第八話 絶望の中に希望はある。つまり、絶望はまだ残っているわけでして。
リーラン・ネーナ合同の決闘。第四試合が開始されて十分が過ぎた。
試合は膠着状態だった。が、舞台のあちこちは氷結してあちこちが白くなっており、カモ君は疲弊の色が見え始めていた。
「ロックシュート!」
「ふんっ!そんな魔法は効かないと何故理解しない!」
試合直後から遠距離攻撃。得意の地属性の魔法を何度か放っているがどれもこれもが、その白い戦斧に叩き落とされる。まるで鏡のように直撃間近になった瞬間に叩き落とされるような風景が十分も経過した。
カモ君の相手は見た通りに鈍い。だが、たった一つのマジックアイテムがそれをかき消していた。
反鏡の小手。これがある限り、対戦相手に接敵する魔法の全てが叩き落とされるようになっていた。
ゲームのシステム上。防御している状態のキャラクターに攻撃が当たれば即座に反撃するという物だが、どうやらそれを改良したのか、当たる前から反撃。もしくは先制できるという極悪アイテムにカモ君は苦虫を噛むように顔をしかめた。
魔法殺しで身体能力をブーストしていたとしても、そのスピードはどうにもならない。きっと、殴りかかれば腕を切り落とされていた。
「エレメンタルダンス!」
「そんなひょろい攻撃なんぞ効くかぁ!」
自動で様々な属性の魔法弾が発射される魔法を放つが、そのどれもが斧に叩き落とされる。どうやら、あちらも自動で迎撃するようだ。
「アースグレイブ!」
「効かん!」
カズラ戦で行った自爆攻撃ではなく離れたところから魔法を使い、相手の足元。そして前後左右からいくつもの岩の剣が突き出る魔法にも対応。まるでごみを履き集めるかのように軽々と戦斧が振られると全ての岩の剣が叩きおられる。
「ウインド!」
その様子を見たカモ君はダメもとで突風を吹き付ける魔法を放つ。はっきり言って攻撃とは言えない魔法。だが、それにも反応して戦斧が振られる。まるでそよ風に吹かれたな影響しか与えられない。
これでカズラのように少しでも後退してくれればよかったが、ダイヤモンド製マジックアイテムを装備した相手はびくともしない。せいぜい、砂を吹き付けるのが精いっぱいだった。
まるで巨大な砦。しかも即時反撃有りの極悪の砦だ。その上、砲台付き。相手は上級魔法すら使える強者だった。
「今度はこちらから行くぞ!アイスランス!」
「こんちくしょうが!」
刃先が50センチ。柄になる部分にも鋭い刃で作られた魔法できた氷の槍が三本。相手選手の頭上に作り出されると、次の瞬間にはカモ君に向かって打ち出されていた。
その速度、時速百キロは超えている。イタからの補助魔法と自身の強化魔法の二重の強化が無ければ当たっていた。着弾した所を見ればコンクリートに近い硬さの舞台に大穴を開ける。直撃すれば死を覚悟する威力を相手はポンポン使ってくる。
攻撃はおろか防御すらまともに機能しない相手にカモ君の口調は思わず汚くなる。
「アイスフロア!」
「こっの、バーンフロア!」
近距離攻撃を封じ込められたカモ君は魔法攻撃しかできなかった。だが、相手はそれすらも承知していた。動きこそ鈍いが、その反撃能力と魔法攻撃は即死物。
回避に専念すれば勝ち筋も生まれると思いきや、相手は地面を凍らせていく氷の面積を広げる。その氷に触れればカモ君の足も凍り付くと思わせる冷たさを放っていた。
自分に迫る氷の床に対して地面を温める。せいぜい鉄板を熱する程度の熱を生み出す魔法をぶつける。
ジュウジュウと、湯気が立ち込めるが、氷の浸食の方が強い。が、浸食するスピードが落ちる。その間にカモ君はその進路方向から横っ飛びに回避する。
舞台を侵食する氷。試合開始から何度も繰り広げられており、どんどんカモ君を追い詰めていく。
「そうだエミール!落ち着いて回避するんだ!」
「エミール!頑張って!」
攻撃と防御。迎撃に回避すらも封じ込められつつあるカモ君を見て、シュージやコーテ達は悲壮感に苛まれ、ネーナ王国側は嘲笑っていた。
「はははっ。さざまぁないなっ。そうだよっ。お前みたいな非力な奴はそうやって逃げる事しかできないんだよ!」
「そして、そのまま潰されちまいな!」
最初こそ、焦っていた対戦チームだがカモ君が逃げ回る姿を見て、その醜悪さを再び露見し始めていた。
本来ならカズラだけでも五人抜きする予定だった。彼女が負けても二番手だけでも勝てる。それだけの力を彼等は持っていた。
カズラが魔法殺しをカモ君に渡しているとは思っていなかった彼等だが、国の重鎮から万が一のことを想定。それに関する装備品やアイテムを支給されている。彼等の後ろにある山積みのアイテムがそれを物語っていた。
その上、『主人公』。強大な力を持ったシュージの事は知らなくてもそれ対策のアイテムも渡されている。今、カモ君と戦っているモーブという男もそうだった。
モーブは元冒険者だった。しかし、水属性と言う攻撃的ではない魔法を使う所から馬鹿にされていたが、そこにネーナ王国の魔法学園からスカウトが来た。
そこで行われていたのは魔法使いの戦い方でも、冒険者の戦い方でもない。その両方の良い所を取り入れ、悪い所を取り除いた。合理的かつ効率的な戦い方。
個人対個人。集団戦。ダンジョンの攻略法など聞いたことも無い事が多かったが、その分強くなれた。そして、増長した。
冒険者と言う荒くれ者が増長すれば醜悪になるが、それは魔法学園にいる傲慢な魔法使いにも当てはまる。が、それに相応の強さをモーブは持っていた。
見るがいい。一時は自分達を圧倒していたカモ君が追い詰められているではないか。その光景に嗜虐心が湧き上がる。充足感で満たされる。
凍り付いていく舞台でカモ君の行動範囲は徐々に狭まる。舞台を凍らせている表面に触れれば足場を崩すどころか戦闘用ブーツすらも十数秒で凍り付く温度。それが舞台の半分以上に展開されている。
カモ君の動きを押さえればこちらの勝ちだ。あちら側の攻撃もそよ風程度にしか感じない。だが、油断はしない。まだ、あちらの最強攻撃が使われていない。
「アイスランス!」
「っ、鉄腕!」
モーブの魔法とカモ君の魔法の発動はほぼ同時だった。
カモ君の魔法が作り出した、宙に浮かぶ巨大な鉄の一対の籠手。それを十字にするように重ねてモーブのアイスランスを受け止めながらもこちらへ突撃するカモ君。
冒険者アイム特有の魔法を伝授されている情報はモーブにも知らされている。
まるで凍り付いた巨人のジャブとストレートの二連撃。その質量。その速度。
普通の人間はもちろん、上級軍人や冒険者。魔法使いでは対応できない。だが、モーブの装備している強力な鎧と武器。何より反鏡の籠手というカウンター。と言うよりも応戦に能力が全振りされているアイテムがある限り。モーブが殴り負けする事は無い。
まるで警報を鳴らす鐘のように連続した金属音があたりに鳴り響く。
見ればカモ君の作り出した鉄腕が宙に打ちあげられていた。その上、頑強さを形にしたような鉄腕は見事にへしゃげて潰された防具。だが、そこで終わる彼ではない。
「ウォーター!」
カモ君が拳を振りぬいた体制から繰り出されるのは水を生み出す魔法。それを連続的に発動させた。
その勢いは子供くらいなら押し流せそうな威力だったが、重武装のモーブにはただ水を噴きつける程度の威力でしかない。だが、それでも反鏡の籠手は効果を発動させ、その水流を一振りで真っ二つに切り裂く。
モーブを遠目から見るとそれは川の流れを二つに割る巨岩にも見えた。
「今更、そんな初級魔法が俺に通じるかぁっ!どんな小細工を考えているか知らんが、もう諦めろ!!」
モーブの魔法で凍結した舞台。
その上でカモ君が行動できる範囲はあと数歩進めばモーブと殴り合える範囲しかなかった。
モーブがあと一歩踏み込めば、斧の攻撃範囲に入る。
「これで駄目だったら諦めるさ!」
体力。魔力。精神力。そして戦況的に最後の行動になるだろう魔法を放つ。
アースグレイブ。鉄腕。そして、カモ君が出来る最後の最大攻撃魔法。
「デブリスフロウ!!」
それはカモ君の足元から大量の土砂が噴き出る魔法。
小型敵ユニットにはダメージと行動遅延。大型敵ユニットには行動遅延を及ぼす魔法であり、デバフを兼ね備え、相手を押し流すノックバック魔法。
ダメージは鉄腕やアースグレイブにかなり劣る。団体戦では味方を巻き込む。攻撃目標を見失うといった結構使いづらい魔法。
だが、押し出すという効果ならばカモ君の使える魔法では最高の効果を及ぼす物。
モーブは確かにカモ君の連続攻撃は捌いた。
だが、水流のように半後続的に放出し続ける攻撃は一時しのぎの反応しかできない。
どんなに凄腕の剣士でもこんこんと流れる川の流れを真っ二つにするなど源泉を押しつぶさない限り不可能だ。
「ぐおぉおおお?!」
まさか、また場外を狙う気か?!
モーブは初めて攻撃らしい攻撃を受けた。
だが、彼が装備している鎧はカモ君の魔法のダメージを通さない。せいぜい体の前面を強く押される感触。はっきり言ってノーダメージ。その上、反鏡の籠手の効果でその土砂をかき分けるように常に斧を振り回し続けているモーブ。進めはしないが、その場にとどまるぐらいは出来そうだ。
木造の家の壁くらいなら壊せそうな勢いの土砂だが、モーブにはノーダメージだ。少し踏ん張れば耐えられるものだ。そして、これだけの大量の土砂を生み出す魔法を使い続けていれば、これまでの戦闘もあって、と魔力を共有しているカモ君でも一分もしないうちに魔力が底をつく。
残念だった!これでは俺を押し出せは「ホール!」…なぁ?!
モーブはこれでも上級冒険者や軍人と比べても見劣りしない戦士である。
そんな彼が足元に違和感を覚えた!踏みしめていた大地が急になくなった。
カモ君が使った魔法はホール。掘削用。地面に穴をあけるという簡単な魔法。それを薄く浅く。ただし広い。そして、モーブからその背後。舞台の端に当たる位置まで斜になる穴。五度にも満たない穴を。斜面を作り出した。モーブからしてみれば薄紙一枚を足元から引っこ抜かれた程度。だが、それだけで彼は体制を崩した。
絶え間なく生み出される土砂の勢い。
それを切り裂こうとして自動で動き続ける反鏡の籠手と振り回される斧。
それによって彼は自信の重心を取れずにいた。
するずると。まるで背後から巨大な蛇に巻き付かれて引き寄せられるかのようにモーブの体は少しずつ。背中を反るように。体制を崩していく。
モーブはもちろん、どうにか体制を整えようとした。しかし、重量感のある斧を振り回し続けているから踏ん張りが出来ない。その上、自分の足の裏と舞台の間には細かい土砂が流れ込んでいることもあってバランスが取れない。
魔法を唱えようにも腕を振り回し続けているため、上手く詠唱も出来ない。
徐々に、徐々に。しかし、確実にモーブは後退していく。
カモ君との距離がその分離れていく。
それから十秒もしないうちに、その距離が五メートル離れると同時に完全にモーブの体制が仰向けになった。反鏡の籠手は今なお反応して腕を振り回しているが、仰向けになり完全に土砂に流されるモーブは端から見ると溺れている人にしか見えない。
「嘘だろ!モーブ?!」
「あいつはカモだったんじゃないのか?!」
それを見たネーナ側の選手陣営は焦りを隠さずに悲鳴を上げ、リーラン陣営は歓喜の声を上げた。
「そのまま押し流せエミール!」
「勝った!第四試合、完!」
誰だ、今、フラグを建てやがった奴は!?
自分を応援してくれているんだろうが、誰かが放ったフラグ発言にカモ君はツッコミを止めて、魔法の維持に全力を尽くした。まだ、相手選手を完全に押し出せていない。
だが、それも杞憂で終わる。見れば相手選手は既に場外へと放り出された光景を見たから。
安心して、しまった。
気を緩めてしまった。
完全に相手選手を押し出した瞬間。相手は最後の悪あがきなのか。それとも偶然すっぽ抜けたのか。
モーブは反鏡の籠手が発動する僅かな合間にダイヤモンドアックスを手放していた。カモ君に向かって投げつける形で。
文字通り空気を切り裂いて襲い掛かってくる。今なお放出される土砂すらかき分けながら迫りくる巨大な斧にカモ君の反応は遅れた。思わず、半歩退く。が、わずかに足りなかった。
モーブが場外に投げ出されると、同時だった。
斧の刃先がカモ君の足元に突き刺さる。
と、同時に対戦中のカモ君からひと時も視線を逸らさなかったコーテは大声をあげた。普段の彼女からは決して出ないような悲鳴のような絶叫を。
「審判!判定を早く!」




