第三話 事実は小説よりもつまらない
ネーナ王国にとって史上稀に見る失態。
後に、翡翠の夜事件と称される一晩で情勢は一気に傾いた。
「・・・ふざけるな」
リーラン王国から飛来してくる大出力で高密度な魔法を感知したのは着弾する十分前。対往査することは出来た。魔法大国と敵対するのだ。当然、耐魔法の設備やアイテム。術がネーナ王国には揃っていた。しかし、それをあざ笑うかのように翡翠の流星。オークネックレスの粘液に包まれたカヒーとビコーの強襲はネーナ王国の防壁をやすやすと突破していった。
初めて、その流星を目にした衛兵はまるで宝石の山が空から降ってきたよ思った。なにせ、異常と思えるのはその光景だけ。しかし、その流星はその巨体に似合わず穏やかな光量。そして、ほぼ無音。何より魔力の感知も微々たるものだった。それはまるでステルス機能の付いた弾道ミサイル。しかも道中では光輪が広がるように翡翠の粒子が噴き出し、辺り一帯に広がった。その神秘性に反してその粒子はものすごい悪臭を放ってあたりにいたすべての生物に異常をきたした。
ひたすら臭く、流星が通った後にあった土地の住民はあまりの匂いに飛び起きた。家畜たちも悲鳴を上げて辺り一帯が酷いありさまになった。その悪臭は三日間こびりついて家畜だけではなく穀物といった植物にも被害を及ぼしていた。異常成長と衰弱の入れ混じった植物を口にするなど恐ろしくてできなかった。家畜に食べさせようとしても悪臭がこびりついたものを食べようとはしなかったため、現在、ネーナ王国の第一産業は危機に陥っていた。
「ふさける、な」
リーラン王国から王都に続く土地でその異常が巻き起こった。その着弾地点である王都もめちゃくちゃだった。悪臭漂う王都。見張りの衛兵はもちろん、市民達にまで被害だ出た夜。誰もが混乱に陥り、冷静さを失っていた。
ネーナ王国防衛大臣は事件発生から三十分以内にこれが何らかの薬品だという事を知り、解毒魔法を使ってあたりの悪臭を振り払おうとしたが、効果は無かった。あくまでもこの悪臭は薬。いわばプラス効果のあるバフ魔法だ。プラスにプラスを足してもゼロにはならない。むしろ、その結果悪臭がさらに強くなり、意識が遠のく者が出てくる始末になった。
そんな混乱状況ならば超人二人も動きやすくなる。カヒーはコーホに切り付けられた大怪我と言っていい負傷もこのオークネックレスの粘液で癒したため、弟のビコーに負けず劣らずの索敵が可能だった。魔力が高い施設には容赦なく岩をも砕く雷を大量に落とし、魔力が高い人間には三日間ほど動けなくなる麻痺効果がある魔法を撃ち込み。明らかな実力者には容赦なくオークネックレスの粘液の入った革袋を投げつけ、身分の高い役人は風で拘束。終いにはこの国の王すらも捕らえた二人は、即座に反転。王都の設備と役人にダメージを与え、王とその重鎮を攫われた。即座に取り戻そうにも今いる人材は中途半端な権限、実力しか持たない人間。その上、強烈なダメージを負っているために反撃に出ることも敵わなかった。
「ふざけるなっ」
ネーナ王国はもはや四肢をもがれただけではなく頭までもがれた上に、内臓まで痛めつけられた死体同然の状態だった。それがたった一晩。立った二人の所業によって起こってしまった悲劇。
戦術も戦略も、外交も内政も、軍事力、防衛力も無視して滅茶苦茶にされた。それも経った二人に。この世界の『主人公』ではない。裏ダンジョンのボスでもない。ぽっと出の名前も知らなかったモブキャラに、十数年続けてきた暗躍も諜報も裏工作が全て壊されてしまった。
わざわざ『原作』知識を用いて、このふざけ切った国とそれに従っている民に使いたくもないお世辞と独占したかった技術を提供したにも関わらず、この国は、民は何もできなかった。
原作知識を用いて、『主人公』の仲間達をネーナ王国に引き入れた。キーアイテムも抑えた。主人公がこちら側に寝返る手段も、こちらに来なくても強化イベントになるものは大抵潰した。特に、カモ君はその舞台装置になりえるが故に徹底的に策を弄したが、この国はこたえなかった。唯一の理解者と思える王だけは協力者として扱ってきたが、こうもあっさりを立ち去れた。重鎮も、役人も攫われ、軍人や主人公の仲間達は雷に倒れた。まるで自分のやって来たことは全て無駄なのだと言わんばかりに破壊された。
「ふざけるな!」
唯一、無傷とも思われる自分はというと、この国に残された役人と軍人に問い詰められている。こんな事をしていないでさっさと準備を揃えてリーラン王国を攻めてこい!
「お前が言ったんだろう!このまま続ければリーラン王国を支配できると!だが、今はどうだ!見て見ろ!めちゃくちゃに破壊された王都を!傷つけられた人たちを!」
「そうよ!好き勝手に出来るから今は我慢しろとか言っていたくせに!こんな状態で逆に宣戦布告されちゃ、私達、確実に負けるわよ!」
バカなお前達にもわかるだろう。この最悪な事態で宣戦布告をしてきたという事。これはリーラン王国が仕組んだことだという事を。宣戦布告?上等じゃないか、常日頃から自分達を過大評価していたんだろう。それをみせしめる時だろうが!
「で、出来る事なら今すぐにでもやってやる。しかし、上官がいないのでは出来ることも出来ない」
「そうだ。別に王がいなくても俺達は戦える。勝つことが出来るっ。しかし、体裁と言うものは必要なのだっ」
お前ら、上官の命令を常日頃から悪態ついているだろう。俺ならもっとうまくやれる。自分がふさわしい地位はもっと上にあると。今がその時だぞ、お前たちの上官がいないという事はお前たちがその地位に立ったという事だ。
「馬鹿を言うなっ!こんな疲弊した状況で戦いになど行けるか!俺に死ねと言っているのか!」
「そうだっ!いくら優れている我々でも装備も準備も不十分な状況で戦えるわけがない!」
情けない奴らが!覚えているぞ!お前たちは私の技術がなくても余裕で相手を屠れると!リーラン王なんぞ片手間で滅ぼせると!どんな輩が出ても勝てると!その臭い息を吐き出す口が常日頃から豪語していた実力とやら見せつけてこい!
「だ、黙れ!私は常日頃から手を出すべきではないと思っていたのだ!リーラン王国に手を出すべきではないと!ただ、周りがそう言っていたから仕方なく」
「上の命令は絶対なのよ!部下は嫌でも従うしかないじゃない!」
ならば、この場にいる人間の中で一番上の役職にいる私が命令する!今すぐ、倉庫にしまっているマジックアイテムを装備して、リーラン王国を攻め滅ぼしてこい!上の命令になら従うのだろう!お前たちは!
「誰が魔女の言う事なんぞに従うものか!お前が来たからリーラン王国が攻めて来たんだろうが!」
「お前があちら側に情報を流したに違いない!お前が上ならお前の首を取ってリーラン王国に和解をしてもらう!」
・・・ああ。こいつら、もう駄目だ。もう、お前らの好きにしろ。私もそうする。お前らはそうやって滅びろ、クソ虫共が。
「魔女を吊るせ!魔女を・・・。魔女って誰だ?」
ネーナ王国の王城に建設された会議場で誰も彼もがここにいただろう誰かを責めていた。だが、ふと、その誰かを不意に忘れてしまった。
まるで急にぽっかり空いた穴が何もないように埋められたような、思考の空白。自分達は一体だれを責めていた。いや、誰によってここに集められた?
王か自分の上官か?いや、違う。彼等は何者かによって連れ去られた。風と雷を従える何かによって。その情報はどこから来た?魔法大臣か?防衛大臣か?彼等もいないのだ。誰が判別したかもわからない。会議場にいた誰もが、『理解できていない』事を理解した。
誰かに呼び集められて、これからを対策しようと話し合っていた。しかし、誰が言いだした。いや、そんな事より、ネーナ王国の被害を誰がどうやって立て直す。どうやって宣戦布告してきたリーラン王国を倒せる。だれが、自分これからを保証するのだ。
その事に気が付いた人間はお前が上司に立って責任を取れだの、お前が部下だからリーラン王国と戦って来いだのと内輪もめを始めた。そして、その内。誰かの悲鳴が上がった。
悲鳴の先を見れば細身の中級役人が一つ上の役職に当たる上司の腹に短剣を突き立てていた。それを見た瞬間、辺りに悲鳴と怒号。血しぶきが舞い上がった。
お前が悪い!俺は悪くない!
そのような罵声の中で会議室は責任と狂気のなすりあいが始まった。
翡翠色の彗星が確認されてから五日後。この戦争で皮肉にも一番血しぶきで汚れたのはこの会議場だった。




