俺は一体何をしていたんだろうか?

――――――ズキン。

「いっ――――ッ」

突然、頭に痛みが走ったかと思うと次の瞬間には痛みは消え去り、そう思い至ったころには視界がぐらぐらと歪み始めた――。

「なん――だっ――――ッ!?」

やっとのことで吐き捨てた言葉。それが虚しく部屋に響き、世界が90度回った時。

パソコンの電源を強制的に落とすように、俺の意識はプツンと途切れた――――。

…………。


一心(いっしん)っ! 私は、だいじょうぶ。そう、大丈夫。きっと、きっと何とかなるから。約束破って……一緒にいられなくて、ごめんねっ――」

嗚咽交じりの女の声が聞こえる。もしかしなくても泣いているのだろう。

豪雨の中で聞く鈴の音のように、靄のかかったような靄の中で澄み切った声が頭に響く。

消え入るように懺悔するその言葉に。聞き覚えのないのその声に。

俺は心臓を引きちぎられるのではないかと思うほどの苦しさ、無力さ――。

――そして怒りをを感じた。


……冷たい。瞼を上げると白い床。

未だ鈍く痛む頭を押さえ、唸りながら体を起こす。

右手には黒いカード。カードを拾ったあと、俺は意識を失いそのままうつ伏せで倒れていたらしい。急に気絶するとか何か脳に異常でもあるのだろうか? 

周りの状況は変わっていないようだが時計もないのでどれだけ時間が経ったのかもわかるはずもない。気絶のトリガーとなったカードをまじまじと睨みつけてやるが何も起こらない。

黒いカードを裏返し、何か新たな情報はないかと細部に至るまで注意深く見てみるが、やはり何の変哲もないただ頑丈なカードにしか思えない。白い鍵のほうもひっくり返してみたり、床を叩いて材質を確かめてはみるが、金属ともプラスチックとも言えない不思議な音が鳴るだけで結局何もわからなかった。

考え込んでもどうしようもないか。わからんもんは分からん。

よい策はないかと考えを巡らせているとふと、あの女の声を思い起こす。

夢で聞いた泣きながらも相手を気遣うその声を。

胸を締め付ける別れの言葉を――。

あの聞いた声は俺の失った記憶の一部なのだろうか? 

きっとそうだろう。ただの夢だったとは思えない重みがあの声と言葉にはあった。

あれがどれくらい前の記憶なのかは気がかりだが、もしかしたら時間が経てば今のように徐々に記憶も戻るのかもしれない。そう思えば今の状況に希望も見えるというものだ。

身体を動かしてみた感じ、特にどこにも異常はないようだしひとまずは周囲の状況の確認というこう。周囲を散策、探検なんて言い方をすれば少しはワクワク感もある。

そんなわけで、では実践――といく前に現状をまとめてみよう。己を正しく把握することは最善の未来へと導く近道だとどこかの偉い人も言っていたような気がする。ところで『ような気がする』などという言葉は何とも曖昧で便利な文句だなぁ。あることないこと言いたい放題だ。

おっと思考が実りのない戯言の彼方に飛んでいきそうだぞ? 

閑話休題。話を本筋に戻そう。今考えるべきは自分の置かれた状況だ。


・場所――不明。なんだかよくわからん白い部屋の中。

・記憶――なし。下らないことばかり覚えている。

・持ち物――黒いカードと白い鍵一つ。用途が分からない。現時点ではただのガラクタだ。


身分を証明できるようなものなどない上に急に気絶するなんていう病気疑惑まで浮上しているときた。

初期ステータス低いどころかマイナスなんじゃないかという素敵すぎる危機的状況。

今すぐ病院に行って診てもらいたい。

美味い食事とまでいかなくていいから、病院食でも食いながらゆったりとしたい。

そんなことを思ったところで外部への連絡手段はなし。

とりあえずここから出て誰かに助けを求めるのが無難なのだろうが、出口がどっちかなんて俺の未来ぐらいわからない。

「やはり探索しかないか」

ちとかったるいが、まずは正面の白い扉から探索といきますかね。

やれることを地道にこなせば自分に言い聞かせながらガチャガチャとドアノブと格闘すること体感時間で約五分――。

神は俺を見捨てたか、部屋に金属音が空しく鳴るばかりで俺の未来は真っ暗だった。親切なことに、ご丁寧に全てのドアに鍵が掛かっていやがる。

戸締りしっかりできてえらい! こん畜生っ!

壁を叩いたり開けなんとかと呪文を唱えたりもしてみたが、コンコンと味気ない音が返ってくるか無遠慮な静寂に押しつぶされそうになるだけだった。

わかったことといえば、コンクリートとか何かだと思っていた壁が何やら衝撃を吸収する緩衝材のような役割をする別の何かでできているということと、金属のドアは蹴ると痛いというどうでもいい知りたくもなかったことだけだった。

映画のように体当たりで扉をブチ破ることができないかとも一度は考えてはみたものの止めておいた。あんなものはフィクションだし、実際こんな金属に体当たりしようものならブチ破られるのは俺の肩のほうだろう。

筋骨隆々スーパーマンならできる芸当なのかもしれないが、あいにく無力な俺はため息を吐き悪態を垂れ流す意外にできることがない。

手持無沙汰になり俺が動くたびにポケットの中で煩わしく跳ねる白い鍵を取り出し漠然と見る。

装飾こそ繊細で煌びやかながらも鍵山はシンプルなもの。

要は装飾の凝ったただの鍵。

……ものは試しか。

「ええい、ままよ!」

白い鍵を鍵穴に挿して回す――……ガチャンッ!

「おっ!」

――ビンゴッ!!

やったぜ! 神はまだ不信心者たる俺を見捨ててはいなかった!

さっそくドアノブを捻り、白い扉を開く――――。

「……ん?」

「……へぇ?」

暗い部屋の真ん中で青白く光る物体。明らかに人ではない何か。

そんな得体の知れない存在が俺を見ている。

あまりにも唐突な状況に呆然としていると視界がパッと明るくなる。

目くらましを喰らった目が徐々に光に慣れた頃、反射的に身構え腕の隙間から部屋の中央に浮遊している青白く光る者の姿が露わになっていった。


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