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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
カモ鍋。勘違いの味覚添え
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第二十ニ話 兄の意地

 クーを逃がして三十分ほど経過した。

 その時間が経過する間にエミールはもう何度目になるか分からない程、死を感じたドラゴンの攻撃を回避・反撃を行っていた。

 ドラゴンからしたらエミールの攻撃など蚊程の威力しかなかった。だが、無視する事が出来ない。それはドラゴンからしたら目の前で小さな羽虫が飛び続けているような物であり、エミールは真っ先に叩き潰したい存在になっていた。

 その苛立ちを表すように地面が揺れているのかと錯覚するほどの大きな咆哮を発するドラゴン。

 エミールはその耳を割くほど強大な方向を前にしても魔法を使う事を止めなかった。

 止めれば十数秒後には自分は殺される。

 現に七メートルの巨体で突進してきたドラゴンを受け止めることは出来ない。そのような事をしようとしたら巨体に潰されて死ぬ。

 よって回避するしかない。しかし、その大きさ故に事前により大きな初動で動かなければ回避も出来ない。それを行うには自分の体は重すぎる。


 「ライトネスボディ!クリエイトウエポン!」


 風の属性魔法レベル1で自分の体重を軽くして突進してきたドラゴンを躱しながら、通り過ぎる際に持っていた地の短剣に魔力を込めて地属性レベル2の魔法を使う。

 地の短剣の周囲に太く堅い岩の刃を生みだされ、その姿は岩でできた大剣と変化する。躱しながらその刃をドラゴンに叩き付けるが、それは鈍い音と共に弾かれるだけだった。その上たった一度殴りつけただけで刀身にひびが入った。これでは常に魔力を注ぎ続けなければすぐに砕け散ってしまう。


 「くそっ。出し惜しみしている場合じゃないか!シャイン・エッジ!」


 エミールは更に魔法を重ね掛けする。

 岩でできた大剣の刃の部分に薄い光の膜が発生した。この光属性の魔法レベル1はゴーストや邪精霊といった普通の武器ではダメージを与えられない存在にもダメージを与えることができる魔法だ。

 その光の刃を持って、岩の大剣で殴りかかる。元から切り払う事は考えていない。自分の技量ではドラゴンの爪や角どころか、鱗一枚傷つけることが出来るかどうかである。

 先程殴りつけた時より澄んだ音が鳴り響くが鳴っただけでドラゴンにはダメージはない。ただ相手にうっとうしいと思わせるだけの威力しかない。

 だが、それだけできれば十分だ。クー達が逃げ切れるだけの時間を稼げればそれでいい。というかそれしか出来ない。今やった攻撃がエミールに出来る最大攻撃だから。

 その上、クー達が逃げきれる時間を稼げるかも怪しい。

 レベル1の魔法を二つ。レベル2の魔法を一つ。計三つの魔法を使い続けている。その為に魔力の消耗も激しい。あと何時間。いや何十分持つか分からない。

 学園長から貰った魔力を回復させるマジックポーションはドラゴンと対峙する前から使い切っていた。

 クー達の所に追いつくまでに乗っていた馬に使い続けていたために、彼等の前にたどり着くころには魔力は使い果たし、ドラゴンの気配を察した馬は途中で来た道を反転して逃げていった。その後は自分自身の体を魔法で軽くして全力疾走。そのすぐ後にマジックポーションを使用した。そうでもしなければクーの絶体絶命の危機に間に合う事は出来なかった。

 風魔法を使うのを止めるか?それではドラゴンの速度に追いつけずに潰されてしまう。

 地魔法か光魔法を止めるのも駄目だ。純粋な魔法の威力ではドラゴンの気を引けない。闇に有効な光の魔法も同様だ。どれか一つでもやめてしまえば自分の攻撃は無力に成り果ててしまう。

 そんな葛藤をしていると、ドラゴンは自分から大きく距離を取り、大きく息を吸い込んだ。この距離ではブレスを回避するよりもドラゴンが少し首を曲げただけで有効範囲に入ってしまう。だからここは防御しかない。


 「魔力もそんなに残っていないのに…」


 既に使っている魔法の三つを同時に強制キャンセルして、新たな武装を作る詠唱を紡ぐ。

 大剣はその殻を破るように元の短剣へと戻る。が、次の瞬間にはエミールの体を覆うような丸い巨大な盾へと変化する。


 「クリエイトウエポン・シールド!」


 その盾を地面に突き刺すように立てると全身でそれを支える体制に入る。そうしながら急ぎながらも着実にもう一つ魔法の詠唱をする。

 その間にドラゴンのブレスが吐き出された。その炎がエミールに着弾すると同時にエミールの魔法が完成する。


 「シャインコート!」


 自身が持っていた盾と自身の体を白い光が包み込む。クーを助けた時に使っていたのもこの二つの魔法の組み合わせだ。

 だが、クーの時よりも吐き出されている時間を長く感じられた。それは恐怖で体感時間が長く感じられたわけではない。実際に炎ははき出され続けていた。


 「…あいつまさか」


 ドラゴンブレスは最初に受け止めた時よりも衝撃は軽い。その上、時折炎が途切れることがあってもエミールが隠れているように構えている盾から顔を出すたびにドラゴンは黒い炎を吐き出し来る。


 「…野郎。息継ぎしていやがる」


 ドラゴンは怒りやすいが決してバカではない。一説によると人より賢いという説もあるくらいだ。

 ドラゴンは持続的に断続的なブレスを吐きだし続ける。しかも一歩一歩こちらへと近づいてきている。

 今、魔法で作った盾と光の防護膜を止めれば確実にブレスに焼かれて死ぬ。かといって、今受け止めているブレスの勢いでは盾を持って移動することも出来ない。動こうとすれば勢いに負けて盾を手放してしまう。

 かといってブレスを受け止めている間、自分は動けない。その間にドラゴンは近づいてくる。

 エミールにはどうしようもない。まさに詰みの状態。動きたくても動けない。そんな葛藤をしている間に黒い炎以外の影が自分の上にかかった。


「あ」


 そして、ドラゴンは決して鈍重な生き物ではない。

 高い知能と魔力を有し、全ての生き物の平均ステータスを凌駕する最強の生物の一角を担う存在。それがドラゴンである。

 十分にとっていたと思っていたその距離はいつの間にか、その短い腕を振り払うには十分な距離まで詰められ、その対象を一撃で排除するだけの膂力がエミールに襲い掛かった。

 完全に防御するだけの体勢。それでどうにかできるのは勢いだけで殆ど質量を伴わないブレスだからできた事。人間一人で受け止めるには巨大すぎるその威力を持ってエミールは持っていた大盾を砕かれながらその一撃を受けてしまった。


 体の中で何かが砕ける音が確かに聞こえた。

 次に自覚したのは乱されまくった平衡感覚。まるで巨人に無茶苦茶に振り回されているような感覚。

そして鉄の味と香り。

 それらを自覚した事でようやく自分が攻撃を受けたことを認知した。


 自分がいた所からそれほど離れていない所で仰向けに倒れている事。

 先程の攻撃で自分の体が負ったダメージで戦闘不能になった事。

 もう詠唱も出来ない程の激痛に襲われている事。

 全て理解した。


 だが、認めるわけにはいかない。何故なら今、自分がやられてしまえば次に狙われるのは弟達だから。

 彼等が逃げ切ったかなんて今の自分が知る由もない。時間を稼がなければならない。今も自分に興味が無くなったのか弟達が去って行った方向を見ているドラゴンを引き止めなければならない。今もなお奇跡的に生き延びている命を使い果たしてでも止めなくてはならない。


 自分は兄貴だから。




 モカ家・ハント家の馬車を襲ったドラゴン。そんな存在が襲ってきた理由はただの暇つぶしだった。

自分はドラゴンであり、その強さに自信を、プライドを持っていた。だからこそ自分が蹂躙するだけの遊びで小さな人間如きが抵抗するなど気にいらなかった。

 ただ潰すだけの遊びでその玩具が小賢しく動き回っていた。その小さな体を活かして自分の目の前を行き来するだけでなく、魔法と弓矢を使って自分の視界を奪おうとする。それが気にいらなかった。イライラした。

 最も小さき人間が中でも気にいらなかった。

 自分達のようなドラゴンでもなければ翼をもつ鳥でもないくせに自分達よりも素早く動いていた。しかも時折炎を練り上げてこちらの視界を奪い、逃げ回る。

 腹立たしい。まったくもって腹立たしい。

 たかが玩具が自分の機嫌を損ねさせるな。もう遊び飽きた。潰れろ。

 いつまでも続くと思ったが、小さき人間の動きが急に鈍った。魔力が尽きたのか、体力が尽きたのかは分からないがとにかく叩き潰すチャンスだった。

 ちょうど自分の腕が届く位置で鈍ったのでそこを狙って、腕を横に払うと面白いくらいに吹き飛び地面を転がる。そこから動かなくなった玩具を焼きはらうつもりで自慢のブレスを吐きだした。これならたとえ動けたとしても回避することなどできない。それだけのダメージは与えたのだから。

 だがそれでも人間はしぶとかった。

 新たに現れた人間が小さい人間の前に立って地と光の魔法で作り出した盾を持ってブレスを防ぎきった。

 その後に水の魔法で小さい人間を回復させると、新たに地の魔法で作り出した剣で生意気にも自分に殴りかかってきた。

 小さな人間が弓矢で攻撃してきた人間達の元へ行くと同時にここから離れていった。獲物を逃がしてなる物かとそちらに顔を向けようとしたが、新たに現れた人間が執拗に自分の瞳を攻撃してきた。

 正直、その攻撃が瞳に直撃したところで少し涙が出るくらいの威力だ。だが、それを好き好んで受けるわけにもいかない。うっとうしい事に新しく現れた人間からは様々な魔力を感じる。それが更に気にいらなかった。

 微弱ながらもあの御方と同じ気配を漂わせる人間という存在が気にいらない。

 ただの暇つぶしがこんなにも苛立つことになるとは思わなかった。

 だから絶対に潰してやろうと思った。

 それからしばらく時間がかかったが、ある程度暴れまわる事で冷静さが戻ってきた。この人間は小さいが故に動き回り、自分の体を小突いてくるが、広範囲攻撃のブレスだけは躱せないのか光の盾を作り出して防いでくる。

 その間は動けない。そこを狙って手間がかかるがブレスを吐きながらじりじりと近づいて、狙い通りに殴り飛ばすことが出来た。

 最初の人間同様に動けなくなった事を確認してから逃げていった人間を仕留めようと翼を広げようとした瞬間にゾワリと悪寒を感じた。悪寒の原因を確認するためのその発生源に首を向けるとそこには先程殴り飛ばした人間がいた。


 ――――ロ


 殴り飛ばした時は少し硬い肉の感触だったが、確実にその体の骨が砕いた。

 現に奴の右半身の腕や足は不自然に折れ曲がっており、その小さな口からは大量の血を吐き出し続けている。明らかに致命傷だ。戦闘不能のはずだ。それなのに


 ―――ヲ、ミロ


 その目は死を目の前にした瀕死の獲物の目ではなく、その気配は今にもこちらへと襲い掛かりそうなものだった。


 コッチヲミロ


 その血だらけ口から吐き出される物は貧弱な吐息でも弱音でもない。


 こっちを、見ろ!


 何が何でも自分をここから動かさないという気迫を持っていた。

 自分が触れるだけで死にそうな体で、何もしなくても勝手に死ぬ怪我であるのにもかかわらず自分に向かってまるで唸るようにこちらに声をかけてくる。


 もう、うっとうしいと思わなかった。恐ろしいとも思わなかった。ただその強い瞳に足を止められた。ここでこいつを殺さなければずっと自分はこいつの目を忘れる事は出来ない。

 ブレスでは吹き飛ばしてしまい、吹き飛ばしたところで生き延びるかもしれない。だから確実に殺すために、自分の腕で確実にすり潰し、牙でかみ砕いて、腹の中に収めて二度と自分の目の前に現れないようにしなければならない。

 瀕死で動けないはずの人間は自分がそちらへと歩み出したのを見て笑った。確かに笑ったのだ。

 死に瀕して狂ったのではない。その瞳の中には確かな正気と誇り高さがあった。

 これに対して最早、種族の違いなど関係なかった。敬意をもって自分はこの人間を殺す。

 射程内に入った。腕を売り上げた。

 もはやこの攻撃からは逃げられない。避けきれない。

 それでもこの人間は笑っていた。まるでこれから殺されることに誇りを持っているかのように。

 自分がこの人間を殺すのは遊びでも狩りでもない。その誇り高さに敬意を称して殺すのだ。

 そしてその太い腕は振り降ろされた。


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