第十七話 愛より熱く、愛より深く
初めて王族を前にしたカモ君とコーテは、煌びやかなドレス姿のマーサ王女が応接間に入る前から片膝をつきこうべを垂れてスタンバイしていた。
その姿を見なくてもわかる。ただならぬオーラ。一庶民に近い感性のカモ君には決して出せないそれを肌で感じていた。
顔を上げることは出来ない。声を上げる事も出来ない。目の前にいるだろうマーサ王女の許可なく身動きすることは不敬である。
貴族間での上下関係は厳しい。カモ君とコーテ。子爵と伯爵だけでも相手の許可が無ければ親しく話すことも出来ない。その上、侯爵であるミカエリも同様だ。彼女がフランクな人柄でなければカモ君は他人行儀に接していた。
そして王族となればもう、人と人の関係じゃない。相手が死ねといえば死ななければならない雰囲気だ。もちろん、そんな事は言われないだろうと思うが、ジャケットの前例がある。どんな事を言われるかたまったものではない。
ちらりと視線を移せば自分達の隣であのファンキーなミカエリすらも同じ姿勢で王女の言葉を待っていた。
やがて、マーサ王女が用意された上座の椅子に着席するとお声がかかった。
「面を上げなさい」
それは確かに年頃の少女の声だった。静かな声だった。だが、その言葉はあまりにも強力だった。
嫌とは言えない。断れない迫力を感じさせる。
これが王族。これが第二王女。自分達とは文字通り住む世界が違う人間。
顔を上げるとそこには銀髪の妖精がいた。そう言われてもおかしくないくらいの可憐さを持った少女が。王女がいた。
「此度の武闘大会。まことに見ごたえのある物であった。力だけでは物事がうまくいかぬ。それを体現した。まことに見事でした」
「ありがたきお言葉。身に余るほどの栄誉であります」
どうしよう。この人にお金頂戴♪
なんて、口が裂けても言えない。いや逃亡前提で、可能前提でなら言えるかもしれないけど少なくてもこの状況は無理。
彼女の隣には彼女の護衛らしき騎士と魔法使いがいた。更にはその両隣にカヒーとビコーの姿がある。
そんな王女たちの前でおふざけなんかしたら、いや、その仕草をした時点で自分は消し飛ぶだろう。
「本来なら優勝した者にのみ私から賞与を渡すのだが、今回のようなイレギュラー。乱入騒ぎで無しになりました。しかし、あれほどの戦いを見せた者に何も無し。では私の沽券に関わります」
そこで、一息溜めた王女はカモ君の目を見ながら言った。
「そなたが望むことを望むだけ申しなさい。その中から私が吟味して叶えてあげましょう」
これはカモ君を試している言葉だった。
自分が上げた戦果を正しく判断しているかどうか。マーサ王女がどれだけの狭量と権力を持っているかを試している。
少ない。小さい申し出をした場合。無欲として見られるか、馬鹿にしているのかと勘繰られてしまう。前者ならともかく後者なら一発アウトだ。カモ君のこれからの未来は闇しかない。
多い。大きすぎる場合。強欲者とののしられ罰を受ける。これも駄目だ。
カモ君は自分の望みをゆっくりと吟味する。何を一番優先させねばならないかを。
そして、決まった。
「はい。王女殿下。私に魔法学園の復学とそこで学ぶための資金援助をお願いいたします」
「…ほう」
カモ君が一番に願う事はクーとルーナの明るい未来だ。
その為に一番必要な事。それはシュージの強化である。彼さえ強くなれば戦争にも勝てる。この未来も明るいものになる。
その為にはやはり魔法学園に通い、彼のレベルを上げるために決闘や模擬戦を何度もやる必要がある。
例え、多額の負債を抱え込もうとそうしない限りはどうにもならないのだ。
そんなカモ君の考えとは裏腹に王女マーサはカモ君がかなりの強欲者だと感じ取っていた。
カモ君は復学したいと言ったが、それは要するに手配書を撤廃し、自身を貴族の地位に戻した上に金を寄こせと言っている事と同義である。シュージやキィのような特別枠の生徒の席を早々に増やすことも出来ない。
元は貴族の者だったとはいえ、手配書を出された時点で彼は平民になっていた。
平民を貴族にしろ。これはかなりの難問だ。
王でも今回の武闘大会の戦果だけでは足りないと言うだろう。だが、足りないのであれば別の戦果を足せばいいだけの事だ。
「残念ですが、それは難しいですね」
え?駄目なの?
マーサの言葉にカモ君は内心驚きながらも長年培ってきたポーカーフェイスで受け流す。彼は自分が申し出た願いの壮大さに気が付いていなかった。
そんなカモ君の心情を察したのかマーサは言葉を続ける。
「こちらからの任務を受けてくれたならそれも可能になります。だが、これは難しい事です。それこそ上級魔法使いや冒険者でも達成することが難しい事でしょう」
マーサは変わらずカモ君を試す表情のままだった。その真意をカモ君が汲み取れるはずがない。というか余裕が無い。自分の事で一杯一杯なのだ。
「それが自分にやれる事ならば、やります」
「…そうですか。貴方にやってもらいたいことはとあるアイテムの蒐集。…ミカエリから聞いていると思いますが、希少金属も含まれている。オリハルコンです。それが意味する事は知っていますね?」
オリハルコンは超希少金属。カモ君が持っていた火のお守りや水の軍杖の十倍は価値がある物で、滅多に発掘されない希少な鉱物。
シャイニング・サーガというゲームでは30階層以上という高難易度のダンジョンでやっと少量とれるかどうかのレアアイテムだ。
ミカエリの請求したアイテムなど鼻で笑える。それほどまでのアイテムだ。それを取って来いと王女様は言っている。つまり死ぬかもしれないがダンジョンに行って来いと言っているのだ。
「ちなみにセーテ侯爵の人間の助力は無い。彼等にはやってもらう仕事が山積みなのです。今回の大会のみだと思いなさい」
つまり、今度こそ自分の力のみで達成というしろという事だ。
自分のレベル。所有しているアイテム。人脈だけで30階層以上のダンジョンを見つけて挑戦しろという事だ。
でも、やるしかないだろう。そうしない限り明るい未来を手に入れることは出来ない。
それにこの依頼を受けろとは言われたが達成しろとは言われていない。
やったけど出来ませんでしたー。といっても相手は文句を言えないだろう。
王族の言葉はそれだけ重いのだ。自分の言った言葉はなかなか覆せない。自分やギネのような木っ端貴族ではないのだ。
そう内心ではほくそ笑みながらカモ君は言った。
それに魔法学園の復学ということは最低限度の修学の為にもある程度は学園に居られることになる。その間にシュージを強化することが出来る。
「やります」
カモ君は最初、無理難題を押し付けられたかと思ったが、これは自分のレベル上げにもなる。レベルが上がった自分と戦うシュージもレベルが上がる。WINWINだ。
「…正直、貴方があの学園にそこまで固執する理由が分かりません。貴方は一般生徒。いえ、一般魔法使い以上の実力を有しています。あそこで貴方が得たいものはあるのですか」
嘘を言えない。
だが、未来で戦争が起こるなどと言えば頭がおかしい奴か、敵国のスパイか、それとも革命を狙っている賊と思われる。
だからふわっとした言葉で誤魔化そう。
「輝かしい未来があります」
もしくはリーラン国の滅亡という最悪の未来が。
いや、自分はシュージに何度も倒される運命にあるから輝かしいとも言えんか。
…あれ、おかしいな。嘘を言ったからか胸が切なくなったぞ。
マーサの言葉に真っ直ぐに答えたはずのカモ君だったが、思わず天井を見上げてしまう。そうしないと涙が零れそうになるから。
こんなに頑張っているのに自分が報われることは無く、ただただ苦行でしかない現在と待ち受ける未来に辛くなってきた。
ただ一人の理解者も無く、人としての栄華も求めきれない。
クーとルーナの為。そう自分に言い聞かせてここまで走ってきた。だが、その先に待つ未来は負けなければならない運命が待っていた。
ドラゴンに殺されかけた。シータイガーに殺されかけた。ドッペルゲンガーに心を折られた。クーに殺されかけた。ギネに殺されかけた。
それらの事が半年もしないうちに起こったのだ。その上、武闘大会の疲労もあり精神的にはナイーブにもなっていたカモ君の心は限界だった。
これだけの困難を乗り越えたのに更なる苦行をこなせるほどカモ君の心は強くなかった。
駄目だ。泣いてしまう。
カモ君の心が涙と共に初めて弱音を吐きそうになった。だが、それは零れなかった。
隣にいるコーテがそっとカモ君の手を掴んでいた。まるで弱音を、涙を抑えるように優しく、それでいてしっかりと握っていた。
カモ君が隣にいたコーテに顔を向けると、そこにはこちらに向かって優しく微笑んでいる彼女の微笑みがあった。
「マーサ王女殿下。発言をお許し願えますか」
「発言を許します」
今まで無表情で静かに事を見もっていたコーテの発言にマーサ王女は許可を出した。
「その任務。私も参加させてはもらえないでしょうか」
「…コーテ?」
30階層以上の深層ダンジョンに挑むというのはある意味死刑宣告に近いものだ。
わざわざ付き合う義理は彼女には無いはずだ。婚約者の件もギネが事件を起こしたことで破談になっているだろう。
どうして…。ああ、どうして彼女はここまで自分を支えてくれるのか。
…いや、分かっているだろう。コーテは自分に好意を持ってくれている。
だが、その好意を寄せるに値しない男なのに。どうして寄せたのかが分からない。
「オリハルコンの入手。深層クラスのダンジョン攻略は文字通り魔境です。彼ほどの実力を持っていなければ生き残れない。いや、持っていても難しい。それは理解していますね」
「はい。今の私のレベルではダンジョンに挑む事は無謀だと言う事は百も承知です。ですが、それ以外。彼の身の回りの世話や簡単な回復魔法で支えることは可能です」
王女の言葉と視線を真っ直ぐに受け止めて、自分の力量とこれから行う事を簡単に伝えるコーテ。
そんな彼女の手は未だにカモ君の手を握っている。僅かに震えていることも感じ取れた。
王女への意見もあるのだろう。これから繰り広げるダンジョン攻略への恐怖もあるのだろう。
それでもコーテは真っ直ぐ王女を見ていた。
「…貴女の事はミカエリから知らされています。コーテ・ノ・ハント。婚約者。いえ、元婚約者の為にそこまで尽くせますか?」
「はい。身を粉にして支えます」
王女は改めてコーテとカモ君の現状を伝える。
彼女と彼を繋ぐ縁はとっくに切れているのだ。
だが、彼女はそれでもカモ君の力になりたかった。
「貴女の家が反対をしても」
「その時はハントの名を捨てます」
きっとこの場にグンキがいれば激怒するだろう。
当たり前だと。
カモ君ほどの男は手放すなと。
「…それは愛故にですか?」
「いえ、惚れた弱みです」
王女の言葉にコーテは嘘偽りなく答えた。
確かにカモ君には足りない所は多々ある。
戦闘面では達人レベルには敵わず。
私生活では弟妹達の事ばかりに気をかけすぎている。
性格的にもクズな所はある。
完璧であろうとする。虚勢を張る。でもそれを実現させようともがき続ける。弟妹達に誇れる自分であろうとする。
その姿が愛おしい。その献身を自分に向けてくれたらどれだけ幸せになれるか。
ああ、そうだとも私はこの男を心から欲しているのだ。
いずれはクーとルーナからこの男を奪ってやるのだ。
その為にも彼には今回の責務で倒れられては困る。ダンジョンで命を落としてもらっても困る。他の女に取られるなんぞ死んでも嫌だ。
その足掛かりとして彼を支えるのだ。こうやって泣き言を言いそうになった時、支えて、慰めて、自分に依存してもらう。自分無しでは生きていけないようにする。
それは保護欲でもあり、独占欲でもある。
ただ一人の少女の恋心だった。
「…わかりました。貴女にも今回の任務に就かせましょう」
「ありがとうございます」
そのやりとりを聴いていたカモ君はまた涙を零しそうになった。悲壮感から来るものではなく、幸福感からくる涙を。
まだ彼女に自分だけが持つ心情を明かせていない。それなのに共に苦境に挑もうとしている心意気に感動したカモ君。今度は上ではなく、コーテとは反対の方向に顔を逸らした。
今、自分の顔を見られるのは恥ずかしい。きっと嬉し涙を零しているから。




