第六話 見失ったもの
宣戦布告から十日後。リーラン王国祝勝祭は滞ることなく三日ほど続いた。だが、それにカモ君は違和感を覚えた。何かが足りない。何かが間違っている。まるで、失ったはずの右腕があるような。大事なマジックアイテムを失ったような喪失感。自分には何かが足りない。
彼は大人も子ども行きかう昼間の王都をコーテと二人でお祭り巡りをしていた。
自分の恋人であるコーテはいる。友人のシュージもいる。自分のデッドエンドとなるはずの『原作』も乗り越えた。はずだ。だが、それでもこの胸の中にある喪失感は何だろうか。
「エミール。また考え事?」
「いや、その。・・・すまない。そうなんだ。何かが欠けているような気がして気が気じゃないんだ」
自分と共に困難に立ち向かったコーテにはお見通し。カモ君ですら気付かない彼の事を理解していると言ってもいい。だが、そんな彼女をもってしてもその違和感の正体はわからなかった。
「エミールは頑張りすぎていた。それが報われた。念願を成就した。達成感以上に燃え尽き症候群を感じちゃ駄目。今は私と一緒にお祭りをめぐるべき」
そうかもしれない。確かに自分は『原作』では死亡するというバッドエンディングを変える為にこれまで努力してきた。それが叶ったのだ。
主人公であるシュージではない。地震の力でもない。超人と言う頼りになる大人、カヒーやビコーの手によって急に降ってわいたこのエンディングに。いや、これから始まる人生に文句はない。はずだ。
だが、足りない。まだ、バッドエンディングにせかされていた時の方が充足感があった。おかしなことだ。窮地を乗り越えたはずなのに。それを異常だと自分は感じている。宣戦布告の時ですらもその充足感。いや、切迫感があったはずだ。だが、それが無い。無い事がおかしい。まるで夢を見ているような気分をずっと感じている。
もちろん、現状は夢ではない。痛みも感触もある。ただ、心の。いや、自分の本質を見失っているような気分をカモ君は抱えていた。
そんな彼の手を引いてコーテは祭りの屋台をめぐる。ここ最近まであった緊張感の原因であるネーナ王国を打倒したのは夢ではないのだと彼に示すためにお祭りデートを繰り出していた。それを不快に思うはずがない。カモ君だってコーテは大切な存在だから。愛する人。何があっても助けるべき人。何があっても傍にいたい人。そのはずだ。間違いない。しかし、ここでもまた違和感を覚えた。
「・・・?」
コーテは愛する人だ。守るべき人だ。だが、それは、本当に彼女なのか?
カモ君は間違いなくそうだと言える。だが、それは彼女だけに言えることなのか?本当は彼女以外の誰かがいたのでは?と、そこまで考えた自分を内心で罵った。
そこに疑問があるわけないだろう。彼女がいたからこそ自分はここまで頑張って来れたのだ。何も間違ってはいない。間違いなどないのだ。
だが、正解でもなかった。それには大事な存在が足りなかった。
自分は何のために頑張っていたのかを忘れていた。
それに気が付いたのはお祭りデートの最中の事だった。後からやって来たシュージ達と合流した時にそれを見てしまった。
火のお守り。
火属性の魔法を強化し、また火の魔法によるダメージを軽減するマジックアイテム。その神秘的な効果を持つ宝玉と、それには見合わない稚拙で豪華な装飾品。
シュージにはいつ何が起こるかわからないから身近なマジックアイテムはいつも装備するように言ってきたそれを見て、カモ君はやっと気が付くことが来た。
あれは自分がシュージに贈った物。そして、それは自分が愛する妹から受け取った物だったという事。ようやく、気が付いた。自分が何を忘れていたのかを。今の自分を形作った存在を。
「エミール、どうした?凄い汗だぞ」
「エミール君、息も上がっていますわよ。何かあったの?」
なんで、忘れていた。どうして、失っていた。今の自分があるのは愛する妹ルーナを守るためだった。弟のクーの未来を少しでも明るくするためだった。それを自分は忘れていたのだ。
あまりのショックで呼吸が浅く、荒くなっているのが分かる。だが、そんな事より大事な存在を忘れていた事にショックを受けていた。あまりの変化にコーテとシュージを含んだ友人達が心配になって声をかけてきた。だが、そんな彼等の声はカモ君の耳には届いていなかった。
「か、カモ君。じゃ、なかった。エミール。すごい顔をしているわよ」
「モカくん、気分が悪かったらあそこのベンチで休んだ方がいいですよ」
「お、おい。俺は祭りを楽しんで来いと言ったのにどうしてそんな顔になっているんだよ。まるで死にかけている人間みたいな顔をして。今のお前、相当やばいぞ」
シュージと共に祭りに繰り出していたキィにイタ。シィもカモ君の変わりように驚きよりも心配が勝った。どんな時も。たとえ格上が相手でも誰にも心配をかけないようにクールに振舞っていたカモ君の憔悴っぷりに声をかける。だが、当然の反応だ。カモ君にとって自分の命よりも大切な存在を。コーテと同じくらい大切な弟妹を忘れるなんて自分でも嫌でもわかるほどの異常事態だ。自己を失っても二人の事だけは忘れることが無かったのに。どうして、ここ数日、二人の事を忘れていた?
二人の事を忘れるほどうれしい事が起こったからか?自分のバッドエンディングを乗り越えたことに浮かれすぎていたから?それもあったからかもしれない。しかし、カモ君の根幹はルーナとクーだ。決して譲れない核となる存在だ。まるで、隠されていたかのように。もう消えてしまったかのように、どうして自分は過ごしていた?
そこから絡まっていた糸がほどけるように、自分達が抱えている脅威の一つを思い出した。
存在をぼかす敵対者の事を。自分の事を『踏み台キャラ』だと知っている存在を。そして、一度、自分を殺しかけた敵を。思い出した。
「エミール。おい、どこに行くんだ?!」
「「「「エミール(君)?!」」」」
己の過ちを理解した瞬間、カモ君は声をかけてくるシュージ達に背を向けて走り出した。
王都の入り口の一つである南門。モカ領へと続く道がある場所。最寄りの馬車。いや、早馬がいるだろう駐屯場へとかけていった。
こんな異常事態はただ事ではない。そして、嫌な予感を拭えない。周りの楽しそうな音楽も祭りを楽しんでいる人達の雰囲気も。今のカモ君にはただの障害物にしか見えなかった。身体強化の魔法も使い、全力で走り抜ける。幸いな事に自分達が巡っていた場所は南門からそれほどんは慣れていない場所だった。だが、それに感謝する暇も惜しいと感じたカモ君は駐屯場の兵士が止める事を無視して、馬小屋へと駆けつけた。そこには三頭の馬がいた。祭りの巡回。警備もあってか警備は厳重であり、馬の確認をしたところでカモ君は押さえつけられた。
「頼む!馬を貸してくれ!金ならいくらでも出す!」
カモ君の焦燥感に気圧される兵士だったが、カモ君がこのように馬を持ち出そうとしている場面を見るのは二度目だ。いくら貴族の爵位を得ているとはいえ、彼のいう事を叶えることは出来ない。彼等にもメンツもある上に、これを許せば貴族の横暴が見逃されることになる。しかも、周りは祭りで浮かれている。王都の中心から離れている南門では少なからず一般人の目がある。周りの人達は何事かと注目している場面でカモ君を自由にさせるわけにはいかなかった。
「お願いだ!行かせてくれ!」
「なりませぬ!いくら貴族様。ネーナ王国との決闘に勝った貴方様とは言え国の財産でもある馬を貸し出すことなど出来ませぬ!」
「なら、軍馬じゃなくてもいい!商人の馬でも、平民の馬でもいい!今出せる馬を俺に貸してくれ!」
カモ君の必死さに思わず拘束の手が緩む。その隙を見てカモ君は鉄腕を発動させた。この魔法の腕を持って自分を押しとどめる兵士たちを殴り飛ばして、軍馬を強奪しようとした瞬間、カモ君の頭上を影が覆った。
「エミール!」
思わず振り向くとそこには一頭の若馬に跨ったコーテの姿があった。おそらくその馬の鞍は商業の馬なのか、凝った飾りのついた鞍をつけていた馬だった。だが、そんな事はどうでもよかった。コーテがこちらに向かって手を伸ばしている。
少し前までつけていた貴族の証明であるマント。ハントの家紋である弓と矢が重なった絵が施されたマントが見当たらなかった。
貴族の証明でありながら白紙小切手の代わりになるマントを彼女はカモ君が駆けだした後、すぐ傍を通っていた商人の馬車を引いていた若馬を金貨三百枚で買い取ると言いながらマントを投げ渡した。その場にいたシュージやネインに後を任せてその馬をその場で買い取ったコーテはカモ君の跡を追うために馬に跨り、走り出した。
彼女にはわかっていた。カモ君の身の回りに何かが起きたことを。これまでの彼の言動から、またきっと危険な場面に飛び込むつもりなのだと。
一年前は見送る事しかできなかった。半年前は彼の後ろに追いつく事しかできなかった。一ヶ月前は隣に立つことが出来た。そして、今、自分はやっと彼の手を引くことができる。
彼がどこに向かうのか、何をしようとしているのか、まだ理解は出来ていない。だけど、きっとそれは彼にとっては命を懸けるに十分な事柄なのだろう。それならば、自分もついていくだけだ。理由も事情も後で尋ねればいい。彼が向かう先に自分も行きたい。それだけで十分だった。
「乗って!」
コーテがこうもはっきりと声を大きく発するなど普段の彼女を知っている人ならば、別人だと勘違いするかもしれない。現にカモ君ですら珍しい場面だと一瞬考えたが、それ以上に自分が成したい事に思考が移る。そして、コーテの手を取り彼女を後ろから抱きしめるように乗馬すると馬を走らせた。
「コーテ。ありがとう」
自分が使えるだけの強化魔法を馬に使いその場を駆け抜ける。目指す場所はもちろん、モカ領。愛する弟妹がいる場所に、愛する人と共にカモ君達は駆け抜けていく。数分もしないうちに王都の南門が見えなくなるほどの距離を駆け抜けていくと同時にカモ君はコーテにお礼を言う。この異常事態、おそらく自分の手には負えないものだろう。同時に誰かの助力無しで解決できるものではないとも。現にカモ君だけでは今でも馬に乗る事すらできずに立ち往生していただろう。きっと、命の危険もある事件だろう。
ついてきてくれるか。とか、コーテだけでもここから王都へ戻ってくれ。とは、言えなかった。カモ君はしょせん『踏み台キャラ』。レベルマックスとはいっても低ステータス。ネームドキャラにはどうしても劣ってしまう。それでも向かわなければならない。一人ではきっと成し遂げることなど出来ない。現実的な弱音を吐き出すことも出来ないカモ君はコーテにお礼を言う事しかできなかった。
だが、それを黙って見届けたコーテは微笑みで返した。お前の考えていることはお見通しだ。まったく世話が焼けると。
「あとで全部聞かせてもらう。その全部が終わったら私と王都で結婚。リーラン王国最大の教会で、誰が誰のものかを皆に見せつける」
そんな男前ともとれるような言葉にカモ君は了承した。カモ君にとってすでに彼女の存在は無視できない程。いや、出来るはずがないほど大きくなっていた。それほどまでにご執心なのだ。自分は。
クーとルーナが幸せになってくれるのならば、すごく嫌だが、自分の事を斬り捨ててもらっても構わなかった。
だが、コーテは違う。いつの間にか、彼女が幸せになれなくても自分の傍にいて欲しいとわがままを言いたくなるほどまでに彼女の存在は大きくなっていた。
「俺はお前のものだよ。コーテ」
その小さな声は猛スピードで駆け抜けている馬上では聞こえるか怪しい声量だったが、コーテの耳は赤く染まっていた。




