第十一話 行き過ぎた信頼
ダンジョンコアの破壊。それはダンジョンの死を意味している。
モンスターを産み出す機能を失った、ダンジョンの階層は次第に崩れ去り、地に埋もれ人達から忘れられる。
ダンジョンからの帰還。その無事を喜んだ愛妹ルーナとの抱擁。心身の癒しを感じ取るカモ君。
ここまでは良かった。
別ダンジョンから生還した弟の無事を確認。ルーナ同様に抱擁しようとしたら、やんわり拒否された。それがショックだった。
特にドッペルゲンガー戦で負った心の傷がぱかっと開いたように感じたカモ君は体を小さく震わせていた。まるで雨に濡れる子犬のように。
今までのクーだったら顔を合わせてからの抱擁は当たり前だったのに。まさかあのドッペルゲンガーの言動はクーの本心を汲み取ったものなのか。そうだとしたら自分は立ち直れない。三日三晩、ルーナを可愛がり、考え直してくれたクーとの抱擁をするまでカモ君は立ち直れない。生きるために最低限必要な行動しかとれなくなる植物状態の人間に成れ果ててしまう。
その様子を見ていたカズラが少しクールな印象を持っていカモ君が少し面白い言動をしていることに微笑を浮かべた。それに気が付いたクーが少し頬を赤らめて、その顔が彼女の見えない方向にそっぽを向いた。多大なショックを受けていたカモ君だったが、それに気が付かない兄(馬鹿)ではなかった。
ありありと想像できてしまう。
北のダンジョン攻略リーダーだったカズラの容姿と言動により突き進んでいくクー達。そんな彼等を鼓舞しながら進むカズラに心惹かれていく弟の心情。
駄目ですっ。そんな事はお兄ちゃん認めません!
少なくても自分より強く、経済力があり、心優しい人じゃないとお兄ちゃんクーの想い人だなんて認めません!・・・認めざるを得ません!
魔法殺し抜きでも自分を封殺できるだけの戦闘能力を持ち、トップランクの冒険者と名高いカズラの経済能力はカモ君のお財布事情よりも潤沢で、姉の為に死地に飛び込む強さと優しさを持つ彼女はカモ君の言う条件にぴったり当てはまる。ミカエリ?あいつは駄目だ。あいつが家族になると絶対疲れる。その点、カズラはまだ交流は浅いがさっぱりした性格でしつこい性格でもない。それに自分のミスも察して黙ってくれる人格者だ。
でも嫌です!お兄ちゃん、クーに恋人が出来るなんて。自分から離れて行くなんて嫌です。
そんなカモ君の心情を知らないクーが自身の照れを誤魔化すように言ってきた。
「ダンジョン消滅が確認出来たらまた訓練をしましょう。にー様」
それはカモ君が魔法学園に行く前まで毎朝行っていたクーにとってはお遊び。自分にとっては命懸けの模擬戦である。しかもドッペルゲンガー戦の情報通りクーは火属性がレベル3になった上級魔法使いになった。
ランクだけならカモ君を越えたのだ。この世界の主人公であるシュージですらまだレベル2の中級魔法使いなのに。半分くらいの年齢のクーがその上のランクを追い抜かれたカモ君は弟の成長を喜んだ。と同時に焦った。この恐ろしいまでの成長速度を見せる弟に勝てる気がしないと。
自分は確かにエレメンタルマスターで火に有利な水属性。防御に利がある地属性のレベル2の中級魔法使いだ。だが、属性で相性がよくてもランク差は覆らない。レベル3の火とレベル2の水がぶつかり合えばレベル3の火が勝つ。
今までカモ君が何とかクーに競り勝てていたのは同レベルで有利な魔法が使えたからである。経験してきた訓練の量の差もあるが、クーの才能の前ではそれも覆される。
そんな弟の訓練の誘いにカモ君は出来るだけ爽やかな笑顔で了承した。してしまった。
それからダンジョンを攻略して丸一日過ぎた時は既に太陽が沈んでいる時間帯。カモ君はダンジョン跡地でダンジョンの再出現の警戒をしている衛兵や冒険者達に軽く挨拶した後、ダンジョンの入り口のあったところの周辺を足で確かめるように時折立ち止まってはとある魔法を撃ち込む。
それは地属性のトラップ魔法。そこに術者が微量の魔力を流すだけでそこに仕込んでいた魔法が発動するものだ。しかし、この魔法の欠点は撃ちこんだ魔法は時間が経つにつれ徐々にその効力を失っていくという物だ。
カモ君はそれをあちこちに打ち込む。撃ちこんでいる内容は水魔法が殆どだ。その用途とは翌朝クーと行う模擬戦の下準備の為。そう、カモ君は弟を嵌める為の罠づくりの為にここに来たのだ。
翌朝には今打ちこんだ魔法の効力は四割近く落ちてしまうだろう。しかし、カモ君は残っている魔力を全てつぎ込んででもこのトラップ魔法を撃ち込んでいく。そうでもしないと勝ち筋が見えないから。
はっきり言って弟のクーの成長スピードを頼もしく感じるがほんの少しだけ恐ろしさも感じている。たった七年で一般魔法使いの上限まで辿りついた彼の力量を甘く見てはいけない。戦いの中で成長していくという主人公パワーのような物を感じずにはいられない。だが、こちらも負けられない。負けたくないの。
今回の模擬戦では、クーの撃ち出した魔法をこのトラップ魔法で相殺していき、解く朝には全快しているだろう体力と魔力でいつもの通りあちらの魔力切れまで耐えるというもの。それも出来そうになければ断腸の思いでクーにあたらないように攻撃。最悪の場合は接近戦に持ち込んで寸止めをして「俺の勝ちだな」とクールに決めるつもりだ。
今回の罠の事がばれても、「ダンジョンで学んだだろ。戦場では罠や騙し討ちは当たり前だ。今のうちに慣れておけ」と先見者のように言えば好感度を下げることなく模擬戦に勝てる。
最後のトラップ魔法を打ちこんだカモ君は改めてダンジョン跡地を眺める。万が一、ゾーダン領のようにダンジョンが再出現。モンスターの反乱が起きても今打ちこんだトラップ魔法を発動させれば時間稼ぎは出来る。
今も警戒している衛兵や冒険者達にもこのトラップの事が知られても言い訳が出来る。
クーへの罠とダンジョンの再出現対策。一石二鳥だ。
そこまで考え尽く自分の知略が恐ろしい。勝ったな。風呂入ってくる。
そんなモカ邸の屋敷に向かうカモ君の足取りは軽かった。しかし、この男。無自覚に毎度ながら見落としやフラグを立てるのだ。今回のように調子に乗っている時は大抵痛い目に遭う事を学習していなかったのである。
そして翌朝。
クーの宣言通り、東のダンジョン跡地で模擬戦をすることになったカモ君。
その合間にカモ君はクーが上級魔法使いになった事で、その時に起こり得る被害の事を話しあい、周りへの被害の事を考えて上級は使わずにレベル1か2。つまり下級か中級魔法だけの模擬戦に何とか持って行こうとしたカモ君。その事を悟られないように話していた所に食客扱いでモカ邸の屋敷で休んでいたミカエリがレベル4の特級風魔法でつくった結界の中でならよほどのことが無い限り周りに被害は出ないと言い出しやがったのである。
これにはカモ君は内心オコだった。
なに余計な事を言ってくれたこの○ッチ!と、口に出せば不敬罪で首が飛ぶかもしれない悪口を内心で叫んでいた。
なにが頑張れお兄ちゃんだ。トラップがあるとはいえクーの潜在能力は主人公以上だぞ!カモ君は内心焦っていたが慌ててはいなかった。こんな事も有ろうかと昨晩はあれだけのトラップ魔法を仕込んだのだ。
内心ハラハラながらも見た目だけは自信満々のカモ君に尊敬のまなざしを送るクー。
カモ君とクーの模擬戦がここで行われると聞いた衛兵や血気盛んな冒険者達は観戦気分で二人を遠巻きに眺めていた。そこには愛妹のルーナ。そしてクーの想い人(仮定)のカズラもいた。その二人から頑張れーとエールを貰った男二人。
カモ君はいつもながら最高の支援魔法を受けたかのようにやる気と気力に満ち溢れ万能感にも似た感覚になるが、それ以上にクーのやる気が満ち、いや、溢れていた。
初恋の人が、今まさに思いを寄せる人からの応援を受けた。それだけでクーのステータスは強化されていた。
カモ君は正直止めて欲しいと願った。ブラコン兄貴として弟が離れて行くのを感じるたからでもあるが、罠があって初めて勝ち筋が見えたのに。殺る気まんまんもといやる気満々のクーを相手にどうやって勝とうか熟考する羽目になった。
一手でも間違えれば死ぞ。ここは魔法学園の闘技場ではない。よって護身の札もない状態でクーの魔法をまともに受ければ黒焦げになること間違いなしだ。
改めて模擬戦をする前にダンジョンの再出現が無いかカモ君自身が地魔法で調べたが異常は見当たらない。あってほしかった。そうすれば模擬戦もしないで済むのに。
カモ君とクーはお互い十分な距離を取って構えるとミカエリの讃美歌のような詠唱から繰り出された風の結界魔法が二人を中心に半径五十メートルのドーム状に包み込む。
ミカエリもクーがレベル3の上級魔法使いなのは知っているので時間をかけて詠唱し、ダンジョンで繰り出した風の障壁よりもより重厚な風の結界を展開する。彼女が結界を完璧に発動させた合図を出すとクーは詠唱を開始する。
カモ君は動きやすいジャージの上にコーテから借り入れているマジックアイテムを装備しているがクーは動きやすいジャージのみ。これだけでも十分にハンデ戦を強いられているような場面で尚更負けられないと感じたカモ君。その上、罠も設置しているのだ。決して負けられない。罠が健在なのはもう確かめた。いつでも発動できる。
クーがレベル3。火の上級魔法で広範囲爆撃魔法のエクスプロージョンを放っても仕掛けたトラップを全部発動させれば相殺できる。魔法にレベル差があろうとも一つの魔法に幾つもの魔法を重ねあわせれば相殺も可能なのだ。
ただ、問題があるとすれば。
(…あれ?あの詠唱はエクスプロージョンではない?)
クーが詠唱しているものが広範囲魔法ではなく威力を一点集中させた対個人魔法。範囲を絞った分威力が底上げされた魔法だったという事だ。
「フレイム・カリバアアアアアッ!!」
それはまさしく炎の大剣。太陽のように煌々と輝く三メートルはある大剣がクーの手の中にあった。己を生み出した者以外は灰燼と変えようとする魔法で作り出された炎の大剣。最高の兄へ挑む弟が現在使える魔法。
クーが知る中で最強の魔法を愛する兄に向かって投げ放つのであった。
七歳の幼子が投げ放ったとは思えない程、猛スピードで投げ出された炎の大剣は魔法という実際の重さは殆どないが故にそのスピードで撃ちだされた。されど威力は実体剣より極悪という威力を伴いカモ君の元へと突き進む。
だが、そうはさせまいと多方面の地面から吐き出された水流がその大剣にぶつかっていく。それは火事の現場でよく見る放水のように。されどその精密さは針の穴に糸を通すかのごとく一部の隙もない。
遠くから見ていた冒険者たちの目からするとまるで一本の光り輝く剣を全方位から食らいつく水蛇の群れのようにも見えた。
しかし、いくら大量の水蛇が食らいつこうにも炎の大剣は幾ばくかの輝きを失っただけで水蛇の主へと着弾したかのように見えた。だが、魔法殺しというステータスアップと鍛え抜かれた動体視力の持ち主であるカズラだけはその大剣が直撃する直前でカモ君の目の前に魔法作り出された土壁が地面から生える光景を目にした。
その直後に起こる爆発。それはカモ君を爆心地に轟音と閃光を撒き散らしながら湧き上がった土煙。その土煙が晴れるまで冒険者・衛兵達はもちろん、対戦相手であるクーですらも息を飲んで見守っていた。
そして一陣の風によってその土煙が晴れるとそこには、上半身が裸で首元には地の首飾りというアクセサリーを身に纏った状態のカモ君が不敵に笑っていたのだ。
「なんだぁ、今のは」
その発言にクーを含め、観戦者達は慄いた。あの魔法を受けてまだ笑っていられるだと。
カズラといった凄腕の冒険者。ミカエリのような上位の魔法使いから見ても今の魔法を受けて笑っているとはすごい度胸だと感じた。
しかし、実際のカモ君はというと。
なんだぁ、今のは。(震え)
恐怖からの戦慄。そして笑うしかないくらいに追い込まれていた。
コーテから借り受けた地の短剣の効果で強化したクイックキャストで生み出した土壁。水のマントと言うマジックアイテムが無ければ黒焦げになっていた。しかもその二つはクーの魔法を受け止めた瞬間に砕け散り、灰になるといった惨状である。
はっきり言ってこの二つのアイテムが犠牲にならなければ、カモ君の上半身が裸になるどころか骨しか残らなかったかもしれないほどの威力だ。
設置したトラップ全部と装備したマジックアイテム二つを犠牲にしてなおカモ君の服を焼きはらったというクーの魔法の威力にカモ君は半狂乱に近い状態で笑う事しか出来なかった。
勝てるわけがない。逃げるんだぁ。
クーは強くなり過ぎた。自分じゃああいつを受け止められない。
「さ、さすがですにー様。僕もこれ以上の魔法は使えません」
クーには先程の魔法はもう放てないという現実に直面していた。上級魔法でもあの魔法は彼の魔力をごっそり持っていった。これを防がれた今、同じことは二度も出来ない。
当然だよなぁ。
カモ君、強気になる。
「ですので、これが最後です」
そして始まる詠唱はシュージが使っていたファイヤーストームの詠唱。
あ、終わった。
カモ君、弱気になる。
カモ君にはまだ魔力に余裕があったが、明らかにシュージよりもレベルが上のクーが練りあげる魔法を受け止める自信は無かった。
こうなったら嫌われるのを覚悟で接近戦をする。そう思って駆け出そうとしたが足が動かなかった。否、動かせなかったのである。
さっきの魔法のダメージが足にきていた。
それは魔法による衝撃からか、それとも恐怖から来るものか。どちらにしてもカモ君をそこに留まらせるには十分なダメージだったことには変わりない。
「ファイヤーストーム!」
そしてクーの放った火炎旋風にカモ君が呑みこまれる現場を観客達は目撃するのであった。
弟の心情。
僕のにー様は最強なんだ!僕の魔法なんて笑って受け流せる人なんだ!
だから全力で攻撃しても問題ないよね!
兄の心情
\(^o^)/




