第十話 兄が来た
男の友情という物を確かめたカモ君達は明後日には決闘と言う日数で、モカ領へとたどり着いた。
ネーナ王国に隣接していることもあるが、カモ君の地元という事もあり、そこによるという事だった。
だが、滞在する時間はあまりない。
日中かけて馬車で移動し、日が落ちる時間帯にようやくモカ領に入れた。その上、そこに設けられた宿泊地で食事と睡眠をとるだけの時間しか取れない。その上、早朝のうちに宿を出て移動しなければならない。
モカ領は今、とある理由から繁忙期から儲けをなくしたように忙しい。その理由を知ればカモ君は決闘などほっぽり出してモカ領にある問題解決に尽力を尽くすだろう。それが分かっているから、学園長のシバは勿論。モカ領代理領主のローア。そして、次期領主のクーも兄には黙っていた。ルーナもコーテへの手紙にその事は書かないでいた。
よってカモ君は愛する弟妹に会う時間は無い。言葉を交わすことも無い。
そのはずだった。
「エミール様はおられますか!」
モカ領の宿泊所へ辿り着いたカモ君はクーとルーナに少しの時間でも会えるのではと期待していたのだが、そんな事はなく、気落ちしていた。そこをコーテが慰めている時だった。
シュージを含めた決闘関係者全員が宿泊所に設けられた食堂で夕食を取っていると、そこに繋がる扉を大きく音を立てて入ってきたメイド。ルーシーだった。
彼女は肩で息をするほど疲弊していた上に来ているメイド服の所々が破れていた上に、その内の数か所には血がにじんでいた。
その上、疲弊した表情。状態からただ事ではないと感じ取ったカモ君は、食堂に飛び込んできたルーシーに駆け寄る。
食堂に駆け込んで、数秒でカモ君の姿を確認したルーシーは、その場に崩れ落ち、くしゃりと表情を歪めて、涙を流しながら、彼に助けを乞う。
「ルーシー。何があった」
崩れ落ちたルーシーと視線を合わせる為にカモ君は膝をついて、回復魔法を使おうとしたところをルーシー自身がそれを断った。
「エミール様。申し訳ございません。貴方だけには教えるなとローア様とクー様から命じられていましたが、もう。貴方様しかいないのですっ」
ルーシーは息も絶え絶えながら、カモ君の肩を掴み、モカ領に起きている問題を話した。
それはネーナ王国の役人と軍人達によるモカ領の下見。
もうすぐ自分達の物になる土地を味見していこう。
そんな下心から来ただろう横暴がモカ領で横行していた。
農民たちへの暴言・暴力から柵の破壊や宿や食事処での乱暴狼藉。領内に少ない観光名所での乱痴気騒ぎが行われていた。
その事にローアも黙っていることなどなく、衛兵や冒険者を雇って彼等の鎮圧にあたっていたが、その中で一際戦闘力の高い一グループがいた。
彼等の蛮行を止める為に衛兵や冒険者達が諫めようとしたが、奴らは並外れた魔法や膂力を持って彼等を叩きのめし、蛮行を続けようとしていた。だが、そこに巡回中の特級魔法を使うことが出来るクーがいた。
さすがにクーが鎮圧のために放った魔法に彼等は恐れおののき一時は退散した。だが、それ以降はクーがいないところへわざわざ向かい、蛮行を行う始末。モカ領は殆どが農耕地のため広くはあるが、人の目に届かない場所は多くある。
収穫が終わった真冬とはいえ、特に宿屋や食堂。観光地などで大声をあげての蛮行を起こす奴らをクーが毎日のように出向いては鎮圧していたが、まだ八歳になったばかりの少年。いや、幼子だ。無理がたたって風邪をひいてしまう。
今は屋敷で寝かされて休んでいる。が、それをどこで聞きつけたのかネーナ王国の連中は寄りにもよって屋敷付近で乱痴気騒ぎを起こし、その周辺に住む住民たちに迷惑をかけていた。
ローアも衛兵と冒険者を引き連れて鎮圧に向かったが、レベルが違った。
カモ君的にはシュージ以上に強力な魔法を放つクーだからこそ奴らを鎮圧できた。だが、それ未満のローア達では抑えられなかった。
暴力が飛び交う現場では、怒号と魔法が飛び交い、周囲への被害が拡大していった。
そんな中、騒ぎに目を覚ましたクーが鎮圧するために赴こうとしたが、風邪の症状は酷く、ベッドから数歩歩いただけでその場に倒れた。
始めは屋敷でモークスとルーシー自身。そして、ルーナの看病を行い、プッチスが三人の護衛を行っていた。だが、屋敷まで届いていた怒号にルーナは震えだし、泣きながらカモ君の名前を呟いた。
その瞬間、ルーシーは今、モカ領にカモ君がいる。彼に助けてもらうという希望に縋った。
彼女にもこの事態はカモ君に伝えないように命じられている。だが、もう、彼女にはカモ君に助けを乞うしか現状を打破できないと判断した。
「エミール様を呼んできます!あの方ならば鎮圧できるはずです!」
クーは風邪で動けない。
ルーナは性格的にも戦闘能力的にも戦力外。
何よりもこの二人は守るべき存在だ。今、屋敷の外に出すわけにはいかない。
モークスはクーの看病。
プッチスはクーとルーナの最終防衛線。
今、自由に動けるのはルーシーだけだった。
早馬で駆け抜ければカモ君達が寝泊まりする宿屋に三時間で辿り着くことが出来る。
それを、寝かされたクーは息も絶え絶えながら止めるが、ルーシーはそれを振り切って、屋敷を飛び出した。カモ君ならばこの事態も治めてくれる。そして、彼ならばたとえどんな事情があろうとも助けてくれると。
それは止めに入ったクーも同感だった。だからこそ余計な疲弊を兄にはしてほしくなかった。カモ君にはモカ領を賭けた決闘が待っているのだ。ここで何らかの支障が産まれてしまえば本末転倒だ。
だが、それもきっと、カモ君はその場に飛び込んでいくだろう。
彼にとって弟妹達は何よりも大切な存在だから。
モカ邸に止めている早馬は二頭。そのうちの一頭を使ってルーシーは馬を使って駆け抜けた。それを目ざとく見つけたネーナ王国の人間は彼女に向かって遊び半分で魔法を放つ。
人一人殺せる威力を持った魔法を何とか交わしながらその場を脱したが、完全に回避できたというわけではない。細かい切り傷や火傷を負いながらもルーシーは何とかカモ君の元へとやって来られた。
「ルーシー。よく知らせてくれた。後は任せろ」
事情を知ったカモ君が取る行動は一つ。
どんなデメリットや枷を課せられようとこの男は迷うことなく行動する。
「ま、まさか…、今から出向く気なのかエミール!無茶だ!今の時間帯は完全に日が落ちているっ!こんな暗がりではどこに馬を走らせているわからなくなるぞ!」
シィが食堂から出ようとするカモ君の背中に向かって声をかける。
そう、今は完全に火が落ちている。その上、曇り空という事もあって、月や星の光も届いていない。暗闇。モカ領は田舎だ。夜道を照らす街灯もない。それはここ出身のカモ君がよく知っている。明かりもなしで馬を走らせることがどれだけ危険か、カモ君自身が理解している。
「大丈夫ですよ。俺は光魔法も使えます」
こういった場合、多様性のある魔法使いであることを嬉しく思ったことはない。
カモ君の歩みは少しも阻まれることなく進んでいく。
「む、無理ですよぅ。いくら魔法力に自信があるとはいっても三時間も使い続ければそこをついちゃいます」
イタもシィに同調するようにカモ君を止めようとしたが、それがカモ君を止めに入る理由にはならない。しかも、彼は搾取の腕輪でライツの魔法力の分だけ増量されている。屋敷に着くまでは持つだろう。だが、到着した時にはイタの言う通り、魔力が底をつくかもしれない。だが、それもまたカモ君が足を止める理由にはならない。
今回の決闘で引率としてついてきた教師や護衛として雇った冒険者や魔法使いからも止めに入ったが、カモ君は一切気にも留めない。
「エミール。ばっちり締め上げてこい」
「朝までには戻ってくるのよ」
そんな彼を見て、シュージは止めに入るのではなく背中を押すようにカモ君を送り出す。
止めても無駄だし、一緒に行っても足手まといになると察したコーテは敢えて時間制限をかけてカモ君を見送った。
彼の無茶とそれを成してきた功績を知っているからこその応援の言葉は口角を少しだけ上げて背を向けながら手を挙げ、振り返りもせずに食堂を出て、宿の店主にこの宿で飼っている馬を借りて、飛び出していった。
その後ろ姿こそ、『主人公』を思わせる雰囲気を纏っていた。
ただし、その物語の内容は強烈な怒気から来る残虐なものになるだろう。
モカ邸屋敷前では魔法と怒号が飛び交っていた。
その中心にはローアと衛兵達が四方を取り囲まれる形でネーナ王国の人間に攻撃を受けていた。
ネーナ王国の人間はたったの十数名。
ローア達は最初、冒険者達も含めて彼等の三倍の人数で当たっていたが、ネーナ王国の人間の悪い態度に等倍の実力を持っていた。
膂力は冒険者の二倍。魔力はローアより少し上。何より、彼等の身に着けている武器や防具。それらの全てがマジックアイテム。
ステータスの差。マジックアイテムの恩恵を受けた彼等の蛮行を止めることが出来るのは圧倒的な力を持った存在。クーの魔法ぐらいの戦力を持った抑止力が必要だった。それがないローア達は防戦で精いっぱい。不利を悟った冒険者達がいなくなってからは更に状況は悪化した。
こんな蛮行が知れれば間違いなく国際問題になる。だが、ネーナ王国の人間はそれを理解していないのか。それとも、もうすぐ自分達の領土になると確信しているからか好き勝手に暴れ、とうとうモカ邸の前まで乱暴を働こうとしている。
ローアがいくら止めるように言っても、奴等は嘲笑いながら乱痴気騒ぎを行う。むしろ、それを肴に更に大騒ぎする始末。
そして、今もさっきは感じないものの、こちらを害そうとする敵意や魔法が飛び交っていた。どうやらマジックポーションを酒の代わりに飲んでいるのか奴等からの魔法がやむ気配がない。
ネズミをいたぶる猫のように、じわじわと追い詰められていくローア達。
撤退に次ぐ撤退でとうとうモカ邸前まで追いつめられた。ローアの風魔法で県政や防御をするが、屋敷の所々に投石や弓による射撃。魔法による焦げ跡や割られた窓などある。このままではモカ邸に火をつけられてもおかしくない。
「貴様等!いい加減にしろ!これ以上の蛮行は本気でシャレにならないぞ!」
「じゃあ~、止めてみればいいんじゃないですかぁあっ。出来ればの話だけどぉお~」
「「「ぎゃははははっ」」」
ローアの言葉を聞いてもネーナ王国の人間はその蛮行を止めない。
必至になっているローアを馬鹿にして笑う奴等。そこには若い女性もいたが誰一人漏れることなく醜悪に笑っていた。
下衆。
その二文字こそがローア達が相手をしている輩を正しく表していた。
だが、頼りにしていた冒険者達はローア達を見限って逃げ出した。三倍近くあった人数に怯むどころか笑いながら倒していく奴らを冒険者達は悪魔かドラゴンといったモンスターの類に見えたかもしれない。
ローアはリーラン国王からモカ領の自治を任されている。義弟のカモ君からも彼の弟妹達を任された責任感もある。だが、とうとう彼の必死な防衛の目をかいくぐってモカ邸の玄関付近に魔法が着弾。発火した。早く消化しなければモカ邸が大火事になってしまう。
しかし、ここで消火作業に入れば一気にこちらが押しつぶされる状態だ。まさに八方ふさがり。むしろ屋敷に火をつけられたことにより、確実に最悪の事態に近づいていく。
ここまでか。
そう、ローアが諦めかけた時だった。
屋敷に着火した火を覆いつくすほどの水の砲弾が着弾。その辺り一帯に水しぶきと同時に商家の時に発生した煙が上がる。
その様子にローアは驚き、ネーナ王国の人間は文字通り冷や水を掛けられたように文句が飛び交う。そして、水の砲弾が飛んできた方向。彼等は後ろを振り向くとそこにいたのは。
ネーナ王国の人間の一人。の、後ろから首元に嚙みつき、その顎の力一つで大の男の一人を持ち上げている、全身血だらけ一人の男が立っていた。
「「「ヴぁ、吸血鬼ァアアアア!!?」」」
モンスターの中で結構危険度が高いモンスター。と、間違えられるほどの凶悪な目つきをしているカモ君が立っていた。




