第五話 手放した勝算
トーマ・ナ・リーラン。彼は今ほど集中力が高まった事は無い。
敬愛する姉に近寄る羽虫を払いのける為に彼は今日。この決闘場に上がった。
姉の傍に立つ人間は高貴で強く賢く美しい。誠実で寛容で甲斐性のある存在でなければならない。
自分の対戦相手であるエミール・ニ・モカ。
初等部二年生としては。いや、全校生徒の中では上位に値するだろう魔法使い。そして、戦士だろう。だが、彼は浪費家の疑いがある。その証拠に彼は日を跨ぐごとにやつれ、みすぼらしくなっている。そんな疫病神を姉に近づけてなるものか。
トーマポイント マイナス5点。
男性としては羨ましくなるほどの逞しい体つきから力強さを感じる。その体中にある傷がそれを増幅させている。だが、それをひけらかすことなく、特待生である平民にも横柄に接さず、友好的。寛容的だと言っていいだろう。
トーマポイント プラス10点。
彼の周りには多くの見目麗しい女性が何人もいるが、婚約者を最優先して生活している。周りの女性を優先するより自己鍛錬に励むのは好ましい。例外的に白い少女を時折接待している様子も見られるが、あの少女の機嫌を損ねることは国益に影響する。だからその点はこちらも情状酌量とする。
トーマポイント プラス10点。
その上、彼の薫陶を受け、平民であるにもかかわらず魔法使いとして強さを高めている。いや、あれは強くなっているというよりは進化に近い勢いで成長している。その腕前があれば将来はこの魔法学園で教師として働けるだろう。だが、貴族の地位を一度奪われた経歴もある。将来性の有無。それらの危険性。それを考えるとプラスマイナスで0点だ。
百点満点中、たったの15点しかない。そんな相手は姉には絶対ふさわしくない。
三問しかなく、配転も上限で10点しかないので満点でも100点が取れるはずもない。その上、マイナスまであるトーマの診断に15点も出すことが出来たカモ君を大分評価しているトーマ。
というか、そんなトーマガ認める相手など、それこそ世界を救った大英雄位出ないと認めないだろう。
一対一の決闘。魔法使い同士の戦いを想定された場ではあるが、公爵家=高ランクの魔法使いの人間。対トーマが認めた戦士のカモ君。
二人の魔法がぶつかりあえばどうなるか。シュージを含めたカモ君の友人達の誰も予想がつかなかった。が、観客席にいるサリエとコーテだけは有識者から予想を聞かされた二人は違った。
エミール。無茶はしないで。
コーテはカモ君が勝率の無い決闘だと告げた時から不安を押し殺しながら彼の背中を見守っている。何度も見てきた彼の背中。
ダンジョンに模擬戦。大会に決闘。
様々な戦いの場に挑んできたカモ君の背中が少しだけ頼りなく見えた。それは初めての事だった。それは彼の意欲にも関係している。
負けてもいい決闘であり、命の危険もない戦いだからこそ気負いはしない。だが、その分、カモ君の勢いは減る。彼はこれまで様々な勢いを持って激闘と強敵を制してきた。それがなくなれば勝つことは難しい。だが、それでも。と、願い、想ってしまう。
カモ君ならば。と、きっとどうにかしてくれると。
その少しだけ小さくなったように感じた背中に彼女は願った。
エミール君。頑張ってね。本当に。
今回の決闘。裏では王命を受けた自分が糸を引いている。
魔法使いの魔法重視の意識改革。
それを王命として下された自分は道化を演じてでも遂行しなければならない。その起爆剤としてカモ君ほどの適役は無い。だが、彼の相手が悪すぎる。
公爵家として、強者の魔法使いだからわかる。魔法レベルはトーマが上。
凄腕冒険者の家庭教師を持っていたからわかる。格闘戦ではカモ君が若干上。接近する事が出来ればだが。
そして、姉だからわかる。あの本気の装備ではカモ君は近づく事すらもままならないと。
だが、カモ君は何度も似たような逆境を超えてきた。その粘り強さを見せてほしい。弟を悪く思っていない。むしろ、懐いているトーマは可愛く思っている。だが、それでも今回ばかりは手を抜いて負けてほしい。
それをそれとなく伝えてきたが、王命は秘密とされているため、意図を伝えることは出来ない。それが、トーマから見れば、好意を持っている相手を持ちあげたい。と、感じられた。
それは間違っているとトーマはサリエの目を覚まさせるために本気で叩き潰すと意気揚々と今日を迎えてしまった。
珍しく、自分の行動が裏目に出たサリエ。ほぼほぼ完璧生徒会長を演じてきた彼女には珍しいミスだが、カモ君からしてみれば、『お前、何、弟にバフかけているの?!』と言う状況。
本当に申し訳ない。と、心の中でカモ君に合掌もしているサリエ。
そして、決闘開始のゴングが鳴った。
カモ君とトーマは余程の実力者として扱われているため、審判も舞台の外からよく響くゴンを鳴らすと同時に今まであたりに響いていた歓声も最高潮。と、同時にカモ君は一直線にトーマに向かって駆け出す。逆にトーマはバックステップしながら魔法を放つ。
「ストームエッジ!」
ノーキャスト。無詠唱から繰り出された風の魔法。レベル3。上級魔法であり、一般の魔法使いならば最高レベルの威力を持った竜巻。その範囲はまるで地を這う大蛇のように。それでいて猛スピードでカモ君に襲い掛かる。
その威力はコンクリート並みに硬い舞台を粗削りする。まともに受ければ人体など簡単に引き裂き、骨を砕く。
それをかわそうとしたが、竜巻の先。大蛇で言うなら頭どころか鼻先を掠めてしまったカモ君。竜巻が少し進路を逸らすだけで彼は簡単に竜巻に飲み込まれた。と、同時にカモ君の魔法をも発動する。
「鉄、腕!」
予め詠唱していたこともあっただろうが、それでもトーマから少し遅れて発動したカモ君の魔法。
アイムから教えを乞い、彼が使える攻防一体最強魔法。
自身の眼前に浮遊する一対の巨大な籠手。それを交差させ、その肘先に当たる部分を地面に突き刺し、風をしのぐ壁にする。そのおかげでカモ君は致命傷だけは避けた。カモ君自身も鉄腕の突起部分を掴みその場で踏ん張る。が、その抵抗はすぐに解けてしまった。
その時点でカモ君は竜巻に飲み込まれたも当然。前方からの風は何とか凌げてもそれ以外。左右。上方と後方から来る。猛烈な風。それも吹き付ける威力が一流の冒険者や武道家に近い威力を持った風の刃に全身を斬りつけられる。
その上、カモ君の鉄腕は十秒もしないうちに風食。まるで火をつけられ燃え尽きていく紙切れのように削られ、跡形もなく吹き飛んだため、真正面からその暴風。風の刃を受けたカモ君の体は後方に吹き飛ばされ、決闘の舞台の外。結界が張られた観客席の壁に強く叩きつけられ、気絶。地面に倒れ伏した。
この時点でカモ君の場外負け。トーマの勝ちが確定した。
たった十数秒。たった一発の魔法。一合にも満たない交差。
完全無欠の勝者とズタボロの敗者の姿がそこにある。
あまりの光景に誰もが声を失い、沈黙が流れた。
誰もが内心。いや、最初から分かっていた。魔法使いとして、貴族。地位の高さが強さに比例している。
下の者が上の者に勝てるはずがないのだ。弱肉強食。生まれながらそれは決まっていた。
事が始まる前からそんな事はわかっていた。
トーマは己の完全勝利に口角を上げていた。
ガギィイイイインンンッ!!
だが、事が終わるまでは決まってはいなかった。
誰もが言葉を失っていた。だからこそ、それは一際目についた。
審判がトーマの勝利を宣言しようとした次の瞬間、金属同士をぶつけた甲高い音が鳴り響いた。
音が鳴り響き、そこから腕輪をつけている場所から奔る衝撃にトーマが思わず視線を移すと、そこには地面にめり込んでいる小さな金属片。それはカモ君が装備していたメリケンサック。その欠片が舞台に突き刺さっていた。
トーマの魔法を受けて思わず手放してしまったメリケンサックは、はるか上空へと弾き飛ばされたが、決闘の舞台はドーム状になっている。そこにぶつかり砕け散ったメリケンサックのかけらが跳ね返って、時間差でトーマの装備している大魔導士の腕輪にぶつかりつつも勢いを殺さず舞台へと突き刺さった。
もし、これが、自分の急所に突き刺さってしまっていたらと思うとトーマは悪寒が奔った。
再び、カモ君に視線を移すとそこには何かをやりきった表情をしたまま気絶している表情が見えた。
これは運良くカモ君の攻撃が通ったのではない。自分が運よく攻撃がかすめたのだと。
そこからトーマは悟った。エミールは最後の最後。それこそ、自分の意識を無くしても勝利を諦めない。計算された逆転の一手を放ったのだと。あの暴風の猛攻の中でも自分に一矢を剝いる動作なのだと。
勿論、勘違いである。
カモ君はトーマに吹き飛ばされた時に、『あ、これ、最近習った(強要された)ことがあるやつだ』と、一時期、ビコーの部隊にいた時にシバかれた走馬灯を思い出し、これは何をやっても無駄だとこみ上げた諦めの境地からの笑みだったのだが、トーマを含めた実力者にそれを勘違いされただけである。
だが、カモ君の周りには風の魔法に精通している人物が多くいる。その所為でトーマは大きな勘違いをした。
そんなトーマの勘違いを、状況を把握した少数の実力者にも伝播していた。その中にはサリエもいた。
負けは確定。逆転の目もない。しかし、あの最後の最後で引き分けに繋がる一手を打ったのだと勘違いしたサリエは子どものように興奮した。
その表情はトーマにはまるで。憧れの人物を前にする、恋する少女にも見えた。
勝利への確信。それからの悪寒。そして、サリエの表情からの衝撃。それを否定したくて、トーマは思わず声を上げてしまった。
「俺の完全勝利だ!所詮、お前など、この程度だったという事だ!」
己の不覚。カモ君の勝利への執念(勘違い)。そして、カモ君に向けられた姉の視線(勘違い)に嫉妬した。
だからこそ、カモ君の残した結果におもわずケチをつけてしまった。それが誰かの怒りを買うことになるとも知らずに。




