第四話 オンリー マイ プリセンス
クーとの魔法訓練を終えて軽くシャワーを浴びたカモ君はメイド長モークスとメイドのルーシーの作った朝食を家族全員が揃って食事をとる。
誰も何も喋らず黙々と食べる。食器が重なる音だけ鳴っていた。時折くちゃくちゃと不快な音を鳴らすのは当主のギネだ。
カモ君とモークスが視線で注意するがそれに気づかないギネにイライラが溜まっているのは二人だけじゃない。クーとルーナ。その隣に立つプッチス。母であるレナの隣に立つルーシーもその不快な音を聞いているが何も言わない。言おうものなら逆ギレして唾を飛ばしながらこちらを怒鳴る。それが嫌ならここから出ていけと。
馬鹿なんじゃないの?母親のレナは実家の所に戻れればいいが、まだ十歳と五歳の子どもに出ていけとかどうやって食っていけと言うんだこのクズは。
まあ遅くてもあと五年したらこいつをぶん殴ってこの家を出ていこう。その頃には主人公がラスボスを倒しているだろうし、魔法学園も卒業しているだろうから、レベル的にも学歴的にも、どこへ行っても職に困ることはないだろう。
嫌な雰囲気で終わった朝食。出来る事なら家族バラバラで済ませたかったが、ギネは見栄を張るので、いざ他領の人達との食事会で恥をかかないようにと家族そろって食べるようにしているのだが、恥になるのは自分自身だとは思ってもいない。
食事を終えたギネはすぐに自室に赴き、事務仕事を。レナはルーシーとプッチスと共に領地の巡回に行く。人付き合いはまだレナの方がましだから。ギネは他人をどこか下に見るのが透けて見えるからでもある。
クーはモークスと勉強を。子どもはまだ遊んでいる時期だと思うがギネが強要しているので逆らう訳にもいかない。カモ君が自分に反抗的なのを知っているからか、カモ君の代わりになるようにと教育しているようだ。嫌々で勉強に向かうクーの背中に頑張れよとしか言えないカモ君は自分の力の無さを悔いた。
そして残ったカモ君と妹のルーナはというと、
「にぃに、ご本読んで」
「勿論だ。どんな本がいい」
六法全書だろうが電話帳だろうがエロ本だろうが中二病ノートだろうが音読してやるぜおらぁああああっ!!と、カモ君は心の中で絶叫を上げた。
先程の食事で陰鬱とした空気を早く忘れたいのか、ルーナは食事をしていた部屋から出ると少し涙を溜めた瞳で上目づかいをしながらそっと服の一部を摘まむように掴みながらお願いしてきたルーナにカモ君はメロメロだった。表情はあくまでクールだが。
もう何時からそんな技を覚えたんだい。この子悪魔ちゃん。自然と出来たの?凄いぞ、儚いぞ、可愛らしいぞ。これで俺は三年戦える。主人公?クズ親父?ラスボス?まとめてかかって来いよ。やってやんよ。実際に来られたらクーとルーナを連れて逃げるけど。
「あのねあのね。お姫様が出てくる本。勇者様が出てくるの」
「そうか。ルーナは勇者様が好きなんだなぁ」
「うん。勇者様はね。お姫様を助けて幸せに暮らすの」
先程のルーナの悲しそうな表情と打って変わって顔の筋肉を弛緩させていた。本当に嬉しそうな笑顔を見ただけでご飯三杯どころか鼻から1リットルは献血してもおかしくない程愛が溢れそうになっていたカモ君。それを決して顔に出さない。格好いい兄貴は妹の前でだらしない顔をしないのだ。
「ルーナもお姫様みたいになりたいなぁ」
俺にとっては君が永遠のお姫様ぁああああっ!むしろ奴隷になって支えたい!
決して格好いい兄貴が抱いてはいけない思考の持ち主のカモ君はルーナの手を取り、彼女の部屋へと連れて行く。
ルーナの部屋には部屋の奥に子ども用のベッド。その上に牛のぬいぐるみが一つ。そして勉強机に部屋の枠を仕切るように並べられた多くの教育本。その殆どが貴族間で交流会に必要なマナー本やこの国の歴史本だ。
ルーナに英才教育して知的な淑女にしたいんだろうけどカモ君から見たらこれはギネの洗脳教育だと感じられる。何せまだ五歳の部屋なのに夜伽の本とか変態親父に自分の娘を売りつける気か?もしそうだというなら今すぐにでも父親の首を取って領のど真ん中にさらしてやる。変態ロリペドクズ親父の首、ここにさらす。と、
カモ君はルーナに気づかれないようにその本だけ抜き取って、魔法を使って灰も残さずに燃やし尽くした。ロリもペドもクズも妄想の中までにしなさい。
「ルーナはお姫様になりたいのか」
「…ちょっと違うの。ルーナは勇者様に助けて欲しいの」
それは小さな少女の心の叫びなのだろう。彼女は今の家庭環境にある。父は傲慢。母は放置。という毒親状態。一番近くにいなければならない両親が悪影響を与えている。
まだ五歳なのにそれを理解してしまうのはその教育が悪因。メイド長たちの奉仕による善因によるものだ。その両方を知った。知ってしまったから彼女はその年齢に似合わず我が儘を言う事も少なく今を過ごしている。
それはクーも同じだ。我儘を言うはずの存在からは否定され、言える相手はカモ君と従者達のみ。領民の同い年の子ども達と遊んでもいいはずなのにギネの洗脳教育を受けることを強要されている。
クーとルーナがそうならないのはカモ君が父親の教育をこなしながらも時間を見つけては二人に愛情を持って接しているからである。カモ君とギネが正面からぶつかり合えば、下手したら殺し合いになるだろう。
そうならないのは前世の記憶。正確に言えばシャイニング・サーガの知識で戦闘力的に成長しているカモ君に文句は言いたいが筋は通っているので文句は言えない。
その上、カモ君の存在は他領にまで知れ渡っている。その身に何かあれば不振がられて王都からの視察が来るかもしれないから手を出せないのだ。その間にカモ君は自分磨きをしながら弟妹達にこれ以上なく愛情を持って接している。そのかいもあってクーはカモ君以上の風。そして火の魔法使いになりつつある。
ルーナは水属性の適性があるが、女児と言う事もあってかあまり魔法の教育はしていない。カモ君に次いでクーまで手に付けられないほどの魔法使いになりかけているのにルーナまでそうなったら三人揃って反逆されたら堪らないからだ。
貴族の男子はいつ戦争が起こってもいいように魔法使いとしての力量を求められる。その為、カモ君とクーの魔法訓練に文句は言いづらいギネは血筋だけを重視したルーナには魔法使いとしての教育はしようとはしなかった。
カモ君達には戦争に役立てるようになれと言う癖に、ギネ本人は戦争になったら後ろに引っ込んで私には私の仕事があるといって事務仕事に勤しむ気満々のくせに。
そんな家族環境なのにやさぐれないルーナを優しくそれでいながらしっかりと抱きしめる。
今の自分ではルーナの環境を変えることは出来ない。それに二年後には魔法学園に行って主人公達に倒されなければならないカモ君はしっかりと抱きしめながらルーナに言葉を伝えた。
「いつか、きっと。…お前だけの勇者様が現れるといいな」
ルーナを救えるのは主人公か、もしくは自分以上の才能を持つクーだけだろう。モカ家はゲーム制作陣営から蛇蝎の如く嫌われているようなキャラ設定だ。現に自分では。自分の辿る運命ではクーとルーナは救えない。それでも。それでも、二人の力になりたいカモ君は妹の頭を優しく撫で、彼女の御所望の本を手に物語を語るのであった。
ルーナにとって恐ろしい父と構ってくれない母は他人と言ってくれた方がまだ救われていた。しかし、自分が平民よりも恵まれている生活をしているのも知っている。
彼女にとって汗水流しながら泥まみれになって農耕や軍事訓練をする人達の考えがピンとこない。それでも一日の始まりと終わりに大体の家族は笑顔で過ごしているという。
生活の質はこちらが遥かに上だが、家族の質は下だった。それでも笑っていられるのは従者の三人と双子の兄クーと兄エミールの存在だ。
クーは双子という事もあって一緒に行動することが多い。ここ最近はギネによる教育でクーとも遊ぶ機会を失いつつある。だが、それでも勉強の後はよく二人でいることが多い。そして兄エミールが時間の合間を縫っては二人に構ってあげている。それが心地よかった。その時は自分が愛されているのだと感じられた。
今もこうして出来るだけ優しい声色で本を言い聞かせている。
子どもにしては屈強過ぎる戦士じみた体なのに砂糖菓子を持つかのように優しく抱きしめる。その逞しい腕に抱かれているだけで安心して眠ってしまう事もしばしば。そんな時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。それがもったいなく感じる。
ちなみにカモ君もそれは同じ意見の様で「可愛い。その結果だけだ!手段や過程などどうでもいい!可愛さだけが残る!ルーナの寝顔を見ていいのはこの兄エミールだ!」と顔には出さないが大興奮していた。
本を読んでもらっているとふと気が付いた。今日もまた兄の手に新しい傷が増えていることに。
クーと魔法の訓練をしていると、どうしても体のどこかに傷を作ってしまうのだ。それはルーナにとって悲しい事だけど、クーはもといエミールも魔法の精度が上がっているくのを実感しているそうだ。
兄が弟を押し上げ、弟が兄を支えるように二人の仲は良好に見える。それだけにルーナは悲しかった。自分は兄から貰うだけで何もしてあげられない。自分も何かしたいのに出来ることが何も見つからない。
だから尋ねた。自分に出来ることはないかと、そして帰ってきた答えは。自分の髪を撫でさせてもらう事らしい。クーもそうだが兄は弟妹達に頼られると嬉しいのだと。これは自分に気をつかうことなく甘えろと言う事なのだろうか?
ちなみに混じりっ気のない100%カモ君の本音である。
せめて兄が好いてくれる自分の髪は常に綺麗にしておこうと従者達から髪の手入れについて質問したり、父から貰った教本の中にそれらしき事が無いか勉強をしながら探した。その中で『はじめてのよとぎ』という本から男性を喜ばせる香油の種類を幾つかを押さえた。
早朝、ベッドから起きた時それを少量つけて朝の訓練から帰ってきた兄に頭を撫でてもらった際に心地よさを感じてくれるようにと兄に知られないように手間をかけている。
のちに見えない所にも気を配ることに自覚したルーナは数年後、同年代の貴族令嬢の中で最も可憐で清廉な令嬢と呼ばれることになる。
ちなみにカモ君はそれを従者経由で知らされた。というよりなんかいつもと少し違うからモークス達に尋ねると妹が自分の為に髪の手入れを頑張っていると聞いた時は天にも昇る気持ちだった。ただし外見上はクールに微笑むだけで済んだが。
カモ君の感情と表情の伝達率は10%未満くらいだろう。カモ君が嬉しそうにしたらそれは内心で十倍以上に喜びまくっている。
そんな心の葛藤を感じながらもルーナは本を読んでいる兄の服を軽く引っ張る。
「にぃに」
「どうしたルーナ?」
「大好き」
「っ。そうか。俺も大好きだぞ」
そう言ってエミールは本を読むのは止めてルーナの頭を昼食の時間になるまで撫で続けた。ルーナはその行為に目を細め、瞑り、いつの間にか眠っていた。彼女にとってそれはあっという間の事だった。幸せな時間というものはそういうものだ。
「…さま。エミールさま」
「…っ。どうしたプッチス」
気が付けば執事のプッチスが立っていた。いつの間に。このエレメンタルマスターの俺がここまで接近を許していただと?!毎回毎回、現れる気配を感じない。こいつ新手の魔法使いか?!
「お食事の時間であります」
「分かった。ルーナ。ご飯の時間だぞ」
自分の腕の中で寝ているルーナを優しく起こす。
この天使のような。否っ!女神のような寝顔を崩すのは心が痛むがご飯も大事。その可愛さを保つためにもご飯は必要なのだ。ああん、ぐずるのは勘弁して、許したくなっちゃう。まだ寝かせたくなっちゃうよ~。
しかしそんな事は悟られないためにカモ君の表情だけは優しく微笑むだけだ。
ああ、もっとこの時間が続けばいいのに。と思わずにはいられないカモ君だった。
彼にとっても幸せな時間というものはあっという間だった。
ただ体感時間が「大好き」と言われた余韻が残る三時間が数秒で終わってしまったかのように感じられるほどであった。実際には三時間以上の時間が経過していた。
恐るべき魔性の可憐さを持つ幼女ルーナ。それとも兄馬鹿が過ぎるカモ君が馬鹿なのか。それとも両方か。今はまだ誰も分からなかった。…まあ、カモ君が馬鹿なんですけどね。




