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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
鴨が鍋に入ってやって来た。
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第七話 忘れたくないもの

終戦が様々な方法で知らされた後日の昼。


モカ領内、モカ邸。その主の部屋で代理領主ローアは溜まっている書類の処理を行っていた。隣国から来る避難民の受け入れの是非。身元と行き先。その言動の見極めを行っていた。まとまな避難民。自分達が世話になっているので部を弁えている人物なら、以上の条件を持って受け入れているが、避難民の八割以上が性格や言動に難有りと出たために追い返す指示を出しながら、残った一割強の人間を様子見として領内の衛兵の監視下で保護をしているのだが、その殆どが自分達は避難民だ。憐れな人間だ。だから優遇しろと、ふざけた理由で暴れまわる。そのため、隣国、ネーナ王国の人間を叩き出す。および叩き返す。そうでもしないとモカ領の治安が荒れる一方だからだ。


「ローア様。お疲れ様です。休憩のコーヒーをどうぞ」


「ありがとうルーシー」


書類作業で凝ってしまった体を椅子に座ったまま伸ばしているローアを気遣ってメイド長のルーシーが彼の机に入れたてのコーヒーを用意した。

モカ領は農耕で成り立っているだけあって農作物はそこそこ豊かだ。モカ領よりも良質な農作物やコーヒー豆が取れる領もあるが、そこそこの従者経験で培っているルーシー。唯一のとりえと自負している料理の腕前にかかれば一級品のコーヒー豆に負けない上品なコーヒーを入れることが出来る。だからこそ、彼女らしからぬミスが目立ってしまった。


「ルーシー。私のコーヒーに砂糖は使わないよ」


「申し訳ございません。すぐに下げます」


ローアはコーヒーにミルクは入れるが砂糖は入れない。それをルーシーが知らないはずがない。それなのに彼の執務机の上に砂糖の入ったポットを置いてしまった。まるで、自分の主は今まで砂糖を使っていたかのように。

いや、違う。自分の主は砂糖を今まで使っていた。子どもに砂糖なしのコーヒーは苦すぎる。だからこそコーヒーを入れる度に砂糖は用意してきた。という習慣があった。

砂糖は自分の主のため。そう、ローアはあくまでも代理の領主。では、彼は誰の代理だ。カモ君か?いや、違う。彼はギネの手によって廃嫡が決まった。彼の代わりに次期領主が立てられた。その人物とはいったい誰なのか?


まるで思考の一部を切り取られてしまったような、無理矢理そこだけを漂白されたような不気味な違和感を覚えたルーシー。従者たる者、主の顔と名前くらいは憶えているはずだ。いくら若輩者の自分でもそんなことはありえないはずなのに。

メイド長のルーシーもなぜかここ最近、洗い物では出ないはずの子どもの服やベッドシーツを洗濯している。誰も使うはずがないと思われるものを洗っている。自分達にはあまり関係ないだろう子ども部屋の掃除。カモ君の使っていた部屋の残り物を綺麗にするならともかく、見覚えのある見慣れた誰のものでもない物がこの屋敷には溢れていた。

ギネが子ども好きだった?いや、あの出世欲に駆られた豚hあ自分のテリトリーに誰かが入ってくることはなかった。その妻、レナが身ごもっている?それもない、一向に自室から出てこない引きこもりな彼女はローアが代理を務めるとあいさつに来た時すら、外に出ようとしてこなかった。そんな彼女が身ごもるはずがない。

同僚のプッチスですら子供が好きなお菓子を用意している。本来ならばローアが好みそうなスコーンをつくる小麦粉程度なのに、彼は少し派手目のお菓子を買っていた。明らかに子どもに贈るために買ってきたものだ。

だが、そんな違和感は時間が経てば経つほど薄れていった。まるで切り取った部分を無理やりつなぎとめた。もしくは既存の何かで埋めたような、不快ではない強引さ。

それを代理領主のローアも感じていた。しかし、それを口にする事無く執務に勤しんでいた。そんな夢心地を相談している暇があるならペンを動かして業務片付けるべきだと。それが間違いだと思い知るのは、執務作業を終える夕暮れ時だった。


「ローアさん!クーとルーナはどこにいますか!」


三日三晩。ほぼ不眠不休で馬を乗り換えながら王都からモカ領まで全力疾走してきたカモ君が執務室になだれ込んできたからだ。


「クーと、ルーナ・・・?クーとルーナ。・・・クーとルーナ!」


そこまでしてやっとローアは思い出した。そう、彼はまだ幼いクーの代わりに領主を務めている。そして、クーのような子どもに大人の責任を負わせないように。重圧をかけないために頑張ると、彼に、そして自分に誓っていたではないか。それなのに、クーとルーナの事を忘れていた。それを思い出すと同時に彼は魔法を使ってモカ邸内部を操作する。使っていない小部屋から、屋敷の端にある物置まで魔法を使えば手に取るように把握できる。それをもってしてもクーとルーナの所在を掴めない。反応がない。


「くそ!どうして、忘れていた!あの二人のために私は、大人として前に出ると決めたはずなのに!いない!この屋敷にどうしていないんだ!私はっ、私は・・・。誰を忘れていた?」


ローアは今更ながら悪寒が奔る。十秒も満たないうちに誰に対して後悔していたのかを忘れてしまったからだ。今残っているのは大人としての無力感と無理矢理何かを抜き取られた虚脱感だけ。まるで霞のような後悔に驚いていたのだ。目の前にいるカモ君すら舌打ちをしながらも自分の左手の掌を時折見て頭を懸命に振っている。まるで自分の魂を鷲掴みする死神の手から逃れるように。彼も感じているのだ。今にも失われそうな何かの存在を必死につなぎとめている。そのために彼の掌には人の名前らしき文字が刻まれていた。それは何度も魔法で切りつけた所為か、今でもその手のひらからは血か零れ落ちている。


「ローアさん。マジックポーションをください!理由は後で伝えます!」


「っ。わ、分かった。だが、これがこの館にある最後のポーションだ!…エミール君、君の怪我の手当をしていきなさい」


ローアの思考には既にカモ君が何をしに来たかすらも忘れていた。しかし、彼の必死な言動に気圧されて、執務室に置いていた唯一のマジックポーションの入った小瓶を彼に手渡した瞬間、カモ君を気遣って傷を癒すポーションも渡そうとしたが、カモ君はそれを拒んだ。この傷を、忘れてはいけない名前を刻んだ傷を癒してしまえば本当に忘れ去ってしまうかもしれない。それを恐れたカモ君は傷の治療を拒んで呆気に取られているローアを残して執務室を飛び出していった。


これだけは。この傷(名前)だけは例え、治らなくても残さなければならない。


その一心で、カモ君はマジックポーションを飲み干すと同時に空になった小瓶を投げ捨てた。愛する弟妹の前では決してやらない無作法な所作を取りながら、モカ邸の玄関前で馬に跨ったまま待機していたコーテの手を取り、馬を走らせた。

コーテすらもどうして自分がモカ邸に来ているのかが分からなかった。カモ君にせかされて一緒に来たまでは良い者の目的自体を忘れていた。だが、カモ君が何かを求めている。それだけで彼女がここにいる理由は十分だった。

カモ君は風魔法を展開する。しょせんレベル1。初級魔法でしかない索敵の魔法を最大限伸ばせるだけ薄く広く伸ばした。何も反応はなかった。だからこそ、その何もなかったが顕著な方向へと馬を走らせた。

そこはモカ領のどこにでもある休憩所があるはずの場所。にもかかわらず、生き物の気配がなかった。いつもならばそこを利用する領民や衛兵がいる場所だが、すでに日が落ちかけているから人の気配がなくてもおかしくはない。だが、その部分だけ、なんの反応がなかった。水面に広がる波紋のように魔力の波が立ち、過ぎ去っていくはずなのにそこだけ切り取られたかのように何もなかった。前後にカモ君が放った索敵魔法の波があるのにそこだけはまるで何もなかったように波立っていなかった。そこに何かあるとカモ君達は向かった。

その考えは当たっていた。

何の変哲もない休憩所。そこにはクーとルーナがいた。ただし、その身柄はライムと言う女性に捕縛されている。カモ君の索敵魔法は彼女にも感知されていた。だが、彼女はこの場から動こうとはしなかった。来るならば来るがいい。だが、それは諦めたからきたものだけではない。ライムからカモ君に対する挑戦。いや、八つ当たりをするためにも彼にはこの場に来てもらわなければならないからだ。

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