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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
暴れカモの妨害スープ煮込み
169/205

第十二話 ネギを巻く。挿すことも検討中。

カモ君による殴殺劇はとうとうクライマックスに近づいていた。


「ひ、ひぃっ」


意識を保った使者は偶然か必然か。

ルーナを凌辱すると発言した使者だけになった。

カモ君にずっとぶん回された男の意識は最初の一人を殴り倒した時点で失い、左腕の関節全ては外れ、蛇のように伸びきっていた。兜の中は吐瀉物で匂っていたが、それ以上に周囲に漂う血の匂いで鼻は詰まっていた。が、それ以上にカモ君が怖かった。

瞳孔は開き切り、全身血だらけで、全身で呼吸している姿は正にモンスターと言ってもいい風貌だ。何より一向に変わらない殺気。

大なり小なり出血して倒れ伏している味方を見て、最後の使者は逃げたい。生きたいという本能から、カモ君の凶行をどうにか止められないかと脳を最大限活用して、言葉を振り絞る。


「わ、私達は使者だぞっ!その使者を害したとなればお前たちもただでは済まないぞっ!わかっているのか!」


「ふざけんなっ!それに胡坐をかいて好き勝手やっていたのはお前達だろう!自業自得だ!クー様やローア様、エミール様がいなければもっとひどい惨状になっていたんだぞ!」


衛兵の一人が最後の使者に向かって怒号を飛ばす!戦闘不能になった使者達の拘束を終えた別の衛兵たちもそうだそうだと叱責を飛ばすが、使者は開き直って言葉を続ける。


「それがどうした!我々の方が偉いんだ!貴様らのような下っ端が意見するんじゃない!」


「お前、馬鹿だな。今、偉いとか下っ端とか関係ないだろうに」


怒りと返り血で顔どころか全身真っ赤なカモ君にそれが通用すると思っているのかと、ローアは使者の発言に呆れた。

偉い奴が場を制するのは政治や経済でのみだ。このような戦いの場で強い者が場を制する。

使者の言葉を借りるのなら、偉い奴が強いのではない。強い奴が偉いのだ。

そんな強い奴。カモ君は使者の言葉に耳を傾けず、あるいは傾けてなお、仕留めようとミスリル鎧を叩きつけた。


「えぐぅっ!?き、貴様、これが本国に知られればただではすまんぞ!貴様も!貴様の守ろうとしたものもだ!」


使者は前情報でカモ君が弟妹達を大事にしていることは知っている。そんな二人を害すると言ったからカモ君はお怒りになっている。ならば、それを鎮めることが出来るのも弟妹関係だろう。

その考えは当たったのか、カモ君が再度、使者に叩きつけを行うことはなかった。それを好機と見た使者は言葉を続ける。


「こ、ここまでにしようじゃないかっ。ここで見逃してくれれば我々もこの地を去る!この事も報告もしない!もう手出しもしない!どうだ!これで手打ちにしてくれないか!」


勿論、嘘である。

この使者は今を無事乗り越えれば何かしらの報復かその手伝いを行う。

無駄にプライドが高い使者はひとまずこの場を乗り越えようとした。だが、


「オマエガソレヲマモルホショウガナイ」


地の底から響いてきたかのようなかろうじて人の声を発しているカモ君を見て、使者だけではなく、ローアや使者達もすくみあがった。

戦闘の決着がつくまでは誰もが興奮状態だったためカモ君に怯えることはなかった。だが、戦闘を終えた今、冷静さを取り戻した今だからわかる。

カモ君の現状に。怒気に。殺気にこの場にいた全員が呑まれていた。


「ひゅっ」


カモ君の言葉を聞いて使者は腰が抜けその場にへたり込んだ。


「オマエガルーナヲケガソウトシタコトモワスレナイ。ソレニ」


ガパッ。と開かれたカモ君の口からは異常なまでの蒸気が出ていた。まるで給湯器のような湯気に。理性がほぼ宿っていない瞳で使者を捉える。が、次の瞬間、不意にカモ君に理性が持った。


「お前達をここで消せば何も問題はない」


カモ君はブラコンでシスコンだ。どんなに狂暴化しても心の片隅にクーとルーナの事が常にある。二人の障害になるのなら自身すらも排除する冷静さは残るのだ。


乱暴狼藉を働いた使者を見逃すのも、看過する事も弟妹達の害になる。

ならば、元から使者などいなかった。もしくはどこかへと消えてしまったといえばどうにかなる。ローアも衛兵たちもきっとこの事に賛同するだろう。仮にばれてもカモ君を突き出して、ローア達は無関係を装えばいい。


カモ君がそう伝えると使者は体中のから体液を噴出した。

目の前のカモ君は自分を殺すために、今だけ理性を取り戻した。

自分達を止める為に人を捨て、自分達を消すために人を取り戻した。

まるで機械にオン・オフの使い分けをする奴の聖域を汚したことに今更後悔した使者は恐怖から気絶した。

気絶と言う簡単な方法で現実逃避した使者をカモ君が許すはずもない。こいつらには恐怖と痛みを刻みつけて消さなければならない。それはローアも衛兵達も同じ気持ちだった。

場の雰囲気を制したカモ君が気絶した使者に向かってミスリル鎧を叩きつけて、起こそうとした時だった。


「にぃにっ。駄目っ」


べちゃりと。全身に浴びた返り血でカモ君自身が不快だと感じている体に縋りつく小さな感触。


間違えるはずがない。間違えて、たまるか。自分はそれを守るために非道を行っているのだから。


「だめだ。こいつらはここで仕留める。だから、離れろ。…ルーナ」


ピンクの寝間着は当然血まみれに。綺麗な銀髪も、白い肌も赤黒く、臭く、汚い物で汚れてほしくない。

カモ君は振り向かずに自分の足に抱き着いてきたルーナに離れるように言う。

自分は血まみれで外見的に。人の感情を捨てて使者達を殺そうとした内面的に。汚れきっている。

今の自分を見てほしくなかった。触れてほしくなかった。

だが、そんな余裕も先ほどまでなかった。


「駄目だもん。だって、にぃに。それ以上やったら、遠くに行っちゃうもん。そんなのやだもん」


ルーナにとって、自分達を害していた使者達がどうなろうと知った事ではない。むしろ、自分達を怖がらせた奴が死んだ方がせいぜいする。だが、使者を殺すのが、カモ君だった場合は駄目だ。

自分を大事にしてくれる。愛してくれる人がその罪をかぶってしまえばきっと。もしかしたら永遠に会えなくなるかもしれない。触れ合えなくなるかもしれない。

それは嫌だ。兄であるカモ君やクーでも嫌だ。だから、止めた。汚れることも嫌だが、こんな殺伐とした場に出るのも嫌だ。だが、窓からカモ君の戦いの終盤まで覗いていたからこそわかる。

自分の兄が何もかも投げ捨てて戦っていた。このまま戦えば体に怪我を負わなくても、きっと心に何かしらの問題が起こる。それを幼いながらも感じ取ったルーナはプッチスやモークスの静止の声を振り切り、屋敷を飛び出した。


「もう、大丈夫だから。全部、終わったから」


「………」


敵味方の識別能力以外の殆どを戦闘に振り切っていたカモ君の瞳に知性が徐々に戻ってくる。決して弟妹達の前では見せない狂気に毒された表情に優しさが戻ってきた。

震えているルーナがカモ君にしがみついて一分ほどして、ようやく。いつもの通りの兄の声で語りかけた。


「…ルーナ」


そう言って、カモ君はようやくミスリル鎧の手首を離した。ずっと握りしめていたから痺れて震えるその手の平を、残っていた残りかすともいえる魔力でお湯を作り出して軽く洗う。

血まみれの自分に抱き着いた時点でルーナも汚れてしまっている。カモ君が撫でればさらに汚れてしまうのではと思ってお湯で洗いはしたが、完全には落とせていない。

撫でることをためらっていたが、それを察してかルーナはその手を取り自分の頭に乗せた。


「…にぃには汚くないよ」


まだ、この場に残った異様な熱気と雰囲気。そして、目の前に広がる惨状で震えているのが分かる。それでもルーナは強がってカモ君の手を受け入れた。


「…そうか」


そう言って苦笑したカモ君の表情はいつもクーとルーナの前で見せていた穏やかな物だった。そして、カモ君もその場にへたり込んでしまう。

いつもなら強がってルーナの前では決して見せない弱った姿だったが、この時点でカモ君の魔力も体力も。それを支える精神力も残っていなかった。

そんなカモ君を見てようやくローアは、カモ君がぶん回していた鎧の男と気絶した使者の捕縛に動いた。それほどまでにカモ君の雰囲気は異様だった。

カモ君も意識を保っている事もギリギリと言った具合だ。だが、ここで気絶するわけにもいかない。使者達を捕縛し、その上でコーテ達のいる宿屋まで戻り、ネーナ王国との決闘を行わなければならない。休んでいる暇などないのだ。

ローア達が捕縛を見届けた後、座り込んでいたカモ君は立ち上がりローアに頭を下げた。


「すいません。ローアさん。俺をコーテ達のいる宿まで運んでくれませんか」


「…くっ。エミール君。君と言う奴は…。わかった用意しよう」


カモ君の図体は成人男性以上。今の状態では乗馬も上手くいかない。だから、馬車で自分を送ってほしいと願い出た。

ローアもわかっているカモ君に時間がない事も状況的に追い詰められていることも。だからこそ、ローア自身も心身を奮い立ちながら衛兵二人に声をかけてカモ君をモカ邸にある唯一の馬車に乗せた。幸い、屋敷の外れに設置していた事で馬車と馬自体は無事だった。

血で汚れた体を洗うことも出来ずにカモ君は馬車に乗り込む。それを涙ながらに見守るルーナ。

何度も仕方ない事を乗り越えてきたからこそ、ルーナは涙を零しながらでもカモ君を見送ることが出来た。


「…ローアさん。皆。後をお願いします」


「ああ、君も頑張ってくれ」


「エミール様っ!ありがとう、ございましたぁっ!」


本来なら自分達だけで解決しなければならないのに、カモ君に迷惑をかけてしまった。そして、一番消耗したのも彼だ。ならば、自分達が泣き言など言えるはずもない。

任されたからにはそれに答えねばならない。

ローアと衛兵達は、めったに見られない疲れ切ったカモ君を心配させないように力強く送り出した。


「…じゃあ、行ってくるよ。ルーナ」


「にぃに。絶対、帰ってきてね」


兄妹が交わした言葉も時間も少ない。だが、そこには確かな想いがあった。

そして、馬車が動き出した。

あと三時間で日が昇るだろう時間帯。本来なら就寝している時間帯。その上での激戦と消耗でカモ君は今にも意識を手放しそうになっていたが、ルーナの姿が見えなくなるまで手を振る。そして、見えなくなり、ようやく一息つこうとしたところで気が付いた。

自分と同じ馬車の中で自分を護衛してくれる衛兵。そして、その隣に山積みになったローブや鎧。杖に剣といった様々なアイテムの山に。


「…これは?」


「使者とかいう馬鹿達からはぎ取った物です。本当ならしかるべき場所に持っていくのが筋ですが、エミール様達が使った方が有意義でしょう」


衛兵はそう言って、少し悪い顔でエミールに詳細を語った。

本当ならローアを通じてリーラン王国に寄与すべきだ。そこから犯罪の証拠を立件しなければならないのだが、ローアも衛兵達もあえてそうせずにカモ君の力になろうとした結果だった。


「お前たちも悪よのぅ」


「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」


そう言って笑いあった後、カモ君は今度こそ疲れ切ったのか、その衛兵に向かって少し休む。宿に着いたら起こしてくれと言い残し、そのまま座席に座ったまま眠りについた。


「必ず。必ずや貴方をお守りします。エミール様」


そうして、カモ君がコーテ達のいる宿に辿り着いたころには太陽が地平線の向こう側から登り始めていた。

宿につき、起こされたエミールは自分の足で宿の玄関をくぐるが、血まみれであることは変わらない。宿の店主に無理を言ってお湯の張った桶を用意してもらっているところにコーテ達がやって来た。

血まみれの彼を見た時、彼女達の悲鳴も上がったが、殆どが返り血で怪我らしい怪我と言えば鼻の骨を折ったぐらいだ。と伝えるとコーテの回復魔法で治療を受け、外傷だけは完全に癒したカモ君は、店主の持ってきたお湯で全身にこびりついた血を洗い流し、用意してきた着替え。ジャージを着こんだ。

その頃には宿の朝食も出来上がっており、それを頂いたらカモ君達はすぐにでも出立しなければならない。

朝食を取りながらモカ邸であったことをかいつまんで話す。

それを聞いたシュージを始め、他のメンバーは驚きつつも、カモ君が持ってきたアイテムの山を見て、それが本当なのだと実感した。

凶行の事は話さなかったが、また無理をしたことを知られればいらぬ心配をされるだけだと思っていたカモ君だったが、コーテにはそれとなくばれて移動する馬車の中で小さい声で叱られた。だが、それも数分だけ。彼女にはわかっていた。カモ君がまだ疲れていることを。

移動中の馬車の中。コーテの隣に座っていたカモ君が移動し始めてすぐに眠り始めた事を確認したコーテは優しい笑顔を見せながら彼に毛布を掛けた。




カモ君がモカ領を出る数分前にクーは屋敷で目を覚ました。


「…はっ。いっつぅ」


まだ、風の影響が残っているのか、痛む頭を押さえてクーはベッドから上半身を起こした。が、それをすぐ傍で待機していたモークスに抑えられた。


「クー様。もう大丈夫です。もう、終わりました」


「…モークス。終わったとはどういうことだ」


頭痛と倦怠感を堪えながらもクーがモークスに尋ねると彼女は一部を省いて詳細を語った。

カモ君が助けに来てくれたことで、使者達を鎮圧することが出来た事。

あれだけの惨劇があったものの彼等が持っていた回復薬が上等だったため、死人は出なかった。重傷者は数人出たが、その回復薬で回復し、今は休んでいるが、しばらくすればまた落ち着いたモカ領が戻ってくると。

カモ君が狂暴化した事は敢えて省いた。カモ君もそれは伝えてほしくないだろうとモークスとローアの考えの元、衛兵達にもその事は黙っているように伝えている。


「…にー様が。来てくれた、のか。…はは、情けないなぁ」


「ああ、まったくだ。だが、それは君じゃない。私の責任だ」


本来なら自分達だけで解決すべき事。それを兄に尻拭いさせたことをクーは情けなく思っていた。だが、それは見当違いだ。なぜならば、今の責任者はローアであり、それを守るのは衛兵達だ。中には王都から直々に派遣された衛兵もいたのだが、そんな彼等でも抑えられないくらいの蛮行を使者達は働いた。今は奴隷用の手錠と首輪でその力を封じ込め、牢にぶち込んでいる。


「クー君。君も。そして、エミール君もまだ子どもなんだよ。いくら魔力が強かろうと筋肉が凄かろうと。君達はまだ子どもだ。それを守るのが大人である私達なんだ。…実際は出来ていないがね」


少し悔しそうな表情を見せたローア。自分達だけではネーナ王国の使者は対処できなかった。

クーがいなければモカ領はもっとひどい状況だった。

カモ君が来てくれなければ死んでいたかもしれない。

子どもに頼り切っていると思い知ったローアや衛兵たちは悔しく思い、今もなお、奮起している。事が収まり次第鍛錬をし直そうと心に誓っていた。


「…クー君。君に。いや、君達に誓おう。私達、大人は強くなる。君達が大人になるその時まで、君達を守ろう」


クーの前には強くなろうとしている立派な『大人』がいた。

まるで、カモ君のような決意を秘めた『男』の姿があった。

クーの大人に対するイメージはあの毒親のギネだ。モークスやプッチスは大人と言うより身内のイメージが強い。

だから、内心、大人には期待していなかった。だが、目の前にいるローアからは頼れる大人を感じた。もしかしたら、知らないうちに見下していたかもしれない。

そう思ったからこそ、クーはローアに返事をした。


「僕が。いや、俺が大人になるまで。どうかよろしくお願いします」


「ああ。任せてくれ」


クーの言葉に強く頷いたローアはクーの部屋から出ていく。

それを見送ったクーもまた強く決心した。


にー様。僕ももっと強くなります。にー様に頼らなくてもいいくらいに。にー様が心配しないような強い男になります。だから、にー様も頑張って下さい。




そんな、想いを馳せられているカモ君。

万全を期すために、馬車の中で休み馬車の中ではほとんど寝ていた彼は疲弊した体を癒すためにひたすら休んでいた。

国境を越え、ネーナ王国の一角に辿り着いた時には夕暮れ時。

リーラン王国の用意してくれた滞在先の宿屋で、カモ君は使者達が押収したアイテムをシュージ達に分配して、万全を期して対処しようとお互いを鼓舞した。

そして、翌朝。

ネーナ王国に設置された巨大なコロシアム会場。

リーラン王国の武闘大会よりも広い立地に、より多くの観客を迎えることが出来る会場。そして、充実された選手控室。その部屋の中で。


「へっくしゅっ」


「お前、万全でいこうって言った傍から…」


カモ君は風邪を引いていた。コーテの看病の一環でねぎを首に巻いているが、明らかにコンディションが悪い。


(血で)びしょ濡れで寒空の下にいたら、そりゃ、風邪もひきますよね。

…やっべぇ。どうしよう。

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