第一話 声高々に虚言
「…災難だったね。エミール」
「まったくだ。少しは休ませてほしい。モカ領じゃなく、王都で療養したのも傷が深かったからなのに。なんで、その王都で退院直後に決闘なんかしないといけないんだか」
カモ君のすぐ右側にいたコーテが声をかける。彼がいつバランスを崩しても支えられるように傍にいた。そして、始業式直後にカモ君に決闘を挑んでくるトーマを冷めた目で見ていた。見るからに怪我人の様子のカモ君を理解してなお決闘を挑んでくる神経が分からなかった。…いや、分かってしまった。彼はカモ君と同類だと。
「それで…。決闘はお受けするんですか?ご主人様?」
含みを利かせた質問を彼の正面に回って投げかけてくるのはカモ君の奴隷になったライツ。
彼女としてはカモ君で酷い目に遭ってこの状況なので彼にも痛い目に遭ってほしかった。
まあ、実際は痛い目には遭っているのだが。それでも立場的に。…今のカモ君はなんちゃって貴族。これ以上下げるなら自分と同じ奴隷だろう。それなら割に、合う。のか?
いや、一応、姫と言う立場から奴隷に落とされたのだから相応かそれ未満だと思うのだが、彼が目の前で酷い目に遭っている場面を何度も見ている。それらを合わせると割に合っているのではないかと考えを改め直すライツ。
「受けるわけがないだろう。あと、最低でも半年はゆっくりしたい」
そんなライツへの答えは決まっていた。NOである。
そもそもトーマとまともにぶつかれば十中八九負けるのはカモ君だ。
いくら、多彩な魔法とレベルMAXという状況でも、素質が違う。
王家の血を引くトーマのステータスは見ないでもわかるほど魔力の波動が濃く強い物だった。おそらく風の魔法使い。それもレベル3以上の魔法使い。
全属性が弱点。かつ、風が弱点の地属性を主にしているカモ君では勝てる気がしない。
手持ちのマジックアイテムもそれに対応できない。
カモ君に対してこれでもかとメタなトーマに勝てる気がしないカモ君が受ける通りは無かった。
だから決闘は断る。一応、決闘は両者の合意の下で行われる。カモ君が拒否し続ければ起こりえない事。
だが、それを面白くないと思う存在がいた。
「でも、相手はこーしゃく?とかいう貴族の副ボスなんでしょ。断れるの?」
「うっ」
カオスドラゴンのコハク。
彼女の好きなものはカモ君が常に限界に挑戦し続ける光景。
そのためなら彼を追いこむ事に躊躇いは無い。
カモ君の背後から声をかける。が、それはまるでカモ君の背中を修羅へと押し出す悪魔にも見えた。
「それにうちは実は児童向けの商売もしているの。勝てば素敵なおもちゃとか本が手に入るかもよ」
「…むう」
そして、面白い事が大好き生徒会長のサリエはカモ君の左側から話しかける。
カモ君の事情も察しているうえに、自分の良心が離したこと。カモ君が婚約者候補に上がり、それを弟のトーマがよく思っていない事をほぼすべて承知している。
だからこそ、面白い。同じ趣味の二人がぶつかれば面白い事になると。
気付けばカモ君の周りを美少女が取り囲んでいた。しかし、彼の身を案ずるのは残念ながら一人。コーテだけだった。
「エミール。無理しないほうがいいよ」
カモ君を心配するコーテ。
この雰囲気はまずい。このままではきっとろくでもない事になるのは察知した。
「ここしばらくベッドの上だったんでしょう、ご主人様。だったら体を動かさないと毒ですよ」
カモ君を貶めようとするライツ。
このままいけばカモ君は痛い目に遭うぞと確信に似た直感がしたのだ。
「決闘を受ければ、オリハルコンを少し融通するから」
面白いカモ君を見たいがために餌をぶら下げるコハク。
それって、私の体を削って渡せという事ですね、姫様。
コハクのドレスに擬態したスフィア・ドラゴン。カモ君の境遇に少し同情する。
「勝てば私との縁が出来るよ。それに、うちで出版している本やおもちゃは子ども受けがよくてね。持っていけば大人気間違いなしだよ」
あ。
コーテの嫌な予感は的中した。
「怪我が治り次第、決闘を受け「ストップ」、むぅ…」
子どもに大人気=クーとルーナの好感度アップ=決闘?やってやろうじゃねぇかよ!この野郎!と、宣言しかけたカモ君だったが、それをコーテに引き留められた。
いい加減。彼は休むという事を覚えてほしいと言わんばかりに。
もう何度死にかければ気が済むのかわからない。入院中もろくに動かせない体だったので瞑想ばかりしていたが、毎日見舞いに来たコーテ自身が言うのもなんだが、この男はブラシスコンに全振りが過ぎる。
「サリエ先輩悪戯が過ぎます。エミールも簡単な挑発に乗らない。まだ傷が残っているんだから決闘とか受けない」
コーテは呆れながらカモ君を連れてその場を後にする。この後は新入生を歓迎するための生徒会役員による模擬決闘が行われる。勿論、カモ君達が参加者ではない。最近。特にコハクが王都に来た時から感じる不穏な雰囲気。その緊張状態を少しでも解消するためのデモンストレーションが行われる。
それにカモ君を使おうと思っているのだろうけどそうはさせない。というか、国事を子爵の出の子息。それも廃嫡された彼を使うな。
「えー。絶対面白いと思うんだけどなぁ。盛り上がると思うよ、彼が参加してくれるのなら」
そう言いながらサリエはカモ君を見つめるがそれを塞ぐようにコーテが割って入る。が、身長差の所為でサリエの視界には彼女の頭頂部くらいしか映っていないかもしれないが。
「それならシュージ君にしてください。戦績は彼の方が上ですし、何より強いですよ」
「えー、と。彼はあれじゃん。わかるでしょ」
この世界の主人公だから?
それとも実は陰でこっそり狙っているとか?
それとも自国の姫様に目をつけられているとか?
それともイケメンは趣味じゃないとか?
どれだよ、わからん。
「お願い、エミール君。決闘を受けて!最近の生徒達は魔法だけが魔法使いの戦いだと思っているのっ!意識改革が必要なのよぉーっ!」
「いや、間違っていないでしょう会長。確かに身体能力高ければ高いほどいいけれど。魔法一辺倒でも十分に役立ちますよ」
「公爵令嬢がはしたない。それは私だけがやっていい」
イタがサリエを説得しようとしたが、彼女はそれを気にせず、カモ君の腕を取って抱きしめるように彼に縋ってきた。コーテはそれを引きはがそうとしてサリエの細い腰を掴んで日かはがそうとする。
そこでコーテは気が付いた。サリエもまた鍛えられた体つき。細いながらもしっかりと鍛えられた体つきをしていると。
カモ君やアイムのように魔法以外にも戦闘手段。特に近接戦闘が出来ればいいが、そういう人物と魔法一辺倒の人間が魔法を打ち合えばなぜか魔法一辺倒の人間が打ち勝つ。魔法さえ発動してしまえば勝つという現象が多発する。
カモ君からすればステータスを器用貧乏に振り分けるより一辺倒。魔法だけに振り切った人物の方が魔法の威力が高くなる。という判断だ。
例外は主人公と王族と超人。
あいつらだけおかしいんだよ。器用貧乏じゃなくて万能と言ってもいいスペックと成果を作り出せる人の形をしたバケモンだよ、本当。
特にあの超人三兄妹(セーテ侯爵)。
武力と知力の両方を持っていて、財力に名声。更には容姿まで完璧とか。
俺、知らなかったよ。前世知識でもお前ら知らなかったよ。なんだよあのバグキャラ。ドラゴンより強いんじゃねえの?強かったわ。
「戦い方次第では魔法一辺倒でも。というか、そっちの方でも強いんだからいいじゃないですか」
「それじゃあ駄目なの。この間あったでしょ。謎のプレッシャー事件!あれでまともに動けた生徒は貴方達と私!あとは弟だけなのよ!」
ああ、あったなコハク来襲事件。
あの時は王都中がパニックになってまともに動けたのは相当な実力者だけだった。
いや、仕方ないと思うよ?裏ダンジョンエリアボスと最奥にいるボスの娘が来たんだからパニックになっても仕方ない。
老若男女。常識人からサイコパス。命を持った生物ならあのプレッシャーにはパニックになるのも仕方がない。
そんな存在がなぜか今、期待に満ちた表情でこっちを見ている娘っ子なんだから本当に人生どうなるかわからない。
ところでお姫様?そんなに期待しても俺は決闘なんかしませんよ?
「マジカルだけじゃ駄目なの!フィジカルから来るメンタルも必要なのよ!貴方が決闘で活躍すればここにいる生徒達も体を鍛えるはずなの!」
「それはエミールに言う事じゃない。というか、教師陣営にそう呼びかければいいんじゃないですか。公爵令嬢様」
まるで大きなカブを引き抜こうとしている動作でサリエを引きはがそうとするコーテは可愛いなぁ。と現実逃避をしているカモ君。
いつの間にか、彼等の周りには大勢の新入生だけではなく在校生。教師までもが集まり、珍道中を見守っていた。
「シバ校長はともかく、他の教師陣営は全然話を聴かないの!ネーナ王国との決闘でエミール君が活躍したという知らせは聴いたのに結局は魔法の力で圧倒的勝利を収めたシュージ君ばかり気にかけていたの!というかそれの所為で余計に魔法だけに打ち込むようになっちゃたのよ!」
「え、嘘でしょ。あれだけエミールが活躍したのに目に止めないとか。節穴で飾りなのか、教師陣営の目は」
少し離れた所で見守っていたシュージはカモ君ではなく自分に注目が言っていることに驚いていた。
だが、それも仕方がない。
カモ君の勝利の殆どが原作知識とそこから考え出した小細工。そして、泥臭い試合内容で辛勝。
対して、シュージは圧倒的な火力を見せつけて完全勝利を収めるという『魔法使いらしい勝利』とも言える。その上、魔法で身体の力をブーストすればカモ君すらも凌駕するパワーとスピードが出る。しかも、それがノーキャスト。開始一秒で決着する。
魔法が重視されても仕方がない決闘だった。
「誰もがシュージ君みたいに大成できるわけがないのよ!それなのにボンクラ教師共は魔法だけを鍛えましょうとか言っているんだから!ある程度の有酸素運動の後の方が勉学もつくって言うのに!」
「そうなの?私、すぐに何でも出来ちゃうからよくわからない」
超常存在の視点で物を言わんでください。
私達は稚拙で矮小な人間なんです。まあ、その中でほんの一掴みどころか一つまみの人間は出来るんでしょうけど。
「危機に直面して正しい判断が取れなかった前例があるのにまだ、メンタルとフィジカルを軽視するとかありえないでしょ!だから決闘を受けて!」
コハクショックがあったからわからんでもないけど。あんなSAN値直葬な事件早々に起こることはない。それこそ未来で起こるだろう戦争が勃発してもあそこまでの衝撃はそうそうない。
だからこそ、カモ君はサリエに向かって微笑んで言った。
「嫌です。俺だって本当に疲れているんですから無理です」
「若いんだから何度でもできるはずでしょ!私も手伝ってあげるから!」
「命張っているんですよ。そう、何度も出来ません」
「そんな小さい事言わないで!おっきい方が男は格好いいわよ!私も奉仕するから!」
「受け入れる女が小さかったら大変ですよ」
まるで実体験のように言いおるコーテ。
「女の大変を作るのも男なんだからいいでしょ!私(のお願い)を受け入れて!首を縦に振るだけでいいの!」
「やめましょう、会長。本当にエミール君頑張ったんだからわがまま言わないでください」
どうしてこんな事をするのかわからないが、暴走し始めるサリエを何とか抑えようと説得に入るイタ。
「そこのメイドちゃんみたいに(決闘を)雑に扱ってもいいから!」
「…そうよね。私だってこれでも奉仕しているんだから今更、厄介事の百や二百。受け持っていいんじゃないのご主人様」
何となくだがサリエの考えている事とやろうとしていることが分かったライツ。
騒げば嫌でも周囲の目を集めることでカモ君を追い詰められる。
「エミール君くらいの男の子って(決闘を)やりたい盛りなんでしょ!私(のお願い)ならいいでしょ!」
「…確かに」
サリエの含みを持たせた発言に頷くコハク。
人の心理という物を透かして見ることが出来るコハク。彼女自身がその目で見られることもあるからサリエのいう事も一理あると頷く。その度にスフィア・ドラゴンの威圧が発揮され、気絶で済んだ生徒が多数出てきているが。
「エミール君と関係を持てば、きっと私もここの生徒も強くなるから!」
「それはそう」
カモ君が踏み台キャラという事を知っているキィ。そして、その光景を何度も見てきたから理解できる。カモ君に関すれば誰もが強くなる効果が確かにあると。
「お願いだから!私(の意見)を捨てないで!(決闘を)受け入れて!」
「…あ。これが修羅場ってやつか」
「おい、後輩。これ以上関わるとこっちにも飛び火するからもう少し離れていろ」
遠目に見てようやく事態を理解したシュージ。そして、彼をこの場から離れさせようとするシィ。
「道具なしじゃないとまともに立てないんですよ。今すぐ治りでもしない限り無理ですよ」
「…ハイクイック(小声)。それなら元気になるお薬あげるね!プチアイス(小声)」
小声で高速詠唱し、対象の敏捷を上げる効果の魔法を自身に使ったサリエは懐から金色の液体が入った小瓶を取り出し、その瓶口を開け、中身をカモ君の口に注ぎ込んだ。
突然の少し粘り気を持つ液体が口の中に入り、気管に入ったので思わず咳き込みながら吐き出そうとしたカモ君。しかし、その口元は薄氷で覆われており吐き出せなかった。
高速詠唱だけではなく二重詠唱を使ってまでこの液体を飲ませたかったのかサリエはカモ君の口元も魔法の氷で塞いだ。その甲斐もあって彼女が呑ませた薬はすぐに効果が出た。
「…んむう?!」
カモ君は包帯を巻いた左手を握ったり開いたりしてみる。そこに違和感はなかった。無いのがおかしかった。気がつけば、ギブスをつけている足も熱い。が、忌避感は無い。
まさかと思いつつもその足だけで立ってみたり、そのままジャンプしてみても痛みは無い。
左手の指は切断。左足は半分以上、斧が食い込む大怪我を負ったのに痛みがないのはおかしなことだった。
「公爵家とっておきのお薬。効いたでしょ?」
おいまさか。一国に二十本もないエリクサーを飲ませたのか?!
ゲームでは体力と魔力。状態異常を完全回復させる霊薬であり国宝と並ぶとされる効果で貴重な薬。王族一人につき一本しか持てないとか言われている霊薬。
「これだけ元気になれば…。出来る、よね」
悪戯に成功したような子どものような笑みを浮かべるサリエに驚きの表情を見せたカモ君。
確かに体調は完全回復した。元気になった。だからこそ口元を塞いでいる薄氷を手で払い落しながら言った。
「嫌だ」
「そんな!酷いわ!あれだけの事をさせておいて袖にするなんて!」
カモ君が言い切る前にサリエが覆いかぶさるように言葉を遮った。
人聞きが悪い事を言わんで欲しい。辻ヒール。ならぬ、辻エリクサーされて嬉しくないはずがない。だからと言って決闘を受けるはずがない。
例えるなら、病院で美人の手当てをした不細工な医者が診察代を無料にするから俺と結婚しろと言っているようなものだ。絵面は逆だが。
わーわーぎゃーぎゃーずったんばったん。
もう少しで砂煙が起こりそうな勢いで騒いでいるカモ君達から一際あたりに、決闘参加を拒否しているはずのカモ君の声が響いた。
「わかった。わかりましたっ。受けますから離れてください」




