第六話 リーラン王国の危機管理能力を疑う
大体五時間ほどだろうか。
年末パーティーの後に睡眠はとったが、未だに体力と魔力が全快したとは思えない程疲れが残っていた。ぶっちゃけまだ寝ていたい。
しかし、日々のルーティンと言うべきか、そんな疲労状態でも目を覚ましたカモ君は軽くストレッチをした後、風呂に入り、朝食を食べた。
朝食と言っても食堂のおばちゃんたちお手製の乾パンとインスタントスープだ。勿論、毒がないかの鑑定の魔法は使っている。なんでそんな事をするかって?コハクを連れてきてから一度あった。毒物混入事件が。
カモ君達が軍やマウラとの強化訓練をしている際に、差し入れとして持ってこられた食事に毒が仕込まれていた。この国の姫も口にするものだから監査が入ったのだが、その差し入れに毒が入っていたことを訓練終了時にマウラから聞かされたカモ君。
正直、この国の防衛力の無さに絶望しかけた。しかも、まだ犯人は特定されていないという捜査力の無さにも落胆した。が、それだけ加害者側の隠密性が高いという事か。十中八九ネーナ王国関係者だろう。今から戦う相手の力量が知れるという物だ。悪い意味で。
いくら『主人公』がこちら側についているとはこれだけの差を見せつけられると勝てるどころか試合になるのかも怪しいところだ。
カモ君は毎日行っている筋トレやランニング。瞑想と言った訓練は行わずに改めて自分の装備を見直した。
ウールジャケットに搾取の腕輪。そして、自室を出ると同時に渡されたシルフブレスレットとブーツ。
ルストとの決闘に勝った戦利品として、彼自身から手渡された物だ。というか、カモ君のすぐ隣にいる。
カモ君に叩きのめされたルストは、なんと自分が負けたと理解して、男子寮の大風呂に共に入り、何かと彼に質問した。そして、風呂から上がる頃にはカモ君崇拝者になった。
カモ君の体に出来た傷。決して浅くないその傷とカモ君がコーテをどのように思っているかを朝風呂で聞かされたルストはカモ君に平謝りをした。
カモ君もコーテを大事に想っていた。そのために行動していた。そのことに嘘がないと行動と体の傷で示された時、ルストは自分の勘違いを恥じて彼を尊敬することになった。
ルストはネインと同じ中等部二年の先輩で伯爵家の三男坊。年上の先輩であり、爵位も上である彼から謝罪を聴けただけで十分ですと言ったが、それにすらルストは感動した。
侮辱されたことを許しただけではない。この後に控えている国家間の決闘にも支障が出るかもしれないのに自分と戦ってくれたこと。もうしないと宣言した、コーテにちょっかいをかけていた事も表面上は許してくれたカモ君の器に男として惚れた。
兄貴と呼んでもいいですか?と、言われたがそれだけは勘弁してくださいと丁寧に断った。自分の事を兄と呼んでいいのはクーとルーナだけだ。
カモ君にとってそれは殆ど許してはいけないものだった。というか、年上の人から兄貴とは呼ばれたくない。
それよりもルストに訪ねたいことがある。それは決闘を申し込むきっかけになった人物。カモ君の最近までの情報を悪いように伝えた人物の詳細だ。
ルストとて貴族だ。あの時、決闘を仕掛けるにはあまりにも間が悪すぎた。ある意味、国家の威信をかけて戦う人物の負担になるような真似をするだろうか。
普通の貴族ならばしない。そんな事をすれば、国代表の選手の足を引っ張った。という不名誉を被る。それを三男とはいえ伯爵の子息がするはずもない。
なにより、カモ君は魔法学園の生徒の中では上位に実力者でもある。だからこそ決闘の選手に選ばれたのだ。いくらその人物からメタ装備を受け取っているとはいえ決闘を吹っ掛けるなど余程の自信と確証がないと出来ない。
「すまない。その人物の事はまるで夢みたいに思い出せないんだ」
カモ君の情報を得た。強力なマジックアイテムももらった。
顔を隠していたわけでもない。声に特徴がなかったわけではない。
だけど、その人物の特徴が思い出せない。
酩酊状態のように、起き抜けの思考のように。
その人を思い出せない。それどころか人だったのかも怪しい。エルフやドワーフ。ホビット。といった人に近い種族。ゴブリンやコボルト。ワーウルフといった人型のモンスターに近い人相だったかもしれない。ゾンビやゴーストのような生気のないモンスターや幻を見せてくるアルラウネやハーピーといったモンスターかもしれない。
そんな記憶に残らない人。もしくは人もどきのはずなのに、その存在を信じてしまったのだという。
そんな人物をカモ君は一人しか知らない。
モカ領に現れた謎の二人組の片割れ。確か、ライムとか言った女?だ。
今でもカモ君の記憶からそのわずかな情報が抜けそうになる。コーテが印象深く覚え、メモに残していなければカモ君どころかコーテすらも忘れてしまう程の存在だ。
あまりに希薄すぎる存在感。その辺りに落ちている石ころのように意識しないと認知できず、少しでもそれがなくなると忘れてしまうような存在。
はっきり言って脅威以外の何でもない。
何をされたか。その痕跡すらもなくなり、された事に対しても忘れてしまう。スパイや暗殺に使われていたら確実にアウトな力を持つ輩がまたしても自分の近くに来ていたのだと思うとぞっとする。そうされないのはコハクのお陰だ。
コハクから。暗殺からは守ってあげるけどそれ以外は自力でどうにかしてね。と、マウラとの特訓時に言われたことだ。
初めはどうしてそんな事を言うのかと疑問に思っていたが、今になってようやく理解できた。でも出来れば暗殺以外からも守ってほしいなとも思う。
彼女が睨みを利かせている間、実害は出ないと考えていいだろう。まあ、ルストに情報を流しているところから、実害が無いだけで。情報は相手側に流れていると考えた方が妥当だ。
恐らくはこちらの装備品の事もばれているだろう。
コーテも銀行に預けていたマジックアイテムを全て持ち出してついてきてくれると言っていたが、その種類すらも抑えられている可能性が高い。
シィとネインにそのマジックアイテムを貸し出すことも考えている。カモ君のレベルや扱える魔法の情報も抑えられているかもしれないが、一番痛いのはシュージの戦力を見られているかもしれないという事だ。
なにせ、シュージには火の魔法の威力を引き上げるアイテムだけではなく、魔法攻撃力と物理攻撃力を入れ替える『ゴリラの心得』というピーキーなアイテムを持っている事を知られたら相手は万全の体制でカモ君達を迎え撃つことが可能だ。
はっきり言って今回の決闘は敗戦濃厚としか考えられない。
自分を知り、相手を知れば、なんとやら。
メタ装備程、対戦相手にしたくないものだ。
そんな後ろ向きに事を考えながらも、カモ君は男子寮を出るとそこには一台の大きな馬車が停まっていた。既に参加選手のシィとシュージがその馬車の前でカモ君を待っていた。
「すいません。遅れましたか?」
「いやっ、集合五分前だ!十分間に合っている!」
「エミールが最後なんて珍しいな」
シィははつらつと。シュージは少し茶化すようにカモ君に言葉を投げかけた。
彼の後ろにルストがいる事に最初こそ驚いていたが、事情を説明するとすぐに彼とも打ち解けた。ルストもだが、ここにいる男子生徒は皆、脳筋と言ってもいいほど単純だったのですぐに納得したのだ。
それから三人で忘れ物や準備のし忘れがない事を確認するとそのまま馬車に乗り込んだ。
「ご武運をお祈りしますっ!」
ルストはそんな三人に頭を下げて送り出した。
もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。自分達がこれから行うであろう決闘には護身の札と言う命の保証を刷るアイテムが使われない。ルールありの殺し合いだから。
勿論、三人とも死ぬつもりはない。ルストの見送る姿に手を振りながら男子寮を出立するカモ君達だった。
「ところで、見慣れぬ女子生徒から餞別の饅頭をもらったのだが」
シィが自分の荷物から上等な紙箱に入った饅頭を取り出してカモ君達に渡そうとしてきたが、カモ君が鑑定魔法をかけたところ毒物混入が確認されたため、カモ君がそれを空高く投げ捨て、シュージが消し炭にするという光景が、リーラン王都の一角で描かれたとかなんとか。




