第九話 君を寝かさない
クーが早い思春期を迎えている事をカモ君はブラコン兄貴のセンサーでなんとなく察知することが出来た。
クーの身に何か起きている。甘酸っぱい何かが!
訂正。かなり感度と精度がよろしいセンサーである。この事を知ったらいくら相思相愛の兄弟愛をもってしても距離を取らざるを得ないだろう。そんな事をされたらカモ君はむせび泣くだろうが。
しかし、今はそれを確かめることも、確かめる暇も、余裕もない。
現在、ダンジョンの階層は十五階層。半日ほどの時間をかけてここまで来た。これはかなりのハイペースだと感じる。
何せ、出会うモンスターは全て殲滅しなければならない。無視して進めば行進中に後ろから攻められる。後退、もしくは撤退する時になれば障害になりえるかもしれないモンスターは基本的にサーチ&デストロイ。ダンジョン内で出会うモンスターに与える慈悲はない。
そんな中で役に立ったのはギネの地属性魔法による地形把握とカモ君の風魔法によるモンスターの索敵である。
この親子の魔法で斥候職の冒険者の負担を軽くすることが出来た。
ダンジョンは深度が深くなればなるほど、モンスターは強く、罠は醜悪に、そして階層は横に広くなっていく。
ダンジョン二十二階層となれば、上級の冒険者チーム。王都の魔法部隊。どれも高レベルの人間が必要になってくる。それなのにこちらの人材。冒険者はともかく魔法使いであるギネはもちろん、カモ君自身もレベルが足りていないかもしれない。ミカエリ自身も高レベル魔法使いとはいえ明らかに実戦に慣れているとは言えないお嬢様だ。
ダンジョン攻略に欠かせない戦力である魔法使い側の実戦レベルが足りないとか、モカ領関係者として泣けてきそうになる。
だが、そんな泣き言も言っていられない。
ダンジョンの十五階層。以前ここまでやって来た冒険者が言うには自分達がいるフロアが一番休憩するところにもってこいの場所だという。
ダンジョン特有の入り組んだ通路に繋がってはいるが、確かにここは学園の教室のように縦にも横にも広い空間で多少は坂があるものの、このフロアに入れば、フロア全体を見通すことが出来る。何かあればすぐに対応できる空間に来たカモ君達は周囲を警戒しながら最初に警戒する人間を除いた全員がダンジョンの床に腰を落とす。もしくは横になってどうにか疲労を取ろうしていた。
勿論、横になったのはこの中で一番体が横に大きく、だらしない、今回のダンジョン攻略の最高責任者であるギネだ。
汗はだらだら、息はゼエゼエ、ズボンの股下はビリビリに破れ、胸元のネクタイはゆるゆる。締めているのか解いているのか分からない。
体つきも表情も服装もだらしないギネの姿を見てカモ君は泣きそうになった。こんなのが俺の、クーとルーナの父親なのかと思うと。
しかも、このフロアに来る前に自分の持っていた水筒の水を飲みつくしたのに自分に魔法で水を出せと言ってきやがる。衛兵が嫌々ながら進んで渡してくれた水を一口飲むとぬるいと言って、水筒の中身をぶちまけながら捨てた。それを見て思わず尻を蹴り上げた。それについて蹴りつけられたギネ以外は誰も文句は言わなかった。
本当にこのクズは。こいつから貴族。いや、魔法を取り上げたら何も残らない。取り上げたら最後。こいつは殺してモンスターを引きつけるエサ以外に使えそうにない。これだけぶくぶく太っているのだ。さぞかし脂がのって美味いだろうよ。
何もかもマイナス印象しかない。このブタだが、地形把握の魔法は重宝する。だが、それだけだ。こいつはやはりダンジョン攻略に連れてこなければよかっただろうか?一応、自分も地形把握は出来る。
だが、それをすると魔法による攻撃手が足りなくなる。
ギネに攻撃魔法を使わせてもまともに当てられるビジョンが浮かばない。むしろ前線を張っている冒険者に当たりそうだ。そんな事になるくらいならその全力を地形把握に使ってもらった方がお互いの為になる。
そして、ギネの次に疲れていたのはミカエリだ。令嬢然としたドレスのような私服の上に自前の白衣を羽織りこんだ彼女はギネ程ではないが荒い息を整えるように浅い呼吸を繰り返している。その呼吸に合わせて彼女の女性らしい体が上下するのを見て思わずごくりとつばを飲む冒険者。衛兵達。そしてちら見が激しいギネ。ギネにはもう諦めたが、せめて見張りをしている冒険者はそっちを見ないでモンスターが来ないか注意してほしい。
自分はこの目の前の令嬢をハラスメントしてくる不思議な美形生物として認識している。
いや、確かに彼女にはすごく助けられたし、恩義は感じるのだが今回のダンジョン攻略中もこちらをからかってくる。さすがに索敵している時はしでかさないが、それが終わるとすかさずからかってくるのだ。
自分ではなく冒険者達にそれをやった方がいい反応が返って来るんじゃないか。
あ、でも侯爵令嬢が外で冒険者相手に火遊びしたとなれば評判が悪いか。となると、からかう相手は自分に限られる。ギネ?あれは駄目だ。あいつが本気になったら双方碌な事にならない。
見張りの冒険者が別の冒険者と見張りを交代した。この後退した冒険者が休憩を終えたらダンジョンアタックを再開だ。それで今回のダンジョン攻略を決める。
ギネはまだまだ休みたがっていたが、コイツに付き合っていたら一時間で終わる物が三日かる事になる。
あと四十五分ほどの休憩。少しでも魔力を取る為にカモ君も仰向けになって寝転がり仮眠を取る。こうすることで回復する魔力の量は微々たるものだが無いよりはましだ。
そんなカモ君の顔に影が入った。何事かと目だけ開くとミカエリがこちらを覗きこんでいた。それだけではない。自分の頭のすぐそばまで来ると、こちらの頭を持ち上げて彼女は正座をし、持ち上げた頭を、自分の膝の上に乗せた。膝枕だ。
「地面で横になるよりこっちの方がいいでしょ」
堅い地面に比べればミカエリの膝枕の方が仮眠を取りやすいだろう。だが、これは浮気になるのではないだろうか?
ギネがこちらをちらちらとみている。代わりたいと思っているのか?いるんだろうな。だがミカエリは奴には膝枕はしないだろう。彼女がギネを見る目は文字通り豚を。いや、ゴミを見るような目だった。それに好みの顔でもないだろう。あの豚のようなカエルのような潰れた大福の顔をしたギネを膝枕した瞬間、あいつは体のあちこちを撫でまわすぞ絶対。
「…お手数かけます」
「いいのよ。貴方のおかげで私も魔法を温存できたのだから」
そう言うミカエリだが彼女はダンジョンに入って一度も魔法を使っていない。
作戦通りに進んだ彼女は移動で少しの体力を消費しただけにすぎず、少し休んだだけで彼女は再び万全の状態に戻ったのだ。
逆にギネの方はまだまだ休みたがっていた。魔力はまだあるだろうが体力があまりにもなさ過ぎる。早く回復してほしいものだ。そして自分も魔力を回復させるために仮眠を取る。恥ずかしがっている場合ではない。休める時は休んで備えるのだ。
カモ君は周りの男性陣から羨望の眼差しを受けながら瞼を閉じた。そして、一分もしないうちに寝息を立て始めた。
それを見たミカエリは優しく微笑みながら彼の頭を撫でるのであった。
ミカエリはダンジョンには行った時から実は気を張り続けていた。
今回のダンジョン攻略するメンバーは自分を除けば全員男性。そして、自分でもどこにいるか分からない忍者とカモ君以外は皆、大なり小なり色欲の目で彼女の事を見ていることが分かっていた。その事に身の危険を感じるのは無理なかった。
戦場やダンジョンといった命の危険がある場所ではモラルは下がり、気性は荒くなり、性欲も溜まりやすい。
ギネという士気を下げ、神経を逆なでするような人物がダンジョン攻略の舵を切っていた所為で今回のダンジョン攻略でその兆候が見られていた。
カモ君がギネをボコボコに殴りつけたお蔭で多少の溜飲は下がったが、無くなったわけではない。そのような不穏な空気の中に身を置くのは堪える物があった。
そんな中で自分に一切の色欲を魅せなかったカモ君はミカエリにとって心のよりどころになりつつあった。
今回のダンジョン攻略の支援も自分の作った空飛ぶベッドの性能を試す事。感情を見るコンタクトレンズ。そして自分が身に着けている人工マジックアイテムである白衣の性能実験の為だ。
見た目通りの軽さに、着用者の魔力を吸収することで物理・魔法強度を増す白衣はダンジョンで見つかる抗魔の短剣に近い性能を持つ。さすがにダンジョン産のアイテム以上の効果は見られないが物理強度も増す効果を取り入れた自慢の一品だ。その物理効果は未だに試されていないが、冒険者の不意打ちの一発は防げるだろう。
寝込みを襲われる心配もあるがそこは忍者が守ってくれるだろう。そもそも不意打ちすらもあの忍者なら守ってくれそうだが。だが、あの忍者にすらも少ないながらも色欲が見えた。暴走する恐れが無い程小さい物だがあった。それが今のミカエリには耐えられないものではなかったが、危険は少ない方がいい。
だからカモ君にすがるように彼を介抱した。現にこの少年の隣は心安らぐことがある。自分の少し悪戯好きな性格にもあっている。今は丁寧な言葉遣いだが仲良くなれば遠慮なしに自分にツッコミを入れてくることだろう。いろんな人を見てきたがお互いに冗談を言い合える仲になってもいいと思ったのはカモ君が初めてだ。
今回のダンジョン攻略。学園長含め、王国からの指示で自分はゾーダン領で起こったダンジョンの再出現の原因を紐解くためにモカ領のダンジョンにやって来た。
同じ領地内では一つしか出現しないダンジョンが二つ発生した。ここ最近のダンジョンに関する記録ではとても珍しい事象に送り出される視察団の情報だけではなく実際に調べた方が効率はいい。
今回はモカ領の備蓄がきれそうと言う非常事態の為、入念な調査は出来なかったが、今までのダンジョン情報だと不思議な事が分かった。
北のダンジョンは深く潜る程に南東に方向に向かってダンジョンが拡大している。自分達がいる東のダンジョンは北西に向かって拡大していることが分かる。これらの情報から推測されるのは、
もともとこの二つのダンジョンは一つだった。
東のダンジョンでできたダンジョンは枝葉のように左右に分かれ、左の枝。つまり東のダンジョンが先に地表に現れ、遅れて右の枝。北のダンジョンが生まれた。
二つのダンジョンコアは株分けのように増えて独立したかのようになった。
スタートは二つ。終点は一つ。いや逆だ。となれば自分達の攻略班が東のダンジョンを制圧しなければまた北のダンジョンが復活してしまうかもしれない。いや、下手したらまた株分けなどされたら本当に手の施しようが無くなる。
そうさせない為にも、カモ君には出来るだけ休んでもらい魔力を回復してもらい、ダンジョン攻略に務めてもらわなければならない。その為にも質のいい睡眠をとってもらわなくてはならない。
その為にもミカエリはカモ君の頭を撫でながら子守唄を歌うのであった。
「ね~んころぅりぃいよ、こぉろり、こぉおろりよぉ~」
(((音程が酷くバラバラ?!)))
周りにいた冒険者達が二度見するほど彼女は音痴だった。
それを近くで聴かされていた為、眠っているカモ君はウンウンうなされることになった。




