第七話 ここ、セーブポイントな。(ロード機能無し)
四人揃って一つのベッドで眠った、翌朝。
目が覚めたカモ君が見た物は粉薬を鼻から吸い込ませようとしていた寝巻から普段着に着替えたコーテだった。
しばらく見つめ合う。二人。
完全に目が覚めたカモ君に対して、コーテがとった次の行動は、クスリの吸引させることの続行だった。
「いや、続けるな。続けるな」
「挑戦し続ける精神は大切だと思う」
「どうしてそれを性欲に向けるのか?」
これが分からない。
「違う。これは独占欲」
「会話しながら薬をぶふおぅっ」
「そしてこれは歯磨き粉。媚薬じゃない」
歯磨き粉は鼻で使う物ではないんじゃないですかねぇ?!
「目、覚めたでしょ。アネスが言った通り、一発で目が覚めた」
「ほぼびでぼででばべぶ?」(どうして俺で試す?)
確かに目が覚めました。歯磨き粉の強い刺激が鼻の粘膜を刺激して鼻水が止まらない。
「私は現状に目が冷めそう」
「でぁあ、ばんば」(じゃあ、やんな)
覚めるんじゃなくて、冷めんのかよ。
「…格好悪いね。今のエミール」
誰のせいで鼻水を垂れ流していると思っているんでしょうかねぇ?
「クーとルーナが見たら幻滅するかもね」
?!!!!!??!?!??!?
「そしたら、ここの従者達や領民も離れていくかもね」
そこはどうでもいい。
「そうなっていってエミール一人ぼっちになっちゃうね。そうなったら…。独り占めできるね」
こ、こいつ。俺から好感度を上げるのを止めて、周りから俺への好感度を落しにきやがった。
「…冗談だよ。一割は」
残りの九割はどうなんでしょうかね。
「ほら、これで早く顔を洗わないと本当に二人に嫌われるよ」
そう言いながらお湯の入った洗面器が乗ったカートをカモ君の前に持てくるコーテ。
この子まで、ミカエリみたいになってきたどうしてこうなってしまったのか。
「エミールはクールに見えてツッコミタイプって、ミカエリさんが言っていたから」
原因アイツかよ。クールなコーテを返してくれ。
「このノリは結構疲れる」
じゃあ、やめたらいいじゃないか。
「でも、あわよくばとも思っている」
本当に油断ならねぇな。これが貴族令嬢のたしなみってか。
しかも過去形じゃなくて進行形だから性質悪い。
「それが終わったらすぐ朝ご飯だから早くしてね」
そう言って、コーテは部屋から出て行った。
カモ君は今気が付いたが一緒に寝ていたクーやルーナもいない。どうやら自分が一番のお寝坊さんだったようだ。もう二人がいないと言う事は、クーは朝練。ルーナは身だしなみを整えているのか。
顔を洗って、寝間着から普段着に着替え終えた後に部屋を出ようとしてようやくカモ君は気が付いた。
あの会話での後半部分。自分は鼻水が零れるのを恐れて視線だけでコーテと会話していた。
「…コーテの奴、本当に俺の心を読んでないか」
あのちっこい婚約者さんに本気で隠し事は出来ないのではないかと慄くカモ君だった。
朝食が用意された部屋に移動したカモ君は着席し、食事をとる。
そこには朝練を終えたクーがはつらつと近況を知らせ、ルーナがマイブームであるリボン作りに嵌っている。
実母のレナは自室に今だにこもっているらしい。カモ君が帰ってきてからまだ一度も部屋から出てこないどころか顔も合わせていない。まあ、ギネを鉱山送りにしたような物だから会いたくないのも分からないでもない。
いつも表面上はクールな表情のカモ君だが、弟妹が笑顔で過ごす朝食に驚きながらも感動していた。
ああ、食事の席がギネからローアに変わっただけでこんなにも雰囲気が違うのかと。
最上座に座っているローアも笑顔でそれを見守り、コーテも心なしか嬉しそうにしてくれている。
従者達も少し涙ぐみながらも待機してくれている。後で彼女達から聞いた話だが、ギネがいなくなってから笑顔で食事をとる事が多くなったそうだ。やっぱり屑がいるとそういった事になるそうだ。
朝食をとった後は散歩がてら何もない牧草地帯にハイキングに行く予定だ。
ああ、楽しみだ。こうもしがらみもなく楽しい事を行えるなんて幸せすぎる。
今まで主人公の事とか、ギネの事とか、将来の事とか、国家の未来だとかで色々悩んでいるが今日ぐらいは何も考えず過ごしてもいいだろう。
そんなカモ君は当たり前の家族の小さな幸せをかみしめていた。食事を終え、談笑をした後、従者達がハイキングに持って行く弁当を用意している間はルーナの部屋へ出向き、自作のリボンをあしらった装飾品。コーテが今まで送ってきてくれた王都のアクセサリーの小物などを見ながら時間を過ごした。
この後に出かける牧草地帯もこのように幸せを感じながら過ごすのだろうとカモ君は思っていた。
しかし、そうはいかないのがカモ君の、踏み台の人生なのだろう。
その牧草地帯付近にある地元料理を振る舞う宿にローブに身を包んだ怪しい二人組の姿が目撃された。
一人は偉く恰幅の良い口うるさい男であり、出された料理に散々文句をつけ、それを注意した店主に腹を立てて、テーブルに拳を叩きつけて破壊し、脅した。
それを見た周囲の人達からはたいそう煙たがれたが、気にした様子もない。そのまま料金も払わず宿を出て行った。
もう一人の方は店主と周りの人間に頭を下げて謝罪し、宿代、食事代、テーブルの弁償代として多めの金貨を渡して、赤い杖を片手に相方を追って出て行った。
「もう、問題を起こさないで。目標を達成する前に衛兵に捕まるとか勘弁してほしいのだけれど」
「はっ。だったらその衛兵もぶちのめせばいいだろうがっ。あんなチンケな飯を食わせるやつなんて誰も守ろうとしねえよ」
声からすると、男女のペアだ。
テーブルを破壊した男に注意するがそれを聞く耳を持たないのが今の相方だ。女の方は諦めたように男の横に並ぶ。
(よく言うわ。値段表を見るまでは美味い美味いとか言って癖にそれが安物だとわかったらキレるなんてね。でも、実力的には今回の任務に最適。問題は性格よね)
女の方はため息を零すのを堪えた。そんな事をすればまたキレ散らかすのがこの男だからだ。
「あのね。いくら私達の方がレベルも装備も上とはいっても相手の方が、数が多いのよ。それにモカ領での前情報はあてにならない。用心にこしたことは無いの」
「だから俺様が単独戦闘を行うんだろうが。それにどうせ踏み台キャラなんだろう。そのカモ君とやらは。はっ。名前からして負け組じゃねえか」
男は凶悪な笑みを隠そうともせずにげらげらと声を上げて笑う。
隣の女からゲームのカモ君としての情報は貰っている。その上、武闘大会でのカモ君の活躍も聞かされている。
体型が大きく変わったところや戦闘スタイルを聞いた限りだとどうやってもカモ君だけでは絶対にこの男には敵わない。
自分が身に着けているチート武装の防御性能を突き破る性能は持っていないからだ。
「カモ君は、ね。その弟はそれ以上の火力を出せるのよ。気を付けるべきよ」
だが、カモ君の弟のクーはまだ八歳にも満たないのに火の上級魔法を修得しているらしい。やり方を間違えれば男だって負ける可能性はある。その上、ローアというどこの誰かは分からない風の魔法使いもこの領に来ているのだ。この男については情報がまだ少ない。
「はっ。十もなっていないガキに俺様が負けるかよ。よっぽどカモ君は弱いんだなっ」
(馬鹿ね。負ける可能性があるのならそれを潰すのが普通。それに年齢は関係ない。使える能力で判断すべきなのにこいつはわかっていない)
だけど、男が増長するのも無理はない。それが男の身に着けている武装だ。
四天の鎧レプリカ。
胸元に赤・青・緑・土色の宝石がはめ込まれた純白の西洋甲冑を思わせるそのフルプレートの鎧は装着した人間に地水火風の加護を与える。リーラン王国の至宝のアイテムを組み上げて作られる鎧。シャイニング・サーガというゲームだと主人公限定のチート装備品。の模造品。
ネーナ王国がリーラン王国に対抗すべき手段として作り上げられた物であり、原作では決して作られることが無かった鎧は、レプリカとは名ばかりの性能をしていた。
その鎧はもはや鎧というよりもパワードスーツ。
駆ければ風より早く駆け抜け、殴りかかれば岩をも砕くスピードとパワーが手に入る。軽くて頑強。
そして何より、魔法に対しても地水火風の属性魔法なら自動で装着者を守る障壁を展開する防御機能まである。
例え、クーが火の上級魔法を放ってもこの鎧の防御機能で水属性の魔法障壁が自動展開される。
この鎧を突破するには自動展開された属性の弱点を突くか圧倒的な破壊力のある武器で攻撃する必要がある。かといって上級の魔法にも耐えることが出来るのがこの鎧だ。
男が敵視しているカモ君は未だに中級の魔法を使うのが精一杯だ。クーはまだ子供だからと危険視すらしていない。
出来る事ならもっと慎重な相方が欲しかったが、女が危惧している状況に一番適応しているのがこの男だからだ。こいつならどのような戦況になろうと構わないからだ。
「ふん。それより分かっているんだろうな。カモ君とやらを殺せば」
「ええ。私を好きにしていいわよ」
女は呆れたように微笑む。
男にはカモ君抹殺の任務を達成した暁には莫大な報酬と地位。そして自分を好きなだけ抱いてもいいと言う権利が与えられる。
本来、抱く権利は無かったが女とペアを組んだ際、その容姿を気に入り、王にその権利をねだった。王は何も言わなかったが女は出来たらいいとすぐに了解した。
この男もまたカモ君同様転生者だった。ただ、シャイニング・サーガというゲームは知らず、この剣と魔法の世界で乱暴を働く狼藉者としてのさばっていたが、その実力を買われ、ネーナ王国の魔法部隊の元で好き勝手しながらもその力を磨いた。
同僚への暴行・暴言・恐喝を当たり前のようにやり、上司にすらも噛みつく荒くれ者だ。実力的に負けていても、目の前の女から受け取った鎧の力ですぐに逆襲をして屈服させたのはつい最近の事で調子に乗っていた。
そんな男に目をつけられ、その相方に迷惑をかけられても女にとってはどうでもよかった。
どうせ、自分がこの男から少しでも離れればこの男はすぐに自分を認識しなくなる。
女はそんな機能を身に着けていた。だからこそ、ギネも女の特徴を思い出せなかったのだ。
逆に一定時間、距離を開ければこの男は自分の事を認識しなくなる。だからこそつかず離れずサポートしなければならない。
「ははっ。簡単な事だよな。チートな奴からその強みを取り上げればただの雑魚だからな」
男が着込んでいる鎧があればカモ君の強みである多彩な魔法の数々。しかし、それらはレベルが低い故にこの鎧に阻まれる。
「…そうね。頼んだわよ」
だが、この鎧が無ければこの男は馬鹿な乱暴者に成り下がる。
魔法使いとの戦いの経験はある。その訓練もこなしてきた。乱暴者から強兵レベルまでは強くなった。
それでもカモ君と戦うには足りない気がする。武闘大会で見たカモ君の戦う様は男では敵わないと思わせるほどの雰囲気を醸し出していた。
やはり不意打ちが一番だろうが、この男がこちらの言う事を聞いてくれる可能性は薄い。きっと真正面からカモ君と戦うだろう。
圧倒的な力でカモ君をいたぶり、殺そうとするだろう。
それに文句を言うつもりはない。女にはカモ君の抹殺以外の任務もある。男がそうしたいのならそうすればいい。自分の仕事をするだけだ。
「…どうやら目標は出かけるらしいわね。進路からして何もない牧草地かしら」
女は身に着けていたネックレスを触りながら目標の動向を把握していた。
カモ君が従者や弟妹達。恋人を連れて暢気にお散歩に興じるようだ。そこは開けた場所だが、人気が殆どない場所だ。そこで襲えば衛兵や冒険者などの有力者達が駆けつけてくる事はあっても時間がかかる。
「じゃあ、そこを襲うか。それに恋人か…。目の前でそいつを抱いてやるか。カモ君のくせに恋人なんて生意気だからなぁ」
「あら、見た目は十歳くらいの女の子よ?あなた、そんな趣味があったの?」
「見た目はどうでもいい。力不足で悔しがる面を見られればいいんだよ」
(…はぁ、クズね。…まあ、そっちの方が都合がいいのだけれど)
女は心中で何度目になるか分からないため息をついた。が、その歩みが遅くなることは無い。
二人は歩いていく。カモ君が訪れるだろう牧草地帯に向かって歩みを進めるのであった。




