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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
旗だらけのカモの煮っころがし
180/205

第十話 ファンタジー医療は偉大

歓声は上がらなかった。

あまりにも一方的すぎる。あまりにも強すぎる。

まるでドラゴンのような。いや、それ以上の何かが人の形をとっている様にも見えた。

敵味方問わずそう思わせたシュージの攻勢を見ていたネーナ王国。大将を務め、最後の選手だった男。ケル・ズゥは畏怖の目でシュージを見ていた。


黄金の炎が未だに収まらないシュージ。その眼はしっかりと自分達を捉えており、語っていた。


次はお前だ。


と、

その眼にとらえられた瞬間、ケルは声を上げた。


「こ、降参だ!俺は降参するぞ!」


「な、ケル!お前、何言ってやがる!怖気づいたか!」


モーブが降参の声を上げたケルを掴み上げようとしたが、暴れているケルはそれを振り払いながらモーブを。そして、補欠要員の人間や補助魔法を使っていたチームメイトに向かって叫んだ!


「怖気づくに決まっているだろう!あんな、あんなスピードと威力にどう対処するんだ!俺には無理だ!勝てぬ!やるというのならばお前らがやれ!俺は逃げる!こんなところに居られるか!」


その言葉を聞いて、誰もケルを咎めることを躊躇した。

確かに今のシュージに選手など残っていない。

唯一敵うのは圧倒的なスピードを持っていたカズラくらいだ。彼女ならばシュージの行動よりも早く攻撃や回避が出来るだろう。しかし、彼女は既に出場済み。しかも敗退済みだ。よって誰もシュージを止めることが出来ない。

だが、それでも任務をこなす。というか、自分達が負けたという汚点を被りたくないモーブ達はケルの尻を蹴り飛ばす。


「いいから行け!そして勝ってこい!あれだけの魔法を使ったんだ。あれ以上魔法は使えねえよ!」


そうは言うが、その時点ですでにシュージはコーテから最後の回復アイテム。シバ校長特性のマジックポーションを飲んでいた。その瞬間、シュージの魔力の波動が一段と強く感じ取ってしまったケル達。


「い、嫌だ!回復しているじゃないか!もう、どんなアイテムがあろうが、魔法があろうが、あいつに勝てるはずがない!あいつは伝説の英雄か王族なんだ!」


「いいから行け!お前しか残っていないんだ!」


「嫌だ!俺は逃げる!」


そう言い争っていたモーブ達。だが、シュージに気圧されてケルはその場から走り去っていった。それを追いかけるモーブ達。彼等もまた、この場に残りたくはなかった。一刻も早くシュージから逃げたかったから。


「待ちやがれ。お前が出るだよ!おら、早くしろ!」


「わ、私はあくまでも補助ですからっ」


「わ、私は間に合わせの補欠だからっ」


そして、気がつけば、そこに残っていたのは気絶したセカマと臨時選手のカズラだけだった。

マジックポーションを服用し、舞台の上で腕を組んでしばらく立っていたシュージだったが、不意に審判に話しかけた。


「審判。時間は?」


「…ひょ?」


「時間はどうしたのかと聞いているんだ。審判。もう十分は経過しただろう」


気がつけば、ほぼ無人の決闘の舞台。その静かさは決闘を特別席で観戦していたネーナ王国の重鎮達の心境を表しているようにも思えた。

その静けさに。試合開始前の熱気とはまさに正反対の差に審判はおろか彼等も呆気に取られていた。

時間は既に十分を過ぎている。ネーナ王国側の選手に戦える人間はいない。というか、選手が気絶している者か敗退してやれやれと肩をすくめる、雇われ冒険者しかいなかった。

リーラン側はと言う二名やられたが、まだシュージを含め三名残っている。もはやどちらが勝者かわかり切っていた。


「…しゅ、シュージ・コウン選手。ふ、不戦勝。勝者、リーラン王国チーム」


ネーナ側の息がかかっていた審判も呆気にとられながらも事態を呆然としながらも受け止めた。出来れば認めたくない。夢であってほしいと思った。だが、これは現実だ。ならばせめて、審判らしく勝者を示すのが最低限残された審判の良心だった。


その宣言から数秒後。


「…やっ、た。シュージ君が、やった。やったっ。やりましたぁあああああっ!」


イタは目の前の光景を見て、まるでおとぎ話のようだと思いながらもそれを噛みしめて、


「…やりやがった。さすが、俺の後輩だ」


はっきり言って捨て石の役割しか果たせなかったが、確かに勝因の一つを担えたシィはそんな自分を誇らしげに。それ以上に誇らしい後輩達に向けて親指を立てた。


「………っ」


シュージを真っすぐに見つめているネインは涙を流す。

自分は何もできなかった。情けない。と、事故非難をしていたがそれ以上に、勝利を収めたシュージをそしてカモ君を労うためにも舞台の上に立つシュージに向かって拍手をした。

そのして、拍手は伝播し、特別観戦室にいたミカエリとその従者からもされていた。


「…うそ、でしょ。あんなに強いなんて、さすがに想定外よ」


ライツはシュージの圧倒的な魔法。そして、ブーストされた身体能力に恐れおののいていた。正直言うのであればもっと早くにリーラン王国に潜入。そして、シュージに接触していればあの力を自分の物に出来たかもしれないと、悔しがっていた。


「…そうか。シュージは、勝ったのか」


「エミールっ。目が覚めたのっ」


「あれだけ大きな音がすれば、嫌でも目が覚めるさ」


待機所で寝かされていたカモ君はシュージの魔法によって生じた爆音で目が覚めた。というか、その時に発生した地響きが重体の体を刺激してその痛みで起きたのだが。

少ない。けれども確かな勝算の拍手を浴びながらシュージこちらに向かって歩いてきた。そして、キィの近くまで来るとおもむろに左手を上げた。

キィはその意図に気づいていないが何となく左手を上げると、シュージがハイタッチをした。


「やってやったぜ。キィ。お前の幼馴染は凄いだろ」


「う、うん。…うんっ。勝った。勝ったんだよね、私達っ」


キィがやったことは渡された備品の出し入れくらいだが、シュージにとっては幼馴染である彼女が傍にいるだけで気力が溢れてくる。

いつも振り回すくらい元気なトラブルメーカーだが、それでもシュージにとっては一番自分を肯定してくれる人物だ。

自分のやらかしに気が付いてからは気分が目に見えて落ち込んでいたが、今回の事で少しは元気になったようで、シュージも嬉しそうにしていた。


次に、ネインのところに出向き、ハイタッチをする。

ネインには貴族の善性を教えてもらった。

自分では敵わないとわかっていても貴族として、人の上に立つ者としての教示を見せてもらえた。カモ君以外にも好感を持てる貴族をシュージはあまり知らない。

いざ自分の出番となった時には怖気づいたが、その手は恐怖を押さえようと強く握った拳。少し血がにじんでおり、貴婦人と言うには少し硬いその手にシュージは誇らしさと美しさを感じていた。


「ありがとうございます。ネイン先輩。貴女がいたから俺は戦えた」


「わ、私は、何も。…何も成せなかった臆病者です。貴方にそう言ってもらう立場では」


「そんな事は言わないでください。一緒にこの場にいてくれた。それだけで俺達は大分支えられました。それだけで戦えたんです」


誰かのために戦う。それがどれだけ難しいかを知った。

初めは頼りなかった人物と思っていたが、今は同じ戦場にいる。その可能性を見せてもらっただけでもシュージには何物にも代え難い出来事だった。


「そんな。そんな事を言われてしまっては…。…もう、諦められなくなってしまいます」


後半部分の発言はとても小さな呟きだったためシュージの耳に届くことはなかった。だが、ネインの表情が朱に染まり、どこか恍惚としたものになっていた。


「ネイン先輩?何か言いましたか?」


「いいえ。何も。ただ、帰国した時は覚悟しなさい。貴方達は英雄として扱われるでしょうから、様々なところから歓待を受けるでしょう。今のうちに心構えをしていなさい」


そこにはネインの実家であるボーチャン伯爵での歓待も含まれているだろう。その時を今から楽しみにするネインの表情も明るいものになっていた。


そして、最後にシュージが最も尊敬するライバルの前に来る。

カモ君もシュージを迎える為に疲弊した体に鞭を打つかの如く気合で立ち上がった。


「エミール。勝ったぜ」


「よくやってくれたシュージ。さすが我が友」


そして、お互いに左手を上げて、笑顔でハイタッチをする。

と、同時にカモ君の表情が曇った。

見ればカモ君の包帯を巻いている親指部分が変な方向に曲がってぶら下がっていた。


「シュージ。…指が、もげた」


「わ、悪いっ。ついノリでっ」


いや、仕方ないよ。男の子だからね?

その場のノリとか格好つけとか仕方ないよ。エミール自身、人生の八割は格好つけだったから。

でも、包帯を巻いているんだから極力そこには刺激を与えないのが常識じゃないか?


「何やってるんだか…」


男の子ってバカだなぁ。

青ざめて冷や汗を流し続けるカモ君と慌てているシュージの光景を見て、再び回復魔法を使いながら彼の手当を行うコーテだった。


指の切断程度ならば迅速な処置。ポーションと回復魔法でくっつけることが出来ます。

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