第十七話 もっと熱くなれよ!
キィが転送されていく光景を見ているだけだったシュージはカモ君との実力差に慄いていた。
その魔力。体力。どれをとっても自分では勝てそうにない。どれだけ自分が強くなってもカモ君は常にその先に立っている。そんな気がして体から戦意が抜けていきそうになる。
自分が修得したばかりの火魔法レベル2ファイヤーストームもカモ君には傷一つつかないのではないか。いやそうに違いない。そう考えただけで心が折れそうになる。それでも心が折れないのは、またもやカモ君だった。
彼の目が言っている。降参することは許さない。諦めることは許さない。今の己を越えないと許さない。現実から逃げることも。投げ出すことも許さない。そう言っているようだった。
これは正解である。
カモ君はシュージが強くなってもらわなければ将来的に困ることになる。その困ったことを強くなったシュージに解決してもらおうというスパルタでエゴな考えをシュージに押し付けているのだ。
頼むから攻撃してこいよ。間違っても降参はさせんぞ。俺はお前に負けないといけないのだからな。
今まで努力してきたのは全てこの日の為と言っても過言ではない。
だが、そんなカモ君が見たのは、俯いたシュージの口から零れた今の自分への弱音だった。
「…無理だ。勝てるわけがない」
その言葉にカモ君の眉尻がピクリと動いた。
「やっぱり俺なんかじゃエミール様に勝てるはずがなかったんだ」
「待て。シュージ」
カモ君は嫌な予感がしてシュージの元に走り出した。一気に距離を詰める。最悪の事態。それはシュージが降参する事だった。
「こうさ」
「シュージィイイイイイ!」
最後の一文字を零される前にカモ君は雄叫びと共に彼を殴り飛ばした。
それは普段はクール(に見える)なカモ君には結びつかない言動だった。
やばかった!本当にやばかった!こいつ何でこんなにメンタル弱いんだ?とにかくまたこいつのやる気を出させるために演説せねばならない。本当はクーとのトレーニングとかで使いたかったのに。
そう思うカモ君だったが仕方がない。
貴族の争い。特に魔法戦などこの学園に来て初めての事。しかも初めての決闘でカモ君のような圧倒的強者(勘違い。あと一発でもまともに攻撃が当たれば勝てる)を相手に戦意喪失するのは仕方のない事である。
だが、それでは困るのだ。これから起こるだろう戦争に、モンスター討伐に、ラスボス戦と主人公であるシュージが強くなければこの国は詰む。
そう考えているカモ君は殴り飛ばされて倒れこんでいるシュージ胸元を掴み上げて弱気になっている目に向かって怒気のこもった声をぶつける!
「お前!俺は言ったよな!これは戦争のようなものだと!それなのにお前、まだできることがあるのに諦めるのか!」
「…無理だ。だって俺はお前みたいに貴族じゃない。生まれながらに魔法の才能に恵まれた奴でもなければ、そんな環境でもなかった。それなのにお前みたいに強い魔法使いに勝てるわけが」
はぁ!?レベルアップっていうチートを持った奴が何をぬかすか!俺だって代われるのならお前と立場を代わりたかったわ!あ、いや、それだとクーとルーナに会えないわ。今の無し。
本当にカモ君は自分勝手な男である。
「当たり前だ。人は平等なんかじゃない。生まれも育ちも違うのが人だ。でもな、人は産まれた時、そんなに差がない。誰もが小さい赤ん坊だったんだよ。そこからどうやって強くなるかはそいつの行動で、意志の力決まるんだ」
「意志なんかで強くなれるわけがないだろ。そんな事で強くなれるなら俺だって強くなれる」
「じゃあ、なればいいだろ。俺を倒してやると言う意思を持て。それすら持てないのならずっと俺に勝てるなんて夢のまた夢だぞ。お前はさっき、それすらも捨てて負けを認めようとしたんだぞ」
意志が無ければ行動に移せない。
なるほど。確かに弟妹達に良い格好がしたいという意志を持つカモ君。ハードスケジュールともいえる日々の鍛錬。行動に移せたお蔭でゲームの時のカモ君より強くなれた。ブラコン・シスコンにならなければ強くなろうともしなかった。その言葉に嘘はない。
「どす黒い欲望でもいい。ありふれた綺麗事でもいい。それを叶えたいのなら、それを燃やせ。心を燃やせ。それはきっとそいつの原動力になる」
経験者(カモ君)が言うんだから間違いない。
「それは…」
「お前は変わりたくないのか?」
「…変わりたい。俺は、変わりたい」
「どう変わりたい?」
「俺は、お前に、勝ちたい!」
その言葉を聞いたカモ君は怒気がこもっていた表情から一転して嬉しそうな微笑を見せた。
「それでいい」
そう言ってカモ君はシュージから手を離した。
もう彼に伝える言葉はないだろう。
カモ君が時間と距離は必要かと尋ねられたシュージは恥を忍んで必要だと言った。
今の自分では格闘戦はもちろん。魔法だって無理だ。
それでも少しでも勝つ可能性のある魔法を覚えたての魔法をカモ君にぶつける。
シュージが今まで見たことがあるカモ君の攻撃魔法は、模擬戦では相殺だけに使われたレベル1の水魔法とキィの魔法を相殺する時に使ったエレメンタルダンスだけである。
修得したばかりのファイヤーストームならそれらを吹き飛ばすことが出来る。威力だけなら自分はカモ君に勝てる。そんな可能性すらも捨てようとした自分を叱ってくれたカモ君には感謝の言葉しか出てこない。
もちろん戦場で自分達が対峙すれば、カモ君のクイックキャストによる詠唱短縮でこちらの魔法が発動する前にあちらの魔法が発動して自分がやられるのは目に見えている。
本当に勝っているのは魔法の威力だけ。それ以外は負けている。魔法も。体格も。心すらも。
シュージ君。魔法と体格はともかく。そいつの心は兄馬鹿だぞ。心象風景が見ることが出来たらそこにはかなり美化されたカモ君とその弟妹達がお花畑で遊んでいる風景だからね。少なくても心の強さはともかく、質の高さじゃ君の勝ちだから。
「エミール。いや、エミール様」
「様はいらない」
ある程度離れた二人はお互いの声が聞こえるギリギリまで距離を取っていた。魔法使いとしては十分な距離をとった位置取りなら、お互いの最大範囲の魔法を使っても自身が巻き込まれる心配はない。
そんな距離でシュージはカモ君に声をかける。
「そうか。ならエミール。…ありがとう。今はそうとしか言えない」
「そうか、ならばその礼としてお前の全力を所望しよう」
そういうとカモ君とシュージはお互いに不敵な笑みを浮かべる。そんな光景に文句を言う人物が一人。
「婚約者をそっちのけで、男同士でおしゃべりとは良い身分」
コーテだった。キィの魔法をほったらかしにされた状態に文句を言ってきた。勿論、カモ君の真意は汲み取れないが、それでも彼が次に何を欲しているかくらいはわかる。
「コーテ。分かっているとは思うけど」
「うん。手は出さない。二人の勝負に水は指さない。色んな意味で」
二人の邪魔はしない。水魔法でシュージを不意打ちもしないという、水属性の魔法使いジョークだ。
それに苦笑したカモ君は埋め合わせとして今度の休日一日コーテに付き合うように命じられた。
こうでも言わないとカモ君は自己鍛錬ばかりに時間を割いてしまうからだ。
コーテ自身あまりコミュニケーションは得意としないが、こうでもしてないとカモ君の交友関係は戦闘狂のバーサーカーだけになってしまう。それは未来の旦那には似合わない。彼には多くの人と交流を持ってもっと自慢できるようなカモ君になって欲しい。
そんな思いも知ってか知らずかカモ君は快く了承した。格好いい兄貴は婚約者を大事にするのだ。ギネという反面教師を持ったカモ君はブラコンでシスコンにならなくてもそう考えていただろう。たぶん。
そしてカモ君とシュージは詠唱を開始する。それと同時にコーテは二人から十分に離れる。これで自分はカモ君を援護することもシュージを攻撃することも出来ない。これで実質、カモ君とシュージの一騎打ちになる。
お互いこれが最後の攻撃となるつもりで魔力を込める。
シュージの魔法が完成する前にカモ君は二つの魔法の詠唱を完成させる。
一つは地属性のレベル2の魔法クリエイト・ウエポン。
自身の魔力を消費して自分が望んだ形の岩でできた武器を作り出し、射出する魔法。それを使ってカモ君は両手で持たなければならない程大きな円錐状の石槍を作り上げ、射出せずに自身の手で持ち上げることにした。
もう一つは水属性レベル1のアクアコート。
自身と装備品に薄い水の幕を張り、熱さから身を守るという生活魔法だ。決闘に使うにはやや力不足を感じる。しかし、カモ君は魔法で作り出した石槍よりこのアクアコートに残った魔力の大半を注ぎ込んだ。水属性は火属性に強いという現象を見越しての事だった。
シュージの放ってくるのはおそらくファイヤーストーム。正面から打ち破ると宣言したからには実行しなければならない。
手にした石槍を水の幕で包み上げて、その矛先を支点に炎の竜巻を打ち破るつもりだろうと実況のミカエリ。解説のシバが語る。その通り、カモ君はそのつもりでこの二つの魔法を選んだ。
この二人、カモ君がシュージを殴り飛ばして説教をしている時も青臭い青春劇ですね。嫌いじゃないです。とか、決闘している時にはあるまじき行動。当然の心構え。しかし、ここまで導く輩も必要だと語っていた。
カモ君の迎撃態勢準備が終わってからしばらくしてシュージの魔法詠唱も終えた。
シュージの周りには熱を持った熱風が吹き荒れて彼の髪、身に着けている体操服が激しく揺れていた。その光景に魔法に疎い一般人の観戦者達もこれからまたあの凄い魔法を見せてくれるのだと心を躍らせていた。
逆にカモ君の髪や服はぴったりと彼の体に張り付いていた。髪は折角男らしくオールバック気味に整えたのに前に垂れてしまったが、それが逆に妙な色気を醸し出していた。また、濡れた体操服も彼の体に張り付いて体のラインが浮かび上がる。その鍛え上げられた体つきと前髪に色気を感じた女生徒達や一般人からの観戦者達からため息が零れる。
「いくぞっ!エミール!」
「来い!シュージ!」
シュージの雄叫びと共に突き出した右手の先から炎の竜巻が再び生まれた。
一度目よりも赤く、熱く、強くなったその竜巻にカモ君は突撃していく。
まるで風車に突撃するドンキホーテのように愚かに見えるその光景を見た人間達は五十・百年後にもこう語るのであった。
これが伝説の始まりだった。と、




