第六話 三分の一は伝わらない
風呂に入った後は夕食を取り、クーとルーナを寝室まで見送った。その後、すぐにローアとコーテ。従者の三人を含めた大人(十五歳以下二名含む)の話し合いを行った。
それは王族からの限定的な支援を受けられることになった事。その対価が命の危険がある事について聞かされたローアは眉を少しだけ釣り上げながらもカモ君達からの情報を精査していた。
確かに今のモカ領は困窮に瀕している。今すぐに生活に支障をきたすことは無いが、何もしないでいると一年もしないうちにこの領を去る人間が多数出る。治安が悪くなる。耕作放棄地が沢山出てくるなど、問題がありありと思い描かれる。
「正直な事を言うと王族からの支援が受けられるのはありがたい。しかし、超レアなマジックアイテムの蒐集。凶悪なモンスター素材の確保。…もどかしいね。代理とはいえ領主の立場からではこれらを拒むことも止める事も出来ない」
それだけモカ領にお金が無いのだと理解させられる。
ハント領の援助も考えたが、既にコーテから幾つもの支援を受けているカモからはそんな事は頼めなかった。
「しかし、エミール様。モンスターやアイテムに疎い私でも分かります。オリハルコンといった伝説的な金属などダンジョンで見つけると言うのは無謀です。危険度がこれまで以上になります」
「そ、そうですよぅ。エミール様。この前のダンジョンでも危なかったのにそれ以上のダンジョンに挑もうなんて無茶ですよぅ」
執事のプッチスとメイドのルーシーがカモ君達二人に課された任務に反対の意を示した。
はっきりいって王族に要求されたアイテムの一つでも手に入れれば、財政面だけならモカ領を救える。カモ君もそれは分かっている。しかし、それだけでは駄目なのだ。
この任務で得られるのは資金よりも失ったモカ家の人間の信用が重要だ。
これだけはお金では賄えない。薄く広く財政面が苦しい貴族間でなら賄えるだろうが、近辺の他領。そして王族からの信用は買えない。
逆にこの任務を断れば一気に信用を失う。金輪際、王族からの援助はもらえない。下手すればモカ領の借金の利息を上げるなんてこともあり得る。
これって、援助に見せかけた脅迫だったんじゃ…。
ギネの所為で信用はどん底。その子どもであるカモ君が補填しなければならない。
そもそもギネが仕返しでゴンメという冒険者を雇ったのが間違いだった。本っ当に碌な事しないな。鉱山は鉱山でも活火山の鉱山に行けばいいんじゃないの、あいつ。汗と一緒に油も落ちて良いダイエットになるよ、きっと。
「だが、現状では受けなければならない任務だ。受けなければ王族から受ける援助も無くなる。そうすれば君達。モカ領の領民達が路頭に迷うことになる」
ローアの言葉にプッチスとルーシーは言葉を詰まらせる。
モカ領で斡旋している仕事の中で一番実入りがいい仕事はこの執事とメイドという従者職だ。
ギネの先代がいた頃からそうだが、命の危険がある衛兵よりもこの従者職の方が報酬は良かった。この従者職は主をサポートする目や手足となり、いざという時は命を張って主の盾になる事もいとわぬ仕事だ。
そう言った緊急事態は戦争やダンジョンの発生の度に起こり得ることなので仕方がない。
領主はその領の頭脳だ。衛兵や従者を使い潰しても領主が無事なら再建の目処も立つ。そんな彼等を一番近くで支える存在だからこそ報酬はいいのだ。
だが、それも領主の余裕があればこそだ。莫大な借金をこさえることになったモカ領で、カモ君が王族の任務を放棄すれば無くなる。従者達は今までの生活が出来なくなる。それどころか故郷を捨てることになるかもしれないのだ。
「言っておくがこれは極秘任務でもある。プッチス。ルーシー。モークス。例え、家族であってもこの事を漏らすことは許さん」
「…エミール様」
長年、カモ君達の事を見守って来たモークスは強い決意を見せる彼の瞳を見て、止めることは無理だと悟った。
だが、カモ君の内心は俺も嫌なんですけどねぇえええええっ!と、悪態をついている。しかし、そんな事を感づかれ、クーとルーナにその心情がばれることを恐れた彼は虚勢を張っていただけだ。
「それに悪い事じゃない。この任務を達成した暁には何らかの箔がつく。俺にもコーテにも。これは将来的にも悪くない。むしろありがたいくらいだ」
モカ領に支援が送られる。
魔法学園も退学にならずに済む。
そして、将来に有利な経歴が残る。
その全てがクーとルーナの為になる。そして、コーテの隣にいても、傍に置いておいてもいいと言う自信になる。
もし、未来で起こるだろう戦争を乗り越え、自分に自信がつき、彼女が許してくれるのなら共にいたい。
「それに、ハントの婿入りにはこれ以上ない功績だろ」
カモ君はクールに微笑みながらウインクする。
これは自分の虚勢を隠す嘘でもあるが、自身の本音でもある。
「…エミール」
これまで静観し、カモ君を見つめていたコーテが頬を赤らめながら彼から視線を逸らした。
カモ君が彼女にアプローチするのは彼女の機嫌を損ねない為だ。
モカ領に来るまでは彼女からのアプローチを避けていたので、ここで好感度を稼がないと彼女に見離されるかもしれないという打算もある。
というか、コーテに捨てられたら本気でカモ君は後ろ盾もなくなるし、これからの困難へのやる気も下がるだろう。
ただでさえ、不安だらけのカモ君の未来。その不安に押しつぶされないように踏ん張る要因が弟妹。そして、コーテだ。
彼女がいなくなればきっと押し潰れる。今は潰れなくてもいつか必ず途中で擦り切れてしまう。
要は彼女が離れて行かないように好感度を稼いでおこうという魂胆だ。
「そうは言うけど、そうする為にも私の協力が必要だよね」
「…まあ、そうなんだけどさ」
嫌ならこれからの任務は自分一人でやると言おうと思ったが、コーテはそれを感じ取ったのか言葉を重ねる。
「別に嫌じゃないよ。置いていこうなんて言ったら怒るから」
最近、コーテさんの読心術の冴えが半端ないんですが…。
もしかして、ブラコンシスコンもばれている?馬鹿な事を考えていることもばれている?
あ、あと未来の事も知っているとかも…。
「エミール。クールぶった表情で隠しているようだけど、馬鹿な事を考えていることくらいは分かるよ」
マジかよ、三分の二は把握されているのか。…俺ってそんなに顔に出ている?
そうだとしても。いや、だからこそ本当に自分についてきていいのかとカモ君は疑問に思う。いくら好いているとはいってもここまで尽くしてくれるものだろうか、と。
「それが恋ってやつだよ。恋する乙女は強いんだから」
「…まいった。本当にまいった」
コーテの表情はいつものように無表情に見える。しかし、僅かに眉尻が上がっている。それが彼女の感情が高ぶっている証拠なのだろう。
コーテの事を少し知る人間ならいつもと変わらないと評価するだろう。
彼女の友人であるアネスのような友人達が見たら違和感を覚える程度。
だが、彼女の家族やとても親しい人間が見ればすぐに気付く、その変化は劇的な物だった。
ローアとカモ君はその変化に少しだけ驚き、納得した。
つまり、コーテは、どうしようもないくらいにカモ君に惚れているのだ。
「…ふぅ。ハント家の未来は安泰かな。私の子どももいる上に、君達がいるのだからね」
ローアはカモ君とコーテを見て、納得したかのように頷いた。
この二人が行う任務。迎える未来は困難の道なりだろう。はっきり言って、ただのバカップルがいちゃついているようだが、そうやって精神的な苦痛をそうやって誤魔化せている間、しっかりと気を引き締めていけばどうにもなるだろう。
カモ君は魔法使いや冒険者というよりも生き残る手段に長けた戦士という方がぴったりだろう。引き際という物を理解している。今までは理解していてもそれを享受しなければならなかった。
だが、そうなった時。カモ君かコーテのどちらか。または二人がどうしようもなくなって潰れてしまいそうになった時は自分が、宿り木になって心休まる居場所になろうと思った。
「明後日までは、モカ領でじっくり休んでいってくれ。細かい事から大まかな事まで私が全部請け負うよ。二人は英気を存分に養ってくれ」
実のところ。ローアは、カモ君にはクーや自分と一緒にモカ領のあちこちに出向いて領民達を安心させるためのあいさつ回りに行ってほしかったが、中止することにした。
それに本来ならこの二人は長期の夏季休暇。夏休みであり、実家へ戻り遊びほうけるのが普通だったのに、ダンジョン探索に武闘大会と、生き急いでいるようなスケジュールをこなしてきたのだ。
少しくらい、ゆっくりしても罰は当たらない。それはこの場にいる全員が考えている事だった。
従者達や代理領主との話を終えたカモ君はローア達にこれからも世話になる事についてお礼とお詫びの言葉を述べると寝室に戻る事にした。
そして寝室に繋がる扉の前でカモ君は口を開いた。
「どうしてコーテがついてきているんだ?」
「…今が媚薬の使い時だから?」
まあ、確かにいちゃつくなら今しかないだろう。でも、なぁ。情緒ってものがなぁ。
コーテの方も少し疑問が残るから疑問形で答えたのだろう。だが、これからの事を考えて欲しい。
これからいちゃつく。昨晩はお楽しみでしたね。ベイビー告知。
そんな身重な状態でオリハルコンの採掘などというハードな任務が出来るだろうか。
答えはNOである。だから、いちゃつくわけにはいかない。
その事を言おうとしたカモ君だが、コーテがクールな表情で言葉を発した。
「大丈夫。避妊魔法は修得済み」
なんで避妊魔法がレベル1の初級魔法なんでしょうかねっ!(半ギレ)
「水と風の魔法が使える貴族令嬢の嗜み」
まじかよっ。知らんかった。って、ルーナもっ?!
最早カモ君に退路無し。
このままカモ君のはじめてはコーテに捧げられてしまうのか。
そんな事を考えていたカモ君はコーテに導かれるように寝室の扉を開けてベッドへと導かれる。ああ、このまま大人の階段を上ってしまうのか。
「………なんでクーとルーナがいるの」
しかし、それに待ったをかける存在が既にベッドの中にいた。
星明りしか光源がない寝室では、コーテとカモ君がベッドの近くに行くまでベッドの先住民に気が付くことが出来なかった。
「…あ、にー様来たよ。ルーナ」
「んぅ、にぃに?」
クーは眠るのを我慢して起きて兄が帰ってくるのを待っていた。ルーナは眠気に耐え切れず眠っていたが、その眠りが浅かったのかクーに起こされると目を擦りながら目を開けた。
まだ、七歳。もうすぐ八歳になるのだが、それでも子どもである。ギネやレナのような実の両親より親愛を寄せるカモ君と一緒に寝たいと思うのも仕方のない事なのだ。
「…あ。コーテ姉様」
「…ねぇね?」
クーはカモ君と一緒にいるコーテに気が付き、そこからやってしまったかと焦ってしまい、ルーナはコーテには気が付いたもののカモ君の寝巻の裾を掴んで再び夢の中へと落ちて行った。
気まずい空気が流れた。が、それも数瞬。
コーテは諦めたかのように短く息を吐くとベッドの奥の方へと周り、ルーナを寝かしつけるようにベッドにもぐりこんだ。
そして、その無表情な顔でカモ君を手招きした。つまり、四人一緒に寝ようと言う事だ。
本当は二人きりがよかったがクーやルーナの立場を考えれば二人の気持ちもわからない訳でもない。親愛の対象が死に掛けた。その後で眼の前に現れたけれど、すぐにまた死地へと向かう。
だとしたら、少しでも近くにいたいのだ。少しでも同じ時間を過ごしたいのだ。
それが分かるからこそ、コーテは四人。一緒に寝ると言う事にした。
カモ君に用意されたベッドは大人用のベッドだが精々大人二人分の広さしかないが、幸いカモ君以外は子ども体型だ。ベッドに入れない事もない。
ベッドにカモ君、クー、ルーナ、コーテと並ぶように入り、眠りに就く。コーテにとっては妥協案のそれだったが、その空間はカモ君が大事にしている存在が全て彼の手のうちにあるという幸せ空間でもあった。
その幸せを噛みしめながらカモ君の意識も眠りに落ちていく。
「…やっぱり、媚薬を」
「寝ろ」
その寸前でコーテが何かやらかそうとしたのに気が付き、軽く彼女の頭にチョップを入れて今度こそ眠りに落ちるのであった。




