第一話 起訴
魔法学園では講堂と体育館。部室や男子寮。女子寮で行われているが、一際豪勢かつ広々とした空間で行われるダンスパーティーが開かれるのは体育館となる。
普段は様々な運動部が汗水流す場所だが今日という日だけはそんな暑苦しい空間とは別世界のような風貌になる。
カモ君達が修練を行っている間にはもう開催されていたパーティーは佳境に入っているとも言ってよい。
女子は煌びやかなドレス。男子はタキシードと言った格好を平民であるキィやシュージも貸衣装として着ることが出来る。
「着なれないな。これ」
「まあまあそう言いなさんなシュージ君。似合っているよ」
魔法学園に来なければ着ることも無かっただろう上質な白のタキシードを着たシュージは息苦しそうに首元を弄る。それを見たアネスはポンポンと彼の背中を軽くたたきながら褒めるアネス。
今回のパーティーは合コンも兼ねている。玉の輿を狙っているアネスは今からでもフリーの有力貴族の男子に声をかけたいが、一応コーテやカモ君達が来るまでは彼等の登場を待っていたらシュージが最初にやって来たので相手をしている。彼女のドレスも彼女の褐色な肌が生えるように白という単調なものだが、決して質素と言わない、むしろ彼女のメリハリのある女体を華麗に強調する綺麗なドレスだった。
そんな二人と同じタイミング出てきたキィはライトイエローのドレスを着こんでいたが、表情は暗い。
自分のせいで原作ではリーラン王国は勝利できていたのに、それがなくなってしまったかもしれないとカモ君から教えられた時から、彼女の表情はすぐれない。
軍事訓練場での特訓でも彼女なりに真面目に取り組んでいたが、その重たすぎる責任からか、目の前で繰り広げられているパーティーも彼女の視線からすると最後の晩餐にも思えた。
そんな幼馴染の変化に気が付かないシュージではない。
彼女を慰めたり、元気づけたりもしたが、いつもの元気な彼女の目に力が入るわけでもなく、ただただ「ごめんね」と謝るだけだった。
せめて、このパーティーだけでも元気になってほしかったシュージだが、どんな言葉をかければいいかわからなかったのだ。
カモ君が多くの悩みを抱えているように、シュージもまた悩みを抱えていたのだ。
「ありがとうございます。アネス先輩もお綺麗ですね」
「わかっているじゃん後輩。このこのぉ。もう何人の女の子に手を出したの?お姉さんに言ってみ」
とにかく出来ることからやろう。カモ君がやって来たように自分も出来ることから。
まずはお世話になっている先輩の機嫌を損なわないように言葉を返した。
シュージの言葉に気分をよくしたのか、アネスはシュージの脇腹辺りをつつきながら彼の腕を取り、自身の柔らかな体に押し付ける。そうすると、シュージは顔を赤らめながら身をよじったが、アネスは面白がって放してくれない。
「ちょ、アネス先輩っ」
「ほほう。この程度照れるという事はまだそこまでの経験はしていないと見た。シュージ君、かっこかわいいし、お姉さんがデートしてあげようか?」
「自分とは一つしか変わらないじゃないですかっ」
と、シュージの照れ隠しの言葉に揶揄っていたアネスの表情から熱が消えた。
「シュージ君。十代女子ならともかく二十代以降の女性にそれを言ってはいけないよ。それは何よりも恐ろしい呪いの言葉だからね」
「あ、はい」
その冷淡な表情と音程にシュージは決してこの言葉を使うまいと心に誓った。
そんなじゃれつきをしている間にやって来たのはネインとコハクだった。
ネインはライトグリーンのドレスを身に纏っていた。彼女の場合、体のある一部分が同年代に比べて発達していたので、特注のドレスを身に纏っていた。男なら誰しもそこに視線を吸い寄せられるその部分は彼女が歩くたびにそれが揺れる。
アネスもある方だがネインはそれ以上だ。その上、十七歳というこの世界では結婚適齢期という事もあって魅力的な女性と見えるだろう。
ネインもそういった目で見られているのに離れているようだが、シュージの腕を取っているアネスの姿を見て、ムッと表情を一時的にしかめたが、すぐに令嬢としての笑顔を作りながらもシュージの方へと歩み寄っていった。
「シュージ君。同じ決闘に出るよしみで私と踊ってくださるかしら?」
「え、あの、俺、踊れませんよ?」
「…あ、そーいう。お邪魔しましたー」
シュージ達が体育館にやって来た時点でダンスは始まっており、数組の男女が踊っている。
アネスも出来れば有力貴族の男子に粉をかけたいがコーテ達がやってくるのを一応待っていた。
彼女の狙いは金持ちイケメンの男子。シュージもイケメンには違いないだろうが、金持ちには当てはまらないだろうと考え、揶揄うだけにしていたのだが、妙な圧を放ってくるネインを見て即座にシュージから狙いを外した。それはキィも同じだったが、いまはそんな気分ではないので会場の隅っこでちびちびとワインを飲んでいた。
伯爵令嬢ネインの狙いがシュージならば、これ以上彼を揶揄う事は愚策。伯爵と男爵という地位の格差がある相手の不評は買わないのが一番だ。これはアネスに限った話ではなくほとんどの貴族では当たり前の話だ。
…私も行った方がいいのかな?
艶のある漆黒のドレスにオリハルコンの輝きを施したドレスを身に纏ったコハクはパーティーの入り口付近にあった椅子に腰かけてぼんやり考え事をしていた。
自分の親でもあるエルダー・カオスドラゴンに言われてシュージを取り込んで来いと言われたが、彼に進んで接しようとは考えてはいなかった。
ネインが絡んでいるようだし、その後でもいいかとのんびり考えながらパーティーを眺めていた。
ドラゴンの彼女からして見たら目の前の光景はただ豪華な養殖場にしか見えない。しかも彼女はその場にいる者の思考が読める。
絢爛豪華なパーティーの下にあるどろどろとした感情が丸見えな分、食事も進まず、かといってそれに参加するのも億劫だった。そのため、隅っこにいたキィの隣に設置されていた長椅子に腰掛けてのんびりしていた。
そんな所にアネスがパーティーに出されていたワインとぶどうジュースの入ったグラスを持ってやって来た。
「お姫様はジュースとワイン。どっちがいい?」
「…ジュース」
カモ君の記憶曰く、飲酒とは体内に毒を取り入れてバッドコンディションを楽しむものだというが、毒なら魔法学園に来る前からたらふく浴びてきた。なので、毒の入っていないジュースの方が彼女の興味を引いた。
アネスから受け取ったそれは甘みがあり、喉越し爽やかなものだ。ここに来る前の裏ダンジョンがある孤島にはない繊細な味だった。
「美味しい」
「それはよかった。まだ飲みたかったらあそこにいるメイドさんか執事さんに頼むといいよ」
アネスはコハクが同年代という事はコーテから知らされていたが、彼女の持つ雰囲気がそれ以下としか感じられないのだ。だからなのか世話を焼いてしまう。
しかも彼女は世間知らず。誰よりも強い彼女だが、誰よりも世情に疎い事を直感的に悟って話しかける。
アネスの言葉を受けてコハクは一番近くにいたメイドに話しかける。
まるで初めてのお使いを見守っているような気分だ。
「ぶどうジュースください」
「畏まりました」
「樽でください」
「た、樽?!は、はい。畏まりましたーっ」
お菓子感覚で大量発注するんじゃありません。メイドさん困っているじゃないか。
そう思ってアネスがコハクのところへ出向こうとしたところで、彼女の待ち人がやって来た。
「おまたせ」
「ああ、コーテ。やっと来た。まったく誰よりも着替えやすそうな体型なのに一番遅いってどういうこと」
「私じゃなくてエミールに時間がかかった。私のせいじゃない」
水色のドレスを身に纏ったコーテはアネスの軽口に付き合いながらもやって来た。
コーテの手を取りながらやって来たカモ君は黒のタキシード。一見すると執事にも見える格好だが、実はその通り。執事がつける燕尾服を少し改良したものだ。
何せ、カモ君は大柄で隻腕なのでそれに合った服が用意されるべきだったのだが、ここのところの騒動で特注する時間もなかった。
高価なタキシードに手を加えるには時間がかかるが、執事服なら仕立てやすいということで、恐れ多いながらもこれを準備したメイド達は、既存の燕尾服をカモ君様に改良してくれた。
平民にしては高価だが、貴族用にしては安っぽい服。まるで傭兵が初めての社交界に出てきたというようなミスマッチ。
だが、そんな服がカモ君にはぴったりと合っていた。
「何というか、エミール君。…似合っているね」
「アネス先輩。…ありがとうございます」
カモ君自身もよくわかっているのだ。
なにせ、自分は廃嫡されたような身分だが、ミカエリや学園長。そして王族の恩情でこの場に何とかいる。それが無ければシュージやキィといった平民の特待生よりも下の立場。
出来るだけ目立たず、コーテとの時間を過ごして、翌朝の出発までに体をしっかり休めて決闘に挑みたいと考えていた。
そんな考えとは裏腹にカモ君達に近づいてくる男子グループがいた。と、同時にコーテは珍しく眉尻を上げて、「げっ」と、誰にも聞こえないほど小さな声で拒否感を見せた。
貴公子と言っても名前負けしないような爽やかな青年。おそらく十五歳前後のイケメンともイケショタともいえる男子生徒と、その取り巻きの二人の少年がカモ君に向かって手袋を投げつけてきた。
ちなみに手袋を投げつけるという所作は相手に決闘を挑むという所作である。
「エミール・ニ・モカ。君に決闘を申し込む!」
時間と場所を弁えなYO!
数日後に決闘が控えているんだ。しかも訓練後だぞ。魔力と体力が回復しきっていないっての…。
カモ君的にはそう返したかった。
普段の彼なら喜んで受けていたが、数日後の決闘は消して負けられないものであるので大事を取って休みたい時期だった。が、運命はそれを許してはくれなかった。




