5話 ハードモード・魔王
視点がソル君とは違います。
ご注意を
目が覚めるといつもの天井。
そしてルーティンをこなして出社、使えぬ部下を使い最高の結果を出す、その毎日が始まる……筈だった。
だが目を開けばそこは知らぬ天井どころか洞窟だし、肌寒いと思い体を見てみれば肌は青というか灰色に近いし腰に布一枚だけだしなんなんだ。
体も小学1年生くらいの大きさだ。
……いや、これが異世界か。
「ァ……アァア……」
発声はできる、体も動く。
ケガもないし不満点はない。
「――――――――――!」
何かを言って洞窟の入り口から同じ肌の色の女性が草を編んだかごを揺らしながらこちらへ来る。
まるで、自分の息子がずっと目覚めないで急に目覚めた息子に抱き着くような、そんな感じか?
「―――!――――!」
……ふむなるほど……一つの言語に大体2週間そこらで習熟していた前の知識は無駄になりそうだ。
最低でもこれは2か月程かかりそうだが……それまでに俺のレベルを上げなくてはならないが、魔法なりなんなりはどうすればいいのか、その手がかりを掴まなくてはいけない。
「ンンッ!……中々……にキツい……な」
久しぶりに声を出したからなのか、声が出にくい。
やはり寝たきりだったのだろうか?それにしてもほぼ全裸で放置とは一体どういうことなんだ……?
「―――?――――、―――?」
知らない言語を聞いたからか、隣の女性が首をかしげる。
まぁ、そうはなるか。
「とりあえ……ず、栄養だ」
かごに入っていた物は見たこともない果実かなんかで、それを指差し、腹をさすり空腹であることを伝える。
生で食えるものか、そうでないのかがまだわからない現状、原住民の食は原住民に任せるのが一番だ。
もし、ここで魔法で火をつけるのであればそれを参考にすればいいのだから、またこの世界の解析に一歩近づく。
「――?――。――――――」
それで空腹であるということがわかったのだろう女性がかごから数個の果実?を取り出してその指で空に何かを書いて傍にあった薪に火をつける。
「なる、ほど」
この世界の魔法魔術はおそらくルーンってやつか?何かの本で読んだことがあるが、非現実的なことで正直何も興味を惹かれなかったが、まさかここで使うことになるとは思わなかった。
つまりその一文字を覚えてしまえば何から何まで使うことができるかもしれない。
「――、――――。―――」
出来たのか、その果実?を指で小さく切り分けこちらへと差し出してくる。
勿論皿などあるはずもないからその女性の手の平の上から少しずつ取って食べるという現代ではありえない衛生観念だ。
だが、郷に入っては郷に従え、だ。それにそれらのレベルが低いのであれば自分が向上させればいいだけの話なのだから、何も問題ではない。
それに味も別に悪くない。焼いた、蒸したバナナを主食にする原住民のようなものだろう。
「―――。―――――――」
何か言っているがまだわからない。だが名前を言っているのだろうということはわかった。
だが、それもなんの意味を含んでいるかなどはまだ全然わからないどころか、ここがどこであるかすらわからない。
それにこの女性も母なのか、それとも乳母のような存在なのか、すべてが不明。
「アァー、アー…アァアアア――!」
この体の回復力も高く、果実を食べてきょとんとしているような女性を他所に声を大きく出してみる。
さっきまでは、大きな声どころか普通に言葉を話すことすら出来なかったのに、だ。
恐らくケガもしていたのだろうが、それも長時間の寝たきりになりケガを直していたのだろう。
しかも、先ほどの大声でわかったことだが、俺の力が声に乗って出て行ったような感覚。
体の内に同じものがあるのが、わかってくる。
「なるほど、長時間の睡眠で体の感覚も遅れている。だが、先ほどのは……うん、魔力と呼称しよう。その魔力を使ったことで感覚をつかんだって感じなのかな?てことは必ずしもルーンを刻む必要はないということになるが……何かしらの依り代のような、何か行動等の代償が必要になるということか?」
その代償如何では実戦には不向きとなるだろう。
仮に大規模な魔法を使うということになれば、何かを歌わなければいけないという代償であれば、剣で首を刎ねられるかもしれないのだから。
「―――!?―――……」
何か慌てた様子の女性。おそらく、先ほどの大声で何かが寄ってくるかもしれないという不安だろう。
確かに、衣食住が確りしているわけではないのに行動を大きくしすぎたかもしれない。
そしてそのまま女性は洞窟の奥へと走って行ってしまった。
「出てくるモノが人型かつ小型であればこの肉体能力であれば空手でもなんでも出来るが……さすがに熊までは倒せないだろうしな……」
低学年の肉体にはそぐわぬ力を感じながら、反省する。
最悪ここでこの異世界の人?生は終わりになる可能性すらあるのだから。
「ゲ?」
と、洞窟の入り口から出てきたのは緑色の全裸な化け物だ。
だが、その化け物も俺と同じ程度の体格だ。武器は太目の木の棒……麺棒ぐらいか?
「麺棒でもこの体であれば十分な殺傷力になりえるな……だが問題はない」
寝起きだが、肉体の動きはしっかりとしている。食後の運動となるこの初戦を迎えなければどちらにしても俺はこの世を生きれないだろう。
自分のミスは、自分でどうにかしなければ。
「ゲゲ!」
「ふん、こちらを見つけすぐさま向かってくるだけとは……」
敵は全裸の男性、背格好は低学年程度だが腰からぶら下がっているモノは明らかに成人男性のそれ。
勿論触りたくはないが明らかな弱点を見せている相手に対してこちらが取るべき最適な手段なぞ、決まっている。
「ふん!」
「ギッ!!!」
勢いよく前蹴りを放ち、かかとが思い切り相手の睾丸を蹴り砕く感覚。
想像以上の威力が出てしまい、少し戸惑ってしまう。
そしてその威力に悶絶し手に持っていた木の棒を手放してしまう怪生物。
それを、拾い先端を喉に突き刺す。
「―ッ!!」
小さな悲鳴の後緑色のような、ネバつく汚い色の体液を飛び散らせながらピクピク動きやがてその体液の出が弱くなりつつ動きもなくなる。
……おそらく、死んだのだろう。
これが、何かを殺すという感覚。
「……これが包丁であれば魚を捌く感覚、肉を切る感覚、まぁそんなところか?いずれにしても生きているモノでは良いものではないな……」
「―――!――――!?」
大丈夫かと今更になって奥からやってきた女性が駆け寄る。その手に持っているのは、刃こぼれが酷いがナイフを数本とヒビや半壊した円盾だ。
まぁ、怪生物の死骸の近くにその死骸の体液を多量に浴びているのだ、不安がるのも当然だろう。
「……ん?」
突然、体に少し暖かいものが流れ込む。
この怪生物を殺したことで自分の中の力が増えるというところだろうか?
「ふむ……」
これは使える。あまり好ましくはないがこの怪生物は一匹であれば殺すのも難しくはない。
それにこのネバつく粘性の体液だけは好ましくはないというだけで食料にできればそれだけで食料にできる。
飢えるよりは、マシだ。
「―――!……――――!」
傅く女性。やはりこの女性は乳母のような存在で、何かから身を隠しているのかもしれない。
そして、乳母がいるような存在であるということは俺は何かしらの貴族やそういった立場であったということが推測できる。
「まぁ、それは後でわかることだしとりあえずこれ」
死骸を指差し、次に腹を指差す、が。
「アー……―――、―――……」
渋い顔をする。おそらく食べることはできるのだろうが、味は壊滅的な物であることがうかがえる。
だが火と木があるのであればこの肉を保存食にできれば常に採れるとは限らない果実等よりは安定した食料になるだろう。
「やることはまずこの肉の血抜きだな……近くに川も流れているようだし、場所としては最高じゃないか」
昔にイノシシを捌いたことがあったが、それを思い出してやってみるだけやってみるか。
「って重いな……死んでる生き物ってのはこんなに重さが変わるんだな」
イノシシはそこまでやってくれたからこそなのだと実感する。
俺の成功は、やはり周りが強かったのだと、一人だと何もできない存在なのだと。
だからこそ、その周りがいなくても俺が一人で成功できるかが気になったのだ。
「さすがに川もまぁ、キレイなもんじゃないな」
水が透き通っているというわけでもなく、濁り、整備されているわけでもないからこその自然の川。
……ここだからの川、のが正しいだろうが。
「次は木があるのだから石器か……打製石器でも無いよりはマシだし木の棒と草で結めばまぁ簡易槍にも矢にもなる、か」
本来であれば炉を作り生産施設なんてものも作りたいがそもそもそれを一人で作り出すなんていってしまえば時間がかかりすぎる。
それに、この世界に鉄があるのかすらもわからない。あったとしてもそれが同じ鉄なのかすら……
「とても楽しくなってきたじゃないか」
そして川で肉を冷やし、内臓は一緒に冷やしてもいいかもしれないと思ったが……この生物がどうなのかわからない以上捨てるしかない。だが、ただ捨てただけではこいつを捕食対象とする生物が来て敗北、という可能性もある。
「どうしたほうがいいのだろうか……」
一応は糞便等を排泄するか不明だが、臓器としては人と大差ないことからするということを考えて取り出すときは注意しながらの中々に精神力を使うものであったから、そのまま使いたいところなのだが……
それに、解体時に使用したナイフはもちろんのこと洗ったが全部で6本、その内一つが折れてしまったのだ。
「……こいつを使ってエサを作る、罠を作る、生態系を調べるのも一つの手、か」
血の匂いで寄ってくる生物がいるならば、確かめてみるのも戦略としては間違いではない。
それに、ここらを散策し、食用の果物を採ってくる女性もいる。
少し離れた場所に数か所設置し、石で壁等に頒布図を描く。
それで食料やこの怪生物の生息地等を調べることで生き抜くことができるのだと考えられる。
「問題は言語か……」
幸いまだジェスチャーで伝わるところがあるからまだ困っているところはないが、このように細かい話等は言語を習得しお互いがしっかりと認知していなければ不可能なことだらけだ。
それで作戦が失敗し食料も敵もとなったら、最悪だ。
とりあえず、と内臓も川に付け、流れないよう固定して放置し、体についた血を水で流す。
粘性の高い体液は異臭もしていることから、この作戦の成功率は相当低いだろうが、それでも中には好き物な生物がいるものだ。
……そんなものを主食にしている生物も味はひどいだろうが……
「――――……―――?」
何をしているのか不思議がっている女性も、先ほどの装備はまだ外さず、周囲を警戒している。
安全だとふんだ場所に先ほどの敵生体がいれば相応に警戒もわかるが……それで一匹と戦われて貴重な武器を無くすのも痛い。
「やはり石器が急務か……」
「――、――――――……?」
と考え事をしていると、冷やしていた内臓、おそらく心臓を取り出して手で開いていく。
「え……何してんだ……」
と、その心臓の中から小さな水晶のかけらのようなものが出てくる。
それを見ると、自分の中にある魔力とは少しだけ違うが似通っている物を感じる。
「……その水晶のかけらには力があり、その力を使えることができる、と……なるほどなるほど、面白いじゃないか。これじゃあゲーム感覚に陥りそうだからこそ、気を付けなければいけないな」
そしてその水晶の欠片を取り洞窟へと戻る。
大体のやることが分かったら次はもちろんのこと語学の勉強だ。
予定期間は3日間で片言でも意思疎通の可能、一週間でリスニングを完全に、だが……もちろん期間は短く設定しそれと同時に石器の作成、日に3つほど成功できれば重畳といったところだが、さて。
「素晴らしき異世界ライフを、か……」
どうやら、素晴らしく楽しいものになりそうだと、そう思いながら体を休める。
……主人公の敵役として、この世界の魔王として、羽化する日は近い。
書き貯めしとかなきゃですね