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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
鴨が鍋に入ってやって来た。
204/205

第八話     

本来ならばモカ領の馬車が停まる休憩所。そこには最低限の生活が出来るだけの設備が整っている小さな小屋があるだけ。

いつもと同じ風景。何も変わったところが無いと思わせる雰囲気。たとえ、そこに次期領主であるクー。その妹であるルーナが縄で拘束されていたとしてもこの場を通る領民たちは気にも留めなかった。明らかな異常事態を正しく理解できない。それはその隣のベンチに腰かけているライムの持つ三つのマジックアイテムの効果だ。


惑わしの衣・改。ライムが着こんでいる純白のローブ。

『原作』のシャイニング・サーガでは敵ユニットとの遭遇や索敵から少しだけ遠ざけるという効果があるが、それをライムの改造によって威力を増大。並のモンスターはもちろん、ネームドキャラの高ステータスでも認知するには手間と時間。そして、力を要する。


オーロラロッド・改。

全属性の魔法の使用が可能となる。使える魔法の威力は装備者のレベルに比較される。と言うものだが、ライムはその伸びしろを全て隠ぺい・ジャミング効果のみに絞り込み、彼女がそこに魔力を流し込むだけで対象になった者の認識をずらす。果ては無くしてしまうことが可能になる。


この二つのマジックアイテムを同時使用する事でライムは自分hえの認識を捻じ曲げ続けてきた。彼女をよっぽど意識しなければ彼女の事などすぐに忘れ去ってしまう上に、少しでも魔力を込めれば人だけではなく、生き物の頂点であるドラゴン。そして、超人の認識からも逃げることが出来る。最強の隠ぺい装備と言ってもいい。

そんなアイテムを持っている彼女はこちらに近づいてくるカモ君とコーテを視界の端にとらえた。日が落ち始め、辺り一帯には夕方を知らせる赤みを帯びた空に染まりかかっていた。

そんな暗くなってきた風景に溶けることなく馬を走らせ、こちらへ一直線に迫って来るカモ君の表情は疲れと倦怠感が感じられていたが、それだけでは癖ない程に怒りで顔を歪ませた表情だった。

自分の不手際。力不足。ライムの隣で転がされているクーとルーナを無体に扱った事への怒り。なにより、命よりも大切だった弟妹達を忘れてしまった自分への怒りから来るものだった。

そんなカモ君はライムを発見した事よりも、クーとルーナの状態を見て、更に怒りの表情を深める。

ライムの手により、意識を刈り取られ、魔法の薬により昏睡状態に陥って五日ほど経過していた。適切な処置を施さなければあと三日もしないうちに二人の命は失われる。そのため、二人の表情はやつれていた。


「クーッ!ルーナッ!」


カモ君は叫びながら二人に大声で呼びかけたが、二人が応えることはなかった。シスコンでブラコンであるカモ君でさえも、少しでも意識を緩めれば二人の事を忘れてしまいそうになる。


大したものだ。


ライムはカモ君に対して素直にそう感じた。

今置かれている状況は新婚カップルでさえもお互いの事を認識できなくなるレベルのものだ。正しく命を懸けている。いや、投げ出すレベルでなければ認識できなくなるものなのに。

そして、目の前のカモ君は『原作』のカモ君を大きく逸脱していることも再認識する。

本来は毛嫌いする対象にここまで認識・意識することなど出来るはずがない。自分の半身。それこそ、自身が人間であるという認識以上に弟妹達を想っているのだ。と、

現にコーテはカモ君の指示で馬を走らせているが、そんな彼女にはライムが。そして、クーとルーナが認識できていない。だが、カモ君の必死な覚悟だけで彼についてきているだけだ。

そして、カモ君とライムが接近。そして、カモ君は馬上から飛びあがる。そして、その勢いのまま、ライムに向かって左拳で殴りかかった。


ライムは、今の自分達は夢以上に意識しづらいものだ。それなのに真っすぐこちらに向かってくるカモ君ならばこのままやられても構わないと思った。


勿論、自身が殴られるわけではない。認識のずれを利用して自分がいる場所とルーナがいる場所を入れ替えている。このままカモ君が殴りつければルーナの華奢な首はあっさりと折れて、絶命してしまう。その時、認識を元に戻した時、カモ君はおそらく絶望するだろう。

自分のように、不甲斐なさに絶望するだろう。この世界の事を知っていながらも大切な者を守れなかったように。己の立場に。そして、中途半端に力をつけた末路が辿る不幸に。




カモ君の突き出した拳がルーナに当たる直前。いや、確かにルーナの顔に接触した。普通ならばカモ君の拳はそのまま突き抜けるはずだった。だが、その拳は接触した瞬間。まるで磁石のように弾かれた。違う。カモ君の意識よりも先に体が、ルーナの鼻先に触れた瞬間、身を引いたのだ。


カモ君の深層心理さえも、今のルーナは彼女に危害を加えたライムと認識していた。しかし、体だけは違った。ルーナは傷つける存在ではない。守り、愛でる存在。危害を加えらたとしても、たとえ命の危険を加えられたとしても手をあげてはいけないのだと。

信者の禁忌のように。催眠を受け入れた状態だとしても。カモ君の体はそれをいけない事だと反応した。当の本人ですらもどうして拳を惹いたのかわからない。

意識せずに呼吸できるように、カモ君の体はルーナを傷つけることを拒んだ。

馬上から思わず飛び出してしまったカモ君は不格好な体制で地面に打ちつけられながらもどうにか、立ち上がる。

カモ君ですら驚いているのだ。目の前の存在は。自分の、大切な二人に害をなしたと判断できるのにそれを躊躇ったことに。

落馬だけでも痛いのに、勢いよく叩きつけられたせいで左腕を痛めた。いや、骨折したのだろう。見る見るうちにカモ君の肘から手首に掛けて腫れ上がっていく。脂汗がだくだくと流れ、思わず苦悶の声を上げそうになる。だが、それを堪えた。愛する弟妹の。何より、馬から降りてこちらに向かってくるコーテをこれ以上自分に近づけてはいけないと直感と体が判断した。


「コーテ!来るな!」


カモ君が叫ぶと同時だった。彼の右わき腹が陥没した。

ライムがカモ君の意識を逸らしながら杖の先端で刺突した。だが、それを認識できたのはライムだけ。カモ君からすれば何もない所から見えない杖でど突かれたにしか思えなかった。常人ならばその肉を貫通し、内情にまで届く刺突だが、カモ君がこれまで鍛えてきた体のお陰でその程度で済んだに過ぎない。


「が、あっ!?」


次にカモ君の身に起こった衝撃は口内への刺突。ライムは本当ならば目玉を狙ったものだったが、カモ君は不可思議現象と骨折の痛みに苦しめながらも体を揺らしていたこともあって狙いをずらすことも出来た。だが、ライムも元冒険者。その経験もあってか、カモ君の頬を左頬を貫いていた。その激痛から逃れるようにカモ君は顔を振るってその場からから後ずさる。そこまで追いつめられているにもかかわらずカモ君はどうすればいいかわからなかった。

カモ君からすれば不可視の一撃。なにより、今、どこに、誰から、どのように、どうして攻撃されているかもわからなかった。ただわかることは一つ。


愛する人達をこの場から遠ざける。


その想いだけでカモ君はこの場に立っていた。


「エミール!」


コーテがカモ君の制止を振り切ってこちらに走って来る。だけど、そうじゃない。今、彼女にして欲しい事は自分の援護ではないのだ。


「コーテ!そこにいる二人を連れて逃げてくれ!」


自身の危機。愛する弟妹の危機。そして、恋人の危機。その三つを同時に処理する事が今のカモ君には出来ない。今ですら、横たわっている二人。クーとライムがいた場所に転がされているルーナの名前が出てこない程にカモ君の意識は分散されている。どうにかして思考リソースを稼がない限り、この状況は打破できない。


「でも!」


コーテの視線からしてもどうしてカモ君が傷つけられているかわからない。目には見えないゴーストのようなモンスターに襲われているのか、不可視の魔法で傷つけられているようにしか見えなかった。


「はやくしてくれ!俺が、逃げられない!」


カモ君の無茶には何度も付き合ってきたからわかる。彼の状況がこの上なく悪い事に。そして、自分がこの場にいるだけで。近くにいる小さな子ども達をここから引き離さなければ事態が好転しないことに。

カモ君ですら明確に思い出せない二人の幼子。それをルーナが理解することは出来ない。彼女にとっても目の前の幼子はただの一般市民。自分の命を。大事な人の命と引き換えなら簡単に見捨てられる存在だが、カモ君にとってはそうではない。

コーテには何もかもが分からない。だからこそ、愛する人の言葉を信じるしかない。一番近くにいたルーナを担ぎ、この場から離れようとする。そこでライムがカモ君からコーテ達に狙いを定めた。

大事な人質であり、彼等をこの場いしばりつけるもの。それを手放すはずもなく、今度はコーテに襲い掛かろうとした。が、その瞬間、カモ君の視界がぶれた。意識がもうろうとしているのか、それとも今見ている光景は夢なのではと思わずにいられないものだったが、その空間に不快感を覚えた。まるで、今まで自分達をないがしろにしてきた。傷つけてきたギネがその場にいるかのような感覚を覚えたカモ君はそこに思わず回し蹴りをする。

それは、コーテ達の方向に振り向いたライムの左肩を捉えていた。カモ君からすれば見えない柱を蹴りつけたような妙な感覚だが、ライムにとっては不意打ちに近い。

カモ君へのジャミングに集中していればカモ君もその違和感を覚えなかっただろう。しかし、カモ君からコーテ達に意識裂いたことでジャミング効果がほんの少し薄れた。それはカモ君がシュージに渡した火のお守りを見た瞬間と酷似していた。そのため、カモ君はクーとルーナを思い出した。違和感を覚えることが出来た。

ライムは長年、実践から遠のき研究者として働いていた彼女はその場から弾き飛ばされるように地面を転がった。その衝撃でライムはオーロラロッドを思わず手放してしまったため、ジャミング効果が半減した。弾き飛ばされた先でその姿をカモ君達に認識された。と、同時にカモ君達は何故、自分達がここに来たのか、誰を助けに来たのかをしっかりと認識した。

コーテは倒れている幼子が、自分の義弟義妹ということに。そして、カモ君は愛する存在だという事。そして、見慣れぬ純白のローブを纏った女性が自分達に危害を加える存在たという事に。そこまで理解できたカモ君に出来ることはただ一つ。目の前の障害に向かって特攻あるのみ。

モカ領にどりつくまでの全力。文字通り、心身を使い潰す勢いで体力と魔力。精神力を使い潰してきた。だが、カモ君はこの場で命すらも使い潰すつもりで突貫した。

目のまえの女性が、自分達に危害を加えた。何より、愛する存在に手をかけた。それだけで、カモ君にとっては怨敵認定だ。


「くっ!舐めるな!」


ライムは魔法を使おうとも思ったが、思った以上にカモ君が素早い。腕を骨折しているように思えない踏み込み。魔法での迎撃は不可能と判断した彼女は惑わしの衣に魔力を注ぎ込んだ。すると、ライムの姿がその場から掻き消える。その身に着けたローブの効果でカモ君達の認識から外れたに過ぎない。ライムはこの場にいる。という認識は外せない。オーロラロッドを手放してしまった彼女のジャミング能力は格段に落ちていた。

自分の目には映らなくなっただけだと判断したカモ君は、クイックスペル(笑)を行い、自身に残された最後の魔力を解き放つ。


「デブリスフロウ!」


いつぞやの自爆攻撃。カモ君を中心にまるで泉から湧き出る水のようにあたり一面に土砂が噴き出す。ライムを蹴り飛ばしたことにより、コーテ達から幾ばくか離れていたカモ君とライムだけが、魔法によって生まれた土石流に飲み込まれる。足首の高さ程度の浅い土石流。だが、その流れの中で、カモ君は小さな中州を見つけた。そこに自分の怨敵がいる。土石流の源泉。対負の目に近い位置にいたカモ君は、その土の川から足を引き抜きながら、その中洲へと走り出しドロップキックに近いカニばさみを仕掛ける。

カモ君は『踏み台キャラ』という低スペックな性能だが、身体能力だけはいつも鍛えていたため、ネームドキャラには劣るが常人以上のスペックを有している。たいして、ライムは不意に訪れた不測の事態に戸惑っていたために対応が遅れた。そのため、がっちりとカモ君のカニばさみにロックされた。カモ君からすれば見えない何かにしがみついているにすぎないが、そこに自分達の敵がいるとは理解できた。カニばさみの状態から上半身を思いっきり折り曲げるようにカモ君は見えない何かに頭突きを繰り出す。そこはライムの頭頂部があった。

ライムが身に纏っているローブには防御能力はある。しかし、その性能をジャマー効果のみに絞っているため、若干痺れる程度のダメージを受けた。だが、その痺れで、ローブに流す魔力が途切れる。それは、より明確にカモ君に自分を認識させることに繋がった。そこまで理解できればカモ君がやることは決まっていた。叩き潰す。いま、この場で!


「がああああああっ!!」


「あああああああっ!」


何度も何度も自分の額をライムの頭に叩きつける。少なからず防御能力のあるライムのローブに額をうち続けることは、大木に頭を打ち付ける衝撃に近い。しかし、その衝撃は確実にライムにダメージを与えていた。ついにはライムはその場に倒れこむ。カモ君もつられて地面に倒れるが、折れている左腕を無理やり使ってライムよりも先に立ち上がると、その場で蹲っているライムの背中を何度も何度も踏みつける。文明や魔法と言った技術の見えない泥仕合。

コーテの目から見てもカモ君の動向は女性にDVが働いているように見えるが、ダメージと焦燥感はカモ君の方が大きい。いま、勢いを失えば激痛に苛まれているとはいえ、極度の疲労から意識を失う事は硬くない。そして、ライムを捉えている状況は今しかない。ここを逃せば、やられるのはこっちだ。百回やったら百回負ける。そう断言できるほどの技術差がある。ここでカモ君は意識を失っているとはいえ、愛する弟妹の前で人を殺す決意をしていた。

怨敵認定していた実父。ギネは完全に凌駕していたからこそ、痛めつけることはあっても殺さなかった。・・・実際は殺す気で殴った事はあったが。しかし、今はそれ以上だ。明らかに自分より格上の相手を仕留めるのは今しかない。激痛に苛まれながらもカモ君は何度も何度もライムを踏み抜いた。


仰向けに倒れているライムの顔を。喉を。胸を。胴体を。


美しいと言ってもいい彼女の肢体を何度も踏み抜いた。ライムもどうにか殺されないように顔と喉を覆うように腕を交差させてカモ君の踏みつけを防御するが、その隙間を縫ってカモ君の踏みつけを受ける。その度にライムから悲鳴も上がるが、しばらく経過するとライムの腕はいつの間に下がっていた。彼女の悲鳴も上がってはいなかった。美しかっただろう顔も完全に潰れていた。いつしか、ライムは動かなくなっていた。それでも踏みつけを止めようとしないカモ君の背中に小さな衝撃が起こった。


「・・・エミール。もう、いい。もう、終わったから」


愛する人。恋人の声でなければカモ君は意識を失うまで。下手したらカモ君自身が死ぬまでライムを踏み続けていただろう。小さな痙攣を引き起こしているライムを視認したカモ君はようやく、己の足を止めた。明らかな戦闘不能。ここから病院で処置をしなければ死ぬであろうダメージを負ったライム。最早、助かったとしてもまともな生活は出来ないだろう。

貴族として生まれたからには、国のため、民のため。汚れ仕事は覚悟していた。だが、こうやって人の命を害したことを理解したカモ君はその場でふらつき、倒れそうになったがコーテに支えられた。


「モカ邸に帰ろう。そこで思いっきり休もう。魔法学園に戻らくなてもいい。・・・頑張りすぎだよ。エミール。もう休んで」


コーテの労わる言葉でカモ君の戦闘意欲は完全に失われた。もはや、立っているのがやっとのカモ君はコーテの痛々しい、精一杯の、強がった微笑みを見て、ライムから足を退ける。もはや、ピクリとも動かなくなったライムから離れることにした。

そこから静かにクーとルーナが寝かされている小屋の近くまで歩いて行く。カモ君は既に泥まみれの汗まみれ。疲労困憊がこれほど似合う男はそうはいない。そんなカモ君はフラフラになりながらも地面に寝かされているクーとルーナを見下ろした。少しやせたように見える二人だが、しっかり息はしており、胸も上下している。それを見て安堵したカモ君はようやく緊張を解いた。

ライムを踏み続けている間に辺りは暗くなっていたが、雲一つない月明かりで辺りを見渡せる上に、遠くからモカ領の衛兵が馬に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。それを理解した瞬間、カモ君の体から完全に力が抜けた。その場に崩れ落ちなかったのは、モカ領の衛兵に弱った所を見せないため。そうする事で明らかに重傷な自分よりもクーとルーナの治療を優先するためだ。二人の治療が終わるまではカモ君は死んでも倒れる気はなかった。それを正しく理解したコーテは本気で呆れた。兄バカもここまで極まれば国宝ものだ。

しかし、コーテも魔力切れで魔法は使えない。腰に括り付けていた不渇の杖をカモ君の折れた左腕に添えて添え木にする応急処置を行う。それに感謝しながらカモ君は激痛に耐えていた。その激痛のお陰で気付けた。殆ど死んでいるはずのライムの手がこちらに向けられていることに。




瀕死のライムはこの世界の理不尽を恨みつくしていた。

愛する仲間を失い、守るべき約束も果たせない。

約束すべき対象は魑魅魍魎と言ってもいいくらいに欲にまみれていた。

大切な仲間。いわば善人と呼ばれる存在は内ゲバで死んでいった。

唯一の理解者である親友の夫。ネーナ王も捕らわれた。


築いていく国とその繁栄は、よりにもよってその国の民度で叶えることは出来ないと理解してしまった。これが世界の修正力なのか。『原作』なのか?

ふざけるな!そんなことがあってたまるか!そんなものに私の大事なものは!私の全ては奪われてきたのか!奪われなければならないのか!ならばなぜ、どんなエンディングでも不幸で終わる『踏み台』のカモ君は無事なんだ!ふざける!ふざけるな!!ふざけるな!!!


私だけが不幸で終わってたまるか!お前も!私の大事なものを奪ったやつらも不幸になれ!そうでないと、そうでないと、私は何のためにこの世界に生まれてきた!

だが、理解してしまう。自分には一動作するだけの力しか。命しか残されていないことに。自分を苦しめた存在全てに復讐することは敵わない。だから、せめて。

自分の計画のことごとくを破綻させたカモ君を。自分と同じ転生者だけでも道ずれにする。お互い、もはやまともに動くことは敵わない。しかし、ライムにカモ君を消す余力は。手段は残っていた。


ライムの装備していた最後のマジックアイテム。


『 』


名前のつけようのない、無色の指輪に魔力を、自分の命を注ぎ込む。その効力はものを消し飛ばす。自分すらも消えたいという願いを叶えるには十分な効果をもたらす抹消アイテム。自分の余力ではせいぜい半径二十メートルだろう。もしかしたら少し離れているカモ君を巻き込めないかもしれない。だが、もうどうでもいい。成功しても、失敗してもいい。もう、全てが、どうでもよかった。


カモ君はそれを理解できなかった。だが、知覚は出来た。


目のまえで『知覚できない』が迫って来る。まるで世界そのものが、消えていくその光景に恐怖した。音もなく、光もなく、空気も震えていない。魔力も感じない。まさしく『なにもない』がこちらに向かってくる。その先の光景も音も何もかもが『ない』。だが、生物として、この世界に生きている存在として理解した。あれに触れてしまっては自分が消えてしまう。この疲弊しきった体をまともに動かすことは出来ない。クーとルーナをこの場から引き離すことが出来ない。なにより、自分を失っても、失いたくない恋人を。コーテを逃がすことも出来ない。彼女もこの迫って来る『何もない』に気が付いていない。


「コーテ!ごめん!」


カモ君に出来たのはコーテを包み込むように彼女を庇うように抱きしめる事だけだった。

迫って来る『なにもない』を背に。折れた左腕で彼女を抱きしめた。





「クー様!ルーナ様!ご無事ですか!」


「・・・どうしたお前達。そんなに慌てて。もしや、また狼藉者が現れたのか!というか、何故、俺はこんな何もない所にいるんだ?」


クーは五日ぶりに目を覚ました。どういったわけか、自分の所在が分からなくなって五日経過していた。モカ領では自分とルーナの捜索活動が続いていた。が、何の変哲もない小屋の前で寝かされていた自分達を衛兵達が見つけ出し、解毒ポーションと回復ポーションを用いて直してくれた。隣で今も寝ているが同様の処置を施されていたルーナを見て慌てるクーだったが、五日間の間の記憶がない。それどころか、なにやらぽっかりと穴が開いたようにある記憶wお知覚できなかった。忘れてしまったのではない。だが、喪失感があった。それが何かはわからない。そこに別の衛兵を引き連れたローアが駆けつけてきた。


「クー君っ!ルーナ君っ!見つかってよかった!怪我はないかい!心配したんだよ!」


ローアの顔には焦ってはいるが自分達の無事を確認したお陰でほっとした表情が浮かんでいた。それを見てクーは感謝するとともにローアに詫びた。


「ご心配をかけてしまい、本当に申し訳ありません。ローア兄さ、ま?」


クーは自身の発した言葉に違和感を覚えた。自分が兄と呼ぶのは、自分達を援助してくれるローアで 間違いない はずだ。


ギネの不祥事によりお取り潰しになるはずだったモカ領の再興を彼が担ってくれている。グンキの計らいでやってきてくれた。モカ領で度々に出現していたダンジョンも幼いながらも攻略していった自分を好印象に思ってくれた彼等が救いの手を差し伸べてくれた。その恩義もあって彼を兄と呼ぶ。


強く優しく目標にすべき男性。そんな人は今まで一人しかいない。その、はずだ。


「クー様。何があったかは存じませんが、ご無事で何よりです」


衛兵たちはクーが目を覚ましたことにより、皆が皆、安堵の表情を浮かべていた。なぜならばクーがいた場所のすぐ傍にはまるでペンキを塗りたくったような跡があった。まるで場違いなそれからは異様な雰囲気を帯びていた。これに触れてはいけない。幼いながら、鞭でありながらそれを触れてはならないと感じた。

クーは本当にギリギリの位置に寝かされていた。少しでも寝返りを打てば目の前の白に触れていただろう。

それからしばらくして魔法研究員によるとその白く塗りたくられたもの。植物や建設物がどうなっていたのか『わからない』というものだった。似たような植物だと。理解できるものは図鑑にも記されている。よく栞に使われる花と非常に酷似している。ほぼ99%その花だと判別できるのにそれをその種類だと断言できなかった。いや、無意識にこれは知らないものだと考えが誘導されてしまう。白く染まった建設物もモカ領で設置した馬車の停留所。近くの領民が利用する休憩所に酷似していた。しかし、その建物を誰も利用したことが無いと公言する。それどころかいつからそれがあったのかもわからない。

半径二十メートル。綺麗に塗りたくられたそれを誰もが理解できないもの。知らないものになっていた。



そして、これを境に『カモ君』という存在はこの世界から忘れ去られた。

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