第十一話 柱にするか海賊にするか、それが問題だ。
目を開くと何度も見ている実家の天井が写りこんだ。
指一本動かせないのに、体中が焼け付くように痛い。喉は砂鉄を塗りこまれたかのようにざらつき、声もかすれていて、まるで老人のように弱々しい声にカモ君は意識を失う前の事を思い出していた。
死ぬかと思った。
いや、今回ばかりは本気で駄目かと思った。
何せ、ワンパンチでこちらを沈めきれる膂力を持った輩に何度も痛めつけられ、
その魔法の威力では絶対に勝てない弟の全力を、人壁越しに受けたのだ。
物理、魔法共に致死レベルの攻撃を受けて生きているのが奇跡とも言ってもいい。
視界半分は包帯を巻かれているから見えない上に、両腕の感触が無い。右足は大工道具の鑢でゴリゴリ削られているかのように痛む。残っていた左足も体の前面同様にひりひりして痛い。背中もまるで尖った重石を載せられているように時折鋭い痛みを発する。
満身創痍とはまさにこの事。
カモ君は唯一まともに動く右目の視界で見える範囲を捜索したが天井しか見ることが出来ない。
首を動かせば痛むし、連動して背中や全身が痛む。声だってかすれた声しか出ないのだ。
そのかすれた声を漏らしながらも涙目になりながら水魔法の詠唱を行い、時折咳き込みながらも何とか魔法を行使する。
だが、全身を回復させようと魔法をかけるとそれを拒絶するように全身が痛みで悲鳴を上げた。
カモ君も悲鳴を上げた。声というには余りに小さく、ため息に近いその声はカモ君の視界の外で待機していた従者のルーシーに届いた。
「え、エミール様っ。お目覚めになられたのですねっ」
此方を覗き込むようにエミールの様子をうかがったルーシーに瞼の開閉だけで答えたカモ君。
正直ね、ルーシーがこちらの顔を覗き込む際に寝かされているだろうベッドに触れた衝撃で泣き叫ぶほどの痛みが襲ったのだが、その元気も体力もないカモ君はパチパチと瞬きだけで答えた。
鎮痛剤が欲しい。もしくは回復魔法かポーションをかけて欲しい。
まあ、こうやって自分が助かっているという事はあの襲ってきた男は撃退して、自分は可能な限りの処置を受けたのだろう。それに一安心したカモ君。
一日の間に回復できる容態は回復魔法のレベルやポーションの性能で上限がある。
レベル2までの回復魔法しか使えない自分とルーナ。レベル1ながらも水の軍杖と回復技能でそれ以上の回復効果をもたらすコーテ。
領主なら必ずと言ってもいい程自室に用意している高級ポーションを使ってここまで回復させてくれたのだろう。
ほぼ死んでいる状態の自分にどれだけの労力が注がれたのか分からないが、かなり大変だったに違いない。
ルーシーが屋敷中に響くほどの大声を上げて医者とクー。ローアといった男性陣を呼び出すために部屋を出て行った。
ルーシーに代わってカモ君の顔を覗き込んだのは目の下に深い隈を作ったコーテとルーナの顔だった。自分が気を失う前より痩せこけたと思うほど二人の顔に生気は感じられなかった。
「…エミール」「…にぃに」
少し待とうか。
確かに多大な迷惑はかけましたが、今の俺は全身が過敏に反応するほどの重体だ。
だから、その広げた腕は降ろそうか。今抱き付かれようものなら激痛が再び全身を襲い、そのショックでまた気絶する。下手したら死ぬ。
だから、来るなよ。来るなよ。
…いいよ、こいよ。なんて絶対に思っていないからな!振りじゃないからな!
「エミール!」「にぃに!」
にぎゃあああああああ!!!
愛しの女子たちの抱擁(からくる激痛)を受けてカモ君は再び気を失うのであった。
再びカモ君の意識が覚醒したのはそれから六時間後の事だった。
あの後も回復魔法とポーションの投与が続いたおかげで体の痛みはある程度引き、身動きできないベッドの上でとはいえ、会話できるまでには回復した。
彼のベッドには領主代理のローア。コーテとルーナが今も心配そうにこちらを覗き込んできている。
正体不明の男女からの襲撃から丸一週間後の事だった。
ローアの指示の元、モカ領には厳戒態勢が敷かれ、王都にこの事を記した伝書鳩を飛ばした。その中にはセーテ侯爵家。ミカエリ個人にも連絡を入れている。
それはコーテの思惑で自分達が知る中で一番力になってくれそうな知人が彼女だったからだ。現に伝書鳩で送られた手紙と共に付属していた小さな薬瓶。その中にあった回復薬でカモ君は意識を取り戻したのだ。
だが、一番の回復効果があったのはその薬ではなく、コーテの回復魔法だ。
男が装備していた四天の鎧レプリカ。それに使われた青色の宝玉の欠片。砕け、欠片になったそれはコーテの水属性の魔法性能を上げる増幅器になった。
それは水の軍杖よりも強力なマジックアイテムであった。
それだけではない。
男を撃退した時に破壊したその鎧の残骸はマジックアイテムの山だった。
砕けた鎧の殆どはミスリルという魔法金属が主体だった。青以外の宝玉の欠片も回収したが、欠片というには粉々の状態でコーテが使った欠片のように効果がある物では無かった。
ただ何かの触媒に使えそうだと思い、回収した。
あの死闘の中にも得られるものがあったのかと感心したカモ君。
腕や足、腰から背中にかけて骨にひびが入り、内臓を痛めたが、このまま回復魔法とポーション漬けの生活を送れば何とか一ヶ月で治るだろう。
だが失う物のほうが大きかった。
まずカモ君の左顔面。失明こそ免れたが頭頂部から左耳の下にかけて酷い火傷の跡が残った。それは遠目から見ても分かるほど、皮膚の色が焼けただれていた。この火傷はレベル4。下手したら5の王級の回復魔法でないと癒せないのかもしれない。
そして何より、カモ君の右腕。肘の先からは完全に消失し、失われていた。もうどんな回復魔法を受けても戻せる状態ではない。
カモ君のような格闘戦を主においている戦士なら、その損失の大きさがのしかかる。
戦闘能力は極端に低下。魔法使いどころか一般人として生活していくことにも支障が出るだろう。
それを理解しているのかね?と、ローアが尋ねるがカモ君は理解している。
自分の右腕が無い事には彼と話し合いをする前から気が付いていた。さすがに気が付いた時には気が動転して、
『HEEEEEYYYY!あぁあんまりだぁああああっ!』
と、内心では泣き叫んでいた。それだけの体力も気力もないので、見た目は小さく苦笑するだけに留まったが。
むしろあれだけの脅威に対して被害がこれだけなら何とか状況も受け止められる。
だから、
「こっちに来いよ。クー」
カモ君はずっと部屋に入ろうとせずに部屋の外からこちらを伺っていたクーに声をかける。
クーの顔色も悪かった。コーテ達同様に目の下には深い隈を作り、元気のない顔をしていた。それを吹き飛ばすようにカモ君は出来るだけ陽気な声をかける。
彼に言われてうつむきがちに入って来たクー。きっと右腕を失った原因が自分にあるのだと心の中で責めているのだろう。誰もそんな事は思っていない。あの状況では誰も文句は言えなかった。腕を失ったカモ君自身がそうなのだから。
「…本当。強くなったな。クー。…もう兄ちゃんじゃ相手にならないな」
「…そんな事、ないです。にー様が、あいつを足止めしてくれたから、勝てたんです」
兄の威厳すら捨ててクーを褒める。
自分の攻撃では足止めが精一杯だった。そんな相手を撤退に追い込んだのはクーの鍛錬のおかげだ。それはここに居る全員が知っている。
だけど、誰も自分を責める事が無い事が嫌だった。クーは自分で自分が許せなかったのだ。
怒って欲しかった。怨んでほしかった。だけど、カモ君は責めなかった。
「お前がいてくれなかったら俺達はやられていた。お前の魔法が俺達を救ったんだ」
「…だけど、だけど、にー様。にー様の腕がっ!」
ああ、この愛しい弟は勘違いしているのだろう。それを正すのが、兄の役目だ。
「腕一本でお前達を助けきれるなら安いもんだ」
この先の未来。クーやコーテ達の未来の安定が約束されるのならカモ君は残った腕も足も失くしたって構わない。
そう思うほどカモ君は彼等を愛している。
「う、ううぅ~」
涙をぽろぽろ零しながら俯くクーを優しく見守ったカモ君は強がりを言った。
右腕代わりの当てがあるのだと。元気づけようとした。それでも心残りになるのなら。
「次、俺がピンチの時は助けてくれよ。それでチャラだ」
カモ君の困難はまだ始まったばかり状態だ。
シュージを鍛え、シルヴァーナの修復を手伝い、この先の戦争に備える。
そう始まったばかりなのだ。
まだ準備段階だと言うのにこのまま立ち止まってはいられない。この先の未来の為にカモ君はまだ戦わなければならない。
その事を今はまだ誰にも伝えられないカモ君。そんな彼の回復しきっていない体力が底を尽いたのか強烈な眠気に襲われた。このまま眠ってしまうとまた心配かけてしまうから、この場にいる全員に聞こえるようにしっかりした声で言って眠りに落ちた。
「また、明日な」
カモ君が再び眠った事を確認した後、ローア達はこれからの事を話しあった。
カモ君曰く、魔法学園にいる教師に右腕の代わりになりそうなものを用意できそうな人がいるという事。その為にも自分達は魔法学園に戻らなければならない。
容態は安定しているがまだ回復しきっていないカモ君を戻すわけにはいかないので一ヶ月は学園側に休学願いを出さなければならない。
次に魔法学園に通いながらオリハルコンの探索の為の準備も整えなければならない。
と、そこまでローア達の話した事だ。
だが、コーテの中にはまだカモ君に聞きたいことが沢山ある。
彼の目指している物は何なのか?何でこうまでして命を投げ出せるのか?
どうして迫りくる危機に逃げ出さず飛び込んでいくのか?
全てはあのライムの言った自分が知らないカモ君の秘密にあるのではないだろうか。
彼からは話してくれるのを待っていたが、もうそんな事も言っていられない。
体調が回復次第、何が何でも聞きだすつもりだ。
もう自分が知らない事で彼が傷つくのを見るのはごめんだから。
エミール。貴方には全てを話してもらう。
静かに眠っているカモ君を刺激しないように優しく彼の頬を撫でながらコーテは決意するのであった。




