第十話 テンション↑↑↓↓
「俺が、叙勲されるとか…。考えたことが無かった」
「まあ、貰えるもんはもらっておけ。俺もこれで肩の荷が一つ降りた」
「男爵だけなんてけち臭いですね。ネーナ王国くらいならご主人様達の功績を考えれば子爵の地位くらい出してくれますよ」
王城の内部に用意された待機室で胸に勲章をつけたシュージは深く息を吐き出しながらその期待という重圧に苦しんでいた。
逆にカモ君は元貴族と言う立場から『元』が取れたことを喜んでいた。これで、心おきなく魔法学園に籍を置けることに喜んでいる。
カモ君達が叙勲した報せを聞いて、素直に祝福の言葉を投げずに、さりげなくネーナ王国になびく言葉を投げてくるライツは慣れた手つきで、用意されたテーブルでくつろぐカモ君たちの紅茶をカップに注ぎ始める。
「か。じゃなくて、エミール様はそれでいいかもしれないけど一庶民には期待が重すぎるような。私、補欠要員なんだけどな」
「キィも一応選手枠。一平民に国の行く末を握らせていた後悔からくるお詫びだと思ってもらっておけばいい。それを言ったら私はただのサポーターなのに名誉勲章をもらった」
シュージ同様に勲章を授かったキィも若干震えていた。
一年前の自分なら堂々と自信過剰に受け取っていただろう。しかし、カモ君から自分の犯した所業を知らされてからは反省して、消極的な言動になっていた。自分が行ったことは正に国が傾くほどの所業。それを知っているのは今のところカモ君だけ。
反省をしてから彼女なりに頭をひねり、行動してきたがまだ明確な改善点は見られない。そんな自分が叙勲するのはおこがましいと感じていた。
彼女のやらかしは多々あるが、シュージ同様に国の危機を救ったという美点の身を大きく出され、叙勲されることになった。それを喜べるほど今のキィは面が厚くない。
そんな心情を察してかコーテが珍しく、キィのフォローを行う。彼女はカモ君。シュージに次いでキィの行動を評価している。
今までなあなあで済ませていた彼女だが、混沌の森以降、慣れない筋トレから魔力を上げる瞑想に力を入れており、その時、大量入手したタフナルバナナを腐る前にカモ君達と共に食べきった。
同じ女であり、一時、体型が少しふくよかになってしまったキィだが、カモ君を見習って体力づくりもしていたため、標準体型に戻った事も評価の一因だ。
「それを言ったら、私も貴方同様。本当に何もしていませんわよ」
「まったくだ。俺なんかは秒殺されたのに勲章だぞ。まあ、危険手当の意味もあるかもしれないが。それでも死地に赴いたんだ。俺達は評価されて良い。それだけの事を成したんだ」
「私も…。ずっと後ろで補助魔法を使っているだけのサポーターでしたし。シュージ君とエミール君の頑張りに比べたらおこぼれもいい所です」
ネイン。シィ。イタの決闘選手達も叙勲を受けたが、それでも後輩の二人に比べると見劣りする。まともに働いた覚えがないと言わざるを得ないのに叙勲を受けた。その事に違和感を覚えたが、あの時はリーラン王国の一部。モカ領を賭けた決闘だった。それに打ち勝った自分達は国の英雄として扱われた。
恐らくだが、シュージ。キィ。カモ君を他国に取られる前に貴族にして囲い込もうという算段だろうというのが、この場にいる貴族組の考察だった。
突如、王城に招かれることが決まってからシュージは叙勲式を終えるまで常に緊張していた。カモ君で慣れていたと思っていたが、貴族のトップである王直々に勲章と地位を授けられた後もどこか現実感がわかなかった。
呼ばれた理由がネーナ王国との決闘に勝利したことを褒めたたえる事であり、その他にもいくつかの危険性を持ったダンジョンを攻略したことを称された。
決闘はともかく、ダンジョン攻略では自分は罪を犯しているので叙勲されるのはおかしいとも思っていたが、王城へ行く途中で迎えに寄越されたのはその事実を知っているはずのセーテ侯爵当主のカヒーだった。
カヒー曰く、そのシュージの罪。養殖ダンジョンに関わることは罪である。だが、その罪を犯した罪人よりもリーラン王国(モカ領)を救った英雄として祭り上げたほうが見栄えがいい。それを心苦しく思うのなら叙勲された事を。胸を張って英雄になることを目指せ。
その良心の呵責。虚飾の栄光を本物にする事。それがシュージに課された罰だとカヒーはシュージだけを呼び出した時に伝えた。
共に叙勲されたキィ。そして、カモ君がいなければシュージは押しつぶされていただろう。
逆にカモ君は、ようやく成り上がりターンきたぁあああっ!と内心では舞い上がっていた。
が、すぐにその盛り上がりもスンと静かになる。
未だに借金はあるし、王家からの依頼もあるし、そもそもモカ領の信用を取り戻せていない。
シュージを強化するためのアイテムも集めきれていない。それどころか、トーマに奪われるはずの数少ないアイテムも、シュージが即座に勝ち直して、取り返してもらっている借り物のような状態。と、自分の状況が少しだけ好転したが、その他がダメダメ過ぎたため喜ぶに喜べない。
と、いうか入学前より貧相になっていないか自分?
その上、シュージの仲間集めは未だキィとネインだけしかいない。
イタはシュージに苦手意識があるのか仲間呼びは難しい。
カズラも一応雇われ冒険者として身内判定だが、仲間かと言われれば素直に首を縦に触れない。
ライバルキャラのラーナ君も新年度を迎えてからまだ一度も遭遇していない。
隠しキャラであるライツの好感度もシュージの仲間と言うには稼げているとも思えない。現に、叙勲式の間、この待機室に控えていた彼女。笑顔で接してくるがカモ君はもちろん、シュージにもどこか壁を感じる。
もしかしなくてもこれはかなりやばいのでは?
でも、ようやく魔法学園に気兼ねなく通えるぜ!ひゃっほー!
…自分がいて何かできる事ってある?
サンドバックと知識の授与が出来らぁっ!
……キィにもそれは出来るのでは?やっぱ俺っていらない?
いや、今が幸せならOKです!
…じゃあ、OKじゃあないな俺。今、幸せと言える状況でもないからな。
「わあ。急に冷静になるな。面白い」
「それは私も同感です。白い少女よ。実に酒が進む光景である」
表面上では冷静に笑顔を演じているが、一喜一憂というか遊園地の落下アトラクション並みに乱高下するカモ君のテンションを見て、コハクは待機室にあったお茶菓子をポリポリ食べていた。彼女の一番のお気に入りのカモ君が行く場所に彼女有り。厄介なおっかけオタクになりつつあるカオスドラゴン。
カモ君達が、王城へ向かうと知ると彼女も当然ついていくとなり、彼等が入城する際には近衛兵や警備兵達はこれまでにないほど緊張感に包まれた。
そんな彼女は、カモ君が現状把握しているところを眺めながら実に美味しそうにお菓子を食べていた。
そんな彼女を叙勲式の間、退屈ささせないように相手を任されたのが、リーラン王国最強と名高いカヒー。本来なら彼もカモ君達の叙勲を見守る立場だが、万が一。カオスドラゴンの挙動に対応(抑え込む)事ができるのが今現在、彼しか見当たらなかった。
今、セーテ侯爵家は多忙を極めている。カモ君推しのミカエリもある作業で王城へは出向けない。ビコーも特殊任務中。カヒーも本来なら別の場所で任務に当たっているが王城にカオスドラゴンを呼び込むという事態になり急遽呼び出されたに過ぎなかった。カヒーが王城にいなければ大々的な叙勲式は行われず、カモ君達は郵送で届けられた勲章を魔法学園で受け取っていただろう。
「さすが、お母様が警戒するだけの事はある。油断はできない。でも、貴方とは趣味が合いそう」
『………』
「光栄です」
普段は暴虐武人を素とするカヒーだが、コハク(カオスドラゴン)と彼女の着込んでいるドレス(スフィア・ドラゴン)を相手にした場合、ここら一帯は更地になるのは確定。そうなることは自分も望まないので失礼にならないように言葉と態度を選び対応する。
ここが何もない。誰もいない平地だった場合、両者のどちらかが喧嘩を吹っ掛けていた。そして始まるのは大決戦。少なくても大地は抉れ、海は裂かれ、空は鳴動する。隣国までその騒動は届くことになる。
だが、共通の趣味。カモ君観察があるため、少しの緊張感を保ちながらも平和な時は流れていた。
だが、忘れてはいけない。この両者。いや、三者がその気になればその平和も一気に崩れ落ちるのだと。そして、それぞれの目的がある事を。
カヒーはこの場でカオスドラゴンと追随する脅威を押さえこむ事。
コハクはカモ君を観察。本来の目的はシュージとの縁組みだが、もうだいぶ忘れかけている事を。
スフィア・ドラゴンはコハクが望む事が憚れない事を。
そんな場の雰囲気をかき消すように待機室の部屋へ繋がる扉が派手な音を立てながら開け放たれた。
「皆、叙勲おめでとう!私も生徒会長として鼻が高いよ!」
扉の向こう側にいたのはカモ君達同様、魔法学園の制服を着た満面の笑顔のサリエ。
本来なら煌びやかなドレスで出席するのだが、平民のシュージとキィに合わせてカモ君達同様学園制服出席。
彼女もまた今回の叙勲式に参加していた。叙勲前には顔合わせ程度に城の中で言葉を交わした。なにやら、考え事をする仕草も見受けられたが、どうやらそれが解決したようだ。
どうやら、カモ君達の叙勲の後に王族と何やら話し込んでおり、その結果が出たようだ。それが彼女の偽りとはいえ笑顔を作るものになる。
「そして、シュージ君。君は私の婚約者候補に選ばれました!」
「「「「「…は?」」」」」
それはシュージの犯してしまった。彼が気付けていない失態を隠すための叙勲増動。
その上澄み。平民の下克上を隠すために。サリエが打てる最大の一手。
公爵令嬢との婚姻。
候補とはいえ、公爵家。王族の血が入った人間。姫と扱っても間違っていない人間と関われる平民は歴史上三人もいない。
それに選ばれたシュージは勿論、貴族関連の人間はあまりの発言に思考が止まった。
誰と誰が候補とはいえ婚約?
いやいや、ありえないでしょ?
君らそんなに交流あったっけ?
誰もが、その発言に異を唱えようとしたが、その誰よりも一番早く反応したのは、スフィア・ドラゴンだった。
『………』
無言の重圧。言ってしまえばそれだけなのだが、その重圧はまるで深海にいるように冷たく重く、全身を締め付けられるものであり、まともに呼吸すらままならないもの。
まさしくそれは、コハクがリーラン王国に現れた時と同じプレッシャーを放っていた。
王城全体が揺れ、窓ガラスにはいくつもの亀裂が入った。王城にいる人間は一握りの人間を除き、全員がパニックを起こすか、呼吸困難に陥った。
どういうことだ。小娘。
スフィア・ドラゴンは知っている。シュージと婚約を結ぶかもしれないという少女。サリエも、コハクの目的はシュージだという事を知っている。
それなのに、愚かにも目の前の小娘は横からかっ攫うという事か。と。
その重圧は文字通り身を潰される思いだった。
二度目とはいえ、今度はもろにその意を見たシィとイタ。ライツはその場で気絶し、倒れ伏した。
ネインは何とか歯を食いしばって耐えるものの、四つん這いの状態で何とか耐えているような物。
キィはシュージの背中に張り付いて呼吸を乱しながら震え上がっていた。
シュージもまた強大な存在を思い出したかのように体を震わせながらも椅子から立ち上がり、コハクに。スフィア・ドラゴンに向き合った。
カモ君は無意識にスフィア・ドラゴンの重圧が発揮される前に椅子から立ち上がり、コーテの前に立ち、彼女を守るように立ち上がるが、その震えまでは抑えきれていなかった。
呼吸こそ乱れていないが、コーテも体を震わせながらカモ君の服の裾を掴んだ。
スフィア・ドラゴンに対して、落ち着いて対応できたのはカヒーだけ。だが、スフィア・ドラゴンがこれ以上の攻撃の意識が傾いた時、すぐ動けるように魔力だけは体内で練り上げている。
この現況を作り出したサリエもまた、震え上がっていたが、ネインのように倒れ伏すよりも早く口を動かした。
「ま、まあ、落ち着いてくださいよ。これはいわゆる政略ってやつですよ。いわば見せかけです。見せかけ。周りにこうでも言わないとシュージ君達を認めない輩も出てきますから。私の目にもとまるような人間なら叙勲も当たり前。ということです」
サリエの言葉を聞いて、カモ君達はなるほどと納得したが、スフィア・ドラゴンは納得していない様子だ。以前と重圧があたりを包み込んでいる。
彼。もしくは彼女からすれば、自分達のボスの意向に盾突いたも当然である。それの確認のためにもサリエにはもっと喋ってもらわねばならない。
「大丈夫です。私からシュージ君を取ろうなんて思っていませんから」
サリエは震えながらもはっきりと言い切った。
シュージには悪いが、これはリーラン王国のために仕方なく決定されたものだ。
それを読み取ったコハクは小さく息を吐き出すとスフィア・ドラゴンに制止するように命じた。
「…嘘じゃない。だから抑えて」
『…』
コハクの言葉でようやくスフィア・ドラゴンの重圧が霧散した。
カモ君達は未だに震えあがる体に叩いてどうにか抑え込もうとしていた。呼吸困難に陥っていたキィとコーテもようやく落ち着いて息が出来るようになった。サリエもそうだ。張り付いた笑顔に未だに流れ落ちる汗の玉を取り出したハンカチで拭き取りながら、倒れ伏しているシィとイタを備え付けのソファに寝かしつけながら礼を言う。
「理解していただき、感謝いたします」
「貴女も大変だね。自分達のボスの命令とはいえこんな事をしでかすなんて」
この城にいる国王の傍にはカヒーと同等の戦闘能力を持つと言われているコーホがいる。何かあれば彼が国王を守るだろう。そうと踏んで、あえてサリエはコハクに挑発するような言葉を使った。
カオスドラゴンの逆鱗を見定める為に。なにかあれば自分の命で償うために。
その気高さまで読み取ったコハクは、サリエのような希少な人物。更に言うのであればカモ君のように強がっている人間には好感が持てる。だからこそ、彼女を許した。
「でも、二度はあたしも抑えられるかはわからない」
「あはは。肝に銘じます。じゃあ、また学園でね」
カオスドラゴンの器と逆鱗を今回の事で知れたサリエは、最後にカモ君達が立ち直ったことを確認すると、そそくさと待機室を後にする。
その足早に駆け出した足取りはカモ君達に見えない廊下の角へ入ると同時に崩れ落ちた。
彼女もまた命の危機を感じ、今になってその恐怖で崩れ落ちたのだ。
王命と公爵の維持でどうにか平静を演じてきたが、誰も見られていないことを理解した瞬間瓦解した。
顔はくしゃくしゃになり、嗚咽も漏らす。二度とこんな事はやりたくないと後悔する事一分弱。気合を入れ直して立ち上がり、公爵の娘としての任務を一通り完了した彼女は廊下の端々で気絶して倒れ伏しているメイドや執事と言った従者。貴族たちをしり目に王が待つ部屋へと赴いた。




