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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
鴨が鍋に入ってやって来た。
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序章 先制攻撃と専守防衛は両立します

それは突如、起こった。


就寝している深夜。国民の殆どが寝静まっている。大抵の人が知覚できない状態であるにも関わらず、あまりにも『何も感じない』という違和感にカモ君は異常を感じ目を覚ました。


指の皮一枚擦りむいた。自分が寝泊まりしている部屋の近くをトイレに起きた生徒が通過した。机に置いた小物。いや、プリントが一枚落ちた。そう言った物よりも気迫でありながらも『何でもない』という雰囲気に目を覚ました。


恐らく野生動物か、歴戦の猛者。シバ校長クラスの凄腕の魔法使いが気が付くだろう、そんな違和感を窓の外から感じた。窓を開け放ち、そこから顔を出して辺りを見渡し、違和感の先を見定めると、そこには視界の殆どを覆う程の巨大。翡翠色に輝く彗星があった。それはまるで地上から生まれ、モカ領のある方角へ射出された光景だった。


一目見てわかった。あれはレベル5。王級魔法。この世界で最強の部類に入るだろう魔法。その詳細はわからないが、あの彗星に強大な魔力が込められているのはわかった。視界を覆いつくす巨大な魔法に関わらず、音が漏れていない。光も深夜と言う時間帯だからこそ翡翠色だとわかるほどの光量。そして、その衝撃波がまったくない。強大でありながら隠密性が優れたその魔法にカモ君が気が付けたのは本当に偶然だ。


まるで夢のような光景にカモ君自身、理解が及ばなかったが、その巨大な魔法の行き先がモカ領。愛する弟妹達がいる方角へ向かっていった事に数秒遅れて気が付いた彼は慌てて寝間着を脱ぎ捨て、壁に掛けていた魔法学園制服に着替えると男子寮を飛び出した。


あの魔法の着弾地点がモカ領だった場合、被害は甚大どころではない。あの魔法はまさに彗星。巨大な隕石衝突すれば跡形もなくモカ領まるごと消し飛ぶ。もはや、カモ君が何をしようとも間に合わない。無いも出来ない。それでも向かわずにはいられなかった。


「お待ちください。エミール様」


「あれはモカ領に向かって放たれたものではございません」


男子寮を飛び出し、門をくぐろうとしたところで見覚えのある執事とメイドがいた。二人はミカエリの別荘にいた彼女の従者だった。知人という事もあってかカモ君は思わず足を止めて声をかけてきた二人に向きなおる。


「どういうことだ、あれは確かにモカ領に向かって行ったものだ。あれだけ巨大な魔法は見たことが無い。王級だ。被害や効果まではわからんが」


「あれはモカ領には被害は及びません」


カモ君の言葉を遮って執事が言葉を重ねてくる。


いつもはおちゃらけた様子を見せてくるミカエリの従者なのにそれが一切見られない。今はそれとは逆。まるで自動人形のように無表情で無機質な語り口にカモ君は苛立つ。


「あれが何か、知っているのか?」


「今は何も語れません」


今は。か、つまり、後々になってからわかるという事だろう。しかし、カモ君は超がつくほどのブラコンでシスコンだ。万に一つ。二人に危害があるかもしれないのであれば追及、解決せねばならない。


「何もするなという事か。この俺に。この異常事態で」


「我が身命。そして、ミカエリ様の名に懸けてモカ領には被害は出ないと進言します」


自分の命もそうだが、自分の主の名まで持ちだした二人の言葉は重い。基本、有力貴族の従者は主のためならば命は投げ出すものと考えている輩は少なからずいる。そして、主の名を持ち出すには主人の許可がなければ言付けできない。親友。恋人と言う程親しくても、立てない程前後不明瞭になったとしても、主の名を虚言で持ち出せばその従者は死罪どころか一族郎党皆殺しまであり得る。それほどまでに重い言葉を持ち出されたカモ君は押し黙りそうになる。だが、この男が何もしないという理由にはならない。


「ならば、俺は俺の意志でモカ領へ向かう。お前たちの忠告も聞いた上で、だ」


「…残念です。エミール様」


カモ君が再び走り出そうとした瞬間、執事の指先が光ったように見えた。カモ君が知覚できたのはそこまでだった。次の瞬間、カモ君はその場に倒れ伏した。


「が。な、なに、が」


「ミカエリ様特性の睡眠薬を塗布した針です。ビコーの大主様。カヒー様を参考に使われたものです。どうか、今と先ほどの事は夢だと思ってお眠りください」


従者の言葉がカモ君の耳を通過するときには既に彼は深い眠りについていた。いくら鍛えているとはいえ、人の枠を超えた超人を参考にした睡眠薬に彼が抗えるはずがなく、静かに寝息を立てているカモ君を抱えようとした執事の表情に驚きの色が出た。


寝息を立てているカモ君の口元が赤黒くなっている。少しでも睡眠薬にあらがうためにカモ君は自分の舌を噛み切って、睡魔に抗おうとした。結果は薬に負けるとものだが、その姿勢は自分達の主であるミカエリ。その兄であり、セーテ侯爵家当主のカヒーとその補佐であり次男であるビコーを彷彿させるものだった。


抱え上げたカモ君の口を濯ぎ、ポーションを注ぎ込むことで傷を消すことは出来た。強力な睡眠薬で丸一日分の記憶を失うかもしれないが、もしかしたらカモ君ならば忘れずにいられるかもしれない。


「ご安心ください。エミール様。この国の大人はそこまで情けなくはないのですよ」


執事がカモ君を男子寮まで運んでいる最中、待機していたメイドに話しかけてくる白い少女の姿があった。カオスドラゴンのコハクである。その目つきはいつもの無表情とは違ってどこか苛立ちを隠しているようなそんな不機嫌な顔つきだった。


「よくもやってくれたね。これから面白くなるところだったのに」


「ご無礼を。しかし、これ以上子どもに重荷を背負わせたくないのが大人の。いえ、我らの主のご意向ですので」


コハクはカモ君が苦境に立たされ、立ち向かっていく場面を眺めるのが趣味のカオスドラゴンである。彼女の機嫌を損なえば文字通り国が滅ぶ。だからこそ、彼女の機嫌は常に取っておかなければいかない。


今回の彗星事件も本来ならば誰一人として知られることが無いように深夜帯に。そして、超人が二人掛かりで放つ魔法。一般市民はもちろん、国王とその側近だけにしか知らされていない極秘作戦。これに運よく、または、運悪く気が付けた人間は夜回り警備をしている人間くらいだろう。だが、カモ君はその一般人の枠に収められておりながらそれ以上の事を成している。


今回の彗星事件を見て、モカ領へ向かおうとした場合、何が何でも魔法学園に押し戻せと言明を受けた従者は今、ここにいる。


おそらく彗星の中身を理解しているだろうコハク。彼女に意見する事は命を懸けることに等しい。次の瞬間、メイドの命は。体は消し炭になっているかもしれない。それでもメイドは毅然としてコハクに返答した。


「人間の中には変態とかいう奇抜な行動をとる個体がいると聞くけど、ここ最近はよく見かける。本当は変態がデフォルトなんじゃないの、人類?」


「主を含め、我々を変態と言うのであれば結構希少なのですよ」


忠義と言う自分の命以上に大切な存在のために身命を賭す変態は嫌いではない。しかし、自分の趣味であるカモ君の活躍劇を観る事が出来ないのは癪でもあった。


「ドラゴンより強欲で意地汚いのが人間じゃないの?」


「それを含めて人間なのです」


少しだけ威圧してみたが目の前のメイドは冷や汗を流すもきっぱりと言いのけた。


怖いだろう。恐ろしいだろう。惨めに命乞いをしたいだろう。逃げ出したいだろう。そんな心理はカオスドラゴンのコハクには手に取るように理解できる。だからこそ、その根底にある忠義の心境もわかる。力あるモノが力ないモノを従わせる服従とは違うそれをコハクは面白くもつまらないという二面性を見た気がした。


「まあ、いいや。カモ君ならこれからも面白い事に巻き込まれそうだから、それまで取っておく」


そういって、女子寮へと戻っていくコハクを頭を下げて見送ったメイド。それから数分後、カモ君を男子寮に送り届けた執事の姿が見えるまで気丈に振舞っていたが、彼が傍にやって来ると緊張感から解放されたのか腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。カオスドラゴンの重圧を受けてこれだけの被害と言うのは奇跡に近い。


執事に連れられて彼女がミカエリ邸に辿り着くと、彼女はすぐさま半年の休暇申請を出した。今回の言付けだけでも十分すぎる報酬が約束されているが、それだけでは足りない程の体験をしたメイドの意思を尊重してミカエリは彼女にリゾート地への休暇をプレゼントする事になった。




そして、あの翡翠色の彗星がこれからのカモ君の将来を決定づける物になる。


ちなみにカモ君は睡眠薬が効きすぎて一週間寝込むことになる。

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