最終話 鴨が鍋に入ってやって来た
十年前。リーラン王国とネーナ王国との戦争が起こった。
彗星戦争。
それは二週間にも満たない戦争であった。勝者はリーラン王国。勝利の鍵になったのはリーラン王国が誇る三人の超人。カヒー、ビコー、コーホ。
この三人は人の枠を超えた身体能力と魔法を扱うことが出来る者たちであり、彼等がいたからこそ二週間で戦争は終結したと語り継がれている。残念なことに超人の一人であるコーホはこの戦争で命を落とした。だが、超人の威光は隣国だけではなく遠い異国の地にまで届いた。それからしばらくして、もう一人の超人が世に進出した。
シュージ・コウン。
彗星戦争が起こる少し前にネーナ王国との国家間の決闘を制した幼い英雄。彼は魔法学園に入学してから目覚ましい成長を遂げ、二年にも満たないうちにレベル4。特級魔法を扱えていた。それを評価されて、一代限りの名誉貴族の地位を授けられる。
そして、その時からすでに超人と評されていたセーテ侯爵とも知己であった。だが、両者は決して出会いの事を語ろうとはしなかった。噂では、セーテ侯爵の隠し子かと思われていたが、カヒーとビコーは素性戦争を終えてから妻を迎え入れており、愛妻家でもある。その噂はすぐさま鎮火した。
そして、彗星戦争から十年後の現在。シュージはレベル5。王級魔法まで習得。常人では決して考えられない程の成長スピードを遂げた彼を超人と称し、彼にナの称号。一代限りではない、伯爵の地位を超人の称号と共にそれを授けた。
そんな彼も幼馴染と席を入れた後、同様に魔法学園で知り合ったネインを第二夫人と迎え入れ、王都で貴族として生活していた。
戦争が終わって十年。当事者たちお傷がようやく癒えようとした時期にネーナ王国の連中が再び戦争を吹っ掛けてきた。
彗星戦争後。ネーナ王国の領土の三分の一をリーラン王国が接収。賠償金も年間国家予算の三十年分を支払う事。それを分割で払わせていたのはリーラン王の慈悲。さすがにそれだけをいきなり取られてしまってはネーナ王国の民達に多大な被害が及ぶと分割にさせていたのだが、ネーナ王国は世襲されていく財産を見て、逆上。表面上では従っているふりをして、いつか復讐してやると牙を研ぎ続けていたのだ。
超人の庇護があるリーラン王国に喧嘩を早々、売れるはずがない。と誰もが考えていたが、どうやらネーナ王国にも超人が誕生したという報せが出た。その超人が率いる軍隊がモカ領に進出しようとしている報告を受けたシュージは急いでモカ領へと赴いた。
そこには自分と同じ知らせを受けた他の貴族が率いる軍隊。そして、モカ領領主となったばかりの美丈夫と称しても過言ではない青年クーがいた。
「クー子爵。シュージ・ナ・コウン伯爵。ただいま到着しました」
「シュージ伯爵。今回の援軍。まことに感謝する」
モカ領の最先端で群を配備していたクーはシュージを向かい入れた。シュージの胸にはいくつもの勲章が飾られており、それは今まで彼が築き上げてきた功績を示すものであったのだが、その勲章の中で場違いな勲章。いや、ワッペンが飾られていた。
それに気が付いたクーはそれに既視感を覚えた。自分の半身ともいえるルーナ。彼女の細工物の面影をそこに見た。今のルーナは月の令嬢と称されるほどの美女に成長した。高度な治癒魔法も使えるが、有能な魔法使いの血筋を取り込もうとする者。または純粋に彼女自身を手に入れたい者が様々な手段を用いて婚姻を結ぼうとしてくるが、ルーナはその全てを断っている。自分の兄より強い人でなければ婚姻は結びませんと。
彼女の兄。クーよりも強い人間と言えばもはや超人しかいないのではないか。そう揶揄されてもおかしくないくらいにクーもまた強かった。なんなら、今回の騒動が終わるころには彼もまた超人と称されてもおかしくないのではないかと言われるくらいに強い。火と風。圧倒的な火力と機動力を魅せるクーの手にかかれば、彼一人でも今回の騒動は治まるのではないかと言われるくらいだ。
それでも、相手側に超人がいるという報告がある以上、こちらも油断はできない。クーはネーナ王国が攻め入ってくると知らせを受けてすぐに王都に連絡を入れ、周囲の領にも支援を要請。そして、冒険者達。傭兵目的の彼等をかき集めて、モカ領の端を陣取っていた。
負けるつもりはない。いや、負けてはならない。領主として。貴族として。民を。国を守らねばならぬのだと。シュージとのあいさつを終えたクーはこの地に集まってきたすべての兵、冒険者達を鼓舞した。
「我々は必ず勝つ!愚かにもリーラン王の慈悲を悪行だと罵る輩を討ち滅ぼさなければならない!奴らの侵略に我らは決して負けてはならない!我々は奴らに敗北と言う名の正義を叩きつける!そのために皆の力、私に預けてくれ!」
威風堂々とした雰囲気を身に纏い、彼等を指揮する人間としてクーは宣言した。その姿に子尾するかのようにリーラン王国の兵、冒険者達は雄たけびを上げるように声を張り上げた。大地が鳴り響く様子を見てクーは満足した。これならばこの戦は勝てると。その時、視界の端に冒険者然とした一人の人間が目に入った。
茶髪の男。隻腕だが、鍛え上げられた肉体。だがそれよりも気になったのは自分に向けられた優しすぎる微笑み。まるで、成長した我が子を慈しむような微笑みを剝ける冒険者の姿は、数秒もしないうちに集まった兵、冒険者の歓声に紛れ込むようにクーの視界から消えた。
実の母からもあのような微笑みを向けられたことはない。それなのに、肉親以上の愛情を向けられたような気がしたクーは気になって、今回の騒動を終えた後、彼の事を調べた。隻腕であるというわかりやすい彼の事はすぐに調べがついた。
冒険者登録された彼の名は、エミール・カモニ。コハクと言う世界各国を旅する白い女性の付き人をやっており、コーテという青い髪をした美女の同僚と共に世界中を旅してまわる三人組だという事。
ルーナも今回の騒動で現場に出ていたが、その時、ガラの悪い冒険者に絡まれたところでコーテと言う女性に助けられた。その時、クーが感じたような笑顔で接してくれたという。あんなに邪気の無い、親愛の籠った笑顔を向けられたことのないルーナは戸惑っていた上に、彼女の事を思わず姉様と呼んでしまった。もう十七。もうそろそろ結婚する年齢に近いというのに子供じみた対応に恥ずかしがってしまったが、それでもコーテと名乗る女性は変わらない優しさを持った微笑みで返してくれたのだ。
隻腕の冒険者。そして、白と青の美女。これだけ印象深い三人組を忘れるはずがない。しかし、いくら思い返しても彼等に覚えはなかった。そのはずなのに。どうしてか、心強い味方が付いたと安心してしまった。超人のシュージが来たよりも大きな安心感をクーは抱いていた。
「お~い、おいおい。やっぱり俺のことを忘れていたよ。でも、あいつがあそこまで強く育ったので、オーケーです」
「だったら、その情けない涙を拭きなさい。まあ、私は久しぶりに姉様って呼ばれたけどね」
「追い打ちをかけるなよ~」
「カモ君の不幸で今日もお酒美味しい」
モカ領。戦線に設置された休憩所で隻腕の男。エミールが涙を流しながジョッキに入った大量の水を飲み干していた。本来なら中身は酒で、チーズやチキンをつまみにやけ酒をしたいところだったが、今だけはまずい。いつ戦火が切られてもおかしくない状況なのに悪酔いで戦闘に参加できないという格好悪い様を弟妹達に知られたくはない。
それを慰めるかと思っていた青い髪の美女、コーテはルーナの顔を見に行った時に、偶然助けに入った。その時、十年ぶりに彼女から姉様と呼ばれたことを喜んでいた。
そして、むせび泣いているカモ君をおつまみに白い髪の美女、コハクは大量のワインを煽っていた。
例え、クーとルーナ。いやこの国全体から忘れられたとしてもきっと心には、名残が残っていたんだろう。条件反射の部類であの二人に覚えてもらった。それだけでも二人には望外の喜びだった。・・・いや、エミール。カモ君からすれば、クーも超人の世界に足を突っ込んだんだから思い出してくれるかなと期待していた。
あの時、ライムが放った最後の一撃。それは、ヒトの認識から完全に離れるという忘却の魔法。その対象は全ての人の記憶から忘れられるというもの。誰も自分の事を覚えていない。自分の功績や経過を誰もが忘れてしまい、成したことは他の人が成したこととして改ざんされる代物だった。だが、この状況でも大分緩和されたものだった。それはカモ君とコーテが密かな恩恵を受けていたからその程度済んだ。それが無ければカモ君事態、自分が何者かを忘れるどころか、人語も発せない。呼吸のやり方すらも忘れてしまう植物人間どころか何もかもが分からないまま死んでいた。
二人を助けた恩恵。それはコハク。カオスドラゴンの呪い。『竜の玩具』というバフスキル。本来ならば、高等魔術師や将軍。賢者や僧侶。見習い冒険者と言う『原作』で言う所の称号。カモ君はネーナ王国との国際決闘の時にコハクの血を口にした。その時にこのバフスキルを受けていた。効果はコハクの許可なく彼女の元を去ることを許さず、常に彼女の監視下にあるというもの。例え、カモ君とコーテが拒んだとしてもカオスドラゴンの認識から外れることはかなわない。
そのため、ライムの攻撃を受けた二人は本来ならば呼吸する事も出来ずに死ぬはずだった。しかしながら、そんな二人は当然、コハクの事も忘れている。それを感じ取ったコハクが二人の元に転移した。カオスドラゴンの手にかかれば星の裏側どころか中心にだって転移することが出来る。
忘却の魔法を受けた二人をこのまま失うのはあまりにも惜しい。カモ君は最高の玩具だし、コーテは色々と自分をフォローしてくれる。と考えたコハクは二人にありったけのバフ魔法をかけて、今度はミカエリの傍に転移した。カオスドラゴンは回復魔法は使えない。彼女のドレスと護衛しているスフィア・ドラゴンは使えるが、この状態の二人にそれを使えばどうなるかわからなかった。そのため、比較的、信用できるミカエリの元へ転移した。
自室で戦後処理の手伝いをさせられていたミカエリは突如現れたコハクと忘却しているはずの二人の来訪に驚いていたが、彼女は魔法こそは人の枠組みに収まっていたが、知識や技術だけは人の枠を飛び越えた超人に類する。そのため、人々から忘れられるという忘却の対象になったカモ君とコーテの事を覚えていた。そして、善人である。目の前で呼吸困難に陥っている二人に適切な処置を行い、二人に掛けられた忘却を解呪する作業に追われた。ミカエリ本人ですら、よほど集中しないと二人の事を忘れてしまいそうになったからだ。そんな二人が、人らしい生活を送れるようになるのに一年かかった。そこから更に四年かけて魔法やポーションを使った治療や解呪を行って二人はようやく自身の事を思い出した。
本当ならばカモ君はその時点でクーとルーナの元へ駆けつけたかったが、未だに忘却の効果は続いている。これを解除するにはミカエリの手腕をもってしても不可能である。そのため、カモ君とコーテは世界中を旅して解除の方法を模索する事にした。
この時点二人は死人どころか、常人の記憶にさえ残っていない幽霊のような存在。そんな状態でクーとルーナにあっても不気味がられる。下手したら不審者扱いするかもしれない。そうなればカモ君は二度目の心神喪失をするかもしれない。だからこそ、自分よりもこういった状況に詳しいミカエリとコハクに頼み込んで様々な国や地方に赴き、その手段を探した。
ミカエリからは文献や知識。そして、金策を頼み込んだ。その見返りにカモ君には自分との子供を作ることを約束させた。今ではミカエリは二児の未婚の母と言うお前は何を言っているんだという状況だ。当然だ。カモ君を認識することが出来るのはまだ超人とカオスドラゴンと言ったこの世界の頂点に立つ存在くらいだ。ミカエリの相手を他の誰が認識できようか。
コハクはというと、カモ君が新たな窮地に飛び込むと知ってからは彼の旅についていくと決めた。シュージとの縁談と、裏ボスの天敵になる『原作』のラスボス。魔王となる存在だったリーラン王への対処だったが、ミカエリを通してカヒーとビコーに丸投げした。
裏ボスであるカオスドラゴンであっても、『原作』のラスボスだけには敵わない。それはこの世界全体からバックアップしてもらっているかのように、カオスドラゴンの身に対してバフがかかるのだが、超人は関与しない。その超人に頼めばラスボスがいくら暴れようともカヒーとビコーの手によって抑えることが出来るだろう。本当にあいつら、なんなんだろうな?ラスボスにも裏ボスにも対応できるとか。本当にバグみたいな輩だ。
以上の事もあってコハクは自由に行動している。裏ボスである自分の親には『主人公』より『踏み台』の方が面白いからそっちを優先すると知らせた際、スフィア・ドラゴンを含めた幹部たちは大いに騒いだが、いずれ頂点に立つだろうコハクの決定を覆すことは出来ない。そのうえ、現トップであるカオスドラゴンも『好きにしろ』と許可を出す。
あまり感情の発露を魅せなかった娘の我儘くらい別に構わないと考えたからだ。カモ君も人間だ。百年もしなうちに寿命で死ぬだろうし、その時に再度問題があれば取り組めばいいという判断だった。
カモ君の旅にコーテはもちろんついていくことを決めた。彼が無茶をするのはもはや恒例行事になっている。そのフォローやケアを行うのは自分の運命だと受け入れていた。そして、その無茶を間近で見たいコハクもついていくことになった。だが、はたから見れば我儘なコハクにカモ君達が付き従うようにも見えた。
モカ領戦線。
後に呼ばれるそれは歴史にその名を刻む対戦となった。
当時、超人と称されるシュージも参加していた。しかし、彼はクーとは別動隊の軍を指揮していたため、その戦場へ駆けつけることは出来なかった。
モカ領領主が率いる軍隊が相手の策にはまってしまい、クーと他の兵士、冒険者と分断されることになった。
強者対強者。いや、超人対超人の戦いになったそれに一般兵士が敵うはずない。否応が無く一対一の状況に陥ったクーが相対するのはネーナ王国の遺産。四天の鎧と、リーラン王国から奪った常夜の外套を身に纏った超人だった。しかも全属性の魔法、そのどれもがレベル4。特級魔法が使えるという文字通りの超人が相手だった。
クーも超人。その上、レベル5。王級魔法が使える超人ではある。しかし、相手の装備しているマジックアイテムがそれを覆す。常にクーの不利な体面を作り出し、追い詰めていく。その猛攻は激しく、戦場となった平野はところどころに巨大なクレータや燃え広がる盆地へと変化していた。そして、ついにクーがその場に膝をついた。膨大と言われている体力と魔力も底をついてしまったためだ。本来ならポーションを用いて、回復を図るところだが、そんな暇はなかった。だが、相手は自動回復の効果があるマジックアイテムを装備している。自力では同党でも装備品が明暗を分けた。
「俺を相手によく頑張った!だが、その無意味な抵抗もここまでだ!」
「くっ」
クーと相対していた男は強かった。超人という事だけあって才能もあり、装備も超一級品。だが、元来の性格なのかその下非な性格を隠すことなく醜い笑みを浮かべながら魔法を繰り出す。幾つもの氷塊を空中に作り出す。その数二十以上。その穂先はどれもが鋭く遠目から見てもわかるほどの冷気と濃密な魔力が込められていた。これを撃ち込まれればクーと言えどただでは、いや、確実に命を押しつぶされるだろう。
「リーラン王国は俺達の国から色々な物を奪っていった。だから、今度は俺達の番だよなぁ」
勝利を確信した男はゲラゲラと笑いながらクーを見下す。クーに何かできることがあれば既にやっていた。しかし、それが無いという事は万策尽きたという事。もはや、自分の勝利は揺るがない。だからこそ、クーを嘲り笑う。
「お前の妹の事は知っているぜぇ?月の令嬢とか言われるくらいに美人らしいな。お前を片付けた後は俺の玩具だ。その後は俺の兵士にも回してやる。運が良ければ生き残れるかもな」
ゲラゲラとこの後の事を話す男に怒りを抑えながら冷静に対処していた。そして、こちらがこれ以上動けないと思っている隙だらけの男に向かってクーは手に持っていた。槍を男に向かって全力で投擲した。
ノーモーションからの投擲。槍の重量を無視するかのようなものすごいスピードで男に向かって放たれたが、男は超人だ。その程度の事はお見通しと言わんばかりに軽く身をひねって、その軌道から逃れて見せた。これにより、本当にクーは何もできることが無くなった。もはや、一歩も動けないくらいに疲弊しきった自分では男を睨みつけるくらいしかできなかった。
どうしようもない状況。どうする?どうすれば打開できる?この下衆な男をどうすれば退かせることが出来る?
助けを乞う?駄目だ、この男は笑いながら自分の兵士たちを屠ってきた快楽主義者だ。こちらの願いなど踏みつけるだろう。
格闘戦を挑む?駄目だ。一歩も動けない状況の自分では相手に近づく事すら困難。しかも周囲にはいくつもの魔法の氷塊少しでも近づこうとすれば即座に打ち出され、こちらが粉々になる?
後ろにいる兵士や冒険者の援護に期待する?それも出来ない。超人同士の戦いから裂ける為にかなり離れた距離に彼等はいる。今から駆けつけたとしても到底間に合わない。
考えうる限り、事態は好転しない。だが、ここでなすがままにやられてしまえば自軍の士気が下がる。そうなればシュージの戦場にまで影響が及ぶ。そう、シュージがまだいる。例え、自分がここで倒れたとしても彼がいるならばリーラン軍は。モカ領は救われる。そのためにもクーは声を張り上げた。
「ふざけるな!リーラン王国は!俺達はお前たちのような外道には負けない!たとえ、俺がここで死んでも俺の後ろにいるやつがお前達を倒す!」
それを聞いた男は深い溜息をついた。クーの方向をさほど気にも留めない様子だった。
「そうじゃないんだよなぁ。そういう熱血展開じゃなくて、無様に命乞いする展開を俺は望んでいるんだが。もういいや。お前、死んでいいよ」
男はまるで蠅を追い払うように手を振ると空中に展開されていたいくつもの氷塊が全てクーに向かって撃ちだされる。その体積に見合わず放たれた弓矢のように飛来してくる光景をクーを含めた誰もがクーの安否を諦めていた。
ただし、彼を心底愛するブラコンを除いて。だが。
「アースグレイブ!」
幾つもの岩で出来た幾つもの岩の大剣がクーを中心に地中から突き出した。まるでクーを避けるように、クーを守るよう乱立した岩の大剣は彼を守るように乱立する。しかし、魔法のレベルは相手の方が上。数発は耐えていた岩の剣で出来た防壁が砕かれる。だが、その数秒。カモ君がクーの元まで辿り着く時間を稼いだ。
「鉄腕!」
すでに引退済みの冒険者のアイムしか使えないと言われていた独自の魔法を繰り出したカモ君。彼もこの十年間何もしなかったわけではない。魔力の総量や威力はこれ以上上がらなかった彼だが、その操作技術だけは度重なる訓練と多くの旅で磨かれ、向上していた。
迫りくる氷塊を宙に浮かぶ魔法の籠手で弾き、逸らし、うち砕いていく。そうして、全ての氷塊を処理したカモ君の後ろ姿を見たクー。
その後ろ姿をクーは覚えてはいない。しかし、知っている。いつも自分達を守ってくれた。いつだって自分達を愛してくれた。そんな大切な存在。忘れているはずなのにクーは自然と言葉を零していた。
「・・・にー様?」
そんな小さな独り言のような呟きを拾ったか。それとも、聞こえなかったとしても決死の啖呵をきったクーを嬉しく思ったのか、カモ君は振り返ることなく声をかけた。
「強くなったな、クー。後は任せろ」
明らかに自分よりも魔力が弱く、隻腕と言うハンデがある。目立った装備品もない。どう考えてもモカ領に攻めてきた。自分と戦っていた超人に敵わないというのはわかっているのに。彼の背中に、彼の言葉にクーは安堵した。
そして、カモ君の跡からやって来たコーテがクーに回復魔法をかけながら、クーの手を引いて彼を後方自軍の方へと後退させる。
「ま、待ってください。俺も戦えます!」
「戦いたいなら、その疲れた体を回復させて。今の貴方じゃ力不足。足を引っ張るだけ」
コーテの言葉を聞いて、おもわず下唇を噛んでしまうクー。だが、そんな彼を元気づけるようにコーテは言葉を続けた。
「大丈夫。貴方のお兄さんは貴方より弱いかもしれないけど、今のお兄さんは誰にも負けないから」
コーテだってわかっている。成長し、強くなったクーでも敵わない相手にカモ君が敵うはずがない。幼い頃のクーにすら負けていた彼なのだ。どんなに鍛えようともその差は普通は覆らない。
しかし、カモ君はブラコンでシスコンだ。
愛するクーをここまで痛めつけられ、愛するルーナを凌辱宣言した輩に対して精神的なバフがついている。例えるのであればネズミが虎に向かって牙を立てる勇気を持つ。怒りを覚え、拳を叩きつける。それだけの勢いがカモ君にはあった。
そんな様子を敵国の超人は笑って見逃した。彼からしてみれば獲物が逃げたようにも見えるが、彼には自動回復機能があるアイテムを装備している以上、自分が負けることはない。それどころか明らかに相手国の実力者が現れた。新たな獲物出現に口角を上げていた。その上、ルーナに匹敵するほどの美女。コーテがカモ君の関係者だと察した時は更なる獲物だと見定めた。
目の前のカモ君は魔法の扱いが確かに上手い。しかし、その質と量を肌で感じ取った男は彼を見下した。明らかに格下だからだ。男からしてみれば獲物の方からこちらに向かってやって来た。その事で男は高笑いをするのだ。
「だっはっはっはっ!獲物の方からこっちにやって来るなんてな!これは正しく鴨がネギをしょってやって来たってやつだ!しかも鍋付きでな!」
男は挑発するようにカモ君を罵ったが、カモ君はそれを笑って受け入れた。
格上との戦いなんていつもの事だと。だからこそカモ君は拳を男に突きつけて笑った。
「じゃあ、お前はそんな俺に負ける虫野郎ってことだな」
そうカモ君が煽り返すと男は瞬時に怒りをあらわにした。
「粋ってんじゃねえぞ。カモ野郎!」
男は再び、魔法でいくつもの氷塊を生み出すと即座にカモ君に向かって撃ちだした。全方位からではなく一方向からの集中砲火。カモ君の魔法を見る限り、分散した全方位攻撃よりも集中砲火でその貧弱な彼の魔法を打ち砕くつもりだった。
辺りが見えなくなるまで魔法で氷塊を生み出し射出し続ける。冷気と衝撃により立ち込めた煙幕に向かって放たれ続ける氷塊。その轟音の中でまるで金属がぶつかるような重く響く音が絶え間なく響いていた。そして、その音は男に向かってくる。
男がその異変に気付いた瞬間、煙幕の中からカモ君が飛び出してきた。体のあちこちに凍傷をつけながら、装備している上質な皮鎧の所々が凍り付いていた。展開していた鉄腕はここにたどり着くまでに氷塊を受け止め続けた衝撃で霧散した。それでもカモ君はほぼ万全状態だったことに男が驚いている表情にカモ君の左拳が突き刺さり、男はもんどりを打ちながらも、大きくその場を後退して、カモ君から距離を取った。
男の実力は超人。それこそ一方的な戦いしか、してこなかった。誰も自分には逆らえず、太鼓持ちをするかご機嫌取りをするしかなかった。だからこそ自分には向かう輩を叩きのめす快感はたまらなかった。なのに、目の前のカモ君は違った。格下のくせに。ザコのくせに。歯向かった。自分の顔を殴りつけた。
ほぼノーダメージと言ってもいい。かすり傷程度のもので、装備しているマジックアイテムのお陰で完全回復したといってもいい。だからと言って、カモ君の所業を許せるほど男の懐は深くはなった。
「ふざけんなよ!カモ野郎!俺様に手をあげてただで済むと思うんじゃねえよ!!」
男は自分の魔力を全開放する。クーと戦った時と同じように臨戦態勢を取ると、彼の周囲にはあ大人一人押しつぶせそうな氷塊。巨大な火の弾。岩の塊。雷の大剣。白と黒に明滅する不定形の塊。
エレメンタルダンス。
全属性の魔法を一斉に撃ち放つ。レアマジック。
カモ君の鉄腕を見て、彼を地属性の魔法使いだと考えた男だが、念には念を入れて、全属性の魔法を叩きつけるつもりだ。氷塊を打ち出す魔法は水魔法であり相性不利だと思っていたのだが、之ならばカモ君は対処できないと、怒声とは裏腹に冷静に判断したのであろう。
超人の男は、カモ君がさすがに自分がエレメンタルマスターだとは思わないだろう。目の前の圧倒的な魔力と属性を見せつければカモ君も怯える。ないし、動揺するだろうと思っていた。しかし、カモ君の反応はまるで逆だった。
それはまるで、拙い子どもを見て諭すような自惚れにも似た嘲笑だった。
「御託はいい。さっさとかかってこい」
そう言って、カモ君は鉄腕を展開。その魔法の籠手を使って男を挑発した。
それを見た男は再度怒りを爆発させながらカモ君に魔法を放った。
「死に腐れ!カモ野郎!」
幾つもの魔法がカモ君を襲うが、カモ君は表情を変えずにそれを弾き、受け止め、逸らし、回避する。その余裕な表情が崩れることはなかった。それが癪に障った男はエレメンタルダンスを放ち続ける。
カモ君の魔法。鉄腕の射程はおそらく短い。こうやって遠距離から量で押しつぶし続ければいずれ殺せる。と、男の判断は正しかった。しかし、残念ながら間違っているところがある。
カモ君は冷静な表情をしているとおもっていが、実際のとこをはあまりの実力差。勿論自分が格下である事は理解している。その現実に表情が引きつっていたに過ぎない。
あかーん!相手の方が質も量もレベルも上じゃねえかー!
クーとルーナから意識を逸らすために挑発したけど、俺の魔力もう半分切ったよ!?このままじゃ、あと五分も持たねえー!シュージ、早く!早くこっちに来てプリーズ!
でも待てよ。シュージこいつを相手にしたらこいつ消し炭だよな?そうなったらクーを馬鹿にしたこと、ルーナに手を出そうとしたこいつを痛めつけることが出来なくなるよな?
よくよく考えてみると理不尽を押し付けてきたのはこいつだよな?こいつを後悔させないで殺すとかねーよな。それにこいつ、コーテにまで手に掛けるとか言っていたよな!
こちとら新婚やぞ!それを汚そうとか許せるわけねーよな!オデ、お前を、ブチコロガス!
格上のご同輩なんて怖くねぇ!野郎オブクラッシャー!
と、表情からは決して読み取れない半狂乱と化しているカモ君の内心は、遠くから滅茶苦茶いい笑顔で眺めているコハクにしかわからなかっただろう。




