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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
旗だらけのカモの煮っころがし
179/205

第九話 痛めつけてあげますよ。あの踏み台のようにな

「え、あ、ええっと」


「審判!!」


コーテの隣にいたシュージやキィはその様子に驚いた。

確かに、カモ君に斧が迫った。しかし、それは目前まで。斧はカモ君の足元に突き刺さって…。そこまでしてやっと気が付いた。

斧は確かに足元に突き刺さっていた。しかし、その刃先はカモ君の左手の親指を切り飛ばし、左足の半分に食い込んだ状態で突き刺さっていた。

コーテが叫んですぐに、カモ君は負傷した所から大量の血を噴出していた。そして、思わず顔を苦悶に染めるも悲鳴を必死に抑えていた。

ここで苦しんだ姿おみせれば、ネーナ王国の息がかかった審判が何を言い出すかわからない。いらぬ時間稼ぎをされないためにも勝利を宣言させなければならない。

だが、あまりの痛みをこらえるのが精一杯なカモ君では審判に声を掛けられなかった。それだけの苦痛だった。


「だ、第四試合。勝者、エミール・ニ・モカ!」


その宣言と共にコーテは土砂と氷で覆われた決闘の舞台へと駆け出した。

審判の宣言なしに選手以外の人間が立ち入るとその選手側の反則負けになってしまうから。

そうなればカモ君の必死の抗戦も無駄になってしまう。それはわかっているが、それでも一秒でも早く彼の傍に行きたかったコーテは左手に不渇の杖。右手に持てるだけの回復ポーションを持ってカモ君に駆け寄る。


「ウォーター!」


コーテはカモ君に駆け寄るとすぐに、魔法の水球を彼にぶつけて、ポーションの中身を彼にぶちまけた。

本来なら念入りに消毒や遺物の除去を優先しなければならない。特にカモ君が生み出した土砂が体内に残ってしまうと余計な病気になることもある。だが、そんな事よりも早く出血を止めねばならないと判断したコーテは水で簡単にカモ君の体を洗い流しポーションを使った回復処置を行う。次に行うのは回復魔法で出血の酷い左足に癒すことだ。


「ハイヒール!」


自分が使える最大効果のある回復魔法を使うと、徐々に出血は治まりつつある。が、斧の刃先からカモ君の足を引き抜かなければならない。それは激痛を伴う。それこそ気絶しかねない痛みが伴う。

どうすべきかと悩んでいるとカモ君からか細い声で、コーテに話しかけられる。


「コー、テ。すまないけど、そこに落ちている俺の指を拾ってくれないか?」


コーテとカモ君から少し離れたところにカモ君の親指が落ちていた。それをコーテは魔法を使いながら杖を持っていない右手で拾い上げたところでシュージ達もポーションを持ってやって来た。

コーテが飛び出してからようやくカモ君の状態を把握した彼等は観戦に徹したコハクと魔力切れでフラフラのライツ。ダメージを受けてまだまともに動けないシィを残してやって来たのだ。

カモ君の切り落とされた親指を見ていたシュージ達は背筋をぞっとさせながらも、コーテの指示のもと、その指を浄水で洗い、その切断面を出来るだけ丁寧に合わせ、ポーションの染み込ませた包帯で固定した。その上からカモ君自身で回復魔法をかける。

それから準備が整ったと判断したカモ君は自力で、力づくで、斧から突き刺さった足を引き抜いた。


「ぎぃあああああああっ!!」


こういった場合はあまり引き抜かず、病院と言った医療施設まで斧ごと搬送し、適切な処置を行うのがベスト。しかし、状況がそうさせてくれない。

刃先は骨の半分近くまで食い込んでいた。それを無理やり引き抜いた痛みは想像を絶する。さすがのカモ君も悲鳴を上げてしまう。それもそのはず、斧を引き抜いた光景はまるで魚の開きのように開いてしまったからだ。

そこからポーションをかけるだけでも悲鳴が出る。顔のあちこちから汁が噴き出た。

ここにクーとルーナがいてもカモ君この痛みの前では悲鳴と無様をさらしてしまう。それだけの痛みだった。

だが、ポーションと回復魔法のお陰で痛々しい傷口はまだ消えないが、応急処置は終えた。

そこに審判から無慈悲に声を掛けられた。


「ほら、次の試合が始まるから選手以外は元の場所に戻りなさい」


勝利宣言は渋っていたくせに休憩時間には文句をつけてくる審判にシュージ達は頭に血が上った。


「なっ!この傷を見てよくそんな事が言えますね!」


「後一分ですので、お早く」


ネインが怒鳴り声をあげて審判を責めるが、どこ吹く風と言った具合に流された。

今現在、シュージに支えられて立っているのがやっとのカモ君だったが、まだ戦闘意欲は持っていた。


「コーテ。シュージ。ありがとう。だけど、もう戻ってくれ。出ないと失格になっちまう」


「何言っているのエミール!…もう、これ以上は戦えないでしょ!」


「エミール。コーテ先輩の言う通りだ。もう、お前は戦えない。戦っちゃいけないんだ」


カモ君の状態をよく知っているコーテは彼の言葉を遮った。

何度も死にかけている場面を見てきたからわかる。

カモ君は本当に疲労困憊なのだ。

魔法の連打で魔力もない。大怪我の処置で体力もない。精神力といえば聞こえがいいが殆ど根性で立っているようなものだ。

未だ息を荒くし、玉のような汗も噴き出ている。そして、苦痛で歪める表情から見てわかる。今もなお、激痛に襲われていて、今すぐにでも休ませなければならない事。

いつもの維持で自信と気力に溢れているカモ君を見てきたシュージにも事の重大さはわかっていた。


「行ってくれ。…コーテ。シュージ。じゃないと俺はお前達を敵として扱わないといけない。ここで止まっちゃいけないんだよ」


カモ君はまるで、助けを求める声色でコーテ達を突き放そうとした。

その言葉を聞いてシュージはカモ君の意図をくみ取った。

ああ、なんという精神の持ち主なんだという事を。


「…そういう事なんだな、エミール」


「そういう事さ、シュージ」


短く言葉を交わしたシュージは、カモ君に肩を貸した状態で彼の腹部に渾身の左ブローを放った。

肩を貸してもらっている状態かつ疲労しきっていた状態もありそれを防ぐ手段をカモ君はもっていない。いや、持っていたとしてもそれを防ぐつもりもなかった。

その一種の凶行にコーテは驚きの表情を見せ、息を詰まらせた。そして、すぐさまシュージを責めようとしたが、カモ君の零した言葉を聞いて思いとどまった。


「…すまん。後は任せた」


「任せてくれ」


意識を完全に失い、シュージは覆いかぶさるような形で気絶したカモ君を抱え直した。

そして、気絶したカモ君をネインに任せて、審判の方を向き、言った。


「リーラン王国選手。エミール・ニ・モカは見ての通り、疲弊して動けなくなった。今度は俺が出る」


その瞳からは強い意思を。そして、その体からは強力な魔力の波動を嫌でも感じた審判はたじろぎながらもそれを了承した。そうしなければ、なぜか自分の存在を焼失するような気がした。


「よ、よろしい。では、他のメンバーは下がりなさい」


時間にして、八分四十八秒。

休憩時間ギリギリだったが、選手の選出が決まった事で、敗北ではなく交代と言う形でコーテやネインに連れられてカモ君は舞台を降りて行った。

残ったのは赤髪の少年シュージ。


そのやり取りを見ていたのは審判だけではない。ネーナ側選手も同じだ。彼等にはそのやり取りの真意に気が付いていた。

あれはカモ君に敗北と言う黒星をつけさせないためではない。『踏み台』の効果を狙ったのだ。あのようにシュージがカモ君を気絶させればその恩恵にあやかれる。

そこまで先読みできた彼等は対シュージ用の準備をする。


ネーナ王国、副将を務めるのは中肉中背の十八歳の男性。トッポ・イーデ。

どこも印象にも残らないような男だが、その表情は嗜虐心から来る笑みで不気味だった。


水精霊の鎧。

深海の小盾。

炎帝のサークレット。


ネーナ魔法学園高等部主席を担う彼の装備は全て火属性の魔法に対して耐性や無効化する物ばかり。その上、彼はシュージに有利な水属性の魔法使い。その上、剣術や体術を収めている。有利な点しか見られない。

唯一の不満があるのなら、『主人公』であるシュージを殺してはならないという命令だが、別に痛めつけてはいけないとは言われていない。

散々、こちらが振り回されたが、次は自分の番だ。と、意気込んだトッポはシュージに宣言した。


「三分だ。三分は耐えて見せろよ。あのカモ野郎みたいにいたぶってやるぜ」


出来る事なら惨たらしく殺したい。だが、それは禁じられているのでそれに準じるくらいの暴行を加えてやる。と、シュージに宣言したトッポ。

だが、それをシュージは一蹴して煽り返した。


「面白い事を言いますね。まさか、自分が三分も経っていられると思っているんですか?」


まさにかがみ合わせのような対応だったが、それにトッポは顔を真っ赤にして激高した。

上からの命令なんてもう知るか!ぶち殺してやる!


「早く開始しろ!審判!」


なりふり構わず、魔力を噴出しながら周囲を威圧するトッポは審判に怒鳴りつけた。


「だ、第五試合!シュージ・コウン選手対トッポ・イーデ選手!決闘まで、三、ニ、一、か」


「おら!死んだぁあ!!」


開始の言葉を待たずにトッポは跳び出してシュージに斬りかかった。

鍛えている事だけあって、なかなかの瞬発力。審判の開始という言葉が発しきるまでに、トッポの剣先はシュージの脳天付近にあり、数舜後にはシュージの頭はかち割られ赤黒い血が噴き出ると思われた。


ドォン!


が、シュージの体か噴き出た物は赤黒い血ではなく宝石を思わせる赤く輝く炎だった。

その余波でトッポは数歩後ろに吹き飛ばされる。


火属性の上級魔法か?!しかもノーキャストでだと?!

だが、まだ、こちらの方が有利。しかも、戦法が自爆とは、カモ野郎と同じか!そう何度もやられるか!碌な装備もつけずに出てきたのがお前の敗因だ!


トッポの読みはほぼ当たっている。だが、魔法の内容は間違っている。

彼の使った魔法はイグニッション。レベル四。特級補助魔法。魔力を炎の鎧として纏い、その間、身体・魔法の能力をレベルに応じて引き上げる物。

その攻撃ですらない余波でトッポは数歩後ろに吹き飛ばされた。


そして、トッポが再び足を踏み出そうとした瞬間にはシュージの姿があった。まるで瞬間移動してきたかのようなスピード。それに驚く前にトッポの顔面は正面から殴りぬかれていた。

最初の一撃の痛みを認知する前に二発目、三発目の拳を叩き込まれていった。

技術などない素人の振るう拳。だが、それに対応できない程のスピードとパワーを持って殴る。

大人と子供ほどの体格差であるにもかかわらず、相手は市から打ち上げるアッパーやとびかかるように軽くジャンプして殴りつけているというのに、そのスピードは速く、重い物だった。

悲鳴を上げる暇もない。が、トッポも訓練を受けてきた身だ。

歯を食いしばることで攻撃に耐え、相手側のスタミナが切れることを待った。

決闘前にトッポもカモ君同様に補助魔法を受けて望んでいる。

確かに痛いが気を失う、戦意を焼失するほど負傷ではない。ここまでの威力の魔法とペースならばすぐにばてる。そうなればこちらの勝ちだと考えていた。だが、殴るペースがまた上がった。威力もそうだ。


「イグニッション」


シュージから噴き出ている黄金の炎の勢いが増す。

まるで主人の想いに答える炎の精霊のように燃え上がる。

トッポは何度も殴られては敵わないと目を閉じ、亀のように体を丸めながら腕はクロスアームで覆った。だが、その隙間を縫うようにシュージの拳が突き刺さる。


「イグニッション」


シュージの炎が一段と勢いを増す。

疲れ知らずの太陽のように煌々と輝く。

トッポからは思わず止めろと声をあげたかったが、なぜか声を上げた瞬間その口の中に拳がねじ込まれる光景が思い浮かんだため、声も上がられずに防御に徹した。


「イグニッション」


炎の勢いは止まらない。応じて、シュージの繰り出す拳の威力が増す。

前の試合でほぼ凍り付いていたはずの舞台。氷におおわれていたはずの舞台だったが、全ての氷は蒸発し、今では鉄板のように熱い。が、トッポの顔面はそれよりも厚い熱と痛みを発していた。が、その拳の連打が終わった。と、同時に今度は浮遊感に襲われた。

トッポが目を開けると、目の前に映ったのはまるで万歳をした直後のシュージを上から見ている光景だった。

審判・観客側からだと何が起こったかはすぐにわかった。

トッポが目を閉じ、防御に徹した瞬間。シュージは彼の背後に回り込み、その胴体を掴み真上へと投げ飛ばした。その飛距離は五メートル以上。今もなお、上昇し続けていた。

彼女達がまともに見られたのはそこまでだった。突如、上空に小さな太陽が産まれたから。


「エクスプロォオオジョンっ!!」


上昇し続けるトッポを中心に直径十メートル以上の太陽が出現した。

轟轟と燃え上がる事十秒。一気にそれは爆縮し、大爆発を起こした。

無詠唱と本物のクイックキャストによる補助を四回受けた上級魔法。それも『主人公』ともてはやされているシュージが放てばそれはレベル5。王級魔法に匹敵するほどの威力を持っていた。

その大爆発。その爆心地となった空中には十数秒経過しても黒煙がなくなることはなかった。そして、その黒煙から一塊のトッポが落ちてきた。

まともに受け身を取ることも出来ずに落ちてきた彼の状態は悲惨なものだった。

落ちた衝撃で自慢の鎧は砕け、炭化した盾とサークレットはボロボロと音を立てて焼失した。

トッポ自身は何とか意識はあるが、火傷を全身に負って、上半身を震わせながらもシュージから距離を取ろうとして藻掻いていた。


「ひ、ひぃいいいいいっ」


その姿はいっそ憐れになるくらいのもの。

全身を襲う痛みも。恥も外聞もなく、シュージに背を向けて舞台の上から這いずって逃げていく。

まるで、自分のすぐそばをドラゴンが通り過ぎたような厳格でも見た一般人のようだった。


「…審判。判定を」


「へ、あ、ああ。だ、第五試合。…勝者、シュージ・コウン」


審判も唖然としていた。明らかに尋常じゃない熱量に選手を除けば一番近くで感じていた彼だが、今でもその熱は緩むことはない。その事に驚きつつも、熱量。光量。そして、大爆発。そのどれもが管理しきれない。

何よりもそれだけの大魔法を放ったシュージから放たれている魔力の波動が一行に衰えない。それに恐怖を通り越して唖然としていた。


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