第四話 問おう、貴女が私のシスターか
モカ領屋敷にやって来たカモ君は代理領主ローアにモカ領の現状をかいつまんで説明してもらいながら応接間にたどり着くと、そこで待っていたのはクーに連れられてやって来たルーナがいた。
思わず涙腺が緩んだカモ君はそれをぐっとこらえて、自分に飛びついてくる二人を抱きしめた。つい二ヶ月くらいに会ったばかりなのにもう何年も会っていなかったかのようだ。
ルーナは少し軽くなったように感じた。きっとカモ君がギネに追われていることをしってから食事もロクにとれなかったのだろう。カモ君の目から見ると少しだけやつれたような感じがする。
逆にクーは少し重く感じた。きっと自分がモカ領から逃げ出した時から一層鍛錬に精を出して筋肉が増量したのだろう。それが逞しさに思えた。魔法の実力はたぶん自分に勝っているクー。きっと槍を使った物理戦にも強くなったのだろう。
カモ君達兄妹の抱擁を見ている傍で、コーテに向かって腕を開いた状態のローアが構えていたがそっぽを向かれた。寂しい。
カモ君との抱擁を終えたルーナはコーテに抱きついた。王都からの報せでコーテがカモ君の側でずっとサポートしていた事を知っていたルーナはもう本当の姉のように慕っていた。特にルーナはコーテとの文通をする仲だ。嬉しい感情もひとしおだろう。
そんな百合百合しい空間に俺も混ぜて欲しいんだな~。と、いう感情は抑えてカモ君はクーとローアからモカ領の現状を聴いていた。
まず悪い情報から。
なんとモカ領は莫大な借金を背負ったという事。内容は冒険者ギルド支所の設立。そして衛兵達の待遇改善でモカ領は莫大な借金をこさえる必要になった事だ。
クーが苦労する未来がありありと予想できたが、これは必要経費だ。それに悪いだけではない。
原作。シャイニング・サーガでは二年後に起こる戦争に真っ先に巻き込まれるモカ領。その時には無かった冒険者ギルドが設置されれば、そこにいる冒険者達の力を借りて少しは抵抗できる。領民を、クーとルーナを逃がす時間が作れる。
文字通り、未来への投資だ。
そして良い情報。
ローアさんが領主代行を受け持つこと。こちらの事情を知り、悪くはしそうにない貴族の中で、自分達との相性も悪くない彼が代行を務めてくれることは幸運だった。
そして、クーの風魔法のレベルが3。上級レベルに上がった事だ。
「…そうなのか。クー?」
「カズラさ、んんっ。ローアさんから色々アドバイスを貰ったら上級の魔法を使えるようになったんだ。まだ補助だけだけど」
「まさかたった半日で魔法使いとしての自分を越えていったクー君は才能があるよ。それとも、イメージになった人があまりにも鮮明だったんじゃないかな」
「ローアさんっ」
顔を赤くしたクーはローアを睨むように言葉を制した。
イメージにしたのは多分冒険者のカズラだろう。彼女が戦地で動く姿は疾風。もしくはそれ以上の素早さだ。クーが持つ風属性の魔法とは相性がいい。
補助という事は、クーはスピードを上げるハイクイックという魔法も覚えたという事だ。
つまり、風の魔法で高速移動しながら攻撃力の高い火の魔法を、もしくは槍を使った戦闘が出来ると言う事。
待って。本気でクーに勝ち目が無くなった。
魔法戦。
レベルの差で押し負ける。属性相性もレベルが違うとほとんど意味をなさない。よっぽど内容がかみ合わないと勝つことが出来ない。
武器を使った戦闘。
風魔法の補助があるクーの動きに追いつける自信が無い。
あ、ありのまま把握した事を考え直すぜ。
俺が武闘大会で死にそうな目に遭っている間に、クーは二つの属性を扱える上級魔法使いになっていた。
何を言っているのか自分でも理解しているつもりだが、心が追いついてない。
いやー、強すぎ。俺の弟強すぎるワロタ。いや、笑えんわ。草も生えない。
まだ七歳やぞ。それなのに一般魔法使いの上限に至った?
いくら経験値タンクと揶揄された俺との模擬戦を繰り返したとはいえ、こんなに強くなるものか?
しかもカズラという強キャラへの憧れとローアさんから学んだ風魔法の知識だけでレベル3の上級魔法使いになった?
どんだけ潜在能力を秘めているんだクーは!最強やな!
そんなクーとはもう模擬戦なんて出来ないな。瞬殺される。間違いなく。兄の威厳も木っ端微塵になる。
「うー、秘密にしてくれって頼んだに。…そうだ、兄様。明日また模擬戦をしましょう。強くなった僕を見て欲しいんだ」
出来ないって、言っているだろう!いや、口にはしていないけど。無理です。嫌です。まだ兄の威厳を保っていたい。せめて後、半月。いや、半年でいいから。
要求の値上げを心の中で叫びながらもカモ君はクーのお願いを断れない。こんなに良い笑顔でお願いしてくる弟の頼みを断るなんて兄では。いや、カモ君じゃない。
兄の威厳が粉微塵になる事を承知で模擬戦を了承しようとしたカモ君だったが、クーとの間にチョップで割り込んできたコーテ。
「クー。今回の帰郷は休息の為でもあるの。だから出来るだけエミールを休ませてあげて。死ぬほど疲れているから」
クーとルーナにはまだカモ君が死に掛けた事は教えていない。しかもギネの手によって致命傷を受けたことは誤魔化していたのだ。
カモ君が致命傷を受けたことをコーテから聞かされたクーとルーナは驚愕した。
まさか、カモ君がギネに殺されかけたなんて思いもしなかったから。カモ君なら返り討ちにしていると思っていたから。
「…にぃに。脱いで」
「え?」
「いいから脱いで!」
その小さな体からは想像できない力でカモ君に飛びついて、ウールジャケットを剥ぎ取り、その下に着込んでいたシャツを破き始めた。
いやぁああああっ!せめて部屋は暗くしてぇええええっ!
そんな言葉を喉の奥で押し留めたカモ君だったが、そこに冷静さのリソースを振ったせいでされるがままだった。
そんなルーナの横暴もクーとコーテがカモ君から引きはがすことで収束する。が、無理矢理破かれたシャツの上にコートを羽織っている所を見ると、まるで暴れた酔っ払いの風体にも見える。愛する妹に服を破かれた所為か微妙に顔を赤らめているのでそれっぽく見える。
「落ち着いてルーナ。跡は残ったけど今は大丈夫だから」
「俺も気になるけどやり過ぎだ」
「跡が、出来たの?!にぃにっ、にぃにっ!」
ルーナがこれ以上暴れないように、コーテという異性の目があるがカモ君は上着を脱いでみせる。
その背中は魔法使いではなく冒険者然とした筋肉がついている背中、そのほぼ中央に小さなひし形の痣の様が見えた。
そこだけはどんなに回復薬を使っても魔法を使っても消えることは無かった、命を奪ったかもしれない傷の跡。それを目にしたルーナは再びカモ君に張り付くように抱きつくと魔法を詠唱する。
そこで発動した魔法は水魔法レベル2のヒール。クーに引き続き、ルーナもまた長男の危機を察知してのレベルアップを果たし、修得した。
えっ、うちの弟妹が天才過ぎるんですけど…。
…俺の為にレベルアップしてくれたの。(胸キュン)
この世界に生まれて、十二年。もうすぐ十三年になるカモ君ですらまだ水属性がレベル2なのに。
カモ君は原作知識。ゲーム知識という反則をして、ダンジョン攻略や魔法学園での修練でやっとレベル2なのにそれに追いついたルーナに慄いたカモ君。
これが愛の力か…。と、とぼけた思考も同時に出来るところからカモ君は並行詠唱という技術を得ることが出来たのかもしれない。
戦慄と呆然という感情を顔には出さずに、片膝をついて、ルーナの足が床に届くように屈むと、ルーナの魔力が切れるまで効果のない魔法を受け続けたカモ君は魔力切れで息切れをし始めた妹の手を取り、一度自分から離して、振り向き、改めて正面からルーナを抱きしめた。
「兄ちゃんはもう大丈夫だから。ありがとうな。ルーナ」
正直これ以上回復魔法を受けると食べ過ぎの症状に似た魔力酔いしそう。
魔力の総量だけは誰にも負けていないと自負しているが、これ以上よそ様の魔力を受けると吐き出しそう。いや、愛する妹様の魔力ならいくらでも受け止めるけれども。一回魔法使っていいですかね?
カモ君が過剰な魔力供給を受けながらも抱きしめたことで泣きだしたルーナは鼻を鳴らしながらもしっかりと抱きついてきた。
ルーナの涙と鼻水で自分の胸板がびちゃびちゃだが、その分カモ君の心は潤っていた。
俺、愛されている!!愛する妹から愛されているぅうううううっ!!
見た目はクール!頭脳はお馬鹿!そいつはカモ君!踏み台ブラコンシスコン兄貴っ!
そんな馬鹿な事を考えているとは誰も思うまい。
「…エミール。いくら兄妹だからと言っても半裸の男が小さい女の子を抱きしめる光景は誤解されるよ。衛兵さん呼ぶよ」
俺、コーテさんとも同じような事をしましたよね?え、もしかして衛兵さん呼ばれかけていた?もしかして、妬いている?
「男の裸を好きにしていいのはその妻か攻めだけ」
やだなぁ。その厳選。
「その条件を満たしているのは私だけ」
え、コーテさん。生えている?
「だから、ルーナ。もうそろそろ離れる」
「やっ。にぃにの傍にいる。お嫁さんになるもんっ」
お嫁さんになる。
それは男性保護者が言われたいNo1の言葉!信頼されている証!親愛の証!
その言葉を聴いた事で普段は鉄壁と言ってもいいカモ君のクールフェイスが少しだけ崩れた。
「ごめんな。兄ちゃんと妹は結婚できないんだ」
少しふやけた表情でルーナに言い聞かせようとするカモ君。滅多に見られないその表情にコーテは頬を膨らませると、カモ君の顎をくいっと持ち上げるとその唇を自身の者に合わせた。
「っ。コーテ姉様」
「こんな事が出来るのも私と用務員の人だけ」
「用務員にはさせねえよ。お前だけだよ」
コーテのボケに思わず素でツッコミを入れてしまったカモ君。クソミソに興味はない。
彼はノーマルだ。いや、彼のブラコンでシスコン具合をノーマルというには度が過ぎているようにも見えるが、ノーマルだ。
「にぃにっ。私ともするのっ。ちゅーっ」
「貴族の令嬢がそんなはしたない事しないの」
「コーテ姉様も貴族の令嬢だよね?」
コーテのボケにツッコミを入れるクー。
愛する妹と義理の姉が自慢の兄を取り合っている光景を見て何といえばいいか分からなかったが、自分もカズラとこんな風にいちゃつけたらいいなぁ。と、ふと妄想してしまった。
それが恥ずかしくて目の前の光景から目を逸らす。
「にぃにとはしたもん。ちゅーしたもんっ。私もしたもんっ。兄妹なら普通だもん」
「「「え?初耳?」」」
カモ君はルーナを溺愛しているが接吻をすることは無い。したとしてもおでこにチューまでだ。クーも同様だ。
そして、コーテという妹を持つローアもそのようなことは無かった。可愛がってはいるがそこまでの親愛表現はしたことは無い。
兄の経歴を持つ三人からの疑問の声が上がるもルーナはカモ君にしがみつく。
それを引きはがそうとコーテが二人の間に割って入ろうとするが、先程よりも強い力でしがみつくルーナを剥がせないでいた。
その様子を見てクーとローアの二人は気付かれないようにそーっと離れて行く。
いや、どうにかしてくれ。
そう思うカモ君だったが、ルーナにこうやって甘えてもらう事にメロメロなため、どうにもする事も出来ずにされるがまま。
その間にもクーとローアの二人が応接間の扉から出ていこうとしていた時にカモ君と目があった。
上着をひん剥かれてインナーシャツがビリビリに破かれたカモ君。
それにしがみつく涙目の美幼女1のルーナ。
真顔で兄妹を引きはがそうとするので必然的にカモ君の体に密着することになる。見た目が美幼女2のコーテ。
ん?幼女との情事かな?
ここにミカエリがいればそう言っていただろう風景に何も言えなくなったカモ君は一縷の希望を託して視線で年長者のローアに訴えた。
「やっちゃえ、マイシスター」
まさかの馬鹿発言に敵対する大英雄を目の前にした雑兵の気分になったカモ君。
ハント家の後継者に困る事が無いようにこの誤解されそうな状況を助長しようとするローアの言葉を置いて、クーと共に去るぜ。
いや、去るな。おいていくな。人生経験値が少ないからこのどう切り抜ければいいのか分からないんだよ。
そんなカモ君は騒ぎを聞いて紅茶を持ってきたモークスに着替えてくるように言われるまでその状況を続けるのであった。
やはり、男女の縺れを解決するのは年の功なのだ。




